はじまりの警鐘
(3)

 庚子と多紀が、柚巴を助けようと慌てて駆け寄る。
 けれど、一足遅かった。
 黒ずくめの男たちが柚巴に襲いかかると同時に、どこから現れたのか、黒いマントに身を包んだ、鮮やかな血のように赤い色の長髪の男が、柚巴の前にひらりと舞い降りた。
 金色がかったスミレ色の瞳をしている。
 まるで魔物の目のようで、ぞくりとすら感じる、妖しげな美しさがその瞳の中にあった。
 それが妙に、柚巴、そして庚子や多紀の心をつかむ。
 一度見たら忘れられない瞳。
 ――明らかに、人の目ではない。
 舞い降りた時になびいた髪は、まるで鮮血が流れるようだった。
 その髪は腰までのび、柚巴の目の前は、一瞬、赤一色の世界となった。
 恐ろしい、鮮血の世界。
 男が舞い降りると同時に、襲いかかってきた黒ずくめの男たちは全員、その場に倒れて気を失っていた。
 あまりにも短時間の出来事だったので、誰もがその状況を理解できず、戸惑っている。
 あの多紀すらも。
 気づいた時には、黒マントの長髪男は、守るように柚巴を抱き寄せていた。
 そして、美しいけれど妖しい瞳で、じっと柚巴を見つめている。
 柚巴は、一体何が起こっているのかわからず、ただ黙って、黒マントの長髪男のされるがままになっている。
 長髪男の柚巴へ向ける表情は、どこか穏やかだった。
 その瞳は、最初恐ろしいと感じた魔物のような光はなく、優しい光を放っている。
 柚巴は、不思議そうに、じっと長髪男の瞳を見つめている。
 そして、柚巴の鼓動が、時を刻みはじめる。
 そんな優しげな瞳をしたかと思うと、黒マントの長髪男はころっと態度を変え、柚巴を抱いたまま、柚巴を見下すように言った。
 今度はその魔物の瞳には、柚巴を侮蔑するかのような光がこめられている。
「まったく、お前はそれでも御使威(みつかい)家の一員か!? 柚巴姫さんよ。まあ、こんなのだから、使い魔の一人も持てないのだろうがな。今ので、よ〜くわかったよ!」
「……!!」
 柚巴は、黒マントの男のその言葉に驚くと同時に、慌てて腕を振り払おうとする。
 その言葉から、瞬時に、このまま抱かれ続けていてはいけないと判断したから。
 柚巴の中で、そう警鐘が鳴る。
 しかし、振り払うことはできず、さらに黒マントの男の腕に力が込められる。
 何故、この男はそれを知っているのだろう。何故、柚巴が御使威家の人間だと知っているのだろう。
 柚巴は、そこに驚きを隠せない。
 ぞくっと悪寒が走る。
 黒マントの男を、悔しそうににらみつけることしかできない。
 腕の中で、抵抗を試み続ける。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 御使威家ってまさか、あの……!?」
 黒マントの男の、その行動よりも言葉に、庚子は驚いたらしい。
「え……? じゃあ、もしかして、柚巴ちゃんてそうなの!?」
 あの多紀ですら、驚きを隠せないでいる。
 柚巴は驚く庚子と多紀、そして黒マントの男を交互に見つめ、意を決したかのように言った。
「――ごめん……。今まで黙っていて……」
 辛そうに、庚子と多紀から顔をそむける。
「あ〜あ、ばらしちゃった」
 こんなおかしな展開になっているにもかかわらず、それまで黙っていた蒼太郎が、おもしろくなさそうにようやく口を開いた。
「そ、蒼太郎!?」
 庚子は、慌てて蒼太郎を確認するように振り向く。
 すると蒼太郎は、ちらっと庚子を見て、ふんと鼻で笑った。
 もちろん、庚子はかちんときたけれど、またしても、さりげなく多紀にとめられてしまう。
 多紀は、じっと庚子を見つめる。
 庚子は、多紀のその視線に耐え切れず、悔しそうに舌打ちをする。
「どうして、そんなに簡単にばらしちゃうかな? これじゃあ、俺の計画が台無しじゃないか。どう責任をとってくれるわけ? 柚巴姫とそこの使い魔さんよっ!」
 蒼太郎が、ぎろっと黒マントの男をにらみつける。
 その表情には、憎しみが込められている。
 そこには、「まったく、余計なことをしてくれて……」と、迷惑そうな表情も含まれている。
「俺の知ったところではない」
 無表情で、使い魔と呼ばれた黒マントの男は、さらっとはき捨てる。
 まったくその通りである。
 この男にとって、蒼太郎の計画など知ったことじゃない。
 柚巴と庚子と多紀にとってもそうである。
 それにしても、蒼太郎の言う計画とは一体……?
 まあ、この蒼太郎が考えることだから、よからぬことではあるだろうけれど……。
「たしかに、この学校に、御使威家の関係者がいるとは、噂に聞いていたけれど……。まさか、柚巴ちゃんだったとは……」
 多紀はかなり動揺しているらしい。
 庚子をとめるその手に、力が感じられない。
 一般にはその存在は知られていないけれど、特別な階級……一部の選ばれた層の人間には、暗黙の了解、公然の秘密。
 知ってはいるけれど、それは決して口に出してはいけない、そして触れてはいけない。
 それが、御使威家と使い魔の存在。
 これらは、彼ら選ばれた層にとっては、その野心や汚辱した心から、畏怖の対象にすらなっている。
 それを多紀は、当たり前のように知っていた。また、庚子も同様に。
 彼らもまた、特別な階級に位置する人間なのだろう。
 ……これでも。
「でもどうして、名前……」
「お前、馬鹿だろ?」
 蒼太郎が、動揺する庚子を小馬鹿にして言った。
「な……っ!」
 もちろんその言葉に、庚子がかちんとこないはずがない。
「御使威家の者が本名を名乗って、普通の学校生活を送れると思うのか?」
「あ……」
 庚子はばつが悪そうにつぶやく。
 蒼太郎に言われてはじめてそれに気づくとは、屈辱的でもあった。
「ごめんね。庚子ちゃん、多紀くん」
 柚巴は、柚巴が御使威家の人間だと知り、うろたえる庚子と多紀を申し訳なさそうに見る。
 あまり動じることがなく、ふてぶてしい態度の庚子、何においても常に憎らしいほどにひょうひょうと立ちまわる多紀。
 この二人がこれほどまでに動揺するとは、普段では考えられない。
 それほどまでに、今回のこの柚巴の告白は、それを知っている人間にとっては大変なことなのだろう。
「じゃあ、もしかして、今まで、蒼太郎が必要以上に柚巴に絡んでいたのって……」
 庚子ははっとなり、じっと蒼太郎をにらみつける。
 そんな庚子を見て、蒼太郎はまた鼻で笑う。
「そう。メリットもなしに、こんな女を相手にするわけがないだろう」
「やけに素直に答えるね?」
 多紀は、あまりにも蒼太郎が素直に答えるので怪訝に感じ、じとりと蒼太郎を見る。
「今さら隠しても無駄だろう? すでに、京にはばれていたことだし……」
 多紀の言葉にひるむことなく、蒼太郎は不敵な笑みを浮かべる。
 そんな蒼太郎を見て、多紀は呆れたようにため息をもらした。
「あと、誤解されないように言っておくが、この黒ずくめを雇ったのは俺じゃない」
「誰もそんなことは言っていないよ」
 しらっと多紀が言い放った。
 その態度は明らかに、蒼太郎を疑っている……といったものである。


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update:03/04/07