告げられた計画
(2)

「柚巴さま? お召し替えは終わりましたでしょうか? 柚巴さま?」
 もう十数分は待っただろうか。
 それでも柚巴から声はかからず、それを怪訝に思い、梓海道は扉の外から柚巴に声をかけた。
 しかし、柚巴から返って来る言葉はまったくない。
 扉の向こうは、しんと静まり返っている。
 柚巴はまったく着替えようとはせず、何か思いふけるように、そのまま窓の外を眺めていたから。
 窓の外には、限夢宮が広がっている。
 白い壁の、何やら伝説に登場するような、神殿のようなつくりの王宮。
 はじめて、限夢宮を、そして限夢界を見た。
 王宮の向こう側には、ここからでもわかるくらい賑わっている城下が広がっている。
 柚巴の返事のないのを不審に思い、梓海道は扉を開け部屋の中へ入ってきた。
「柚巴さま……。何故、着替えておられないのです?」
 柚巴のそんな姿を確認すると、梓海道は顔をゆがめた。
「……」
 柚巴は梓海道に振り返ろうともせず、じっと窓の外を眺めたまま。
「また、だんまりですか」
 梓海道は少し呆れ顔である。
 ベッドの上に置かれた着替えを手に取ると、柚巴にゆっくりと歩み寄っていく。
「今はそれでもかまいませんが、王子のお妃さまになられてからもそれでは困りますね」
 この言葉に柚巴もかちんときたのか、少し語気を荒げて言った。
 きっと梓海道をにらむ。
「誰がいつそう決めたのよ! 勝手に王子だとか妃だとか言わないでよ。急にこんな訳のわからないところに連れて来られて、そんなことを言われても、素直に従えるわけないじゃない!」
「……真実とは思えませんね」
 静かに梓海道が言った。
 冷たい視線を柚巴に注ぐ。
 柚巴は、何が……!?とでも言いたげに、じろりと梓海道をにらむ。
「あなたは、ちゃんと理解されている。ここがどこで、あなたがこれからどうなるかということはね」
 手に持つ着替えを、すっと柚巴に差し出す。
「……!!」
 柚巴は言葉に困った。
 まさしく梓海道の言う通りである。それだけは、柚巴でも理解できていた。
 だからこそ、不安で仕方がないのだけれど……。
「たしかに、世凪さまは、それ以上のことはあなたに告げてはおられないと思いますが、これはもう決まっていることです。その決定を覆すことは、何人たりとも許されないのです」
 着替えを差し出したまま、じっと柚巴を見つめる。
 柚巴はその着替えを取ろうとは決してしない。
「……どうして……どうして、そんなことを言うのよ……」
 顔をぷいとまた窓の外へ向け、今にも泣き出しそうに言葉をしぼり出した。
 この世界に連れてこられてからというもの、必死に泣き出しそうなのをこらえていたけれど、ここにきてもうどうしようもなくなったらしい。
 泣き落としに出たわけではない。柚巴は、そこまで器用ではない。
 純粋に、不安で不安で仕方がないだけ。
 しかし、そんなことは、梓海道にとっては許されない。
「泣いても駄目です。誰も助けてはくれません。……それに、着替えていただかないと、わたくしが困ります」
 無表情でぴしゃりと言う。
 すると、柚巴は梓海道をきっとにらむ。
 しかし、その目から流れる涙は止まらない。ぽろぽろ流れ続ける。
 涙を流しながらにらみつけたところで、まったく様にはなっていない。
 けれど、その涙は、柚巴の今の気持ちを物語っている。
 それはわかっていたけれど、それを許すことは梓海道には許されなかった。
 命令の遂行。
 それだけが、梓海道の目的とすること。
 だから梓海道は、柚巴に容赦なくあたる。
 本当は、少しの同情を感じてはいるけれど、そんなつまらない感情に流されることは、梓海道には許されていない。
 しかし、柚巴も負けてはいなかった。
「……そうね……。その髪の色。それは、たしかに、この世界では従僕の色。そして、その銀髪が鮮やかなほど、仕える主人の位も高いと聞くわ……。世凪も鮮やかな赤髪だった……。――どうやら、世凪は相当な位に位置しているのね。そして、従撲にとって主人の命令は絶対……。だから、わたしがあなたの言うことをきかなければ、あなたは困ることになる。――それもおもしろいわね?」
 にやりといじわるな表情を梓海道に向ける。
 しかしやはりまだ、目から流れるものはとまらない。
「おわかりでしたら、さっさと着替えてください」
 梓海道は柚巴の皮肉も、全く気にしていない様子である。
 ぐいと着替えを柚巴に突き出す。
 柚巴はまた言葉を失った。
 悔しそうに梓海道をにらむ。
「なんだ柚巴、お前まだ着替えていなかったのか」
 開いたままの扉にもたれかかるようにして、涼しい顔の世凪がいた。
 一体いつからそこにいたのか、世凪は柚巴と梓海道のやりとりを聞いていたらしい。
「世凪……!!」
 柚巴は世凪を見つけると、梓海道から目をはなし、きっと世凪をにらみつけた。
「一体、これはどういうことよ! もう訳がわからないことだらけよ!! 第一、人間のわたしが、あなたたち限夢人と結婚できるわけないじゃない。しかも王族だなんて、なおさら……。早くわたしをもとの世界に戻してよ!!」
「くすくすくす……。どうやら、本性があらわれはじめたようだな?」
 楽しそうに世凪が笑う。
 そして、パチンと指を鳴らしたかと思うと、それまで梓海道の手の中にあった着替えが、瞬時に世凪の手の中へと移動していた。
 柚巴はたじろぐ。
 けれど、動揺の色を隠しながら、悔しそうに世凪をにらみつける。
 もちろん、いきなり世凪の手の中に移動した着替えにもだけれど、何よりも、世凪が発したその言葉に動揺せずにいられなかった。
 何しろ、その世凪の言葉は、図星を……核心をついた言葉だったから……。
「ど、どういうことよ」
 そんな柚巴の動揺は、世凪にはお見通しのよう。
「そういうことだろう? 普段おとなしそうに見えても、実は柚巴は誰よりも気が強い」
 先ほど自分の手へ引き寄せた着替えをすっと口元へ持ってきて、その着替えに口づけた。
 そして、妖しげな視線を柚巴に送る。
「……そ、そんなことはどうでもいいのよ。それよりも、わたしの質問に答えなさいよ!」
 世凪のその気障な行動に柚巴は顔を赤らめ、ばつが悪そうに怒鳴る。
 この世凪という男、なかなかあなどれない。
「仕方ないな……。じゃあ、答えてあげるとしますか」
 やれやれと両手を上げ、意地悪げに世凪が言う。
 柚巴は、世凪のそのふてぶてしい態度にかちんときたけれど、必死にこらえ、世凪をにらみつける。
 せっかくここまでこぎつけたのだ。それを無駄にする手はない。
 そんな柚巴の思惑など露知らず、世凪は得意げに語りはじめる。
「お前は知っているよな? 本来、我々使い魔は、人間界の召喚者によって召喚されない限り、人間界には行けないことを」
 確認するように、世凪は柚巴をじっと見つめる。
「ええ……。その召喚者に、わたしたち御使威家が選ばれたのでしょう?」
「その通りだ。しかし、限夢界の王族は、人間の使役を受けるなど、誇りが許さない。そこで、使役を受けずに人間界に渡る必要がある」
「それも知っている。だから、使い魔の中に王族は存在しない……。だけど、召喚されない限り、人間界にも渡れない。だから今、こちらの世界の王族の間では、それがゆゆしき問題となっているのでしょう?」
「ああ、そうだ。では、これは知っているか? この限夢宮の奥深くには、あかずの間という部屋があり、そこに、限夢界と人間界をつなぐ扉があることは……」
 真剣な顔で、試すように世凪が言った。
「え……?」
 柚巴は驚きの表情を見せる。
 次第に、柚巴の表情は険しくなっていく。
 そんな扉の存在など、もちろん柚巴が知るはずもない。
 限夢界のことを多少なりとは聞いているけれど、そのような重大なことは……。
「そして、その扉を開くことができるのは、こちらの世界にいる人間の番人のみ……。――そこで、お前が扉の番人に選ばれたというわけだ。選ばれた一族の血をひくお前ならば、何の支障もなくこちらの世界へ渡れる」
「それと王子との結婚に、何の関係があるのよ?」
 柚巴は合点がいかず、納得がいっていないよう。
 さらに得意げに、世凪は説明を続ける。
「そんなものは簡単だろう? お前を、こちらの世界に縛りつけるための口実だ。王族になれば、行動も制限される。だから、王子を利用させてもらうというわけだ。――まあ、だから結婚といっても、形だけのものでかまわない。ただ、お前がこちらの世界にとどまればそれでいい。必要な時にこちらにいないのでは、番人の意味がないからな」
「……勝手なことを言わないでよ」
 柚巴は、小刻みに体を震わせる。
 まったく、この勝手な言いよう。
 一方的に限夢界側に有利なこの話。
 さすがは、自己中心的な世凪の口から出る話。
 それにしても、この話が本当だとすると、つまりは――
「はあ……?」
 世凪は、予想外の柚巴の言葉に、眉をしかめる。
「勝手なことを言わないでって言っているのよ! それってば、まるっきりあなた達の都合じゃない! そんなことで、いきなりこんなところに連れてこられて、そんなことを言われても、はいそうですかってきけるわけないでしょう! 人を馬鹿にするのもたいがいにしなさいよ!!」
 世凪をきっとにらみつけ、扉の方へすたすたと歩いて行く。
 そして、世凪の前までやって来ると、手で押しのけるようにして世凪の横を通ろうとする。
「どいてよ。帰るのだから」
 世凪も黙って行かせるわけがなく、柚巴の腕をつかみ、引き止める。
「帰すわけがないだろう」
 世凪は、柚巴をにらみつける。
 柚巴もにらみ返す。
「あんたたちの都合につき合う気はないって言っているのよ。そんなに人間が必要なら、他をあたりなさいよ。御使威家の人間は、わたし一人だけじゃないのだから……!!」
「それはできない」
 きっぱりと世凪が言った。
 ぴくっと柚巴の眉が動く。
 同時に、柚巴の抗いもやむ。
「出来損ないの御使威家の人間は、お前だけだからな」
 世凪は当たり前のようにそう言って、鼻で笑う。
「な……!!」
 もちろん柚巴は、世凪のその言葉にかちんときた。
 しかし、世凪はやはり、そんな柚巴にはおかまいなし。
 ぐいっと柚巴の腕を引き、引き寄せ、そして柚巴の顔に、自分のにやりと微笑んだ不気味な顔を近づける。
「事実そうだろう? 御使威家の人間で、我々を使い魔にしていないのは、唯一お前だけだ。お前より幼い子供も、一人や二人は使役している」
「……!!」
 悔しそうに柚巴は顔をゆがめる。
 そして、ぷいっと顔をそむける。
「お前ほどの出来損ないならば、お前の父親でもある御使威家当主も、簡単に承諾するだろう。……その方が、少しは役にも立つしな?」
 そう言った世凪の言葉に、どこか悪意のようなものを柚巴は感じた。
 だからその後、言い返すことが柚巴にはできなかった。
 何か底知れぬ恐怖を、世凪の中に感じてしまったから。
 その時だった。
 それまで黙っていた梓海道が、いきなり声を上げた。
「世凪さま……!!」
「ああ、わかっている。……奴ら、こんなところまでやって来たのか!」
 世凪は苦虫を噛みつぶしたような表情を見せる。
 そして、柚巴の腕を握る手を放した。
 同時に、柚巴の体は今まで抵抗していたのが加わり、勢い余って、前のめりに倒れこみそうになった。
 それをさっと世凪が助け支えると、またすぐに柚巴から手を放す。
 柚巴はそんな世凪を、不思議そうにじっと見つめる。
「ったく。邪魔くさい!! 行くぞ、梓海道!!」
「はっ……!」
 梓海道がさっと世凪に駆け寄る。
 それを確認すると世凪は、柚巴に向き直った。
 そして、手に持っていた柚巴のために用意した着替えを、柚巴にぐいっと押しつけた。
「いいか、柚巴! お前はここでおとなしくしていろ!」
 世凪はそう言い放って、すっと姿を消した。
 続いて、梓海道も姿を消した。


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update:03/04/13