目覚めゆく力
(1)

 限夢界。
 城下から少しはなれたところに屋敷をかまえる、風変わりな男がいる。
 それが、茅。
 風変わりといっても、その屋敷の様相は決して恥じるものではない。
 むしろ、それを得意げに語っても許されるほど立派なもの。
 この屋敷の主人からはとうてい想像もつかない、きめ細やかな心づかいがなされた屋敷。
 それが、茅の屋敷。
 ……どうやらこれは、主人というよりはむしろ、執事によってつくり出されている屋敷と言っても過言ではないかもしれない。
 それほどに、無骨な茅からは想像もつかない立派な屋敷である。
 柚巴たちは理由(わけ)を話し、茅にも協力を乞おうとやって来ていた。
「はあ〜。驚いた。それはまた、ごたいそうなことを……」
 茅はあっけにとられている。
 庭を見渡せる応接間の三人がけの椅子の真ん中に、けだるそうにもたれかかりながら言った。
 庭にはこの世界特有の、人間界では決してお目にかかることができない、おかしな形や色をした花が咲いている。
 これもまた、執事の指示によるものらしい。
「まったく……。馬鹿な奴だ。今の状態で、うまくニつの世界の均衡が保たれているっていうのに、わざわざその均衡を崩そうとするだなんて」
 茅の横で、茅が腰かける椅子の背にひじをつき、覆いかぶさるような格好をしている嚇鳴も、半分呆れながら言った。
 そして、そのままひょいと椅子の背を乗り越え、茅の横に腰をおろす。
 嚇鳴もまた、三銃士に呼ばれて、なかば渋々といった様子で茅の屋敷へやって来ていた。
 どういう意図をもって三銃士が嚇鳴を呼んだのかはわからないが、何かしら役には立つと思って呼び寄せたのだろう。
「それで、あの……。おニ人のご協力をあおげないでしょうか?」
 柚巴が上目遣いにちろっと茅と嚇鳴を見て、恐る恐る聞く。
「……いいぜ。俺はやってもいいぜ。このまま、世凪を野放しにしておくのも癪に障るしな」
 茅はにやりと微笑む。
「俺も……嫌とは言えないだろう? 三銃士さまの目がこう光っていては」
 皮肉っぽく三銃士に視線を送り、嚇鳴が言った。
 もちろん、嚇鳴がそう言った瞬間、鉄槌三重奏が下されていた。
 嚇鳴とははなれた場所にいたにもかかわらず、わざわざそのためだけに瞬間移動し、そして、嚇鳴に鉄槌を下すとは……まったく、三銃士も凝ったことをしてくれる。
「ってえ〜。何するんだよ、バカ上司!」
 嚇鳴が、さらに怒りをあおるように叫ぶ。
「亜真、祐。制裁を!」
 冷ややかな眼差しで由岐耶がさらりと言うと、
「承知!」
と言って、亜真が嚇鳴の腕をつかみ立ち上がらせる。
 そして、祐が嚇鳴の腰の辺りをげしげしと蹴りながら、ニ人がかりで部屋の外へ嚇鳴を連れて行く。
 その様子を、皆呆れながら見ている。
「余計なことを言わなければ、痛い目をみなくてもすむのに……」
 誰もが思っていて、誰も言葉にしようとしなかったことを、柚巴がさらりと言ってのける。
 瞬間、その場が凍りついたことは言うまでもない。
「なあ、柚巴。それよりもさ、どこか遊びに行かないか?」
 少しの沈黙をやぶり、紗霧羅がいきなり、突拍子もないことを言い出した。
 退屈そうな表情を浮かべ、じいっと柚巴を見つめている。
「せっかくこっちの世界に来たことだし、どこか遊びに行こうじゃないか」
「あの……でも……」
 柚巴は、紗霧羅のこのあまりにもその場の雰囲気に不釣り合いな発言に、戸惑っている。
「ああ、そうしなさい。無事協力者も得ることができたのだから、少し遊んで来なさい。この世界のことを知るのも悪くない」
 紗霧羅の誘いに慌てる柚巴に、幻撞が優しく微笑みを向る。
 差し込んだ陽の光に照らされ、褐色のステッキがきらきらと光っている。
 それが妙に、柚巴の目にはまぶしかった。
「翁もああ言っていることだし、行こうじゃない、柚巴。なあ? いいだろう、竜桐さま?」
 難しい顔で腕組みをしている竜桐に許可を求める。
 竜桐は紗霧羅のその問いかけに気づき、今まで庭をじっと見つめていた視線を、柚巴とその横で退屈そうにしている紗霧羅へと向ける。
「ええ、そうですね。ここのところずっと張りつめていましたから、たまには息抜きも良いでしょう。行ってきてはどうですか? 姫。こちらの世界にも、楽しいところはたくさんありますよ?」
 竜桐がにこりと微笑む。
 竜桐にしては珍しく、やけにものわかりがいい。
 その言葉を聞き、ようやく柚巴もその気になりはじめたのか、だけどあまりのり気ではないといった感じでぽつりとつぶやく。
「じゃあ……そうしようかな……。紗霧羅ちゃん。連れて行ってくれる?」
 首をかしげ、確認するように柚巴は紗霧羅を見る。
「OK!」
 紗霧羅はそう言うやいなや、柚巴の手を引き、うかれ足でさっさと部屋を出て行った。


「さあ、お姫さんは出て行ったぞ。話してもらおうか?」
 柚巴たちの姿が見えなくなったことを確認し、茅がいきなりそう切り出した。
 それまで椅子にふんぞり返っていたが、ずいと前のめりになり竜桐をじろりと見つめる。
「気づいていたのか?」
 竜桐は困ったように苦笑する。
「ああ、危ないとわかっていて、わざわざお姫さんを危険にさらすようなことはしないだろう? 普通」
 茅は前のめりになったままの体勢で、自分のひざの上にひじをつき、その上に顔をおいて試すようににやにやと笑う。
「だからお前は、侮れないというのだ」
 そんな茅を見て、竜桐は困ったように微笑を浮かべる。
「ありがとよっ」
 からからと茅は笑う。
「で? お姫さんに聞かれたくない話って何だ?」
 茅はさっきまでとは一変し、真剣な顔をして竜桐を見つめる。
 竜桐もまた同様である。
 茅の問いかけに、一瞬ためらったような素振りを見せたが、すぐに口を開いた。
「恐らく、お前も気づいていると思うが、姫には何か底知れぬ力がある。だからこそ、世凪は姫を選んだのだろう。……だが、姫はその力に気づいてはおられない。いや、むしろ、気づかないでいてくれた方が助かるのだ」
「それはつまりは、どういうことだ?」
 茅が怪訝そうに、そして確認するかのように聞く。
「……」
 竜桐は言葉につまってしまった。
 これ以上、言ってよいものかどうか……竜桐はまだ悩んでいる。
 協力を頼んだのだから、ここで言わないでいるのはフェアではないとわかってはいる。
 しかし、竜桐はまだ、この茅という男を全面的に信用しているわけではない。
 ……ただ、ただ柚巴が……茅に協力を求めると言ったので、それに従っているにすぎない。
 何しろこの茅という男は、世凪ほどではないが、かなり癖のある噂の持ち主なのだから。
 気が向けば傭兵の真似事をするような、そんなふらふらとした、くらげのような男。
「……つまりは、本人が気づいてしまえば、我々限夢人に仇なす恐れがある……と?」
 茅が険しい顔で竜桐に確認をとる。
 竜桐は、もうそこまでわかっているのなら……と、とうとうあきらめてしまったよう。
 素直に認める。
「……ああ、その通りだ。――わたしも、姫には力があると前々から気づいてはいたが、まさか、それが一歩間違えば、とんでもないことになってしまうとは思ってもいなかったのだ。祖父に言われるまでは……」
「幻撞翁に?」
「ああ……」
 竜桐は苦々しそうに言葉を出す。
「あの娘には、今まで御使威家には現れなかった特殊な波動を感じる。その正体がわからない限り、危険であることに変わりはない。あの娘の力を見極める必要がある」
 戸惑う竜桐の横で、幻撞がはっきりとそう言った。
「だから……だから、もしかして、あなたは姫さまの使い魔になったというのですか?」
 由岐耶は幻撞に歩み寄り、じっと目を見つめ、尋問するように言った。
「その通りだ」
 幻撞はためらいなく、怒りさえ感じる由岐耶の視線から目をそむけることなく、うなずく。
「な……っ!!」
 幻撞のその答えを聞き、由岐耶は怒りをあらわにせずにはいられなかった。
 思わず幻撞につかみかかりそうになったけれど、ぎりぎりの理性でそれをおさえた。
 必死に、震える左の手で、右の腕をおさえる。
「姫さまは……姫さまは、そんな人ではありません!」
 由岐耶は両手をぎりりと握り締め、それだけを言ってくるりと踵を返し、すたすたと部屋を出て行ってしまった。
 ばあんと、勢いよく扉が閉められる。
「まだ、あの者も若いな」
 由岐耶が閉めた扉を見ながら、幻撞が苦笑する。
「しかし、おじいさま。今まで姫を見守ってきた我々としては、由岐耶のような反応が普通なのですよ?」
 竜桐が困ったように言った。
「その通りです。わたしも気分が悪い。まったく、冗談じゃない。失礼します」
 そう言って、麻阿佐も由岐耶の後を追うようにして、さっさと部屋を出て行く。
 同様に、ばたんと大きな音を立てて扉は閉められた。
 そんな様子を、竜桐は呆れたように見る。
 そして、まだ竜桐のそばに控えたままの都詩と衣狭の方を向く。
「都詩、衣狭。お前たちは、出て行かないのか?」
 竜桐が皮肉っぽく言う。
 その皮肉に、ニ人ともぴくりと小さな反応を見せた。
「わたしも当然、出て行きたいですよ。しかし、その話が本当ならば、翁の言う通り、見極める必要があります」
 都詩が竜桐の目をとらえ、きっぱりと言う。
「衣狭はどうなのだ?」
 竜桐は都詩の言葉を確認すると、今度は衣狭を見た。
「わたしは……わかりません。しかしわたしは、翁の言うことは信じてはいませんよ? たしかに、姫には特別な何かを感じますが、それは決して悪いもののようには感じられないのです」
 衣狭は、じっと竜桐を見つめそう言った。


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update:03/07/09