広がる疑惑
(4)

 最近では珍しく、柚巴は一人で自室にいた。
 近頃は、いつ世凪が襲ってくるともわからないので、ずっと使い魔の誰かがつきっきりで柚巴を守っている。
 しかし今は、何を思ったのか、柚巴のたっての希望で、使い魔たちは柚巴の自室に入ることを拒否されてしまっていた。
 するともちろん、こういうことになる。
 いかにも待っていましたとばかりに、突然世凪が姿を現した。
「……世凪!」
 わかってはいたけれど、こうも神出鬼没だと、柚巴も思わず大声をあげそうになる。
 世凪が、手で柚巴の口をふさぐ。
 世凪はまったく慌ててはいない。
 世凪もまた、柚巴が一人になった理由をわかっていたのかもしれない。
「しっ。静かに。まだ何もしないって言っただろう? 今日は話をしに来たんだ」
「話……?」
 口から世凪の手をはなしながら、きょとんと世凪を見る。
 柚巴の両手の中には、世凪の右手がおさめられている。
「ああ……。この間は、邪魔者がいたからな」
 念のため、辺りを見まわす世凪。
「それなら、何度来ても同じよ。わたしは、限夢界に行く気も、ましてや王子と結婚だなんてまったく考えていないのだから。もういい加減、諦めてよ」
 きっと柚巴が世凪をにらむ。
 ぎゅっと、世凪の手を持つ柚巴の手に力がこもる。
「どうやら俺は、相当嫌われているようだな?」
 悲しそうに世凪は柚巴を見つめる。
 そして、すっと柚巴の両手から自分の右手を抜き取った。
「その通りよ! そんな顔をしたってダメ。演技をしてもダメ。あなたの言うことは信じられないのよ」
「まあ、いいよ。今はそれでも。しかし、お前は必ず俺に従う」
 先ほどのしおらしい態度はどこへやら、やはり案の定ころっと態度を一変させ、世凪はまたふてぶてしい態度に戻る。
「またそんなことを言って。あなたになんか従わないわよ、絶対に!」
 柚巴はそう言って、ぷいっと世凪に背を向けた。
 そして、すたすたとカーテンのひかれた窓へと歩いていく。
 カーテンを少し開け、その小さな隙間から夜の庭を眺める。
「あ〜、はいはい。今日はこの辺りで帰るよ。どうやら、また犬が嗅ぎまわっているようだし?」
「そうしてくれるとありがたいわ」
 柚巴は世凪に背を向けたまま言った。
 だから世凪には、そう言った柚巴の表情が見えない。
 世凪は柚巴の後姿を見、一瞬、切なそうな表情を見せた。
 しかしすぐに、もとのふてぶてしい世凪に戻る。
「じゃあな、柚巴」
 そう言って、世凪が消えようとした時だった。
 柚巴が何かを思い出したように振り返り、世凪を止めた。
 世凪の腕を両手でつかむ。
「待って、世凪! この前、限夢界のあの時、あなたはわざとわたしを放したの!?」
 じっと世凪を見つめる。
 その目は世凪に詰問している。
 世凪は柚巴をしばらく見つめ返した後、ふいっと目線をそらした。
「さあね」
 そして、それだけを言って、そのまま景色の中へとけていった。
 柚巴の両手の中からも、世凪の腕が消えていく。
「世凪……!!」
 世凪の消え去った柚巴の部屋に、柚巴の苦しげな声だけが響いた。


「やっとつかまえた!!」
 そう言ったのは由岐耶。
 そして、つかまったのは世凪だった。
 そこは、御使威邸。
 柚巴と紗霧羅が、庭の花壇に咲く花を見ながらお茶を飲んでいる。
 御使威家の庭には、ちらほらと、ベンチやらピクニックテーブルセットなどといったものがおかれている。
 その一つを、柚巴と紗霧羅は使っている。
 そこからかなりはなれた場所で、由岐耶は世凪を見つけ、そして世凪の腕をつかんだ。
「ちっ。面倒くさいな」
 世凪は小さくそう言うと、由岐耶の腕を振りほどこうとしたが、その瞬間、由岐耶が言った。
「待て。聞きたいことがあるのだ!」
 世凪は、振り払おうとしたその体勢のままとまった。
「聞きたいこと?」
 怪訝な顔をして、一気に由岐耶の腕を振り払う。
 その反動で、一瞬、由岐耶の体がぐらつく。
「ああ」
「で? 聞きたいことって何だ? 俺もそんなに暇ではない。さっさとしてくれないか?」
 相手をするのも面倒くさそうに、世凪は由岐耶から目線をそらす。
 ふらふらと、あちらの木、こちらの花へと目を泳がせる。
 由岐耶はそんな世凪にかまうことなく続ける。
「では、聞こう。お前、姫さまをさらって、一体何をしようとしているのだ? 何を企んでいる!?」
 由岐耶が世凪にそう問いかけると、世凪は視線を泳がせるのをやめ、ぎろりと由岐耶をにらみつけた。
「企んでいるとは、これはまた人聞きが悪い……。俺はただ、柚巴が必要なだけだ」
「だから、何故必要なのかと聞いている」
 由岐耶は、いらだちながら世凪に怒鳴る。
「ったく、あんたも結構短気だね。……あれ? 理由を聞くということは、柚巴は何も言っていないのか?」
 世凪はわざとらしく首をかしげる。
 そんなムカつく態度を世凪がとるものだから、由岐耶はさらにいらだつ。
「だから、何だ!?」
「だったら、俺も言うわけにはいかないな〜」
 完全に由岐耶の言葉など無視し、楽しそうに世凪が言う。
 明らかに、いらだつ由岐耶をからかっている。
「世凪!!」
「あ〜。うるさいな。そう大声を上げるなよ。わかったよ。教えてやるよ」
 世凪は耳をふさぐ素振りをすると、面倒くさそうに、迷惑そうに言った。
「あいつはな、うちの王子様のお妃になるんだよ。そのために連れて行くの」
 由岐耶の表情が、一瞬にして変わった。
 先ほどまでのいらだつものから、世凪を侮蔑するようなものへと変化する。
「お前! わたしは冗談につき合う気はない。嘘はやめろ!」
「嘘じゃないってば」
 いい加減にしてくれというように世凪が言う。
 世凪は早々に、由岐耶の相手をすることにうんざりしていた。
 しかし由岐耶の方は、世凪に聞きたいことが山のようにある。
「嘘に決まっているだろう。そんな馬鹿げた話。限夢人と人間が、ましてや王家の者が、人間と一緒になれるわけがないだろう!」
「でも、できちゃうんだよねえ、これがっ」
 あくまで、不真面目な態度を通す世凪。
「……それは、王子も承知のことか!?」
「まっさかあ。俺の独断」
 世凪は、けらけらと腹立たしい笑いをしてみせる。
 由岐耶は世凪のその態度を見てまた怒鳴りそうになったが、それをぐっとこらえる。
「――やはりな……。では、それを姫さまは承知しているのか!?」
 じっと世凪をにらみつけ、息をのむ。
「承知していたら、素直に俺についてくるだろう? お前、馬鹿?」
 今度は、馬鹿にしてくすくすと笑い出す。
「まあ、それも時間の問題だろうな。今のところ拒んではいるが、すぐに拒むことはできなくなる。――そう、すぐにな……」
 にやりと不気味な表情をのぞかせる。
 その表情を見て、由岐耶は思わず絶句してしまった。
「そして、柚巴は、俺を嫌がってはいないよ。むしろ、好意さえ抱いているかもな? ただ、自分が限夢界に拘束されることを嫌がっているだけだ。柚巴も元来、自由な気質だ。何かに縛られることは嫌なのだろう」
「わかったふうな口をきくな!」
 由岐耶は声を荒げる。
 すると、世凪は静かに不敵な笑みを浮かべた。
「わかっているさ。柚巴のことは、俺がいちばんわかっている。この世の誰よりも、俺がいちばん柚巴を理解している」
 じっと由岐耶をにらみつけ、そんな意味深な言葉を残し、世凪はすっと姿を消した。
「待て……! 世凪!!」
 由岐耶はそう叫んだが、それは明らかにもう遅く、無意味に終わっていた。
 怒りで、体全体を使ってぶるぶると震える。
「姫さまが、あんな奴に好意を抱いているだと……! そんな馬鹿な!! ふざけるな!!」
 言葉にならない焦燥を、由岐耶は抱く。
「やはり、あいつは、いつもここへ来ていたのだな。姫さまの様子を見に」
 怒りに震える由岐耶に、静かに亜真が近づいてきた。
「亜真! お前……」
 由岐耶は亜真の姿を見て驚く。
 亜真は困ったような難しいような顔をしていた。
「一部始終見ていたよ。世凪の気を感じたのでな、様子を見に来た」
「そうか……」
 由岐耶は大きく深呼吸をし、自らを落ち着かせようとする。
「それにしても、これはまた爆弾発言をしていったものだな。世凪は」
 亜真がさらっと言った。
「お前、そんなに落ち着いている場合ではないだろう!」
 きっと亜真をにらみつける。
「姫さまが、あいつに好意を持っているなどと、あいつは言うのだぞ!? そんな馬鹿なことがあるわけがないだろう!」
「まあ、それはあいつの口からでまかせだろうが……。しかし、俺は、姫さまがあいつとニ人きりで話しているところを、一度目にしたことがある」
 亜真は困ったようにため息をもらし、由岐耶を見る。
「なんだって!?」
 由岐耶は、「何たわけたことを言っている!」と言いたげに、亜真をにらむ。
 亜真は相変わらず、複雑な表情を浮かべている。
「まあ、そうにらむなって。……昨日もあいつの気配を感じてな、姫さまの部屋へ様子を見に行ったのだ。そうしたら、そこで姫さまと世凪が、何やら深刻に話し込んでいた」
「まさか……そんな!」
 由岐耶は顔をゆがめる。
 顔からは、色が失われかけている。
 まさかそんな!と言いつつも、どこかで柚巴を疑ってしまう自分に気づき、由岐耶は動揺してしまった。
「それに、たしかに姫さまは、あまり世凪を嫌がってはいないようにとれる。だからすぐには姫さまを助けず、そのまま様子を見ることにしたのだが……。そして、世凪も姫さまに言われるまま、素直に去って行ったし……。何しろ、世凪の去り際、姫さまは一度世凪を呼び止めている」
 亜真が、由岐耶を試すようにじっと見る。
「もしや、姫さまは、まだ何か、我々に隠しているというのか……!?」
 由岐耶は苦しそうに、信じたくないといったようにはき捨てた。


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update:03/06/30