告げられた計画
(3)

「やはり、お前たちか……」
 世凪はおもしろくなさそうに言い放った。
 見れば、世凪の前には、柚巴の父親の使い魔である男が六人立っている。
 そこはどうやら、王宮の廊下のよう。
 真っ赤な絨毯に、大理石のような石の柱。
 少なくとも、横に人が五人は並べるであろう大きな通路。
 その廊下は連絡通路らしく、両脇に部屋への扉はない。
 すなわち、逃げも隠れもできない、一直線の闘技場のようなもの。
 そこで、世凪と由岐耶たちがにらみ合っていた。
 梓海道も世凪の一歩後ろに控え、使い魔たちに厳しい表情を向けている。
 一触即発。
 そういった様子である。
「用件はわかっているだろう、世凪」
 由岐耶がすごみをきかせ言った。
 世凪と由岐耶たちの間に保たれた距離は、三メートルほどである。
 攻撃をしかけるには、十分な距離。
 いつ戦いがはじまってもおかしくはない。
 そうなると、この狭い王宮の廊下。彼らの強大な力がぶつかり合えば、すぐに吹き飛んでしまうのも目に見えている。
「ああ……。柚巴を返せ……といったところだろう?」
 世凪は相変わらず嫌な表情で、蔑むように由岐耶たちを見る。
「その通りだ。わかっているのなら、さっさと姫さまを返してもらおうか!」
 懸命に世凪相手に怒りを抑えているけれど、それも時間の問題のよう。
 由岐耶の体からは、ばちばちと音を立て、青白い火花が散っている。
 ぴりぴりとした空気が、その場を覆いつくす。
「お断りだね」
 世凪が見下すようにふんと鼻で笑った。
 それはまるで、俺に指図をするなとでも言っているように。
 ――たしかに、世凪は人に指図をされるのが、大嫌いな俺様な性格ではあるけれど……。
 もちろんそんな態度をとられては、由岐耶たちも冷静ではいられないのが普通である。
 もう我慢の限界である。
「貴様……! わかっているのか。お前のしていることは犯罪だぞ!!」
 今にも飛びかかりそうな麻阿佐を、由岐耶が手で制する。
 由岐耶も麻阿佐同様、世凪につかみかかりたい衝動をおさえ、必死でこらえている。
 麻阿佐はすぐ衝動的になるが、由岐耶は極限まで、その強靭な自制心で、今にも爆発してしまいそうな怒りをぐっとこらえることが可能なのである。
 ここで世凪の挑発にのるのは賢明ではない。
 それを由岐耶は知っていた。
 麻阿佐もそれはわかっているけれど、その衝動をとめられない。
 そんな対照的な二人を見て、世凪は困った奴らだなと言いたげに、同情の眼差しを向ける。
 しかし、腹立たしい光も目にこめている。
 たしかに、表情は同情をあらわしているけれど、その目は明らかに彼らを馬鹿にしている。
「べつに、人間の一人や二人、いなくなったところでたいしたことではないだろう?」
「……お前はわかっていない」
 世凪のその言葉を聞き、由岐耶は怪訝な顔をした。
 そして、世凪があまりにも馬鹿らしいことを言うものだから、しらけてしまい、あっさりと冷静を取り戻せる。
「何がだ?」
 そんな由岐耶の馬鹿にするような態度を見て、世凪はむっとする。
「人間を、無断で我々の世界に連れてくること自体、犯罪だ。しかもその人間というのが、我々と契約を結んだ御使威家の者となるとなおさらだ」
「かまわないだろう。あんな落ちこぼれ。どうせ役に立ちもしないだろう」
 くすくすと世凪が笑い出した。
 柚巴を馬鹿にされては、由岐耶もそうだけれど、この麻阿佐が黙っているわけがない。
「とにかく、マスターの命令だ。力づくでも姫さまを取り戻す!」
 柚巴を(おと)され、もう我慢ができなくなった麻阿佐は、右手にぼわっと青白い光を放つ球体のようなものをつくった。
 その球体はまるで台風のように、ぐるぐるとすごい速さで回転している。
 球体から、一陣の風が吹き出る。
 世凪にとっては卑下する存在でも、麻阿佐にとっては、柚巴は特別な存在。
 そんな特別な存在を貶されては、黙ってなどいられない。
 麻阿佐の抱く柚巴への特別な気持ち……。
 それはまだ、麻阿佐自身にもよくわからないものだけれど……。
 かつて麻阿佐は、柚巴に心を救われたことがある。
 弦樋の使い魔になったのも、その辺のいきさつが関係している。
 あの頃はまだ、麻阿佐は柚巴に抱くその気持ちに気づいていなかった。
 いや、むしろ、その気持ちは、弦樋へ向けるものだと錯覚していて、それで弦樋についたのである。
 本当は、ただ、柚巴のそばにいたかっただけなのだけれど……。
「へえ、俺と()るっていうの? これはこれは殊勝な」
 馬鹿にしたように世凪が言う。
 世凪にとっては、由岐耶はともかく、麻阿佐は相手にもならない、そんなつまらない力しか持ち合わせていない。
 それでも、麻阿佐のその力は、限夢界ではトップクラスなのだけれど。
 そんな挑発的な世凪の態度は、さらに麻阿佐の怒りを増長させる。
 どうも麻阿佐という男は、どこか詰めが甘いらしく、簡単に世凪の挑発に乗ってしまう。
「たとえお前が突出した力の持ち主だとしても、我々も選りすぐられた使い魔だ。全員でかかれば、お前を倒せないこともない」
 麻阿佐は口のはしをひくつかせ、ぎろっと世凪をにらみつける。
「……相討ちにでもしようというのか? そうまでして、助ける価値のある人間なのか? あの女は……」
 世凪はさらに挑発するように言う。
 相討ち……。そんなもの、ここにいる使い魔六人が一斉に飛びかかったとしても、果たして……?
「貴様……!! もう容赦はしない……!!」
 風の玉をつくっていた麻阿佐は、そう言うか言わないかのうちに、世凪に飛びかかった。
 それに気づいた由岐耶が、慌てて麻阿佐をとめる。
「待て! 麻阿佐!!」
 しかし、どうやら一足遅かったようである。
 世凪の後ろに控えていたはずの梓海道の姿が消えていた。
「馬鹿が……」
 次には、世凪が床を見下ろし、静かにつぶやいた。
 飛びかかったはずの麻阿佐が、世凪の目の前の床に倒れていた。
 真っ赤な絨毯の上に、さらに真っ赤な血が流れている。
 全身、切り傷だらけのぼろぼろになった麻阿佐がそこにいた。
 それを目の当たりにした由岐耶たちは、蒼白な顔をしている。
 由岐耶を除く使い魔たちは、明らかに狼狽(ろうばい)しはじめていた。
 由岐耶でさえも、動揺の色を隠しきれていない。
 世凪には敵わないとはわかっていても、まさか、その世凪に仕える従僕の梓海道にまでも敵わないとは思っていなかった。
 そこに、使い魔たちは驚いた。
「麻阿佐……!!」
 使い魔の一人、衣狭(いさ)が、慌てて麻阿佐に駆け寄り助け起こす。
 その横で、梓海道は冷たい目で、すっと世凪を見上げる。
「お怪我はございませんか? 世凪さま」
「大事ない」
 見れば、キンと伸びた右手の爪についた真っ赤な血をぺろりとなめながら、梓海道が世凪の前にひざまずいている。
 そんな梓海道を、不遜な態度で世凪が見下ろしている。
 そして、ゆっくりと、梓海道から麻阿佐へと視線を移す。
「お前のような力のない輩が、一人で飛びかかってきて何ができる? お前など、この梓海道で十分だ」
「う……っ」
 ぼろぼろになり倒れこみながらも、麻阿佐はぎろりと世凪をにらみつけている。
 衣狭が「しゃべるな!」と麻阿佐をとめにはいる。
 それほどまでに、麻阿佐が受けた傷は、深かったらしい。
 そんな麻阿佐に、容赦のない世凪の言葉があびせられる。
「わかったら、とっとと失せな! 雑魚(ざこ)どもが!!」
 うろたえる使い魔たちをにらみつける。


 世凪が塔の部屋を出て行った後、どうにかここから脱出できないかと、あちらこちらをたたいたり、引っ張ったりしてみたけれど、どこもびくともしない。
 窓をわろうとしてみたけれど、そちらもひび一つ入らない。
 もちろん、扉も試してみたけれど、開くはずもなかった。
 思い当たること全てを試みたけれど、どれも芳しくない。
 そして、一通りのことを終えて疲れてしまった柚巴は、不安な表情で部屋の中央に座り込んでしまっていた。
「……どうして、こんなことになっちゃったのよ……」
 今にも泣き出しそうな声で、ぼそりとつぶやいた。
 ――その時だった。
 コンコンコン。
 誰かが窓をたたく音がした。
 それに気づいた柚巴は、ばっと窓の方を見る。
 ここは、塔の最上階。
 そんなところの窓をたたく者などいるわけがない。
 そうわかってはいるけれど、反射的に振り向いていた。
 同時に、目を見開く。
 この世界では、そんな常識は通用しなかった。
 それを柚巴はころっと忘れていた。
 塔の最上階だろうがどこだろうが、どこでも思うままに移動できるのが、ここ限夢界に住む人々。
 たたかれた窓の外には、弦樋の使い魔の一人、竜桐がいた。
「竜桐さん!!」
 柚巴は思わずそう叫んだけれど、すぐに慌てて口をばっと両手でふさぐ。
 竜桐が人差し指を口元にあて、「静かに……」というジェスチャーをしていたから。
 静かに立ち上がり、窓際まで歩いて行く。
「今お助けします。危ないので、少し窓からはなれていてください」
 柚巴はこくんとうなずき、窓からはなれる。
 すると、音も立てずに、静かに窓のガラスはばらばらと砕け落ちた。
 そして、その砕けた窓から竜桐が中へ入って来た。
 柚巴は急いで竜桐に駆け寄り、抱きついた。
 竜桐は愛しそうに、そっと優しくそんな柚巴を抱きしめる。
 その震える肩を抱く。
「ご安心ください。もう大丈夫ですよ、姫」
 柚巴は安心しきって、ぐすぐすと泣きはじめてしまった。
 その柚巴を、少し困ったように竜桐は見つめた。


 ピューイ……。
 王宮中に、そんな奇妙な音が響き渡った。
 それまで世凪とにらみ合いをしていた使い魔たちは、一斉に顔を見合わせこくんとうなずくと、世凪に背を向け、消えて行く。
 麻阿佐も、衣狭に助けられながら姿を消した。
 それを見て、世凪は悟った。
「しまった……! これは(おとり)だったのか……!!」
 悔しそうに拳を握り締める。
「世凪さま!?」
 一筋の冷や汗を流し、梓海道はばっと世凪を見つめる。
 そして、立ち上がる。
「わかっている! 行くぞ、梓海道!!」
「はい!」
 世凪が姿を消すと、それを追うように梓海道も姿を消した。
 姿を消した世凪たちの後には、そこで小競り合いがあったのだろうという痕跡だけが残っていた。


 王宮の最奥にある塔の最上階。
 そこに世凪と梓海道はいた。
 彼ら以外、誰もいない。
 ただ、すうすうと冷たい風か吹き込むその窓の下に、ばらばらに砕けた窓ガラスが散らばっているだけだった。
「やられたな……」
 その窓ガラスの欠片の一つを拾い上げながら、悔しそうに世凪がはき捨てる。
「世凪さま?」
 そのような世凪を、梓海道は切なげに見つめる。
 梓海道には、今世凪が抱くその悔しさが、手に取るようにわかってしまうから。
「しかし、これくらいで、俺が手を引くと思うなよ。見ていろ、御使威の犬ども……!!」
 世凪が持っていたガラス片は、世凪の指からすうっと形を消し、まわりに溶け込むように消滅した。
 その怒りの炎で、ガラス片を蒸発させてしまったらしい。
 どこか悔しそうでいて淋しそうな世凪の姿を見て、梓海道は困ったような表情を浮かべた。
 世凪の目的を知っているだけに、梓海道には慰める言葉がない。


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update:03/04/17