目覚めゆく力
(2)

 紗霧羅は、柚巴を連れて、城下の中心地をぶらぶらと歩きまわっている。
 紗霧羅にとっては、何の変哲もなく、本当にただぶらぶらと歩き、暇をつぶしているにすぎない。
 それでも、柚巴にとってはどれもこれも目新しいものばかりらしく、無邪気に喜んで楽しんでいる。
 そんな柚巴を見て、紗霧羅もまた、喜びを隠せないでいる。
 突然ぴたっと足を止め、進行方向を向いたままで、柚巴がぽつりとこぼした。
「ねえ、紗霧羅ちゃん。みんないい人だね? 息抜きだなんて……。わたし、そんなにこわばった顔をしていたかな?」
 そして振り向き、にこっとどこかひっかかる笑顔を紗霧羅へ向ける。
 紗霧羅は驚きと同時に、何か違和感を覚えたような気がした。
 無意識のうちに、一歩、後退してしまっていた。
 はるかに人間よりも強い限夢人が、不思議なことに、柚巴のたったこんな一言を怖いとすら感じてしまった。
「え……。いや、その……。――くすっ。なんだ、柚巴は気づいていたのか?」
 紗霧羅は動揺を隠せなかったが、すぐに答えが見つかったのかそう答える。
 しかし、困ったような表情はまだ残っている。
「うん……。息抜きだなんて、たてまえだということもね?」
「え……!?」
 紗霧羅の顔が一瞬にして曇る。
 先ほどとは明らかに違う、険しい表情になる。
 じいっと柚巴を見つめ、視線をそらそうとしない。
 そんな紗霧羅の射抜くような視線を向けられても、柚巴は微動だにしていない。
 むしろ、さらに紗霧羅を強く見つめる。
「わたしには、聞かれたくない話でもあったのでしょう?」
 どこか探るように紗霧羅を見て、静かに微笑んだ。


 柚巴と紗霧羅の間には、しばらく重苦しい空気が流れていた。
 しかしそんなところへ、先ほど嚇鳴に制裁を加えるべく出て行った亜真と祐、それとニ人に頭やら肩やらを押さえ込まれてひきずられる嚇鳴と、ばったりと出くわした。
「あれ? 亜真さんに祐さん。それに嚇鳴さん、どうしたのですか? こんなところで」
 三人は柚巴を見つけると、何やら慌てて道をずれようとしたが、三人が身を翻すその前に、柚巴は声をかけた。
 よって、もう三人は柚巴から逃げられなくなり、渋々柚巴と紗霧羅のもとへ歩いてくる。
「ああ、姫。……ったく、こいつを指導してやろうと、王宮へ連行していたところなのですよ」
 亜真がさらっと言った。
 そして、ついっと、嚇鳴を柚巴の前へ押し出す。
 先ほどの行動を誤魔化しているような素振りはまったくない。
 それはなかったことだと思わせようとしているが、あまりにもスマートすぎて、逆に不自然さを感じてしまう。
「まったく、こいつは隙をみせると、すぐ逃げ出そうとしますからね」
 祐もじろっと嚇鳴をにらみつける。
 そして、つかんでいた後ろ襟をぐいっと上へ引き上げる。
 同時に、首が少ししまったのか、嚇鳴は多少苦しそうな表情を浮かべた。
 しかし、相変わらずふてぶてしい態度だけはたもっている。
 意地でも苦しいという素振りは見せないつもりなのだろう。
 後ろ襟を引き上げている祐を、じろりとにらみつける。
 そんなことをしたものだから、嚇鳴はそれに気づいた祐に、ぽかんと一発、頭を殴られてしまった。
 嚇鳴は、目にあるかないかの涙をため、恨めしそうに祐をにらみつける。
「そ、そんなに問題児なのですか? 嚇鳴さんって」
 柚巴が少し呆れたように言った。
 柚巴の視界には、今まさに、目の前で繰り広げられていたにもかかわらず、亜真と祐が嚇鳴をいたぶるシーンは目に入っていなかったらしい。
 ……いや、実際には入っていたのかもしれないけれど、そのようには見えなかったのだろう。
「問題児どころではありませんよ! まったく、こいつのおかげで、我々が、一体どれだけ迷惑をこうむっているか!」
 亜真は憎らしげにそう言って、怒りがよみがえったのか、ごつんと嚇鳴の頭をどつく。
「そんなことより、姫はどこかへお出かけですか?」
 祐が柚巴に聞く。
 祐にしてみれば、嚇鳴は所詮、そんなこと止まりである。
「え? ああ、はい。今ちょうど、紗霧羅ちゃんに街を案内してもらっていたところです」
 突然話をふられ驚くが、柚巴はそんなそぶりをちらりと見せただけで微笑んだ。
 柚巴の返事を確認し、祐は微笑む。
「そうですか。では、ついでなので、我々もお供しましょう。いろいろ楽しいところへご案内しますよ?」
「ええ。ではお願いします」
 柚巴も快諾する。
 この偶然の遭遇は仕組まれていたことで、柚巴の護衛を紗霧羅一人にしないためのものだった。
 あらかじめそれとは気づかれないように、亜真と祐が、嚇鳴に制裁を加えるという名目であの場をはなれ、そしてその後から紗霧羅が柚巴を連れ出す。
 そんな算段がとられていた。
 もちろんそれは、柚巴には知らされていない。
「あの、一つリクエストをしてもいいですか?」
 柚巴が遠慮がちに、祐をちらりと見て言った。
「え? 別にかまいませんが、どこか行きたい場所でも?」
 祐が不思議そうに答える。
「はい。これは恐らく、あなた方にしか頼めないと思いますので……。王様の許可を得ているあなた方でないと……」
 柚巴はどこか含みのある言い方をする。
 視線は、祐を、そして亜真や紗霧羅までも試しているようだった。
「それで……行きたい場所とは?」
 その柚巴の視線に微かな動揺を感じていたが、祐は冷静を装う。
 そんな祐を知ってか知らずか、
「神のドームに連れて行ってください」
そう言って、柚巴はにこりと微笑んだ。
 たしかににこりとした微笑みではあるけれど、柚巴にしては、少し含みのある……そんな微笑だった。
 柚巴の発言を聞いた瞬間、亜真と祐の顔が凍りつく。
 次の言葉が出てこない。
「柚巴……」
 にこにこと笑顔を見せる柚巴を、紗霧羅が心配そうに、そして怪訝そうに見つめる。
 嚇鳴も顔を曇らせて柚巴を見ている。
 使い魔たちは、柚巴のいつものようでいていつもとは違うこの雰囲気に戸惑っている。


 限夢宮、神のドーム。
 柚巴たちは、そのドームの前にいる。
 柚巴は無表情でそこに立ち、使い魔たちはどこかよそよそしい雰囲気である。
 嫌な空気が漂っているとさえ感じる。
 柚巴が王家の紋章に手を触れると、以前のようにすっと入り口が開く。
「ど、どうしてここへ?」
 ドームの中へ入ると、祐がどぎまぎとしながら、柚巴の背に向かって聞いた。
「ばればれなのですよ。みなさん」
 先頭をきってドームの中へ入っていた柚巴は、ドームの中心に立ち、天井を見上げたまましらっと言った。
「ばればれ……!?」
「はい。別にいいですけれどね。それも、わたしのことを考えてくださっているということですから」
 柚巴はそう言いながら、ゆっくりと祐たちの方へと振り向く。
 そして、伏目がちに、ふっと微笑を浮かべた。
 その微笑が、柚巴らしからぬ、陰湿なものに感じた。
 使い魔たちの背に、一瞬ぞくっと悪寒が走ったような気がした。
「はあ〜。けっこうあなどれないんだね、柚巴も」
 その悪寒を振り払うかのように、紗霧羅がわざとらしく感心したように言う。
「ええ、そうなのです。実は」
 にこりと明るい笑顔を見せる柚巴だけれど、相変わらず何やら含んでいるようである。
「……しかし、姫にこんな面があったとは、気づきませんでしたよ」
 亜真がぽりぽりと頭をかきながら、誤魔化すように言った。
「わたしもです」
 亜真の言葉に、さらりと柚巴が続ける。
「え……!?」
「最近……なんだか頭にかかっていたもやのようなものが、次第にはれてきたというか……何かこう、いろいろとまわりが見えてくるようになった感じがするんです。それで、気づくと、わかっちゃっているのですよ、いろいろと……」
 柚巴は、中央の最高神・シュテファンの彫刻を見下ろしながら、困ったように悲しそうに言った。
 シュテファンが、もの言いたげに柚巴を見つめている。
「それは、どういう……」
 祐はそこまで言って、言葉をとめた。
 切なそうに柚巴を見つめる。
 そして、ふいと視線をはずした。
「それは、いつからだい?」
 紗霧羅がじっと柚巴を見つめる。
 祐にかわり、祐が言いたかった言葉を投げかける。
「え……?」
 柚巴は驚き、シュテファンから視線を移し紗霧羅を見る。
「だいたい、いつからだと聞いているのだよ。見当はついてるのだろう?」
「う、うん」
 紗霧羅から視線をそらして、曖昧に答える。
 柚巴の顔が曇っていく。
 そして、ちらりと紗霧羅をうかがうように見る。
「……実は……世凪に……世凪に会ってから……」
「やっぱりね……」
 紗霧羅は大きくため息をついた。
「やっぱりって……?」
 柚巴は、紗霧羅のその言葉に、驚いたように紗霧羅を見つめる。
「あいつが……きっかけになったというわけか?」
 亜真が怪訝そうにはき捨てた。
「そういうことだろうな」
 祐も同様に言う。
 ニ人とも、憎らしげな表情をしている。
 何しろ、よりにもよって、他でもないあの世凪が、今の柚巴をつくっているのかもしれないのだから。
 顔をゆがめずにはいられないだろう。
「あの……?」
 柚巴が不思議そうに、紗霧羅、亜真、祐を見る。
「つまり柚巴は、幸か不幸か、世凪との出会いによって、今まで眠っていた力を解放しはじめたということだよ。何か、柚巴に影響するものがあったのだろう」
 紗霧羅が悔しそうに舌打ちをする。
「で、なんであんたは、ここに来たかったわけ? それをまだ聞いていないよ」
 それまで黙っていた嚇鳴が、これまでの空気を打ち消すように言った。
 あっけらかんとした物言いである。
 柚巴は突然の話題の転換に一瞬ついていけなくなったが、すぐに対応した。
「え? ああ、それはですね……。これをもう一度見たくて……」
 そう言ってその場にしゃがみ、最高神・シュテファンの彫刻に触れるか触れないかの位置でぴたりと手をとめた。
 そして、じっとシュテファンを見つめる。
「それ?」
「ええ……。でも、それもありますが、本当はどぎまぎとしている亜真さんと祐さんを、少しいじめてやろうと思って」
 柚巴は亜真と祐を見上げて、ぺろっと舌を出す。
 そんな柚巴の振る舞いに、亜真と祐は目を見開き驚いている。
 じっと柚巴を見つめる。
「……」
 亜真も祐も多少驚きながら、困惑しているのか、口を半開きの状態で言葉を出そうとはしない。
 ただ柚巴を見つめている。
 そして、ようやく祐が言葉をもらした。
「本当に、姫はかわりましたね」
「そうかな?」
 困ったように微笑を浮かべ柚巴を見る祐に向かい、柚巴はにこっと微笑んだ。
 柚巴の手の下では、やはり、最高神・シュテファンが、もの言いたげに柚巴を見つめている。


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update:03/07/13