はじまりの警鐘
(4)

「姫さん。もうそろそろいいだろう。俺は、それ程暇ではない」
 長髪男が、庚子、多紀、蒼太郎の会話など無視し、いきなり柚巴に言った。
 三人の会話に気をとられて抵抗することを忘れていた柚巴は、長髪男の腕の中で、その顔を驚いたように見上げる。
「え……?」
 長髪男は、無表情で柚巴を見ている。
「そろそろ行くぞ」
「え? 行くってどこへ!?」
 柚巴は、突然のその言葉を理解できず慌てる。
 驚きのあまり、相変わらず抵抗することを忘れている。
「決まっているだろう」
 馬鹿にするように、黒マントの男は答える。
 そして、すっと宙を見上げた。
 その言葉に、考えこむように柚巴は口を開く。
「……あなた、誰の使い魔なの?」
 黒マントの男をじっと見つめる。
 試すように、確認するように。
 すると、黒マントの男も、じっと柚巴の顔を見つめ返した。
 そして、ため息をもらす。
「あんたの……父上さまだよ。あんたが変な輩に狙われているから、ちょっと行ってつれて来いってな」
「え……? でも……。じゃあ、あなたは新しい使い魔なの?」
 柚巴の顔に、安堵の色が微かに見えた。
「あんた、最初から、俺が使い魔だって気づいていただろ?」
 柚巴の問いには答えず、長髪男が言った。
 むしろ、それは触れられたくないところで、触れさせないためにわざとそうしたようにもとれる。
「う、うん……」
 はぐらかす長髪男の言葉に戸惑いながら、柚巴はぼそりとつぶやく。
 まさしくその通りだから。
 あの時、黒ずくめの男たちに襲われそうになった時、おとなしくこの長髪男の腕の中にいたのは、この男が使い魔であることに気づいていたから。
 使い魔ということは、少なくとも御使威家の人間である柚巴の敵にはならないということになり、それをわかっていたから。
 ……それじゃあ、一瞬鳴った、あの警鐘は……?
 ――それは、今は考えないでおくことにしよう――
 長髪男は何も言わず柚巴を見つめ、柚巴を連れたまま、いきなりその場からすうっと姿を消した。
 庚子と多紀は、柚巴と長髪男がいきなり目の前から消えて、目を見開きぽか〜んとしている。
 その時、がやがやと、数人のスーツ姿の男たちが女子更衣室に飛び込んできた。
 そしてその瞬間、何かの気配に気づき険しい顔をした。
「ったく……。またあいつか! 最近、姫さまのまわりをうろちょろしていると思えば……!!」
「姫をどこへ連れて行く気だ……!」
「あいつは破天荒で、人の迷惑など何とも思わない。使い魔の恥さらしだ! 御使威家の者をさらうとは……!!」
 ようやく気を取り直した庚子と多紀だったけれど、気を取り直した途端にはじまったそのやり取りに、ただもう呆然と、やって来たスーツ姿の男たちを見つめることしかできなかった。
 ――それにしても、さらう≠ニは、一体どういうことだろう?
 あの長髪男は、彼らの仲間の使い魔ではないということなのだろうか?
 一方、蒼太郎はというと、さすがというか、スーツ姿の男たちがやって来る直前に、姿を消していた。
 そして、一人の壮年のどこか厳格そうな、人を寄せつけない雰囲気をかもし出した男が、これまた気難しそうな男を一人連れて、遅れて更衣室の中へと入って来た。
 それに気づき、先に来ていたスーツ姿の男たちは、慌てて声をかける。
「あ……! マスター。申し訳ありません。世凪(せなぎ)の奴、我々の気配に気づいたのか、姫を連れてどこかへ消えてしまったようで……」
 どうやら、先ほど柚巴をさらった℃gい魔の名は、世凪というらしい。
「気配をたどることもできません。我々の落ち度です」
 マスターと呼ばれるその男は、無表情で沈黙を続ける。
 スーツ姿の男たちは、男を注視し、ごくっとつばを飲む。
 男の言葉を待っているかのように見える。
 沈黙が支配する。
「君たち、驚かせてしまったね」
 しかし、その沈黙を事もなげにやぶり、スーツ姿の男の一人、使い魔の由岐耶(ゆきや)が、庚子と多紀に歩み寄りそう言った。
 庚子も多紀も、じっと由岐耶を見つめ、ようやく口を開いた。
「いえ……。それより、マスターということは、もしかして、そちらの方は柚巴の……」
 庚子がおそるおそる、由岐耶を確認するかのように見る。
「ああ。マスターは、姫さまのお父君だよ」
 由岐耶は、さらっと庚子の質問に答えた。
「……」
 庚子と多紀は由岐耶から視線を動かし、無言で柚巴の父親を見る。
 そして二人、顔を見合わせ息をのむ。
 柚巴の父の名は、弦樋(げんとう)
 御使威弦樋。
 彼は、御使威家の当主である。
 当主は、代々、御使威家の人間の誰よりも、使い魔を多くもっている。
 弦樋もまた例にもれず、歴代の当主同様、現在の一族の中では最も多い、全部で七人の使い魔をもっている。
 使い魔というものは、普通はそう多くはもてないもので、この七人という数も、実はかなり多い方である。
 たいていは、二、三人が限度である。
「君たちは、姫さまの友達だね。いつも見ていたからすぐにわかった。くれぐれも、この事は内密に頼む」
 有無を言わせぬというように、由岐耶が庚子と多紀に圧力をかけてくる。
 庚子は、そんな由岐耶を、もの言いたげに見つめると、
「……わかっているよ。――御使威家を敵にまわすほど、馬鹿じゃないよ」
そう、しれっとふてぶてしい態度で言ってのけた。
 すると意外にも、由岐耶はにこっと笑った。
 由岐耶には、それで庚子の真の思いが伝わったのだろう。
 この庚子と多紀なら、大丈夫だと……。
 口は悪いけれど、庚子も多紀も、決して柚巴を困らせるようなことはしない。
 庚子の言葉の中に、それを見出だした。
「ところで、さっきのあの黒マントの男は……?」
 多紀が、庚子の横から口をはさんできた。
 じっと由岐耶を見つめる。
「ああ、あれも使い魔の一人だ。しかし、誰にも使われてはいない」
 多紀のその問いに、由岐耶はまたさらっと答える。
 誰がどう考えても簡単に答えてはいけないその問いに、由岐耶は何故だか簡単に答えてくれる。
 これはつまり、もう庚子と多紀もこの一件に巻き込まれてしまっているというこのなのだろうか?
 それとも、庚子と多紀は、この使い魔たちに信頼されているということなのだろうか?
「え!? だってあの男、柚巴ちゃんのお父さんの使い魔だって名乗っていましたよ!?」
「なんだって!? あいつは……!」
 使い魔数人が取り乱す。
 多紀はそれを見て、怪訝そうに首をかしげた。
 使い魔の一人がぎりりと爪をかみ、口を開いた。
「あの男は誰にも属さない、奔放な使い魔だよ。普通はマスターのような召喚者に召喚されてはじめて、我々はこちらの世界に来ることができるんだ……!」
麻阿佐(まあさ)! それ以上余計なことは言うな!」
 麻阿佐と呼ばれたその男を制すように、弦樋と一緒にやって来た男が言った。
 たしなめられ、麻阿佐はやばっと慌てて口をふさぐ。
 そして、その表情を確認するかのように、じいっと、弦樋と弦樋とともにやって来た男を交互に見やる。
 明らかに、麻阿佐は落ち込んでいる。
 自らの失言に。
「とにかく、あれはマスターに仕えてなどいない。これからは、あいつが現れたら、君たちも気をつけてくれ」
 そう言って、弦樋とともにやって来た男は、弦樋を促し、もうここに用はないとばかりに更衣室を出ようとする。
「ま、待ってください! それで、柚巴は……!?」
 庚子が心配そうに、更衣室を出ようとする男に慌てて聞く。
「……大丈夫だ。姫は我々でとり戻す」
 振り返ることもなくそう言って、二人は更衣室を出て行った。
 そしてその後を、使い魔たちが追いかける。
 その様子を見ていた庚子と多紀は、どうしたものかと頭をかきながら見つめ合った。
 二人には、この後の展開がまったくよめないで、困りきっていた。


竜桐(りゅうどう)さま。あの二人は、あのまま放っておいてもよろしかったのですか?」
 使い魔の一人、都詩(とうた)が、弦樋に従っている男に声をかける。
「大丈夫だ。あの二人は、決して姫のためにならないことはしない」
 竜桐は都詩に視線を向けることなく、冷めた目で静かに答える。
「それは、どういう……」
 意味がわからないとばかりに、顔を曇らせる。
 そんな都詩に気づき、竜桐は苦笑した。
「たとえ、姫が御使威家の人間だと知れても、今までと態度を変えはしないだろう。……今まで彼らを見てきてわかったことだ」
 竜桐は、静かにそう言った。
 そう言った竜桐の表情は、何やら柔らかいものをたたえているようにも見えた。
 竜桐の横顔を、都詩は狐につままれたかのような顔で、まじまじと見つめる。
 都詩は、このような竜桐の表情を、これまで見たことがなかった。


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update:03/04/07