嵐の兆候
(3)

「……結局、こうなるわけか」
 庭にあるカントリーテイストの椅子に腰かけ、目をすわらせ、おもしろくなさそうに莱牙が言った。
 庭に出たのはいいが、おまけがたくさんついて来ている。
 紗霧羅に嚇鳴。そして、三銃士に竜桐。茅に幻撞までついて来ている。
 残りの都詩と衣狭、麻阿佐ももちろん一緒に行くと言ったが、竜桐に他の用事を言いつけられてしまい、渋々出かけて行った。
 柚巴と莱牙が並んで椅子に腰かけ、他の者たちはそれをとりかこむように立ち、威圧的に莱牙を見下ろしている。
 茅の屋敷の庭も、人間界の御使威邸と似たようなつくりになっており、ここは案外柚巴にとって落ち着ける場所となっているのかもしれない。
 しかし、似たようなつくりとはいっても、その花壇に咲く花々は……そこは限夢界、どこか異様な形や色をしており、柚巴はまだ慣れることができなかった。
「それで、聞きたいこととは?」
 莱牙がまわりの者など完全に無視して、柚巴に言った。
 柚巴はちらりと上目遣いで莱牙を見て、少しためらいがちに答える。
「実は……。王子様について、知っていることがあれば教えてほしいのです」
「はあ!?」
 莱牙は柚巴のそのあまりにも予想外な言葉に、思わず立ち上がってしまった。
 莱牙だけでなく、使い魔たちも全員、驚きを隠せないでいる。
 何故、今さら、わざわざ王子にかかわろうとするのだろう? 何故、柚巴は王子のことを知りたがるのだろう?と、使い魔たちは不思議に思う。
 何しろ王子といえば、今、柚巴の人生を左右するかもしれない出来事に、密接に関係している人物なのだから。
「だって……竜桐さんたちに聞いても、色よい答えがなくて……。それで、王子様のいとこのあなたなら、何か知っているかと思ったのです」
 柚巴は、あきらかに、竜桐に、そして使い魔たちに、あてつけるかのような発言をする。
 しかし、そのまなざしは真剣だった。
 じっと莱牙を見つめている。
「まさか……本気で、王子と結婚しようなどとは考えていないだろうな?」
 莱牙は平静を取り戻し、またすっと椅子に腰かけ、無表情で柚巴を見つめる。
 その無表情がまた、無表情だからこそ、柚巴を責めているかのようにも見える。
「そんなことは考えていません。ただ……世凪の口ぶりでは、王子様はこのことをご存知ないようだったので……」
 柚巴は、すっと莱牙から視線をそらす。
 それが、莱牙には怪訝に思えた。
 何故この場面で、柚巴は視線をそらすのか……。
 ――視線をそらす。それはすなわち、後ろめたい気持ちがあるからではないのか?
 莱牙は少し不安になった。
 しかし、それを表に出そうとはしない。
 先ほど取り戻した冷静のまま、柚巴を見つめている。
「当たり前だ。知っていてたまるか」
「それで、結局のところ、王子のことを聞いてどうしたいわけなんだ?」
 紗霧羅が横から口をはさんできた。
 煮え切らない柚巴と莱牙の会話に、業を煮やしたらしい。
「え……? あ、あの。……もし、話のわかりそうな方だったら、王子様の方から、世凪を説得してもらえないかと思って……」
 柚巴はどぎまぎと答える。
 今、使い魔たちの柚巴を見る目は、どこか疑惑と不安をたたえている。
 柚巴はそれに気づいていた。
「無理だね」
 どかっと椅子の背にもたれかかり、面白くなさそうにさらりと莱牙が言った。
「それに、俺は何も知らない」
 そして、じっと柚巴を見る。
 柚巴も莱牙のその答えに、不思議そうに莱牙を見る。
「え?」
「誰も何も知らないのだ。ただ王子という存在があるということしかな。……まあ、それも怪しいが。俺でさえも、何も知らされてはいない」
 莱牙は、澄み渡った青い空を見上げ、はきすてるように言った。
「それは、どういう……?」
 柚巴は、莱牙の意外な言葉に困惑している。
 何故、同じ王族である莱牙が何も知らないのか……?と、不思議に思った。
 それはやはり、莱牙が傍流においやられた王族だからなのか……と、柚巴は莱牙に王子のことを尋ねたことを、少し後悔もしたかもしれない。
 それよりも何よりも、存在自体が怪しいとは、一体……?
「柚巴。本当なのだよ」
 柚巴の前に歩み寄り、紗霧羅が苦笑する。
「王子の名前も顔も、どういう人柄なのかすら誰も知らないんだ。知っているのは、ただ、そこに王子が存在しているであろうことだけ……」
 紗霧羅は、困ったような表情を浮かべる。
 恐らく、紗霧羅は嘘をついてはいないだろうと、その表情から柚巴は悟った。
 本当に、困惑している。
 そして、柚巴に嘘をつくとも思えない。
「だから……みんなに聞いても言葉をにごしたのね? なら、どうして最初から、そう言ってくれなかったの?」
 柚巴は、訝しげに使い魔たちを見まわす。
 何故、それをはじめから言ってくれなかったのか。
 それを聞いていれば、柚巴とてこんなことはしなかっただろう。
 もっと早く、別の方法を考えていただろう。
 そのように、非難しているようにも見える。
「……言ってしまえば……あなたが、興味を持ってしまうのではないかと恐れていたのですよ。我々は」
 竜桐が開き直ったかのように言った。
 右手を腰に当て、ふんと鼻で笑う。
 しかし竜桐は、その態度とは異なり、内心は今も不安でいっぱいだった。
 その言葉通りに、これからもし、柚巴が王子に興味を持ってしまい、そして、まさかではあるが、望まぬ結果を生んでしまうのではないか……。
「最近の姫さまは変わりました。ですから、今の姫さまならと……。申し訳ありません」
 由岐耶は竜桐を弁護するようにそう言って、苦しそうな表情を浮かべる。
 じっと、切なそうに柚巴を見つめる。
 しかし、柚巴の表情は、いたって怪訝で、そして険しかった。
「わたしが興味を持つ? ……ええ、たしかに持ったわ、今。でも、あなた方の心配しているようなものではないわ。ただ、しいて言うならば……どうして、そんな存在すらも怪しい王子様を、世凪は知っているのか……ということね」
 何やら考えるように柚巴が言う。
 そして、ちらりと竜桐に視線を送る。
「せ、世凪は、王子を知っているのですか!?」
 竜桐はがしっと柚巴の両腕をつかみ、慌ててつめ寄る。
 その衝撃で、柚巴の体が一瞬ぐらついた。
「え……? ええ、そのようなことを言っていたもの。それに、王子様の話を持ち出してきたのは世凪よ。だけど、それがどうしたというの?」
 柚巴は、何を今さらそんなことを言っているの?とでも言いたげに、竜桐を見る。
 竜桐の顔から、次第に色が失われていく。
 そして、じっと柚巴を見つめ、言い聞かせるように言った。
「姫……。それはつまりですね、世凪の奴は、王家と相当親密な関係にあるということなのですよ」
「あ……!!」
 一瞬にして、また空気が重くなる。
 使い魔たちはその事実に気づき、言葉を失ってしまった。
 世凪が王家と親密な関係にあるということは、すなわち――
「……ったく、仕様がないな。――わかったよ。その辺は、俺がさぐりを入れてやる」
 莱牙が沈黙を破るように、ぶっきらぼうに言った。
 大きなため息をもらす。
「莱牙さま!?」
 竜桐たちは驚き、莱牙に注目する。
 すると、莱牙は、困ったように微笑を浮かべた。
「言っただろう? 協力するって」
 使い魔たちも莱牙のその言葉を聞き、困ったように顔を見合わせる。
 どうやら使い魔たちは、ようやく莱牙を認めはじめてきたらしい。
「……ところで、先ほどから思っていたのですが、莱牙さま。何か話し方が変わっていませんか? それに、俺って……」
 由岐耶が先ほどから気になっていたことを口にした。
「ふん。柚巴は特別だからな。お前たちに話す時と言葉を変えるのは、当たり前だろう」
 莱牙はふてぶてしい態度をとり、見下すように言った。
 なるほど……と、全員、あっさりと無言で納得する。
 何しろ、はじまりがはじまりなだけに、迷惑なことに、莱牙が柚巴を特別に思っていることは、使い魔たちは百も承知なのだから。
 しかし、柚巴だけは、相変わらず莱牙の言った言葉の意味を理解していない。
 だが、それをこれといって別に気にしている様子もない。
「そういえば、竜桐さん。お父様の護衛はいいのですか? 今まで気づかなかったけれど、全員こちらがわに来てしまって……」
 柚巴が首をかしげ、唐突にそんなことを言った。
 すると、竜桐がたわいなく答える。
「ええ、大丈夫ですよ。先ほど、都詩たちを向かわせましたので。昨日は、マスターは一日中屋敷におられましたが、今日はお出かけになられる予定がありましたので」
 そのあまりにもさらっとした言いように、柚巴もつられさらっと納得する。
「あ。だからさっき、都詩さんたちに何かを言っていたのですね?」
「はい」
 竜桐は、にこっとした柔らかな笑みを柚巴に向ける。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:03/07/31