求められた答え
(1)

 一通りの仕事を終えて、柚巴の夜の護衛は紗霧羅に任せ、竜桐が自室に戻って来た時だった。
 いきなり、麻阿佐が現れた。
 竜桐の御使威家での自室は、彼の性格をよくあらわしているのか、机とベッド……そして、その他必要なもの数種を除いては、他に無駄なものはまったくない。
 机に座り、何やら事務作業のようなことをしている。
 どうやらこれは、使い魔としての護衛の仕事ではなく、人間界での仕事、弦樋の秘書としての仕事の一環らしい。
 そんな竜桐の背後から、麻阿佐が遠慮するでもなく、平然と話しかけてきた。
 麻阿佐は、竜桐が自分がここに現れたことに気づいていると自覚している。
 竜桐は振り返ることなく、机に向かったままの体勢で言葉を出す。
「麻阿佐……か?」
「はい。しばらく留守にして、申し訳ありませんでした」
 竜桐がこちらを向いていないことを知っているにもかかわらず、麻阿佐はそう言って一礼をする。
「それで? 何か用なのか?」
 麻阿佐の言葉には答えず、冷たく竜桐が言った。
 麻阿佐は一瞬傷ついたような表情を見せたけれど、すぐにきっと顔を引き締めた。
「はい……。実は、どうしてもお話ししなければならないことがありまして……」
「何だ? つまらないことならつまみ出すぞ」
 ようやく竜桐はゆっくりと振り返り、麻阿佐をにらむ。
 麻阿佐はたじろいだけれど、すぐに立て直した。
「世凪の奴、何かよからぬことを企んでいます。今まで奴のまわりをいろいろ探っていましたが、何か……王家に関わりのあるようなことなので……」
「ああ、そのことか。それなら、もう本人から聞いた。姫を王子の妃にしようとかいうものだろう?」
 わかりきっていることだと、面倒くさそうに答える。
 そんな竜桐の冷たい態度にひるむことなく、麻阿佐は話を続ける。
「そうです。しかし、それだけではありません。あいつ、何か他にも考えていることがあるようで。限夢界と人間界がどうのと……」
 麻阿佐は確認するかのように、神妙な面持ちで竜桐を見つめる。
「それは、本当か?」
 麻阿佐のその言葉を聞き、竜桐の表情が一転した。
 険しいものとなる。
「はい。嘘は言いません。わたしは、そんなことのために、今まで任務を放棄して、世凪を調べていたのではありませんから」
「そうか……」
 竜桐は窓の外の闇へ視線を移し、何かを考え込んでしまった。


 ばたばたと、使い魔たちが彼らに用意された居間に集まってきた。
「麻阿佐が帰って来たって!」
 そう言って、いちばんに飛び込んできたのは衣狭だった。
 少し息を切らせているように見える。
 これは、人間とは違い、かなりの体力を持つ限夢人にしては珍しいことである。
 それほどまでに、衣狭は慌てていた。
 何しろ、この衣狭こそが、麻阿佐が暴走をした時、麻阿佐をとめに行ったのだから。
 だから、その後の麻阿佐のことが気になっていたのだろう。
「衣狭……」
 居間に飛び込んできた衣狭を見て、麻阿佐がつぶやいた。
 少し気まずそうな顔をして。
「お前、今まで一体何をしていたのだ! 人がどれだけ……!!」
 そんなどこか落ち着いた麻阿佐の態度を見て、今までの怒りが一気にこみ上げてきたのか、衣狭は麻阿佐に飛びかかる。
 しかし、それは、すぐに竜桐にとめられた。
「竜桐さま!?」
 衣狭は驚いたように竜桐を見つめる。
 まさかここで、竜桐の制止が入るなどとは思っていなかったから。
 普段の竜桐なら、素知らぬふりをしているだろう。
「落ち着け、衣狭。今はそれどころではない」
 竜桐がぎろりと衣狭を見下ろす。
 すると衣狭は一瞬硬直し、そして腑に落ちないといった様子で答えた。
「……はい」
「さて、全員集まったようだな?」
 さらりと態度を変え、居間に集まった使い魔たちを、竜桐は見まわす。
「では、本題に入ろう。世凪が、姫を王子の妃にしようとしていることは、由岐耶と亜真の報告からわかったが、どうやら奴は、その他にも企んでいることがあるらしい。それは……限夢界と人間界、ニつの世界に大きく関わることのようだ」
 一同、驚く。
 目を見開き、信じられないと見合う者がいれば、驚きのあまりぽかんと口を開けてしまっている者もいる。
 そして、険しい顔で竜桐を見つめる者も――
 反応はそれぞれだけれど、誰もがその言葉に驚いていることはたしかだった。
「それは一体、どういうことでしょうか!?」
 やはり、最初に気づいた由岐耶が竜桐に迫ってくる。
「そこまでは、わたしにもわからない。だた……こうなればもう、姫にむりやり話していただくしかないだろう」
「しかし、姫はご存知なのでしょうか!?」
 我に返った都詩が言った。
 険しい表情で竜桐を見つめている。
「そういえば……。――姫さまは、その妃云々しかご存知ないように思いますが?」
 続けて亜真も言った。
 さすがにここまでくれば、誰もが正気に返っている。
 そして、その事の重大さに気づきはじめている。
 皆一様に、険しい顔をしている。
「いや、姫は何か他にもご存知だろう。世凪とニ人きりで話すくらいだからな」
 竜桐がきっと宙をにらんだ。
 その表情には、失望……そのような色もうかがえる。
 まさか、自分が信じている、わが子のように愛しい柚巴が、どこの馬の骨とも知れないあんな厄介者の世凪と、自分の知らないところで会話をかわすなど……信じたくはない。
 そして、そんな世凪とは秘密を共有し、自分には話そうとすらしてくれない……。
 この失望は、もしかしたら、柚巴の信用を得られない、そんな自分への失望かもしれない。
「行くぞ!」
 竜桐は決意を固め、すたすたと居間を出て行こうとする。
「お待ちください! まさかこんな夜更けに、姫さまのご寝所にうかがう気ですか!?」
 由岐耶が慌てて竜桐を止めようと追いかける。
「そのような悠長なことを言っている場合ではないだろう! 事は、限夢界と人間界に関わることなのだぞ!」
 そう怒鳴って、竜桐は居間を出て、柚巴のもとへ向かって歩いて行く。
 その後に続いて、由岐耶たちも渋々と柚巴の寝室へ向かう。


「姫! お休みのところ失礼する!」
 その声と同時に、柚巴の寝室の扉が乱暴に開かれた。
「な、なんだい、あんたたち! こんな夜更けに何しに来たんだ!」
 紗霧羅は柚巴のベット脇の椅子からばっと立ち上がり、突然やって来て扉に立つ竜桐をまくしたてる。
 この薄闇の寝室に、突然廊下の明かりが差し込んできて、そしてそこに竜桐が立っているものだから、まるで竜桐に後光が差しているかのようにも見える。
 その後光の中へ、少し遅れて由岐耶たちが飛び込んできた。
 竜桐が扉を開けるまで、紗霧羅は天蓋から垂れる布越しに、柚巴の寝息を幸せそうに聞いていた。
 それが、突然のこの騒ぎである。
「うるさい! そこをどいてもらおう、紗霧羅!」
 竜桐はぎろりと紗霧羅をにらみつける。
 その目は、半分正気を失ったような色すら紗霧羅には感じられ、少し恐ろしくなった。
 しかし、そこでひるむわけにはいかない。
 紗霧羅には、柚巴を守るという使命がある。
「嫌だね。わたしは柚巴の使い魔だよ! わたしの許可なしに、柚巴に近づくことは許さないよ!」
「黙れ。言うことをきけないというのなら、力ずくでいかせてもらう」
 そう言って竜桐は、紗霧羅をまたにらむ。
「お待ちください、竜桐さま。もう少し穏便に……」
 慌てて由岐耶が竜桐の前へ躍り出て、ニ人の間にわって入る。
 その時だった。
「どうしたの……?」
 ベッドの方から、柚巴の声が聞こえてきた。
「ほら、あんたたちのせいで、柚巴が起きたじゃないか!」
 紗霧羅は竜桐をびしっと指差し、さらにまくしたてる。
「紗霧羅ちゃん、ありがとう。でもいいわ。――竜桐さん。あなたが礼をわきまえず、こんな夜中にやって来るということは、何かあったのですね?」
 そう言いながら、すっと天蓋から垂れる布を右手でよけ、柚巴がベッドから出てきた。
 今まで寝ていたはずなのに、柚巴の顔はまったくそれを感じさせないほど引き締まったものだった。
 どうやら柚巴は、寝たふりをしていただけで、実はおきていたのかもしれない。
 その真意がどこにあるのかはわからないけれど……。
「はい……。ご無礼承知でうかがいました」
 竜桐が柚巴に向かって一礼する。
 柚巴はじっと竜桐を見つめる。
 そして、ため息をもらす。
「それで、用事は何ですか?」
 すべてを悟りきっているかのように、柚巴は静かに聞く。
「ほら、お嬢ちゃん。これを着なさい」
 そう言って、一体どこから現れたのか、幻撞が柚巴の肩にカーディガンをかけた。
「ありがとう。幻撞おじいちゃん」
 柚巴は振り返り、薄闇の中、幻撞へ意味ありげな微笑みを向ける。

 柚巴はベッドに腰かけ、その横に、柚巴を守るように柚巴の肩を抱き、紗霧羅も腰かけている。
 二人分の重みで、ベッドは余分に沈んでいる。
 天蓋からの布は取り払われ、ベッドに腰かけるのに何の不都合もない。
 その他の使い魔たちは、柚巴を取りかこむようにベッドの前に立っている。
 ただ幻撞だけは、ちゃっかりとベッドの横に椅子を用意し、そこに腰かけている。
「姫。本当のことをおっしゃってください。誤魔化しなしに」
 竜桐は柚巴の前で仁王立ちになり、真剣なまなざしで柚巴を見つめている。
「……事と次第によるわ」
 柚巴はふんと鼻で笑うように竜桐を見る。
 どうやら、柚巴には、本当のこと≠ニやらを話す気はさらさらないらしい。
 竜桐はこの柚巴らしからぬ態度に一瞬ひるんだが、すぐにまた柚巴を見つめる。
 今度は、威圧的に。
「そうですか。では姫、あなたは我々に黙っていましたね? 世凪が姫を王子の妃にしようと企んでいることを」
「……ええ」
 静かに柚巴が答える。
 あっさりと認めた。
「なんだって!?」
 驚いたのは紗霧羅だけである。
 柚巴の顔をまじまじと見る。
 他の使い魔たちは、冷静な表情で柚巴に注目している。
「紗霧羅、すまないが、もうしばらく、我々の話を静かに聞いてもらえないだろうか」
 竜桐が有無を言わせぬ態度で、紗霧羅に視線を送る。
「ち……っ。わかったよ」
 不服そうに紗霧羅が答える。


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update:03/07/03