契約が結ばれる時
(2)

「楽しいことになっていますね〜」
 くすくすと笑いながら、祐がやって来た。
「祐! お前まで来たのか」
 竜桐は祐を確認すると、うんざりという様子で言った。
 ただでさえ茅だけでもこの状態であるのに、そこに、すぐにぼやく争いごとの好きな祐までもがやってきては、事態がさらにややこしくなる。
 竜桐はそうふんだ。
「祐だけではありませんよ。我々も来ました。この騒ぎです。気にするなという方が無理なのですよ」
 少し馬鹿にしたように、祐に続き亜真もやって来る。
 そしてその後から、気まずそうに由岐耶もやって来た。
「お前たち……!」
 竜桐は三人の姿をみとめると、もうどうにでもしてくれというように投げやり気味に言った。
 その顔も、明らかにそう言っている。
「げっ……!! 三銃士さまもご登場か!」
 先ほど、竜桐に手を振り払われた男が三人を見るやいなや、顔をひきつらせた。
 そして、そろりそろりと、一歩、また一歩と、亀よりものろい歩みで後退しはじめる。
 由岐耶たち三人に気づかれぬように、そうっとこの場を去ろうとしている。
 ――三銃士。
 三銃士とは、由岐耶、祐、亜真の三人をさした言葉である。
 限夢人たちは、彼らをそう呼ぶことがしばしばある。
「おまえは……!」
 由岐耶はその男に気づくと、男をきっとにらんだ。
 どうやら、この男を知っているらしい。
「また、何かしたのか!?」
 由岐耶に気づかれ、声をかけられ、男はやばいとでも思ったのか、その瞬間身を翻し、だっと走り出す。
 しかし、タッチの差で、由岐耶に腕をつかまれてしまった。
「な……っ。まだ何もやっちゃいないよ! ったく、何かといえばケチばかりつけてくる」
 男はぐいぐいと腕を引き戻そうとするが、由岐耶には敵いそうにない。
 由岐耶は、平然と男の腕をつかみ続ける。
 男は由岐耶の手を引きはなそうとさらにもがく。
「由岐耶。その男は?」
 由岐耶と男のそのやりとりを見て、竜桐が由岐耶に聞く。
 どうやら、由岐耶はこの男についてかなりよく知っているようである。
 由岐耶は、ぐいっと男を引き寄せ、頭をがしっと握り、押さえつける。
「はい、竜桐さま。この男は、近衛隊の中でも問題児でして、よく町中で騒ぎを起こしては、我々が迷惑をこうむっているという……。――ちなみに、我々の部下です」
 由岐耶は握っている男の頭をぐいっと持ち上げ、竜桐にその顔がよく見えるように向ける。
 そして、誰にもわからなかったけれど、由岐耶はそう言った時、男の腕をつかむ手に力を加えていた。
 由岐耶にしては珍しく、意地の悪いことをする。
 男も由岐耶のその行動を他の者に悟られまいと、懸命に顔をつくろっている。
 ここで由岐耶のこの行動がばれてしまったら、後々自分にどのような恐ろしいことが降りかかってくるとも知れないから。
 彼にとって由岐耶は、そのような恐怖の対象だった。
 そして、由岐耶にそのような行動をさせてしまうほど、普段から相当困らせているらしい。
「そういうことです。来い、嚇鳴(かくな)。あっちで俺様自ら遊んでやろう」
 亜真は楽しそうにそう言いながら、由岐耶と嚇鳴のもとへ歩いてきて、由岐耶から嚇鳴を引き取る。
 嚇鳴の顔から、さあっと色が引いていく。
 亜真もまた、由岐耶同様、嚇鳴にとっては恐怖の対象らしい。
 いや、三銃士そのものが、嚇鳴が苦手とする存在なのだろう。
「頼むよ、亜真」
 由岐耶は亜真に目配せをする。
 それで亜真には、由岐耶が何を言いたいのかわかってしまう。
「まかせておけ」
 亜真の後から、やる気なさげにのろのろとよって来た祐とともに、嚇鳴を連れてサロンの外へと、城下の街へと繰り出していった。
 亜真に引っ張られる嚇鳴の背を、促すように祐がげしげしと蹴っていた。
 かわいそうかな、その後の嚇鳴の事態が容易に想像できてしまう辺りは、もう、悲劇を通り越して喜劇である。
「な、何だったのですか? 今のは……」
 あっけにとられた柚巴が、横に平然と立っている由岐耶の顔をまじまじと見る。
 由岐耶にとっては、先ほどのやりとりは日常茶飯事なのだろう。
「姫さまがお気にとめる必要もないことです」
 そう言ってななめ下に顔を向け、にこりと笑う。
 その表情がまた、何やら悪魔の微笑みのように柚巴には見える。
 普段穏便な由岐耶に、このような表情をさせるとは……恐るべし、嚇鳴。
 由岐耶のななめ下では、柚巴が納得がいかないといった様子で顔をしかめている。
「へえ〜、ふ〜ん。三銃士さまもついているのかい?」
 それまで黙って事の成り行きを見ていた紗霧羅が、感心したように柚巴に声をかけてきた。
「え……?」
 柚巴は少しの驚きを見せ、紗霧羅の方を向く。
 そこでは、紗霧羅が何やら楽しげに微笑んでいる。
「まあ、それも父親の使い魔っていうのだろう? わかっているよ。三銃士が、御使威家当主についていることは、有名な話だからね。――でもさ、あんた、どうして今まで、こっちの世界に来なかったのだ?」
「あの……?」
 柚巴には、紗霧羅の言葉の意味がよくわからない。
「いくらおちこぼれとはいっても、試みてみることもできただろうに」
 首をかしげている柚巴にかまうことなく、紗霧羅が興味深げに聞いてくる。
 柚巴は、じっと紗霧羅を見つめる。
 どうやら、紗霧羅に言われてはじめて、柚巴はそれ≠ノ気づいたらしい。
「そういえば……わたし、一度も考えたことがなかったわ。今回のことがあってはじめて……。――あれ? じゃあ……」
 驚いたような表情をうかべ、紗霧羅を見つめる。
 自分の言葉で、あらためてそれを確認する。
 その自分自身に気づき驚いている柚巴を確認すると、紗霧羅は困ったような、だけど楽しそうな表情をした。
「そんなことだろうと思った。試みてもいないのにおちこぼれ扱いか。くすくす……。ただ、あんたには、わたしたちは必要なかったというだけか」
 紗霧羅がくすくすと笑う。
 柚巴には、使い魔は必要なかった。
 必要としていなかった……?
 つまりは、紗霧羅はそう言いたいのだろうか?
 そう思った紗霧羅の考え方は、新しい考え方かもしれない。
 今まで誰も気づかなかった……。
 気づこうともしなかった。
 ――それは、柚巴自身も。


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update:03/06/19