契約が結ばれる時
(3)

「じゃあ、やってみなきゃわからないということだな? よし。あんたの力量、この紗霧羅さまが見極めてあげようじゃない。ただ、見限ったその時は、契約破棄させてもらうけれどね?」
 紗霧羅が柚巴の手を取る。
 柚巴は目を見開き、紗霧羅を見つめる。
「あの、じゃあ……!?」
「ああ、契約してやるよ!」
 少し偉そうに、紗霧羅がそう言って笑う。
 その態度は、やけにさっぱりとして清々しい。
「姫さま……。よかったですね」
 柚巴の横で、これまでの紗霧羅との会話を聞いていた由岐耶が、複雑そうに言った。
 由岐耶は、紗霧羅のこの申し出をあまり歓迎していない。
 本来使い魔は、このような条件付きでは契約は結ばない。
 いや……結べない。
 何しろ、この使い魔制度には基準があり、それに従わねばならないから。
 使い魔側から一方的に契約を破棄することは、決してできない。
 使い魔は、一人の人間を主と決めると、その人間が死ぬまで使い魔をやめることはできない。
 そういう決まりである。
 そして、契約を破棄したいがために、主の人生を終わらせることも、使い魔にはできない。
 それは、彼らの意思には関係なく、不可能。
 紗霧羅ももちろん、それは知っている。
 だから、はじめに念をおした。
 見限ったその時は、主である柚巴の方から契約を破棄することと――
 使い魔とは違い人間側は、見限ったその時には、自由に契約を破棄することができる。
 そんな一見不平等で理不尽な契約基準であるが、これもまた、ニつの世界の均衡を保つためには必要なものである。
「え……? あ……。うん。あれ? なんか実感がなくて……」
 しどろもどろに柚巴が答える。
「ちょっと、しっかりしなよ。あんた、一応わたしの主になったのだろう? だったら、もっとしゃきっとしな!」
 おどおどとしている柚巴を見て、紗霧羅はふうっと小さなため息をもらす。
 そして、ばしっと柚巴の背をたたく。
 それは、決して嫌悪や憎しみ、怒りからきているものではない
 紗霧羅はただ、柚巴を励ましたかっただけ。
 もちろんそれは、柚巴にも通じている。
「はい。ありがとうございます」
 柚巴は微笑む。
 柚巴が微笑んだ瞬間、紗霧羅の心は、まるで春の陽だまりにいるようなあたたかさに包まれた。
 そのやわらかな柚巴の微笑みに、きゅうと胸が締めつけられる。
 嬉しそうな表情を見せ、ぎゅっと柚巴を抱きしめる。
 紗霧羅の腕の中では、柚巴が、困ったような、嬉しいような、恥ずかしいような、そんないろいろな感情のまざった複雑な笑みを浮かべている。
「それで、おじいさま。あなたはどうされるのですか?」
 竜桐が、喜ぶ柚巴と紗霧羅、由岐耶から少しはなれたそこで、彼の祖父にそう尋ねた。
 竜桐は、どこか険しい顔をしている。
 まわりの限夢人たちの彼らのことを話すざわざわという音にかき消され、竜桐と祖父の会話は柚巴たちのもとへは聞こえてこない。
「ああ、答えはもう決まっている。あの娘を見た瞬間、心は決まっていた。お前も気づいているのだろう?」
 祖父が悟ったように竜桐を見る。
 すると、竜桐は顔色ひとつ変えず答えていた。
「はい。おじいさま」
 竜桐のその表情と言葉を確認すると、祖父はくすりと微笑した。
「では、行こうか?」
 そう言って、祖父は柚巴に近づいて行く。
 右手に持った褐色のステッキを、軽快にくるくるとまわしながら。
 祖父が進むにつれ、人の波が彼をさけるように道をつくっていく。
 サロンに集まっている限夢人たちは会話をやめ、彼のその行動に注目している。
 これからはじまるであろうことに、期待と不安を抱いているのかもしれない。
 柚巴の前までやってくると、祖父は柚巴に声をかけた。
 柚巴は相変わらず、紗霧羅のよいおもちゃにされている。
「娘さん」
「え? はい。わたし……ですか?」
 柚巴はがばっと紗霧羅を引きはなし、祖父の方を向き返事をする。
 紗霧羅は、「あ……」と小さな残念そうな声をあげたけれど、おとなしくニ人の会話をきくことにした。
 もう柚巴にちょっかいをかけようとはしていない。
 柚巴の横で、柚巴を守るように寄りそっている。
 紗霧羅には、使い魔としての自覚がすでに芽生えているのだろう。
 いや、先ほどの柚巴の微笑みを見て、柚巴は自分が守らなければという、そんな使命感を感じたのかもしれない。
「そう、お前さんだよ。わしは幻撞(げんどう)だ。お前さんの力になろう」
「え? あの……?」
 柚巴がこの幻撞の言葉を理解するには、幻撞の言葉は少なかった。
「姫。祖父は、あなたと契約をかわすと言っています」
 幻撞の横に立ち、にこりと竜桐がそうつけ加えた。
 柚巴はきょとんとしている。
 そして、二、三秒が過ぎた頃……。
「ええ〜!?」
 竜桐の言葉をようやく理解し、驚きのあまり大声をあげてしまった。
 そして、目を白黒させている。
 柚巴が驚くのも無理はない。
 何しろ、この幻撞という老紳士は、先ほど柚巴が耳にしたことによれば、この限夢界ではかなりの地位にあり、強い力の持ち主なのだから。
 そして、竜桐の祖父でもある。
「そう驚きなさんな、娘さん」
 ふぉふぉふぉと、柚巴などそっちのけで、楽しそうに幻撞が笑う。
 もちろん、幻撞のこの申し出を聞き、まわりにいた限夢人たちも言葉を失い、驚いている。
 ただ、竜桐、そして柚巴の使い魔となった紗霧羅、柚巴に協力を申し出た茅たちだけは、柚巴のその性質を見抜いているためか、当たり前のように涼しい顔をしている。
 わかる者にはわかるのだよと、そんなことを言いたげに。


 一方、こちらは、亜真と祐にサロンから連れ出された嚇鳴のその後の運命である。
 サロンを出た後、城下の中心にある噴水のある広場に嚇鳴はつれて来られた。
 そこで一通りおもちゃにされた後、仁王立ちの祐と亜真を不機嫌に見上げて嚇鳴が言った。
「あのお嬢ちゃん、本当におちこぼれなのか?」
 彼らのおもちゃにする……というものは、なまやさしいものではない。
 それはあまりにも恐ろしいので、あえて言葉にすることはしないけれど……。
 嚇鳴のこのぼろぼろになった姿を見れば、想像も容易にできるだろう。
「は? それはどういう意味だ?」
 亜真が、馬鹿にしたように嚇鳴を見下ろす。
「あのお嬢ちゃんが俺に触れた時、こう……感じるものがあったんだよ。実は力があるんじゃないのか!?」
 嚇鳴は困惑したような表情を見せる。
 たしかに柚巴の力に気づいているのだけれど、それを確定できるだけの要素を嚇鳴は持ち合わせていない。
「あるかないか……といえば、ないとは言いがたいな」
 案外簡単に、亜真は答える。
 問題児の嚇鳴に向かって。
「え?」
 祐が驚いたように、まじまじと亜真を見る。
 そんな祐を、亜真はちらっと見返した。
「何を驚いている。お前も気づいているのだろう、祐。姫さまには、一般的にいわれている力を感じることはないが、こう包み込むような柔らかなものはある」
「ああ、あれか……。それで、俺も素直にマスターの命令に従い、姫さまを守ろうと思ったからな」
 祐が微笑を浮かべる。
「だろ?」
 亜真は祐に同意するように苦笑する。
 そんなニ人のやり取りを見上げ、嚇鳴は確認した。
「じゃあ、やっぱりあのお嬢ちゃんには、何かあると思ってもいいわけだ?」
 嚇鳴の言葉に、祐も亜真も次の言葉をみつけることができず、返事ができなかった。
 そして、しばらく何かを考えるそぶりを見せ、ようやく祐が口を開いた。
「まあ、世凪が執拗に姫さまをつけねらう時点で、何かあるとは思っていたが……」
「何!? あのお嬢ちゃん、世凪に狙われていたのか!? だから力のある使い魔を探していたのか!?」
 がばっと立ち上がり、嚇鳴は祐の胸倉をつかむ。
 険しい顔で祐をにらんでいる。
「……」
「祐!」
 慌てて亜真が祐を止める。
 その後も言葉を続けようとしたから。
 その後のことは言ってはならない。
 ……まだ。
 柚巴の敵になるか味方になるかわからない、今の時点では……。
「す、すまん。つい……」
 祐はしまったというような表情を見せ、そしてちっと舌打ちをし沈んでしまった。
 嚇鳴はそんな祐の様子を見て、力なくするりと祐の胸から自分の手をはなした。
「ああ、いいっていいって。誰にも言わないから。ふ〜ん……。そうか……」
 上の空といった感じでそう言うと、嚇鳴は何やら考え込んでしまった。
 そして、先ほどの亜真と祐の行動から、確信めいたものを得ていた。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:03/06/19