広がる疑惑
(2)

 限夢界、竜桐邸。
 そこの一室に、柚巴たちは集まっていた。
 竜桐の屋敷は、さすがは近衛隊大佐の地位にあるだけのことはあり、柚巴の住む御使威家本宅にひけをとらないほどの立派なものだった。
 こちらもまた、中世欧州を思わせるようなつくりであるが、やはり人間界と限夢界。どこか似ているようで似ていない。
「さて、人払いもしたことだし、そろそろ話すとしようか」
 竜桐はあまり乗り気ではなさそうに見える。
 柚巴の使い魔になったとはいえ、紗霧羅をまだ全面的に信用しているわけでも、認めているわけでもない。
 そして、紗霧羅は使い魔になったのだから、まあよいとして……余計なもの、茅がついてきているので、その点で乗り気ではなく、多少不機嫌も入っている。
 柚巴にとっても竜桐にとっても、大切なその話を部外者に聞かせたくはない。
「もったいぶらずに、さっさと話してよ」
 紗霧羅がいらつきながら言う。
 腰かける椅子の前に置かれている、樫の木であしをつくり、その上に水晶でできた天板をおいたテーブルの上に、どんと乱暴に足をのせる。
 テーブルが、ぶるぶると小刻みに震える。
 テーブルの天板が割れなかったことが、ひびが入らなかったことが不思議なほど、紗霧羅のその足使いは、女性とは思えない程度に乱暴だった。
 それがまた、竜桐の不興をかってしまうなど、紗霧羅は知るよしもない。
 それを知っている絃樋の使い魔たちも柚巴も、いつ竜桐が爆発するかと、はらはらとその成り行きを見守っている。
 それを落ち着き払って見ていた幻撞が口を開いた。
「まあ、姐さんや、落ち着きなさい」
「翁、またあんたは……。もう、わかったよ」
 紗霧羅はテーブルの上から足を下ろし、ふんとソファにふんぞり返る。
 なんともあっさりと、幻撞の言うことを聞いてしまう紗霧羅。
 紗霧羅はこう見えても、ちゃんと礼儀をわきまえる軍人である。
 彼女は近衛とは別に、特別につくられた隊で中佐の地位にいる。
 その辺りから、年上の言うことや、目上の言うことは、多少言葉や態度は乱暴でも、最終的には従う、それなりのモラルは持っているようである。
「人払いをするってことは、そんなに人に知られちゃまずいことなのか?」
 今さらながらに茅が言った。
 それでようやく、柚巴や使い魔たちは、話を切り出すよいチャンスができ、あわよくのることにした。
 竜桐は、邪魔者であるこの茅の発言に一瞬ぴくりと反応し、茅をにらみつける。
 しかし、それを誰にも気づかれないうちにおさめ、嫌々に答える。
「ああ……。まずい……ことではあるな」
「竜桐さん……」
 不安そうに柚巴は竜桐を見る。
 誰にも気づかれない……と思っていたのは竜桐だけで、実は全ての者がそれに気づいていた。
 気づかないわけがない。
 今まで散々不機嫌オーラを発していた男に、そこにいる者たちの気が集中するのは当たり前のことなのだから。
「姫。大丈夫です。わたしから話しますので、姫はそこで落ち着かれていてください」
 不安そうに竜桐を見つめる柚巴に優しく微笑んだかと思うと、口答えを許さぬというように威圧的に見つめる。
 この威圧感。
 これは、竜桐の得意技である。
 問答無用のその圧力で、口答えを許さない。
 これで竜桐は、問題児……もとい、個性的な者たちが集まる近衛隊を仕切っている。
「……!」
 もちろん、そんな暴れん坊たちを掌握する竜桐の眼差しが、柚巴を黙らせられないはずがない。
 柚巴は何も言えなかった。
 おどおどと竜桐から視線をはずす。
「単刀直入に言います。姫は……世凪に狙われているのですよ」
 竜桐のいきなりのその発言を聞き、紗霧羅と茅は険しい顔をした。
「それはやはり、さっきの世凪の言葉に関係があるのかい?」
 紗霧羅は身を乗り出し、険しい顔で竜桐を見る。
 竜桐は、もう諦めたように素直に答える。
「ああ……。何故かはわからないが、世凪が執拗に姫を手に入れようとしている。……姫はその理由をご存知だが、我々に話そうとはしてくれない」
 竜桐は非難するように、ちらっと柚巴に視線を送る。
 それがさらに、柚巴をおどおどとした態度に追い込む。
 紗霧羅は竜桐のその発言を聞き、立ち上がり、ばっと柚巴に向き直った。
「柚巴、あんた……!」
 柚巴に何か言いたげだったけれど、そこで言葉をとめた。
 柚巴のその様子は、体いっぱいで、「今はまだ聞かないで……!」と、そう訴えているように紗霧羅には見えたから。
 柚巴の体は小刻みに震え、顔色も悪い。
 紗霧羅は落ち着きを取り戻して、またソファに腰をおろす。
「いい。理由はきかない。でもまあ、とにかく、あんたが世凪の奴につけねらわれてるというのは事実なんだね?」
「……はい」
 力をふりしぼり、柚巴は震える声で静かに答える。
 だが不思議なことに、次の瞬間には、そんなおどおどとした態度はなくなり、今度は逆に、柚巴の瞳はしっかりとした強い光を含んでいた。
 そのあまりもの柚巴の変貌ぶりに、紗霧羅は一瞬だじろいでしまった。
 この柚巴という少女……。一体……!?
 紗霧羅の脳裏に、そんな思いがよぎる。
 もちろんそれは、紗霧羅だけではなかった。
 そこにいた誰もが、そう感じていたかもしれない。
「わたしは、世凪の思い通りにはなりたくなくて、それであなた方の力をお借りしようと……」
 そう言った柚巴は、どこか神々しいものを放っていた。
 紗霧羅や他の使い魔たちは、おかしなことにそう感じてしまった。
 今までの柚巴とはまったく違う。
 紗霧羅は、懸命に平静を取り繕う。
「わかった。まあ、あんたの使い魔になったのだし、あんたの言うことはきくよ。なあ? 翁」
「ああ。娘さんの思うように、わしらを使えばいい」
「……ありがとうございます」
 柚巴は苦笑する。
 それがさらに、紗霧羅たちに違和感を与える。
「でもまあ、世凪の奴が考えることだ。いい事ではないのは確かだろ?」
 そんな重苦しい雰囲気を振り払うかのように、またしても茅がぶっきらぼうに言った。
 彼は彼なりに、いろいろと考えているらしい。
「たしかに……!」
 一同、息をのむ。
 また茅に助けられたと思うと竜桐はいい気はしないけれど、とうてい自分にはそんな芸当はできないので、それを甘んじて受け入れることにした。
 竜桐のプライドは、この茅に出会ってから、彼に傷つけられ続けている。
 柚巴は世凪の考えていることを知っているだけに、何も言えなかった。
 それは、いってみれば、柚巴のわがままに使い魔たちを巻き込んでいるのと同じだから……。
「ごめんなさい」
 その罪悪感にたえられなくなったのか、柚巴は思わずぽつりとつぶやいていた。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:03/06/26