求められた答え
(2)

「姫……。姫はご存知ですね? 世凪が何故、姫を王子の妃にしようとしているのか」
 そう問いかける竜桐の表情には、少しの非難の色が見え隠れする。
 竜桐は、信じて信じて信じてやまない、わが子のように愛しい柚巴に裏切られたような気がしていた。
 今まで、柚巴は竜桐に隠し事などしたことがない。
 しかし今、明らかに柚巴は竜桐に秘密を抱えている。
 それが竜桐には辛かった。
 そしてまた、柚巴にそのようなことをされてしまう自分に、不甲斐なさを感じている。
 ――自らに、失望さえしてしまう。
「……ええ」
 そんな竜桐の様子をうかがいながら、少し考えて柚巴がつぶやいた。
 竜桐の眉がぴくりと動く。
「では姫、教えてください。これは、限夢界にも人間界にも大きな影響をもたらすことかもしれないのです。ここにいる麻阿佐が、世凪がそう言っているのを聞いたそうなのです」
 柚巴は、責めるようにゆっくりと麻阿佐を見る。
 そして、明らかにこの場には不釣合いなほど、さわやかな笑みを浮かべる。
「ああ。おかえりなさい、麻阿佐さん」
 柚巴はにこりと笑った。
 それを見て竜桐は、柚巴のこの曖昧でいて、どこかよそよそしく腹立たしい態度に、とうとうたえられなくなったのか、声を荒げた。
「誤魔化さないで下さいと言ったでしょう。姫!」
「……別に、誤魔化してはいないわ。ただ……」
 柚巴はひややかな態度でそう言うと、そこで言葉をとめた。
 柚巴と竜桐の間には、みぞができはじめている……。
 そこにいる誰もがそう感じていた。
 そして、焦っていた。
「ただ……何です?」
「ただ……」
 やはり柚巴は、答えを渋る。
「柚巴……」
 紗霧羅は辛そうに、柚巴をそっと抱きしめる。
「紗霧羅ちゃん……?」
 柚巴は紗霧羅を見つめて、そして優しげに抱き返す。
 わかっている。このままでは駄目だということは……。だけど、まだ駄目なの。まだ言えないの。だから、もう少し待っていて……。
 柚巴からそのように伝わってくる、そんな気が紗霧羅はした。
 柚巴を苦しそうに見つめる。
 柚巴はそんな紗霧羅を見て、ふうと大きなため息をもらした。
 とうとう……観念したらしい。
「ただ、これはわたしのわがままだから、だから言いたくなかったのよ」
「それは、どういう意味です!?」
 待っていたかのように、竜桐が柚巴につめ寄る。
 もちろん、紗霧羅はそんな竜桐から柚巴を守ろうと、体を前に出し、竜桐から隠すようにさらに抱きしめる。
 竜桐の眉がまた、ぴくぴくと動く。
 柚巴は自分を守ろうとしてくれている紗霧羅の腕をきゅっと握った。
 紗霧羅はそれを感じ取り、嫌な予感がした。
「世凪は……世凪は、わたしを扉の番人にしようとしているのよ!」
 紗霧羅の腕を握ったまま、柚巴は辛そうに叫んだ。
「扉の番人……? それは、どういう意味ですか!?」
 竜桐が動揺する。
 そして、一歩後退した。
 使い魔たちの間にも、小さなどよめきがはしる。
 そのどよめきは、「扉の番人……? そんなものは聞いたことがない」、そう言っている。
「わしは、聞いたことがあるよ……」
 それまで黙っていた幻撞が、静かに言った。
 自分の前にステッキを立て、その上に両手を置いている。
 椅子に座ったまま、じっと柚巴を見つめる。
「おじいさま! それは本当ですか!?」
 竜桐は椅子に座る幻撞のもとへ歩み寄る。
 幻撞は使い魔たちを見まわすと、竜桐に視線を合わせた。
 竜桐は、険しい表情で幻撞を見つめている。
「ああ、本当だ。――王宮の奥深くにあかずの間というものがあって、そこにある扉を使えば、自由に限夢界と人間界、ニつの世界を行き来できるという……。しかしそれは、たんなる言い伝え、迷信だと思っていた……」
 いつもにこにこ顔の幻撞が、顔をゆがめた。
「それで、どうして姫が必要なのです? そして、どうして姫のわがままになるのです?」
 竜桐は柚巴に振り返り、まだ納得がいかないというように聞いてくる。
 柚巴は顔を上げ、きゅっと表情を整える。
「その扉を開けるには、人間の番人が必要だからです。そこで、わたしを番人にしようと……。そのためには、わたしが常に限夢界にいる必要があって……。そして、それを実行するために、自由のきかない王族に仕立て上げようと考えたようなのです。世凪は」
 柚巴は投げやりに言った。
 そして、すっと紗霧羅の腕を振りほどいてしまった。
 両手を膝の上でかたく握る。
 その手は、微かに震えているようにも見える。
 紗霧羅は言いようがない苦しそうな表情で、柚巴を見つめている。
「だから、それはわたしのわがままだから、みなさんを巻き込んではいけないと思っていたけれど、結局、巻き込むはめになってしまって……」
 握り締める手に、さらに力を加える。
 あまりにも力を入れすぎたためか、体がふるふると震えはじめた。
 それは誰の目にも明らかだった。
「柚巴……」
 紗霧羅が、優しく柚巴の頭をなでる。
 そしてまた、そっと肩を抱きしめた。
「……そんなことが……!!」
 竜桐が顔をしかめる。
 今にも怒りで爆発してしまいそうな、そんな表情でもある。
「……ったく。世凪の奴!! そんなことをされてたまるか! たしかにこちらとあちら、契約もなしに自由に行き来できることは魅力的だが、そんなことをすれば王家の思うつぼになる。二つの世界の均衡が乱れる。それだけはさせられない」
 由岐耶が悔しそうに言い放った。
「そうです。我々にとって、使い魔になるということは重大なことなのです。それなのに、遊び半分にしか考えていない王家に、勝手をされてたまるものか! 道楽ではないんだ!」
 続けて都詩も怒りをあらわにした。
「それじゃあ、みなさんも反対なのですか? 扉を開けることは」
 柚巴が恐る恐る聞く。
 その目には、切望の光がある。
 訴えかけているようにも見える。
「当たり前だろ! それに、柚巴の自由を奪うなど許されないことだ!」
 紗霧羅はぎゅっと柚巴を抱きしめ、怒鳴る。
 とても辛そうに。
 今にも泣き出しそうな、そんな表情をしている。
 紗霧羅には、今柚巴が抱えている苦しみが、いたいほど伝わってきていた。
 それは、柚巴の使い魔故なのかはわからないけれど、たしかに今、柚巴と紗霧羅の心はシンクロしている。
 紗霧羅の胸は、あまりもの苦しみに、張り裂けそうになる。
「姫を巻き込むなど、何を考えているのだ、あいつは!!」
 衣狭も続けて言う。
「みなさん……」
 柚巴が心配そうに使い魔たちを見まわす。
 このような使い魔たちの言葉を聞いても、まだ不安や苦しみを消し去ることができない。
「そうとわかれば、話ははやい。たとえ姫に頼まれなくとも、我々は全力で世凪の野望を阻止しますよ」
 竜桐は柚巴の前までつかつかと歩いてくると、少し荒々しくそう言った。
 さきほどまでの柚巴を見ていた、疑惑の色は竜桐の目にはもうすでになかった。
 竜桐は柚巴の口から本当のことが聞けて、それで十分だった。
 そして、それよりも何よりも、この愛しい柚巴を苦しめる世凪に、たとえることのできない怒りを感じている。
「せっかく上手く保たれているニつの世界の均衡を、崩すわけにはいきませんからね」
 由岐耶がきっと宙をにらみ言った。
 しかし由岐耶の心は、その言葉とは少し違っていた。
 今の由岐耶にとっては、ニつの世界の均衡などどうでもいい。
 ただ、由岐耶が守らねばと思ったものは、柚巴の自由。そして、柚巴の心。
「今の話からすると……世凪は間違いなく、王家側に立つ者というわけですね? これで、奴の正体に一歩近づいたわけだ」
 亜真が静かに言った。
「しかし、何故世凪は、よりにもよって、姫さまを選んだのだ?」
 祐がぽつりとこぼす。
 それを聞いていた衣狭も同意する。
「そういえばそうだな……。世凪は姫を軽視する傾向があったし……」
「ああ、これは我々が言ってもよいのかわからないが、その……姫さまには、御使威家に伝わる力がない。少なくとも、最初に世凪が姫さまをさらった時には、当たり前のようにそう思われていた」
 さらに祐が、衣狭に続ける。
「今は、わたしたちがいるからね」
 紗霧羅はそんな祐の言葉を打ち消すかのように、にっと笑った。
 今まで使い魔たちの会話を聞き、押し黙っていた柚巴が静かに口を開いた。
「それはですね……。力がないから、だからわたしを選んだそうです」
「え?」
 使い魔たちは、当然のように驚く。
 そして、柚巴に注目する。
「番人になるのは、人間ならば誰でも良いそうです。だから、御使威家の中でも何の力も持たないわたしなら、御使威家の当主であるお父様も何も言わないだろうって……。何よりも、御使威家の人間であるということが重要なのですよね……」
 柚巴がどこか悲しげに、そして自分を嘲るかのように言った。
「馬鹿なことを……」
 竜桐がぼそりとこぼす。
 ぎりりと歯をかみ締める。
「え……?」
「馬鹿なことだと言ったのです。世凪は基本的なことを見誤っている。姫だからこそ、マスターは絶対に手放したりなどしない」
「そうですね」
 由岐耶も竜桐の言葉に、当たり前のように同意した。
「ああ……そうですね。たとえどんな子でも、自分の子供を憎く思ってはいないでしょうから……」
 柚巴は自嘲した。
 その言葉に、一瞬、その場がしんとしたような気がした。
 しかし、すぐに由岐耶が口を開いた。
「そうではありませんよ、姫さま。マスターは、あなたのことをとても大切にされています」
「え……?」
「馬鹿な子ほどかわいいってな?」
 亜真がからかうように、くすくすと笑いながら言う。
「亜真! 今は冗談を言っている場合ではないだろう」
 由岐耶が亜真の頭をごつんと殴る。
 亜真はぷうっと頬をふくらませ、恨めしそうに由岐耶をにらみつける。
「くすくす……。ありがとうございます。亜真さん、由岐耶さん」
 柚巴は困ったように微笑む。
 柚巴には、十分伝わっていた。
 今、柚巴を元気づけようとしている由岐耶と亜真のその優しさが……。
 そして、彼らだけでなく、そこにいる使い魔たち、全員の優しさが――
「でも、そうだな……。それならば、もう柚巴を狙ってはこないのではないか? 何しろ柚巴は、まがりなりにも名の知れた使い魔をニ人も使役したのだから……。そうしたら、力がないでいえば、他にもたくさん候補が出てくるわけだろう?」
 紗霧羅はその言葉とは裏腹に、しっくりこないといった様子である。
「いや……。そうとは考えられないよ。姐さん」
「翁……?」
 紗霧羅は、やはりしっくりきていないという顔で、幻撞に視線を移す。
「あやつは、恐らく気づいている。我々が気づいたことにな」
 幻撞は手を置いていたステッキを、ぎゅっと握り締めた。
「それって、まさか……!?」
 紗霧羅が慌てる。
 そして、じっと確認するように幻撞を見つめる。
「ああ。だからあやつは、決してお嬢ちゃんをあきらめたりはしないだろう」
 視線の端で紗霧羅のその姿をとらえ、静かに幻撞が言った。
 幻撞のその言葉を聞き、紗霧羅の顔は蒼白になっていく。
「わたしもそう思います。今まで世凪の行動を監視していて気づきました。姫さまが使い魔を使役した後も、変わらず世凪は姫さまを見ていましたから……」
 麻阿佐が、遠慮がちにそう言った。
「あの……。それは、一体どういう意味ですか?」
 不思議そうに柚巴が聞いた。
 誰か答えを用意してくれるだろうと使い魔たちを見まわすけれど、誰もそれには答えようとはせず、ただ柚巴を見つめ微笑むだけだった。
 柚巴には、それがどこか不審に思えた。


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update:03/07/06