生まれる波紋
(4)

「はあ!?」
 由岐耶がすっとんきょうな声を上げた。
 彼には似合わない、どこか間の抜けた声だった。
 それほどまでに、この多紀の発言は、由岐耶を驚かせたということなのだろう。
「だって、あの時の柚巴ちゃん、普段からは想像ができないほどのかわりぶりでしたから」
「ああ!!」
 そう言って、由岐耶はくすくす笑い出す。
 多紀の発言の意図が簡単にわかったらしい。
 さすがは、聡明な由岐耶である。
 竜桐が一目おくだけはある。
 ニ人の会話を盗み聞きしていた都詩も笑い出した。
 都詩も、どちらかといえば勘のよい方である。
 それはやはり、彼の限夢界での役職故なのだろうか。
 彼は、限夢界でもエリートにあたる、王宮に仕える文官だから。
 限夢界では、王に謁見を許された、限られた人物のうちの一人でもある。
「だって、なあ? 都詩!」
「ああ、由岐耶!」
 ニ人は意思疎通し、楽しそうにさらに笑う。
 多紀は、一体何が起こったのかわからない様子で顔をゆがめる。
 多紀の中では、使い魔とは本来、おかしくても笑ったりしない、真面目で厳しく、近寄りがたい存在である。
 そう思うのには、多分に、竜桐の影響が強いことも、多紀はなんとなくわかっていた。
 そんな使い魔が、彼の前で、こわれたように笑っている。
 これは、多紀を驚かせるには十分だった。
 一方、柚巴と庚子は、いきなり由岐耶と都詩が笑い出したので、何が起こったのかとぼうっとニ人を眺めている。
 彼女たちもまた、使い魔のイメージは、笑ったりなどしないお堅いものだった。
 まあ、柚巴に関しては、そうでもないのだけれど……。
 何しろ、生まれてからずっと、柚巴のそばには使い魔がいるので、彼らがさほど柚巴たち人間と変わりないことを知っているから。
 竜桐は、無表情でそれらを眺めている。
 竜桐だけは、やはり庚子と多紀のイメージを、壊さなかったということになるのだろう。
 それが、良いか悪いかは別として。
「姫さまは、きれると何をするかわからない。性格が二転三転と変わっていきますからね!」
 由岐耶が爆笑する。
 それにつられて、都詩も爆笑する。
 これで完全に、今まで庚子と多紀がもっていた使い魔のイメージが、ぶち壊されてしまった。
「それにしても、かわりすぎだろう? まあ、もともと気が強い姫ではあるけれど」
「……!!」
 柚巴が、わなわなと震えだす。
 さすがの柚巴も、ここまで言われては、我慢ならなくなった。
 ……まったく、修行が足りない。
「ああ〜っ、姫!」
 わなわなと震える柚巴に気づき、慌てて竜桐が柚巴に駆け寄る。
「姫。どうか落ち着かれて。お前たちも、笑いすぎだ!」
 由岐耶と都詩を、竜桐はぎろりとにらみつける。
 竜桐ににらまれた由岐耶と都詩はとたんに笑いをやめ、押し黙ってしまった。
 これではまるで、猫ににらまれたねずみである。
 彼らに限って、窮鼠猫を噛む(きゅうそねこをかむ)にはならない。
 その様子をみていた庚子と多紀は顔を見合わせ、何かを納得したかのように、感慨深くこくんとうなずき合った。
 庚子と多紀の中で、瞬時に、柚巴と使い魔たちの力関係の縮図が出来上がっていた。


 世凪は、限夢界に帰ってきていた。
 そして、梓海道を連れて、城下まで出て来ている。
 限夢界の城下には、表の顔と裏の顔がある。
 表の顔は、大通りに面し、きらびやかな店が軒を連ねている。
 街行く人々も、どこか高貴な風情がある。
 裕福な世界……。そんな印象を色濃く受ける。
 しかし、一歩裏通りに足を踏み入れると、そこは悲惨なものだった。
 何が悲惨か……とは、あまり声を大きくしては語れないのだけれど……。
 一見、優雅で華麗に見える限夢界の裏の姿が反映されている。
 たとえば、使い魔の竜桐や由岐耶たちが限夢界の上流階級なら、そこにいる人々は下層階級ということになるのだろう。
 限夢界は実力主義で成り立っていて、彼らが持つ力の強さによって、その貧富も問われている。
 より強い力を持つ者が優遇され、力のないものは排除される。
 そんな暗い部分をもつのが限夢界である。
 その辺りも、さほど人間界と変わらない。
「なあ、梓海道。次はどうやって柚巴を連れてこようか?」
 城下の裏通りで、辺りの目など気にせず、にこにこと世凪が梓海道に言う。
 明らかに、この裏通りでは、世凪と梓海道はういている。
 彼らは、紛うかたなく、表の世界の人間だから。
 ――そう。噂はともかく、その性格はともかく、世凪の力は人並みはずれているから。
 だから、表の人間が裏に足を踏み入れても、これといって何をされるわけでもない。
 彼らもまた、馬鹿ではない。
 表の者に喧嘩を売ったところで、まともにやり合えるわけがないとちゃんとわきまえている。
 悲しいことだけれど――
 まあ、普通の表の者ならば、誰も好き好んで、こんな裏通りに足を踏み入れたりしないのも常識ではあるけれど。
「楽しそうですね? 世凪さま……」
 少し呆れ顔で、梓海道が言った。
「当たり前だろ? 簡単に手に入ってはおもしろくない。それまでの過程も大切だ。それに……上手くいけば、王家の連中の鼻をあかしてやれる!」
 不敵な笑みを世凪が浮かべる。
「……悪党ですね」
 梓海道が、ぼそりとつぶやく。
「本来、限夢人とはそういうものだ。最近の奴らが、人間に近づきすぎているんだ」
 梓海道の独り言のようなつぶやきももらさず聞いていたのか、さらりと世凪が言ってのけた。
 その表情には、世凪には珍しく、悪意は感じられない。
 無表情に、ただ一般的な意見として語っているにすぎないようである。
 その時だった。
 世凪と梓海道に立ちはだかる者が現れた。
 廃れ崩れかけた建物の間に微かにのぞく陽の光の中から、その者は光に溶け込むようにすうっと姿を現した。
「……麻阿佐?」
 それに気づいた世凪が、あからさまに嫌そうな顔をする。
 現れたその者は、麻阿佐だったようである。
「一体、何の用だよ? 俺はまだ何もしちゃいないぜ?」
 世凪はからかうように、麻阿佐を見てくすっと笑う。
「嘘をつくな! 姫さまをさらったのはお前だろう!!」
 麻阿佐が問答無用で世凪につかみかかってくる。
 胸元をつかまれた世凪は、多少首が苦しそうな素振りはみせるが、そのひょうひょうとした態度が崩れることはない。
 もちろん、苦しくはないが、一応苦しそうな素振りはしてみせる。
 まったく、何かにつけて癪に障る男である。
「待てよ。お前、そんな怪我で、まともに俺とやりあえるとでも思っているのか? それに俺は、柚巴をさらってはいないぞ?」
 さすがの世凪も、怪我人に対し、遠慮なくすぐさま攻撃をしかけるという無慈悲なことはしないようである。
 一応、麻阿佐のこれからの出方を見るつもりらしい。
 しかし、挑発することだけは忘れない。
「……!?」
 麻阿佐の顔が悔しそうにゆがむ。
 今さら世凪に言われなくとも、そんなことは麻阿佐もわかっている。
 だけど、世凪を見つけた以上、何かしら非難をあびせずにはいられない。
「柚巴なら、もう戻っているのではないか? 俺が鬼導院の所へ行った時には、すでに助け出された後だった」
 にやりと世凪が笑う。
「……何故、お前がそんなことを知っている!?」
 麻阿佐は顔をゆがめ、憎々しそうに世凪をにらみつける。
「お前が勘違いをして俺を探しまわっているうちに、あっちの世界ではたんたんと事が進んでいたってことだ。――ようするに、お前は一人でからまわっていたというわけだな?」
 皮肉まじりに世凪が言った。
 明らかにその顔は、麻阿佐を馬鹿にし蔑んでいる。
 世凪の胸倉をつかむ麻阿佐の手の上に、世凪はとんと自分の手を置き重ねる。
 そして、ぎりりっとその手に力を込める。
 麻阿佐の顔がさらにゆがむ。
「くそ……!!」
 麻阿佐は世凪をつかんでいた手を振り解き、そのまますぐに、また陰気な建物の間からのぞく光に溶け込むようにして姿を消した。
「馬鹿な奴……」
 麻阿佐が去って行くことを確認しつつ、世凪がぽつりとつぶやいた。
 薄暗がりの建物の谷間から空を見上げると、差し込むその光に、一瞬、めくらましにあったような気がした。
 陽の光が、とてもまぶしく感じる。
 麻阿佐をおとなしく見送る世凪のその目には、軽蔑するような光がたたえられている。
「……」
 梓海道は麻阿佐が消えた場所を、無言で見つめている。
 その表情からは、少しの麻阿佐に対する同情の色がうかがえるが、世凪はまったく気づいてはいない。
 梓海道は、世凪のその心に同調し味方する一方、こんなむちゃくちゃな世凪にけちょんけちょんにやられてしまう使い魔たちにも、少しの同情は感じていた。
 梓海道とて、今悪者になっているのは世凪だと重々承知している。
 それでも、梓海道は世凪につくことを決めている。
 それは、彼が世凪の従僕だからという理由からでは決してない。
 その理由は、彼の心の内にある。


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update:03/06/03