舞い込んだ女神
(3)

「どうやら、遅かったようですね。もう死んでいます」
 亜真が無表情でさらりと言う。
 見ると、嚇鳴はまたしても、地面とこんにちは状態である。
 嚇鳴には学習能力というものがないのだろうか?
 こんなのが、限夢界のエリートとは……。
 限夢界も、先が思いやられる。
 嚇鳴はうんざり顔で、いまだに地面との抱擁をかわしたまま、もう抵抗することを諦めきっている。
「だから嫌いなんだよ! 三銃士は!!」
 それを聞いて、紗霧羅はあきれ返り、柚巴はくすくすと笑い出してしまった。
「やっぱり好きだわ、わたし。嚇鳴さん」
 柚巴が楽しそうにそう言うと、慌てて亜真が柚巴の顔色をうかがった。
「ひ、姫さま!?」
 亜真の顔は、明らかに不審の色を浮かべている。
 柚巴の笑いのツボって……?と、そういっている。
「だって、おもしろすぎるのだもん」
 悪びれもせず、あくまでおもしろいと言い通す。
 そんな柚巴を見て、祐も亜真も紗霧羅も、小さくくすっと声をもらした。
「たしかに!」
 そう言って、今度は嚇鳴を除いた使い魔三人も、笑い出してしまった。
 その場は楽しげな雰囲気に包まれる。
 もちろん嚇鳴は、一人、悲鳴をあげているけれど……。
 その様子を、莱牙はぼうっと眺めていた。
 そして、ぽつりとこぼす。
「やはり……女神だ……」
 そう言ったかと思うと、莱牙は一歩一歩、ゆっくりと柚巴に近づき、ためらいがちに手をのばしてきた。
 一体、この時の莱牙には、柚巴はどのように見えていたのだろうか?
 どこをどうとれば、今のこの状況が女神というのだろう?
 しいていうならば、女神よりも小悪魔という表現が正しいように感じるのだけれど?
「大丈夫?」
 柚巴はまだくすくすと笑いながら、亜真と祐にめいっぱいおもちゃにされ遊ばれている嚇鳴を助け起こそうと、手をのばす。
 すると、祐は嚇鳴を踏みつけていた足をすっとどかせた。
「え?」
 その時だった。
 柚巴は人の気配に気づき、振り向いた。
 すると、いつの間にかのばされてきていた莱牙の手が、すっと引っ込められた。
 どうやら莱牙は、柚巴に触れようとしていたらしい。
 それに気づいていたのは、柚巴だけだけれど。
「あれ? 莱牙さま、そこで何をしているのですか?」
 ようやく柚巴のすぐそばまでやって来ていた莱牙に気づいた紗霧羅が、訝しげに莱牙を見る。
「な、なんでもない!」
 紗霧羅にそう言われ、莱牙は背で、引っ込めたその手をもう一方の手でぎゅっと握り締め、慌てて叫んだ。
 そんな莱牙の普通でない様子に、柚巴も、そして使い魔たちも、不思議そうに首をかしげている。
「柚巴っ」
 いきなり拍子抜けするような声が聞こえたかと思うと、柚巴の真後ろに世凪が立っていた。
 相変わらず、神出鬼没な輩である。
 そして、そこに現れてもなお、他人に気配を感じさせないとは……世凪の力は、日を増す毎に強くなってきているように感じてならない。
「せ、世凪!?」
 柚巴はそこに世凪がいることを確認すると、慌てて後ずさった。
 そして、紗霧羅たちはもちろん、柚巴を守る体勢に入る。
 柚巴と世凪の間に、紗霧羅たちによって、またしても限夢人ブロックが形成される。
 一人、まだ状況を理解できていないのは、当たり前だけれど莱牙だけ。
 使い魔たちのその緊迫した気に、怪訝に顔をゆがめている。
「ふう……。俺が来るたび、そうあからさまな態度をとられると、俺も傷つくのだけれどな〜?」
「嘘を言うな、嘘を!」
 いつものようにふざけたように言葉を発する世凪をきっとにらみつけ、亜真が怒鳴る。
 しかし、世凪はまったく相手にしない。
「まあ、いいけれどね。お前たちには用はないし」
 くすっと馬鹿にしたように、世凪は亜真たちをなめるように見る。
「ねえ、柚巴?」
 使い魔たちのブロックがあったにもかかわらず、いつの間にか、世凪は柚巴の横にまでやって来ていて、そう言って柚巴を抱き寄せた。
 そして、ふっと不敵な笑みを柚巴に向ける
「そろそろ行こうか? 俺もそんなに気が長い方ではないのでね? ちょうど今日は、邪魔者も少ないことだし」
「その汚い手を放せ!」
 そう怒鳴ったのは、紗霧羅でも亜真でも祐でも、ましてや嚇鳴でもなく、莱牙だった。
「え……?」
 驚いたのはもちろん、そこにいた全員。
 皆、瞬時に莱牙に注目する。
「なんだ? お前、いたの?」
 ようやく気づいたのか、莱牙に向かってけろっと世凪が言う。
「な……!」
 莱牙はその言葉を聞き、わなわなと震えだす。
 莱牙も王族のはしくれである。
 そんな莱牙が、はなから眼中にさえ入れられていないという侮辱を受けては、怒らないわけがないだろう。
「とにかく、その手を放せ。世凪!」
 侮辱も加わり、怒りにまかせ、ぼわっと火の気をまとった。
 めらめらと燃え上がるその炎は、さすがは高位の限夢人に属することだけはあり、とても神秘的で、そして魂をすいとられるかのごとく美しい。
 やはり、いくら力があるといっても、王族の力は桁はずれである。
 そこらの限夢人とはわけが違う。
 そう思わずにはいられないほど、鮮やかな(あか)を放っている。
「え……? ちょっと、なんで莱牙さまが怒るんだ?」
 莱牙があまりにも鮮やかな炎を上げているので、紗霧羅は理解できないというように動揺する。
「馬鹿にされたからだろ?」
 嚇鳴はけっとはき捨て、半分呆れ、半分馬鹿にするように言う。
「馬鹿。そうじゃなくて、その前のことを姐さんは言っているのだろう!」
 亜真が嚇鳴を馬鹿にするように言った。
 嚇鳴は悔しそうに、きっと亜真をにらむ。
 しかし亜真は、嚇鳴を無視し、涼しい顔を貫く。
 その前のことというと、すなわち……?
「ねえ、本当馬鹿じゃないの? この傍流王族さま。それに柚巴、お前の何?」
 おもしろくなさそうに、世凪は柚巴の顔に自分の顔を近づける。
 柚巴は相変わらず、世凪の腕の中にとらわれたままである。
「何と……聞かれても……」
 柚巴は世凪から目線をそらすように、ふいっと地面を見つめた。
 それを見て、世凪は一瞬、おもしろくなさそうに顔をゆがめる。
「ふ〜ん。そう、そういうわけね〜」
 そして、次の瞬間には、にやにやと嫌な笑みを浮かべ莱牙を見ていた。
「倒錯したのか。かわいそうに」
 くくくと、世凪は笑いだした。
 そして、その目は明らかに、莱牙を思い切り馬鹿にしている。
「なんだと……!!」
 莱牙は世凪に飛びかかろうと、じりりときき足をすべらせる。
 するとその時、世凪と莱牙の間にさっと梓海道が現れ、莱牙の進行を阻んだ。
 守るように、世凪の前でかまえている。
 そんな緊迫した時間が訪れたかと思った瞬間、柚巴が声を上げた。
「と、とにかく、はなしてよ!」
 柚巴は世凪の腕の中で、ようやくもがきはじめる。
 しかし、なかなか振りほどくことはできない。
 さすがは桁はずれの力を持つ限夢人というだけはあり、ただでさえ男と女というハンデもあるので、その差はさらに大きくなってしまっている。
 びくともしない。
「無駄だよ。前は油断したけれど、今回はそうはいかない」
 世凪はにやっと柚巴を見下ろす。
 すると、柚巴はきっと世凪をにらみつけた。
 世凪も柚巴のその目を見つめ返す。
 そして、すぐにため息をもらした。
「はあ〜。やれやれ。わかったよ」
 世凪はやっていられないといったように、柚巴を抱きしめていた腕をさっとはなした。
「え……?」
 予想外のいきなりの出来事で、柚巴の体はふらっとよろけて、こけそうになった。
 それを、とっさに祐が駆け寄り抱きとめる。
 そして、さっと紗霧羅たちが待機している後方へとさがる。
 柚巴は、世凪があまりにも簡単に引き下がってしまったので、拍子抜けし、きょとんとした顔をしている。
 しかし、使い魔たちはそんな世凪の行動を目にしても、柚巴のように驚くことはなく、変わらず世凪をにらみつけている。
「どうやら、そこの王族さまのお相手をしているうちに、また邪魔者が増えたようだな。あまり面白くはないが、俺はこれで失礼するよ」
 いかにもやれやれといったように、ジェスチャーつきで言った。
 そして、脇に控えている梓海道を見下ろす。
「行くぞ、梓街道」
 その時だった。
 柚巴たちの前に、いきなり竜桐たちが現れた。
「世凪!」
 竜桐がそう叫んだ時には、もうすでに、世凪の姿も梓海道の姿もそこにはなかった。
 どうやら今回、世凪が拍子抜けするほど簡単にひいた訳は、ここにあったらしい。
 竜桐たちがこの場に現れる前からそれを察知し、さっさとひいていったのである。
 これは、通常考えられないことである。
 限夢人たちは、他人の気配を感じ取ることができるが、それはあくまで、そこにいる者や、つい先ほどまでそこにいた者の気配である。
 これからそこにやってくる者の気配まで、感じ取ることは普通ではあり得ない。
 ましてやそれが、瞬間移動を利用しての移動であるなら、なおのことである。
 世凪という男、どこまでも底知れぬ男である。
「くそ……。また逃げられたか!」
 都詩が悔しそうにはき捨てる。
「だけど、姫さまに大事がなくてよかったです」
 そう言いながら、由岐耶が、まだ祐の腕に支えられている柚巴へ寄って来た。
「由岐耶さん……。それに竜桐さんたちも、どうしたのですか?」
 柚巴が祐からはなれながら言った。
 じっと由岐耶たちを見つめる。
「どうしたのですかって……。――嫌な予感がしたので、すぐに後を追ってきたのですよ」
 竜桐が柚巴に歩み寄りながら、ため息まじりに言う。
「ありがとうございます」
 そんな竜桐へ向かって、柚巴はにこっと微笑みを向けた。
「あれ? ところで、翁はどうしたのだ? 姫さまの使い魔だろう?」
 そう言って、亜真はちらちらとまわりを見まわす。
 先ほどから、後からやって来た竜桐、由岐耶、都詩、衣狭、麻阿佐の姿を目にすることはできるが、柚巴の使い魔である幻撞の姿を目にすることはできない。
「茅と一緒に残してきた」
 竜桐と由岐耶の後方に立っていた衣狭が、さらりと答える。
「ああ、まあたしかに。あの老体ではな……」
 亜真はそんな衣狭に視線を流し、衣狭に負けないほどさらりと言う。
 普段から祐のぼやきにつっこみを入れている亜真ではあるが、まさか自分の何十年、下手をすれば何百年も長生きをしている幻撞にまで、この暴言をはいてしまうとは……。
 それも、さらっとこともなげに。
 そして、そんな亜真の暴言を気にとめる者も、ましてや注意を与える者もいないこの状況――
「姫。そろそろ暗くなってきましたので、今日のところはこれくらいで……」
 自らの祖父であるのに、竜桐ですら気にもとめていないといった様子で、むしろこちらの方が大切と言わんばかりに、促すようにすっと柚巴に寄りそう。
「うん。帰ろうか」
 柚巴も同様に、幻撞のことはたいして気にとめていないようで、竜桐に同意する。
「茅と幻撞翁が、首を長くして待っていますね。きっと」
 麻阿佐がそう言った。
「そうだね」
 くすくすと笑いながら柚巴が答える。
 どうやら、こういうことらしい。
 暴言よりも何よりも、早く茅と幻撞が待つ屋敷へと帰りたい、その気持ちの方に気をとられているらしい。
 柚巴に関してだけではあるけれど。
 そして、竜桐が柚巴の手をとり、消えようとした時だった。
「待て! わたしも行くぞ」
「え……!?」
 半透明のその姿のまま、一同、莱牙に注目する。
「あ……。忘れていた。こいつもいたんだ……」
 祐がつぶやく。
 すると、半透明になっていたその姿は、また色を濃くする。
「あなたは……莱牙さまですね? 行くとは、一体どういう意味でしょうか?」
 竜桐は顔をしかめる。
 竜桐はもちろん、ここへやって来た時から莱牙のその存在に気づいていたが、あえて触れようとはしなかった。
 むしろ、全員でぐるになって、莱牙を無視していたと言っても過言ではないかもしれない。
 しかし、莱牙に話しかけられた以上、もう無視することはできない。
 やれやれといった様子で、渋々莱牙の相手をする。
 何しろ、莱牙の噂は、宮中ではかなりのものなので、誰もあまり相手にしたがらない。
「そういう意味だ。わたしも行く。口ごたえは許さない」
 そう言って、すたすたと柚巴と竜桐の方へ歩いてきて、さっと竜桐の手から柚巴の手を奪い取った。
 その瞬間、莱牙が何を考えているのか、使い魔たちは悟ってしまった。
 そして、莱牙の言うところの、そういう意味≠理解する。
「また、とんでもないものを拾ったな。お前たち」
 由岐耶が、亜真と祐に耳打ちする。
「ああ……」
 ニ人は、由岐耶に訴えかけるような目でうなだれる。
「悪いけれど、柚巴を連れて行くのはわたしだから」
 今度は、莱牙に柚巴の手を奪われ、ぶすっとしかめっ面をしていた紗霧羅が、莱牙から柚巴の手を奪い取った。
「これは、いくらあなたの命令でも従えません。何しろわたしは、柚巴の使い魔ですからね」
 そして、にやりと得意げに笑う。
 柚巴は、目線を竜桐に向け、助けを求める。
 紗霧羅と莱牙の火花散るその争いの間に立たされ、柚巴は困り果てていた。
「とにかく、誰でもいいですから、さっさと帰りましょう」
 柚巴に助けを求められ、竜桐は疲れたように投げやりに言った。
 一同も同様に、呆れたように、疲れたように、それに同意する。
「じゃあ、俺はこの辺で」
 そう言って、祐と亜真から解放されていたことをいいことに、こそこそと嚇鳴がその場から去ろうとする。
「お前も一緒に行くんだよ!」
 すかさず、祐が逃げる嚇鳴の首根っこをつかむ。
 そして、ぐいと引き寄せた。
 そこには、にやにやと意地悪げに微笑む、亜真と祐の顔がある。
「やっぱり〜!?」
 嚇鳴は、亜真と祐に捕獲され、泣き声を上げる。


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update:03/07/22