漁夫の利
(3)

 それにしても、この休日の遊園地には似つかわしくない一団がここに一つ。
 それは、使い魔四人組。
 さすがに、スーツなど着てはいないけれど、いい年をした男が四人、こんな所でこそこそと何かをつけまわっている。
 そんなことをしていれば、もちろん悪目立ちしないわけがない。
 親子連れの子供が「あのおじさんたち、なーに?」とでも言っているのか、使い魔四人の方を指差している。
 そして、それに気づいた親は、子供にやめるようたしなめていた。
 これはもう、無理もないことだけれど、あからさまに変質者扱い。
 それに由岐耶が気づき、そっと竜桐に耳打ちする。
「りゅ、竜桐さま……」
「ああ」
 竜桐は動揺する由岐耶とはうってかわって、あくまで涼しそうな表情のままそう答えると、すっと姿を消した。
 それを見ていた残り三人も、竜桐に続いて姿を消す。
 しかし、その姿を消した瞬間を、誰一人として見た者はいない。
 彼らははじめから、そこにあり得ないもの。存在しないもの……と、彼らが姿を消した瞬間、人間の記憶にそうインプットされた。
 よって、その消える瞬間を見ていても、それを意識していない。
 したがって、記憶にも残らない。
 ――ただし、特別な意思をもって彼らを見ていれば、話は別だけれど……。
「あ……。今度は、どうやらあれにするようですね」
 ずっと柚巴たちの行動を見ていた由岐耶が、おばけ屋敷を指差し言った。
「まずいな……」
 顔をしかめ、ぼそっと竜桐がこぼす。
 由岐耶が竜桐の横に進み出て、舌打ちをした。
「そうですね……。あんな目の利かない密室に入られては、我々も手を出せない」
 竜桐は由岐耶のその言葉には答えない。
「行くぞ!」
「はい……!」
 姿を消したまま、竜桐は距離をおいてそっと柚巴たちに近づく。
 その後に三人も続く。
 あまり柚巴に近づきすぎると、気配をよまれ、気づかれる恐れがあるから。
 いくら柚巴が御使威家の中でも落ちこぼれ……とはいっても、普段かなりの時間接触しているので、彼らの気配くらいは読み取れる。
 それを竜桐たちも知っていたので、容易に柚巴に近づくことを警戒している。
 今回は、あくまで柚巴に悟られてはいけない……。
 それがマスターから下された命令で、竜桐たちも認識していた。
 その時、多紀がちらっと竜桐たちの方を見て、また柚巴たちに視線を戻したような気が、竜桐はした。
 しかし、恐らく気のせいと思い、その時は多紀のその行動を気にとめることはなかった。


 おばけ屋敷前。
 柚巴はそこで、呆然と、いかにもおどろおどろしい外観をにらみつけていた。
 まるで、その恐怖と必死で戦っている……とでもいった様子で。
 案の定、そうだった。
 柚巴は蒼白な顔で、がしっと庚子の腕をつかむ。
「ねえ、庚子ちゃん、やっぱりやめようよ〜。怖いよ、わたし」
 すると庚子はここぞとばかりににやっと笑い、今度は逆に、がしっと柚巴の腕をつかむ。
 たしかに宣言していた通り、柚巴は絶叫マシーンは得意だった。
 庚子が期待していたように泣き叫んではくれない。
 それは庚子にとっては、とてもおもしろくない。
 しかし今、ようやくその機会がめぐってきた。これを逃すわけがない。
 にたり……と嫌な笑みを柚巴へ向ける。
 明らかに、怯える柚巴を楽しんでいる。
「だからだよ。そうすれば、おばけ屋敷に入っている間中、柚巴はわたしに抱きついているだろう?」
 にっこにっこと、満面の笑みを柚巴に向ける。
 その言葉は嘘ではない。
 本当に、心からそう思い喜んでいる。
 それが柚巴にも容易に伝わってくる。
「庚子ちゃんのいじわる〜!」
 柚巴は庚子に泣きつく。
 この世の終わりでも見てきたかのような目で、必死で庚子に訴えかける。
 しかしそんなことくらいで、庚子の考えがあらたまるはずがない。
 庚子は、ようやく自分の期待通りの反応を柚巴が示したので、もう有頂天。
 うきうきるんるんと心弾んでいる。
 怖がる柚巴を支えるためという大義名分のもと、遠慮なく、柚巴を独り占めできるから。
 多紀に邪魔される恐れもまったくない。
 それを見ていた多紀も、面白そうに言う。
 どうやら多紀も、庚子と同じ考えのよう。
 まあ、多紀が面白そうなことをみすみす見逃すはずがないけれど。
「柚巴ちゃん。怖かったら、こちら側に俺がいてあげるよ」
 多紀は、庚子とは反対側の柚巴の横にすっと移った。
 そして、がしっと柚巴の腕をつかむ。
 この二人にかかっては、柚巴はおもちゃにすぎないのかもしれない。
「た、多紀くんも!? 二人とも、わたしをいじめて楽しんでいるでしょ〜!」
 庚子と多紀は泣き叫ぶ柚巴を、おばけ屋敷の中へ、楽しそうにずるずると引っ張っていく。
 柚巴はぎゃあぎゃあ叫び抵抗を試みているけれど、やはりニ人がかりで引っ張られては、柚巴などひとたまりもない。
 本当にもう、柚巴はこの二人にいいように遊ばれている。
 恐るべし、おさななじみパワー……。
「い、今のは、一体……?」
 その様子を見ていた由岐耶は、あっけにとられていた。
 もちろん、自分たちのマスターの娘の、しかも姫と呼ぶその少女が、このように無下に扱われるのにも驚いたけれど、普段清楚に落ち着き払っている柚巴が品なく泣き叫んでいる。
 それはまるで、普通の女子高生そのもののように由岐耶には見えていた。
 それを半分呆れつつも、半分はほほえましく思っていた。
 由岐耶の心に、ぽっとあたたかなものがともる。
 まるで父親が娘を見守るような、そんな優しげな感情だった。
 友達と戯れる、そんなごく普通のことが許されない柚巴にも、ようやくそれが許されたような気がした。
 なんて素晴らしいことだろうと、感動すらしている。
「ほら、我々も行くぞ」
 竜桐が少し困ったように、呆然としている由岐耶の肩をぽんとたたく。
 すると由岐耶は我にかえり、びくっと体をふるわせた。
 そして四人そろって、おばけ屋敷の中へ入っていく。


 柚巴は相変わらず、ぎゃあぎゃあと言って庚子に抱きついたまま。
 右も左も、蝋人形(ろうにんぎょう)
 それも、ただの蝋人形ではない。
 必要以上にリアルにグロテスクにつくられた、おばけの蝋人形。
 そして、いかにもやらせな、ぎゃあ〜という悲鳴や断末魔が響く。
 それは、庚子と多紀にとっては子供だましにすぎない。
 二人とも怖がることなく、ひょうひょうとしている。
 多紀にいたっては、そのつくりをまじまじと観察しはじめる始末。
 しかし、柚巴を恐怖に陥れるには、それで十分だった。
「あはは〜。本当かわいいなあ、柚巴は」
 庚子は、にこにこと笑い柚巴の頭をなでる。
 そして、ぎゅっとその頭を抱きしめる。
「おい、庚子。お前、マジでやばいぞ。頼むから、そっちにははしらないでくれよ?」
 多紀が蝋人形から庚子に視線を移し、神妙な面持ちで言った。
「うるさいよ、多紀」
 こつんと多紀の頭が小突かれる。
「……にしても、しようもないな。このおばけ屋敷」
 庚子がおもしろくなさそうに言う。
 そして、ぼこんと蝋人形の額を小突く。
 思わず顔を上げた柚巴が、よりにもよってそれを目撃してしまい、「呪われるう〜!」とまた泣き叫ぶ。
 そんな二人を見て、多紀はため息をもらした。
「だから、お前が異常なんだよ。普通の女の子は、柚巴ちゃんのような反応をするんだよ……」
 呆れながら、少し距離を置いて、多紀が後からついてくる。
 さきほどの柚巴の「呪われるう〜!」がきいたのか、多少耳を痛そうにおさえながら。
 もちろん庚子も耳に手をあて、顔をしかめている。
「ね……ねえ、庚子ちゃん、出口まだあ〜?」
 今にも泣き出しそうに、柚巴が庚子に聞いた。
 庚子の腕に顔をうずめながら。
 庚子に抱きついて目をつむって、引っ張られるようにおばけ屋敷の中を歩いている。
 庚子はまた、嬉しそうににやりと微笑む。
「まだまだだよ」
「ふえ〜んっ」
 柚巴はまた泣きはじめる。
「……ったく……。あんた、普段使い魔にかこまれて生活しているくせに、おばけが駄目だなんておかしいよ」
 庚子が呆れたように柚巴に言った。
 すると、柚巴はぴくりと肩を震わせる。
「違うもん! 使い魔はおばけじゃないもん。一緒にしないでよ〜」
 もう柚巴はいっぱいいっぱいのようで、ただ泣き叫ぶしかできない。
 柚巴の口から出る言葉も、ろれつがあやしい。
「マジでやばいんじゃないの? そろそろ……」
 多紀が柚巴の様子をうかがうように言った。
 その表情は、ちょっとやりすぎたかな?と苦笑いを浮かべている。
 そんな多紀の言葉を聞いて、庚子も表情を、にこにこ顔から冷静なものへとすっと変化させた。
「ああ。ちょっといじめすぎたかな? 多紀、そろそろリタイアする? ちょうどあそこにエスケープの扉があるし」
 庚子は柚巴が抱きついている腕とは反対の手を上げ、正面を指差した。
「そうだな。――柚巴ちゃん。リタイアする?」
 多紀が柚巴に聞く。
 すると柚巴は、何も言わずに、ただ激しく首を縦にふる。
 それを見た庚子が、そろりと指差していた方の腕を上げた。
「ラジャ……」
 そして、そうつぶやいた。
 三人がエスケープ口までやって来ると、多紀が一歩前へ出て、その扉のドアノブに触れ、ドアを開けた。
 すると、微かな光が差し込んできた。
 同時に、外から激しい引力がかかったのか、三人はドアの外に勢いよく引っ張り出されてしまった。
 今までの三人のやり取りを、半分呆れつつ、そして半分吹き出しそうに見ていた使い魔たちの表情が、一瞬にして変わった。強張った。
 険しいものとなった。
「しまった! やられたか!?」
 柚巴たちの後を少しはなれてついてきていた竜桐たちは、エスケープ口へ急ぐ。
 それから、ドアノブに手を触れ、開けようとしたがドアは開かない。
「ふざけるな!!」
 そう言ったか言わないかのうちに、ドアノブはドアごと吹き飛んでいた。
 そして、竜桐たちはドアの外へ出たけれど、そこにはもうすでに柚巴たちの姿はなかった。
 そこはちょうどおばけ屋敷の裏側にあたるのか、人の姿もない。
「りゅ、竜桐さま!?」
 由岐耶が蒼白な顔をして、竜桐の顔をのぞき込む。
 すると竜桐は、悔しそうに(くう)をじっとにらみつけ怒鳴った。
「……亜真!」
「承知!」
 亜真はそう答えると、ばっと目をつむる。
 竜桐のその言葉だけで、意図を瞬時に読み取ったよう。
「どうだ? わかるか?」
「はい……。少しではありますが、微かに姫の気配を感じ取れます」
 亜真は、弦樋の使い魔七人の中で、いちばん気をよくよむ。
 亜真の気をよむ能力は、使い魔の中でいちばんの力の持ち主、竜桐でさえも足元に及ばない。
 亜真はその気になれば、一〇〇メートル先だろうが、一キロメートル先だろうが、そこにある気をよめてしまう。
「そうか。それで、姫は……?」
 亜真はゆっくりと目を開けた。
 額からは、一筋の冷や汗が流れている。
 顔色は失われていた。
「すぐそこで、途絶えてしまいました」
「え……!?」
 四人の間に、重苦しい空気が流れる。
 亜真ですらよめないその気とは……?
 いや、それ以前に、すぐそこで途絶える気など、この人間界に存在するのだろうか……?
 それは、人間ではとうていできないこと。
 限夢人の瞬間移動を使わない限り――


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update:03/05/03