だって好きなんだもん
だって好きなんだもん

 三日前の告白を聞き、わたしは思わず、木にもたれかかる由布くんの胸に抱きついていた。
 残念なことに、由布くんとわたしの間には、かぼちゃうさぎがいるけれど。
 片手にかぼちゃうさぎを抱き、片手でぎゅうっと由布くんの胸をにぎっている。
 由布くんはどうすればよいのかわからず、両手をあたふた動かしている。
 そのままわたしを抱きしめようか、それとも引き離そうか、迷っているのだろう。
 けれど、今の由布くんには、どちらの決断もできない。
 前者はわたしに下手な期待を持たせることになるし、後者はさらに鞭打つことになる。
 これまで散々、わたしを傷つけたと思っている由布くんだから、どちらもできない。
 それは、優しさだけれど、優柔不断とも言うのじゃないかなあ? 由布くん。
 でも、そっか。それでなんだかわかったような気がする。
 わたしが、由布くんに言わなければいけない言葉。
 きっと、この言葉は、少なからず由布くんの後押しをしてくれるって信じたい。
 きっと、この言葉が足りなかったんだ。だからずっと、平行線をたどっていたんだ。
 だって、わたしには確信めいたものがあるから。由布くんの告白を聞く限り、わたしにもまだ……。
 由布くんの胸の中からすっと顔をあげ、その目をまっすぐに見つめる。
 由布くんも何かにとらわれたように、わたしから目をそらすことはない。
「あのね、昔好きになった男の子がいてね、そして、その男の子もわたしを好きって言ってくれたんだ」
 静かに微笑を浮かべそう言うと、由布くんは怪訝にわたしを見つめ返した。
 一体、わたしが何を話そうとしているのだろうかと、その真意を探るように。
 たしかに、この状況で、昔好きだった男の子のことを言われても、意味がわからないし、気分が悪いだけだよね。
 でもね、それでもやっぱり、今の由布くんとわたしには必要だと思うんだ。だから、あえて言っちゃうよ。
「だけど、結局駄目だった。わたしの家のことがばれちゃって……。今の由布くんみたいに、釣り合わないって、悲しい顔されちゃって、ふられちゃったの」
「あかりちゃん……?」
 由布くんの顔が、険しくゆがむ。
 どうやら、わたしの意図するものを、由布くんも理解したらしい。
 けれど、わたしは気にせず話を続ける。
 だって、由布くんのその反応、想定内だもの。
 こんな話をしたら、優しい由布くんだもん、そんな顔をすると思っていたよ。
 まっすぐ由布くんを見つめる。
「だからね、決めたの。もう誰にも不安な顔をさせたりなんかしないって。そのためには、わたしがいつも笑っていればいいって」
 そこまで言った瞬間、目からぽろりと涙の粒がこぼれた。
 はっとして、慌ててそれを手でぬぐう。
「あ、あかりちゃん……」
 由布くんは慌てて、わたしの頬に手をやり、それをぬぐった。
 わたしの涙に戸惑い、混乱しているみたい。
 頬に触れる由布くんの手が、わずかに震えて、冷たい。
「ご、ごめん。泣くつもりなんて……。わたしは、笑っていなきゃいけないのにね?」
 そう言って、懸命に作り笑顔をしてみせる。
 けれど、こうなってしまっては、それは無駄な努力だろう。
 由布くんの不安そうな表情はやわらぐことはない。
 さらに心配そうに、わたしを見つめる。
 だから今度は、その頬にそっと触れてみた。
 涙をぬぐったばかりだから、ちょっとしめっているかもしれないけれど、この際気にしないでね、許してね?
「大丈夫。由布くんは釣り合わないなんてことないよ。だって、ちゃんとわたしのことを見てくれているから。最初からわたしの家のことを知ってもいるでしょう? だから、大丈夫。逃げないで」
「に、逃げてなんか……」
 由布くんは慌てて、否定しようとする。
 けれど、それも途中でさえぎり、由布くんをきっとにらみつける。
「いるよ。今の由布くん、なんだかすべてを諦め、すべてから逃げているみたい。気にすることなんてないのに。由布くんは由布くんでしょう?」
 じいっと訴えるように見ると、由布くんは思わずばっと顔をそらした。
 そして、混乱し考え込む。どうすればいいのかわからず、目が忙しなく泳いでいる。
 図星と気づいていて、けれどそれを理解できていないみたい。
「でも、俺は……」
「行きたいのだろう? だったら行け」
 ふいに、背後からそう声がかかった。
 わたしも由布くんも慌てて体をはなし、声がした方をばっと見る。
 するとそこには、呆れたような皮肉るような笑みを浮かべた夏樹さんが立っていた。
 その背からのぞくようにして顔を出す、茗子ちゃん。
 お兄ちゃんは、二人の後ろで、頭をぽりぽりかいている。
 どうやら、気づかないうちに、三人ともすぐそばまでやって来ていたらしい。
 というか、だとしたら、もしかしなくても、これまでの話を聞かれていた!?
 そう思い至った瞬間、恥ずかしさで顔が真っ赤にそまった。
 あ、あり得ないっ。すぐそこまで来ていることに気づかず、あんなことをべらべらしゃべってしまっていたなんてー。
 嗚呼、一生の不覚。後世まで語り継がれる大恥よおっ。
 夏樹さんのその言葉に、由布くんは怪訝に顔をゆがめたけれど、すぐに何かに気づいたように、自嘲するように口のはしをあげた。
「何それ、それってまるで、俺がいては迷惑みたいじゃないか」
「みたいじゃなくて、そのものだ。茗子のまわりに、ぼく以外の男は必要ない」
 背に隠れる茗子ちゃんをぐいっと抱き寄せ、夏樹さんは得意げに言い放った。
 瞬間、由布くんもお兄ちゃんも、そしてわたしでさえも、ぽかんと口を大きくあけてしまった。
 けれどすぐに、由布くんは口の端をゆるめ、くすりと笑った。
「あははっ、夏樹らしいや」
 そして、おかしそうに笑ったかと思うと、由布くんはふと笑いをやめた。
「夏樹、ごめんな」
 それは、夏樹さんが意図するものすべてを、由布くんがくみとった言葉のように聞こえた。
 そう聞こえたのはわたしだけじゃなく、夏樹さんにも伝わったよう。
 ううん、夏樹さんだけじゃなく、茗子ちゃんにも。
 夏樹さんは皮肉るように笑い、茗子ちゃんは優しく目を細める。
「何が? お前がいない方がせいせいするよ」
「……ありがとう」
 そしてまた、夏樹さんの思いを、由布くんは受けとめる。
 由布くんなんていらない、必要ないと突き放し、夏樹さんは、由布くんのプライドを守りつつ、由布くんが自由に動けるようきっかけをくれたんだ。
 茗子ちゃんには夏樹さん以外の男は必要ない、由布くんなんていらないと突き放したように言っているけれど、実はそれが夏樹さんの最大の優しさ。
 素直じゃない茗子ちゃんにぴったりの、素直じゃない男の人の素直じゃない優しさ。
 まあ、素直に言ったところで、由布くんも逆に反発しちゃって、素直に受け入れたりはしなかったのだろうけれど。
 本当に、この人たちってみんな、素直じゃないんだからあ。
 そして、最後の賭けにでたわたしのあの言葉は、間違ってはいなかったんだね。
 ねえ、夏樹さんが行けって言ったのは、一体どこ≠ノ?
 それは、是非とも由布くんの口から聞いてみたいな。
 夏樹さんはふるっと首をふり、意地悪げにふと笑った。
「つまらない女だったら力づくでも阻止するところだけれど、あかりならいいんじゃないか? なあ? 京也。京也も、由布なら文句ないだろう?」
 茗子ちゃんをぎゅっと抱きしめ、にたにた笑う夏樹さんに、お兄ちゃんも諦めたように、けれど楽しげににっと笑う。
「まあな」
「夏樹、京也さん……」
 由布くんは眉尻をさげ、ぽつりつぶやいた。
 本当に、嫌になるなあ。
 どうしてこの三人って、こんなに少ない言葉で意思疎通しちゃうんだろう。
 それに、あかりならいいとか、由布くんなら文句ないって、一体何のこと?
 なんて、野暮なことは聞かない。
 だって、わたしにもわかっちゃったから。言葉なんてなくてもわかっちゃったから。
 由布くんの告白でわかった。そして、夏樹さんの言葉が後押しになった。
 そうなったら、あとは残すのはひとつだよね?
 それは一体いつやって来るのか……。
 いつかはやって来る、その言葉をくれるって希望が持てただけで、とりあえず今は嬉しいし、満足なんだけれどね。
「安心しな、あかり。見合いの件は、俺が断っておいてやるよ」
 お兄ちゃんはぽんとわたしの頭をなで、ぶっきらぼうに言い放つ。
「お兄ちゃん……」
 思わず、じっとお兄ちゃんを見つめてしまう。
 また、じわりと目に涙がにじみでてきた。
 それを見て、お兄ちゃんは困ったように笑った。
 茗子ちゃんが言っていた、みんなあかりちゃんの味方≠チてこのことだったんだね。
 もう、本当、みんな言葉が足りないなあ。
 これじゃあ、何のことかわからないじゃない。
 ううん、わかるよ、とってもわかるよ、言いたいことは。
 たしかな言葉なんてなくても、ここにいる全員が、間違いなく確信している。
 そうだよね、大切な言葉はやっぱり、二人きりの時がいいものね。
 それにしても本当、由布くん、惑いすぎ、迷いすぎ、遠回りしすぎだよー。
「さあ、ハロウィンパーティーあらため、あかりちゃん恋愛成就お祝いパーティーをはじめるわよー!」
 とんと夏樹さんの胸をおし引き離すと、茗子ちゃんは楽しげに声高にそう宣言した。
「茗子ちゃん!?」
「茗子!!」
 思わず、由布くんと同時に、そう叫んでいた。
 ぎょっとして見つめると、茗子ちゃんはにたーりと嫌な笑みを浮かべた。
 本当、茗子ちゃんは、たちが悪いいちばんの友達だよ。
 恥ずかしさにすっと視線をそらすと同時に、ばちりと由布くんと目が合った。
 すると、自然、やっぱり二人同時に、くすくす笑い出してしまった。
 まったくもう、茗子ちゃんにはかなわないなあ。
 なんだか馬鹿らしくて、恥ずかしくて、嬉しすぎるよ。
 けらけら笑う茗子ちゃんを、夏樹さんがもう一度その腕の中に戻そうと頑張っている。
 けれど、パーティーの準備をつづけていた使用人さんたちに呼ばれて、茗子ちゃんはあっさり夏樹さんをおいてそちらへ駆けていく。
 もちろん、その後を、夏樹さんが慌てて追いかけていく。
 お兄ちゃんはちらっとわたしたちを見て目配せすると、そのままやれやれといった様子で、夏樹さんの後に続いていく。
 それを見送ると、やっぱり由布くんと顔を見合わせ、くすりと笑い合った。
 それから、すっと由布くんに向き直る。
「ねえ、由布くん、もう鳳凰院の名に怯える必要はないよ」
「え……?」
 由布くんはすっと顔を曇らせ、わたしを見る。
 わたしが何を言いたいのか、その意図を必死に探るように。
 次の瞬間、わたしはにっと得意げに笑っていた。
「だって、夏樹さんみたいに、由布くんもあかりのお婿さんになっちゃえばいいんだもん」
「嗚呼……。やっぱり」
 そして、そう言い放つと、由布くんはげんなり肩を落とし、頭を抱え、その場にくずおれていく。
 どーだ、まいったか。これが、あかりちゃんの愛のかたちさっ。
 決して一筋縄ではいってやらないんだから。
 わたしの最上級のプロポーズ、受け取りやがれっ!
 くすくす笑いながら、うずくまる由布くんを見下ろす。
 そして、ちょっぴり乱暴に由布くんの腕をつかみ、立ち上がらせる。
「ね? だから言ったでしょう? 愛は勝つのだ!」
 にっこり笑って言い放つと、由布くんは目をまんまるに見開いてわたしを見つめた。
 それから、ぷっと吹き出し、おかいそうに豪快に笑い出す。
「あはははっ。あかりちゃんには負けたよ」
 そう言って、由布くんはその腕の中にわたしを抱き寄せた。
 これまででいちばん、優しいぬくもりをわたしにくれる。
 それはもちろん、由布くんはわたしに負けた、わたしの気持ちを受け入れたってことよね?
 いつ、気持ちが変わったのか、そういうことになったのかと、聞きたいことはいっぱいあるけれど、とりあえず今はそんな無粋なことは言わないでおいてあげる。
 そしてもちろん、そのかわりにこう言ってあげる。
「だって、好きなんだもんっ」
 それと同時に、由布くんの腕の中、ぽーんと、空たかく、由布くんにもらった、かぼちゃの仮装をしたピンクのうさぎのぬいぐるみを放り投げる。
 太陽を背にきらりとひかる。
 二人、まぶしげに目を細め、空高く舞ううさぎさんをあおぐ。
 ねえ、由布くん、世界中の誰よりも、由布くんが、いちばん、だーい好きっ!


だって好きなんだもん おわり

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update:10/11/24