生まれる波紋
(3)

 問題は、麻阿佐や世凪だけではない。
 ここにも、まだ解決しなければならない問題が残っている。
 それは、庚子と多紀の問題。
 鬼導院家の地下牢でのあの一件。
 あの一件で、柚巴はすっかりニ人の信用を失っていた。
「庚子さん、多紀さん。姫がお話があるとおっしゃられておりますので、一緒に来てもらいます」
 きれいなオレンジ色をした夕日が差しこむ、放課後の女子更衣室。
 そこに、柚巴はいない。
 やはり、例の一件以来、多紀はともかく、庚子は柚巴をさけ続け、目すら合わそうとしなかった。
 庚子のことを心配し、そちらばかり見ている柚巴と時折目が合うこともあったけれど、すぐに目をそらしてしまう。
 それの繰り返しだった。
 そんなことばかり続いているので、柚巴もそろそろ限界にきていた。
 柚巴からお願いされて来たのだろう、いきなり学校に現れ、庚子と多紀の前に仁王立ちになった竜桐が、有無を言わせぬ態度でそう言った。
 竜桐は多少、柚巴に苦しげな表情をさせ、気持ちを抱かせる庚子に、いらだちを感じはじめていた。
 だから自然、口調も乱暴になる。
「ちょ……っ。いきなり来て、そんなことを言われても、行けるわけがないだろ!」
 庚子が竜桐にくいかかってくる。
 それは、もっともなことである。
 何しろ、庚子は今、柚巴をさけているのだから。
 その対象である柚巴からの呼び出しがあっても、そう簡単にほいほいと行けるものではない。
 しかし、竜桐にとっては、柚巴と庚子、天秤にかける価値すらない。
 もちろん、柚巴のお願いが優先される。
 竜桐は、柚巴のお願い≠ノは、とことん弱いから。
「行けないとは言わせませんよ。もう学校も終わりましたでしょう?」
 ぎろりと、竜桐がにらむ。
「とにかく、一緒に来ていただきます。……力づくでも」
 そう言った竜桐の顔は、逆らうことを許さないというものだった。
 いや、ここで逆らったら、この後どうなるかわからない。
 人間の庚子が、使い魔の竜桐に敵うはずがない。
「……!!」
 庚子は悔しそうに竜桐をにらみつける。
 多紀はそんな庚子の後ろで、困ったように眉をひそめていた。
 もうそろそろ、仲直りしてもよい頃なのでは?と、この強情な庚子に多少困りはじめていた頃だったから。
「では……」
 竜桐は、庚子と多紀を、まるでものでも抱えるようにひょいと、いとも簡単に両脇に抱えた。
 人間ニ人を、軽々と抱える。
 やはり使い魔というものは、その腕力も人間とは比べ物にならないよう。
 いや、そうではなく、これも使い魔の特殊な力を使い、そしてなし得ることなのだろうか?
 どちらにしても、使い魔というものは、人間の常識から逸脱した力を持っていることは確かだろう。
「わあっ!」
 庚子と多紀が、いきなりの竜桐の行動に驚く。
 同時に、そこから庚子と多紀、竜桐の姿は消えていた。


「姫、お待たせいたしました」
 御使威邸。
 使い魔居住スペースの居間。
 柚巴はまたそこにいた。
 一緒に、由岐耶と都詩もいる。
 柚巴の前に、いきなり、庚子と多紀を抱え、竜桐が気配を感じさせることなくすうと姿を現した。
 使用人がこの使い魔の居住空間に足を踏み入れることは許されていないが、どうやら、庚子と多紀は許されたらしい。
 それはやはり、柚巴の友人という特別な存在だからだろうか。
 使い魔たちの判断基準は、どうもその辺りにありそうである。
「あ……」
 柚巴が小さく声を上げた。そして、立ち上がる。
 すると、竜桐は柚巴から一歩後退し、庚子と多紀を静かに床に下ろした。
「ごめんね、庚子ちゃん、多紀くん。いきなりこんな強引なことしちゃって……。でも……お話ししたいことがあって……」
 申し訳なさそうに柚巴が言う。
「……もう騙されないからな。柚巴、あんた……」
 柚巴には視線を合わせないように、ぷいと窓の外をにらみつけ言った。
「うん……。あれだよね」
 悲しそうに柚巴が言う。
 すべてを悟りきっている様子である。
 悟りきっていて、あえて庚子と多紀に話すことがあるのだろうか?
 だからだろうか? 柚巴ははかなげにも見える。
 そしてまた、使い魔を使ってまでも、そんな卑怯な手段に出てまでも、柚巴は庚子と仲直りしたいらしい。
 そんな柚巴の切な願いが、使い魔たちを動かしている。
「ここ数日で、庚子ちゃんたちは、いろいろなことを知りすぎたもの。戸惑うのもわかるよ……」
 柚巴は困ったような微笑を庚子に向ける。
「何がわかるだよ! 今まで騙していたくせに。騙して楽しんでいたのだろ!?」
 庚子が柚巴をののしる。
 柚巴ラブの庚子にとって、この言葉は自分をも傷つける言葉である。
 それをわかっていて、庚子はあえてこの言葉を使わずにはいられなかった。
 それほどにも、庚子は傷ついている。
 あの鬼導院家のできごとが、腹立たしいことに、彼らの友情にひびを入れる。
 多少、自暴自棄になっているのかもしれない。
 ただ、意地になっているだけにすぎないはずが、その意地が災いし、庚子は素直になれずにいる。
 もう本当は、柚巴とともに過ごさずにいるのは、限界にきているはずなのに。
 それはもちろん、柚巴にもいえること。
 柚巴だって、庚子と出会って、こんなに長い間、言葉をかわさないことは今までなかった。
 だからこそ、柚巴は、多少強引ともいえる今回のこの手段にでたのだろう。
 そんなニ人を、多紀は見透かしたように見つめている。
「庚子!」
 さすがに、そろそろ多紀も限界にきているのだろう。
 庚子がもうそれ以上、柚巴を自分をも追いつめる言葉を口にしないように、とめようとする。
「いいの、多紀くん」
 柚巴が静かに言った。
 そして、切なげに首を横に振る。
「いいや、よくないよ。庚子は、何もわかっていないからね!」
 多紀が語気を荒げて言う。
「もう単純というか、単細胞というか……。とにかく、思い込むと一直線だ」
「多紀……!! あんた!!」
 馬鹿にされ、庚子は多紀をにらむ。
「うん。でも、そこが庚子ちゃんのいいところだよ」
 柚巴が微笑む。
 多紀の言葉を否定しようとしない。
 先ほど多紀が発した言葉を、マイナスの意味でなくプラスの意味でとっている。
 しかし、多紀はもちろん、マイナスの意味で言っている。
 そして、庚子もしっかりと、正しい方の意味でとっていた。
 それに気づいていないのは柚巴だけ。
「あんたたち、何さっきから仲よくしているんだよ! 多紀、あんたわかっているのか!? 柚巴は、わたしたちを裏切ったんだよ!」
「あ〜もう。だから、それが勘違いなんだよ、お前の!」
 多紀が呆れ返ったように、頭をがしがしとかく。
「なんだと!?」
 ますます、庚子の怒りボルテージは上がる。
 多紀に馬鹿にされればされるほど庚子が怒り燃えるのは、あたりまえすぎて今さら。
 それをわかっていてあえてするのもまた、多紀である。
「多紀くん……?」
「柚巴ちゃん。この馬鹿に、ちゃんと言ってやりな」
 多紀がぶっきらぼうに言う。
「え……? うん!」
 柚巴は一瞬、多紀が何を言っているのか理解できなかったけれど、すぐにその意味を理解し、嬉しそうにうなずいた。
 多紀は、柚巴に釈明のチャンスを与えてくれたのである。
「あのね、庚子ちゃん。お願いだから、少しの間だけわたしの話をきいて?」
「あんたの話なんて聞く必要もないだろ? あの時、あんたはわたしたちがどうなろうと関係ないって言った……!」
 庚子が苦しそうに言う。
 とうとう庚子の本音が出たようである。
 庚子はこの言葉に傷つき、そして意地になり、今まで柚巴をさけ続けていた。
 関係ないなんて言われたくなかった。
 たとえ、どんな困難な状況であろうと、柚巴にだけは、関係ないなんて……。
 なのに、柚巴は――
「全部嘘よ」
 しかし、意外にもさらっと柚巴が答える。
「は!?」
 庚子は目を白黒させ驚き、柚巴を凝視する。
 庚子の中では、嘘をつく柚巴≠ヘ存在していない。
 そして今回、こんなにも庚子を悩ませた言葉が、嘘……?
 あまりにも間抜けな結末で、庚子は驚き半分、脱力半分だった。
 しかし、一瞬にして、安心したのも事実である。
 その言葉が嘘≠ネどとは、庚子には思う余地などない。
 だって、庚子の中の柚巴は、嘘はつかないから。
 どんなに調子がよくたって。
「全部嘘。口からでまかせ。まさか、本当に信じるとは思わなかったけれど。あまりにも上手くいったから、自分でも拍子抜けしたくらいよ?」
 にこっと、いつものかわいらしい笑顔を柚巴が見せる。
「俺は気づいていたけれどね? 庚子が鈍感すぎるんだ」
 けろりと多紀が言った。
「え! 多紀!?」
 庚子は、相変わらず目を白黒させている。
 まだ柚巴と多紀の言葉を、完全には理解していないらしい。
「だって、あの時、小刻みに柚巴ちゃんの足が震えていたからね? 第一、柚巴ちゃんが本気で、あんなことを言うわけがないだろう? 俺ですら気づいたことに、庚子、お前が気づいてあげなくてどうするんだよ!? 信じてあげなくてどうする!」
「あ……!」
 庚子の顔が、一瞬のうちに赤面した。
 多紀に言われてはじめてそのことに気づく。
 庚子は自分が恥ずかしくなった。
 柚巴が大好きな自分が、柚巴を信じてあげられなかった……。
 それは庚子にとって、とてつもなく恥ずかしいことで悔しいこと。
 自分で自分が憎らしい。
「柚巴……。もしかしてあんた、わたしたちを助けようとして……?」
 恐る恐る、庚子が柚巴を見つめる。
 すると柚巴は、庚子のその問いには答えず、困ったように苦笑いを浮かべた。
「ごめん! 柚巴……!!」
 そう言って、庚子が柚巴を抱きしめる。
 ぎゅっとぎゅっと強く、今までの時間を取り戻すかのように強く抱きしめる。
「ううん。わたしもごめんね。嘘でもあんなことを言っちゃって……」
 柚巴も庚子を抱きしめ返す。
 すっかりニ人だけの世界が出来上がってしまった。
 これもまた、このニ人にとっては珍しくもない。
 その横で、多紀が、柚巴と庚子のことなど気にもしていないというように、由岐耶に耳打ちする。
「あの……。ところで、柚巴ちゃんって、二重人格だったりします?」


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update:03/05/31