意気地なしと嘘つき
だって好きなんだもん

 好きだと迫るわたしを静かに制するように、由布くんはぽつりぽつり語りだす。
 それは、よくよく聞くと、三日前、縁談をおめでとうと由布くんに言われて、思わず取り乱してしまった時のことだった。


「ちょ、ちょっと今、あかりちゃんが泣いて走っていったけれど、何かあったの!?」
 お兄ちゃんを突き飛ばしリビングを出た後すぐに、入れ違うようにして茗子ちゃんが入って行った。
 それと同時に、そこにいる由布くんに慌てたように聞いた。
「め、茗子……!」
 いきなりの茗子ちゃんの闖入に、由布くんは明らかな動揺の色を見せる。
 このタイミングだから、それまでの会話を茗子ちゃんに聞かれたかもと焦ったのだろう。
「由布、あんたがあかりちゃんを……?」
 焦る由布くんを見て、茗子ちゃんは瞬時に何かを判断したらしく、声を押し殺しつぶやく。
 それから、責めるようにゆっくり由布くんへ歩み寄る。
「いや、その……っ」
「はっきりしなさいよ!」
 茗子ちゃんは由布くんの前までくると、そのまま胸をどんと押した。
 由布くんの体が、わずかによろめく。
「まあまあ、茗子ちゃん、落ち着いて。まあ、由布が悪いこともないこともないといったところか?」
 剣幕で由布くんをにらみつける茗子ちゃんを、お兄ちゃんがなだめる。
 しかし、それはさっぱりなだめになっていない。
 むしろ、はじめからなだめる気なんてなく、なだめるふりをしてあおるつもりだったのかもしれない。
「それ、全然フォローになっていないから、京也さん」
 お兄ちゃんの意図に由布くんも気づいたのか、がっくり肩を落とす。
 その時だった。はっと何かに気づいたように、茗子ちゃんの顔がさらに険しくゆがんた。
「それ、それって、まさか……」
 それから、すっとソファーを指差し、茗子ちゃんがつぶやく。
 茗子ちゃんが指差す先へ、由布くんとお兄ちゃんも視線をやると、思わず小さく「あ……」ともらした。
 それで、茗子ちゃんは確信したようにうなずく。
「そうか、なるほどね。それでね〜……。それで、由布はあかりちゃんに何と言ったの?」
 茗子ちゃんは由布くんにずいっと詰めより、胸倉をつかむ。
 すぐ目の前にある茗子ちゃんの顔にうろたえるように、由布くんはしどろもどろに答える。
「な、何って……」
「おめでとう、うまくいくといいね=v
「京也さん!?」
 お兄ちゃんが何食わぬ顔でさらっと言い放つと、由布くんはぎょっと目を見開いた。
 お兄ちゃんは口のはしをあげ、冷たい目で由布くんを見ている。
 茗子ちゃんの目が軽蔑するように由布くんをとらえる。
 つかんでいた由布くんの胸を、どんと突き飛ばす。
「うわっ、何それ、最悪。由布、あんた、あかりちゃんの気持ちを知っているでしょうに」
「だ、だけど、この場合、そう言うしかないだろう!?」
「どうして!?」
 慌てて答える由布くんを、茗子ちゃんは怪訝そうににらみつけ迫る。
 由布くんは茗子ちゃんから視線をさっとそらす。顔がすっと曇る。
「だって、俺は、鳳凰院の……」
「ばっかじゃないのっ」
 由布くんが最後まで言い切らないうちに、茗子ちゃんは乱暴にそう吐き捨てた。
 それから、またぐいっと由布くんの胸倉をつかみ、引き寄せる。
「由布は大馬鹿者ね。全然わかっていない」
 茗子ちゃんは戸惑う由布くんの顔のすぐ前に顔を近づけ、蔑むようににらみつける。
「なんか、わたしのことが好きってあかりちゃんに言っているみたいだけれど、人を何だと思っているのよ、言い訳に使わないで。逃げる口実に利用しないでよ」
「め、茗子……っ」
「なに? 違うの?」
 うろたえる由布くんを、茗子ちゃんは責めるように見る。
 それから、はあと大きく息をはきだした。
 由布くんの胸をとんと押し、はなれる。
 そして、腕組みをして、呆れたように由布くんにちらっと視線をそそいだ。
「そりゃあ、一時はそういうこともあっただろうけれど、もうずっと前からそうじゃないでしょう? 言い寄る女を振り払うのに都合がいいから、そういうことにしていただけでしょう」
「どうして、そんなこと……」
「だって、そうじゃない。そうじゃなきゃ、あの夏樹が由布がわたしの側にいることを許すわけないじゃない」
「……あっ」
 茗子ちゃんが馬鹿にしたようにけろりと言うと、由布くんは顔を真っ赤に染めた。
 どうやら、茗子ちゃんに言われて、今ようやくそのことに気づいたらしい。
 たしかに、言われてみれば、あの夏樹さんが、茗子ちゃんに好意を寄せる男の人を側においておくはずがない。
 好意を寄せていなくたって、側に寄せたがらないくらいなのだから。
「あははっ、これは一本とられたなあ、由布!」
 茗子ちゃんのその言葉を聞いて、お兄ちゃんはおかしそうに笑う。
「きょ、京也さん!?」
 由布くんは、ぎょっとお兄ちゃんを見つめる。
 たたみかけるように、茗子ちゃんがつづける。
「夏樹はとってもやきもちやきで恐ろしい男よ。危険だと感じた男を、わたしの目に映るところにおいておくわけないじゃない」
 茗子ちゃんは得意げに笑い、きっぱり言い切った。
 自信過剰とも思える、けれど茗子ちゃんの場合は全然過剰なんかじゃないその言葉に、由布くんはぽかんと口をあけ、思わず茗子ちゃんに見入ってしまった。
 けれどすぐに、ふるっと小さく首をふり、ふっと笑った。
「あーあ。茗子も、夏樹に感化されてきたのかあ」
 そして、諦めたように言い放つ。
「わたしも?」
「うん、あかりちゃんも京也さんも、近頃は夏樹そっくり」
「うわっ、毒されているわねえ」
 由布くんがおどけて言うと、茗子ちゃんもおどけて答えた。
 わざと、嫌そうな顔をつくっているけれど、茗子ちゃんの目は優しく笑っている。
 そこ≠ノ自分も含まれることを、茗子ちゃんはさらっと無視する。
 それから、すうと目を細め、由布くんの頬に手をのばしていき、そのまま包み込んだ。
「ねえ、由布、しがらみなんてそろそろ打ち捨てて、自分の気持ちに素直になりなさいよ」
 茗子ちゃんは由布くんの頬に触れていた手でそのままぺちっとたたき、もう一方の手でどんと胸をたたく。
「うじうじぐずぐずしている男って、みっともない。だーい嫌い」
 それから高飛車に言い放つと、得意げににっこり笑った。
 由布くんは困ったように微苦笑を浮かべる。
「茗子……」
 優しい声音を含み、由布くんはぽつりつぶやく。


 そのように、わたしがダイニングを飛び出していった後のことを、由布くんはばつが悪そうに教えてくれた。
 あの時、茗子ちゃんとすれ違ったのは、気のせいじゃなかったんだ。


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update:10/11/16