広がる疑惑
(1)

「あっれ〜? 柚巴姫さん。来ていたんだ?」
 そう言って、上空からすっと世凪が降り立った。
 その途端、目にもとまらぬはやさで、竜桐、由岐耶、亜真、祐の四人の、四枚ブロックが形成された。
 柚巴たちはまだ、限夢界の城下にいた。
 先ほどのサロンを後にし、これから竜桐の屋敷へと向かおうとしていた。
「そんなに警戒しなくても、まだ手は出さない」
 そんなあからさまな警戒態勢に、世凪が不機嫌に言う。
 世凪は、まだ≠ニ言った。
 まだ≠ニいうことは、つまりはいつか≠ニは考えているということだろう。
 使い魔たちは、世凪がいきなり目の前に現れたということに気を取られ、世凪の言葉の細かなところまでは気がまわっていない。
 あくまでまだ≠ナあって、もう≠ナはない。
「お前の言うことなど信用できるか!」
 由岐耶がぎろりと世凪をにらみつけ、言い放つ。
 すると、世凪は胸糞悪そうにはき捨てる。
「ちっ。麻阿佐と同じことを言いやがる」
「麻阿佐って……。まさかお前、麻阿佐とどこかで会ったのか!?」
 横から、まるで由岐耶を押しのけるように亜真が口を出してきた。
「ああ、この前。ちょうど柚巴が鬼導院にさらわれた時だったか? その時から、頻繁にこっちで姿を見るが? あいつ、まだ俺が柚巴をさらったと思い込んでつけまわしてやがる」
 迷惑そうに世凪がはき捨てる。
 もちろん世凪であるから、迷惑そうというだけではすまされない。
 そこには、麻阿佐を馬鹿にし、見下しているということが明らかににじみ出ている。
 世凪は相当迷惑し、そしてうっとうしく思っているのだろう。
 しかし、今回は世凪ではなかったが、世凪には前科があるので、世凪の言っていることはとうてい信じるに値するものではないと、使い魔たちは承知している。
 だが、やはり今、気になることは、それは麻阿佐のことである。
「そうか……。あいつ、やっぱりまた……」
 亜真が思いふけるようにぶつぶつとつぶやく。
「それで、何もする気がないのに、姫さまの前に何故姿を現した!?」
 由岐耶が話題を戻す。
 さっさと世凪を追い払いたいという気持ちが、ひしひしと伝わってくる。
 そのぴりぴりとした空気をよみとり、柚巴は四枚ブロックの後ろでおろおろとしている。
 ぴりぴりとした空気を出しているのは、何も由岐耶だけではない。
 当然、竜桐も、亜真も祐も、そのような空気を放出している。
「何故って……そりゃあ、柚巴をみつけたからだろう?」
 馬鹿にしたように、当たり前のことを聞くなとでも言うかのように、世凪が使い魔たちを一瞥する。
 そして、ふと何かに気づいたように、にやりと不気味な笑みをのぞかせた。
「あれ? そこの奴ら……。もしかして、新しい使い魔とか?」
 興味深げに、世凪が紗霧羅と幻撞、そしてついて来ていた茅を見て言った。
 世凪なので、その態度は偉そうなものに決まっている。
 ようやく、柚巴や四人の使い魔たちの他、そこにいる限夢人に気づいたらしい。
 まったく、やはり失礼な男である。
「そうだけれど?」
 紗霧羅が、世凪に負けないほど偉そうな態度をみせる。
「へ〜。柚巴でも、使い魔を持てるのか。ほほう……。まあ、柚巴に持てる程度の使い魔なら、たいしたことはないだろうがな」
 高飛車に世凪が笑う。
 明らかに、紗霧羅たちを馬鹿にしている。
 それが紗霧羅たちにももちろん伝わってくるので、ひくひくと頬を引きつらせ、懸命にその怒りをこらえている。
 今にも世凪に飛びかかってしまいそうな勢いである。
「馬鹿にするな! こう見えても、わたしたちはかなりの力と位の持ち主だよ!」
 紗霧羅が怒りをこらえそう言う。
 もちろん世凪の返事は、反応は決まっている。
「知っているよ〜? そこにいるのは、竜桐の祖父、近衛隊将軍の父、風使いの幻撞。あとそっちのは、傭兵の真似事をしている変わり者の金持ちおっさんの茅だろう。……そしてあんたは、破壊魔で有名な紗霧羅女史」
 ちらっと三人を見て、くすくすと馬鹿にするように世凪が笑う。
「そこまでわかっているのなら、わたしたちを甘くみるな!」
 紗霧羅はあくまで世凪の挑発にはのらず、冷静を装うつもりらしい。
 世凪などまともに相手にしていては、いくら身があってももたない。
 それを、ここにいる限夢人たちは百も承知している。
 ……いいや。少し力と知識のある限夢人なら、誰もがそのような判断をするだろう。
 それほどまでに、この世凪という男は、厄介な奴なのだから。
 しかし、そうはいっても、やはり腹が立つものは腹が立つ。
「あんたたちがいくら束になってかかって来たところで、俺にとってはたいしたことはない。……試しにやってみるか?」
 楽しそうに、からかうように世凪が笑う。
 一体、どれだけ彼らをこけにすれば気がすむのだろう、この世凪という男は。
「何を……!!」
 紗霧羅はとうとう怒りをおさえられなくなり、拳を握り締める。
 ぼうっと、体のまわりに青白い霧のような氷を出した。
 それを見て、慌てて柚巴がとめる。
「紗霧羅ちゃん! 待って、今世凪と戦っちゃだめ!!」
 訴えるように、柚巴は紗霧羅を見つめる。
「柚巴!? 何故とめる!?」
 紗霧羅は驚いたような、納得がいかないというような眼差しで柚巴を見る。
 それまでおどおどとして、世凪と使い魔たちのやりとりを見ていた柚巴が、いきなり世凪と紗霧羅の間にわって入ったので、紗霧羅はもちろん、世凪までも驚いたような表情をみせる。
「だめだよ……」
 柚巴はすがるように紗霧羅を見つめる。
 すると、柚巴の横にさっと幻撞が現れ、すっと紗霧羅の拳をつくる手に自分の手をおいた。
「今は、この娘さんの言う通りにするのだ。ここで戦うのは得策ではない」
 柚巴も訴えるように、じっと紗霧羅を見つめる。
 紗霧羅の目が、切なげに柚巴を映す。
 自分の手の上に手を重ねる幻撞をまじまじと見つめ、そして首を一度横に振り、はあと大きなため息をもらした。
「翁……? くそ……!」
 出していた霧のような氷を、すうと引っ込める。
 とても悔しそうな表情をしている。
 ここで世凪と戦わないとなると、戦わずして負けを認めた……ということになりかねない。
 それはとても癪に障る。
 しかし、柚巴はそれでも紗霧羅をとめる。
 その真意がどこにあるのか、紗霧羅にはわからない。
 だがどうやら、幻撞にはわかっているらしい。
「あははは! 何、柚巴。お前、まともに使い魔を使いこなせていないのか!?」
 世凪が、これまでの柚巴、紗霧羅、幻撞のやりとりを見て、さらに馬鹿にしたように笑う。
「……あなたには、関係ない」
 柚巴はきっと世凪をにらむ。
 その目に込められた光は、世凪を非難するものだった。
 すると、世凪がいきなりすっと姿を消したかと思った次の瞬間、横にやって来ていて、柚巴を抱きしめた。
 それは抱きしめる……といっては、多少語弊があるかもしれない。
 乱暴に自分の体に柚巴を引き寄せ、締めつけていた……と言っても過言ではないから。
 世凪は、自分の胸にある柚巴の顔をのぞき込む。
 柚巴はそれに気づくと、それまでの動揺の色を隠し、きっと世凪をにらみつける。
「なあ。そろそろ、本当に俺のもとへ来ないか? 前も言ったように、悪いようにはしない」
「貴様……!!」
 世凪のそんなひとりよがりの発言を聞き、とうとう我慢ならなくなった竜桐が、手のひらにぼわっと火の玉をつくった。
 戦闘態勢に入るつもりだ。
 地系の力の持ち主の竜桐だが、抑え切れない怒りに襲われると、時折、攻撃系の力の中では最強の火の力を使うことができる。
 しかしその力は、とてもあやふやなもので、竜桐が我を忘れるようなそんな怒りを感じない限り現れることはない。
 世凪は、竜桐をとうとう本気で怒らせてしまったようである。
「や〜れやれ。それを俺に飛ばす気? そんなことをしたら、柚巴にもあたっちゃうよ?」
 小馬鹿にしたように世凪が笑う。
 竜桐は、限夢界でも数えるほどしかいないコントロールの持ち主である。
 それを世凪も知っているはずなのに、あえてそのように発言するとは、やはり竜桐の気をそらせる作戦なのだろうか?
 柚巴という名を出せば、当然竜桐はひるむと世凪は知っている。
 ひるむどころか、うろたえ、戦いどころではなくなるかもしれない。
 柚巴を守る、それが第一の竜桐にとっては、柚巴をいわば人質にとられてしまったことになる。
 何ものにも変えがたい、大失態である。屈辱である。
 それで竜桐が動揺しないわけがないだろう。
 そうなると、世凪は簡単に竜桐に勝ててしまう。
 ……いや、もしかすると、そんな小細工などなくても、世凪はあっさりと竜桐を打ち負かしてしまうかもしれない。
 仮にそこまでよんでそのように言ったのだとしたら、まったく、悪どい男である。世凪という男は。
「く……っ!!」
 やはり一寸違うことなく、竜桐は予想通りの反応をした。
「……わたし、行かないから! あなたの思い通りになんてならない!」
 ひるむ竜桐を見て、柚巴はこれ以上竜桐を困らせてはいけないと思ったのか、多少震える体で世凪をきっとにらみつける。
 そして、世凪を突き飛ばした。
「え……?」
 一瞬の出来事で驚いたのは、世凪の方だった。
 世凪は、誰も予想しなかったほどに、簡単に柚巴に突き飛ばされてしまった。
 柚巴に突き飛ばされた世凪の体が、一瞬ぐらりと揺れる。
 そして、その頃にはもう、柚巴の体は世凪の手の届く範囲にはなかった。
 柚巴は世凪からはなれ、だけど竜桐たち使い魔に近づくわけでもなく、ちょうど彼らの中間辺りまで後退すると、そこで止まっていた。
 世凪は呆然と、柚巴を抱いたままのかたちの腕を見つめている。
「今……俺の力に……」
 そう言って焦りの色を見せたかと思うと同時に、世凪の姿は消えていた。
「姫……!!」
「姫さま!!」
 世凪が姿を消すとすぐに、竜桐と由岐耶、亜真と祐が柚巴に駆け寄った。
 明らかに、焦りの色を見せている。
 結局、柚巴を助けなければならない立場の竜桐たちは手を出すことができず、柚巴自ら世凪を撃退してしまったから。
「申し訳ありません。我々がついていながら、世凪の好きにさせてしまい……」
「ううん。そんなことはどうでもいいの。……さっきの世凪、おかしくなかった?」
 柚巴が難しい顔をして、竜桐たちの反応を確認する。
「それは、どういう……?」
 意味がわからないというように、由岐耶は表情をゆがませる。
「今の世凪、簡単にふりほどけちゃったのよ! あの世凪を……!」
 柚巴が困惑しながら訴えるように言った。
 その様子を見ていた紗霧羅と幻撞は、驚いたかのように顔を見合わせ、茅は何かを考え込んでいる。
 そこにいる限夢人たちはみんな、あまりよいとは言えない反応をそれぞれ示していた。
 紗霧羅は幻撞から顔をはなし、柚巴といまだに何かから柚巴を守るように寄りそっている竜桐を見る。
「ねえ、柚巴、竜桐さま。これはどういうことなのか、わたしたちにもきっちり話してくれるだろうね?」
 紗霧羅が竜桐をにらむ。
 鋭い眼差しで。
「わかっている……」
 竜桐は、その視線をあらためて確認するかのように紗霧羅の目をじっと見ると、一呼吸おいて、ため息まじりにそう答えた。
 もう、これ以上は誤魔化しきれない。


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update:03/06/23