交錯する心、それぞれの思い
(2)

「御使威家の者しか、限夢界に行くことはできないの」
 庚子から視線をそらし、申し訳なさそうに柚巴が言った。
「どういうこと?」
 庚子の表情はもちろん、一瞬にして曇ってしまった。
 訴えるように柚巴を見つめる。
 しかし、柚巴は変わらず、庚子と視線を合わそうとはしない。
 どこか辛そうに、視線をはずしたままである。
「それは……その……」
 答えに困り口ごもる柚巴に、由岐耶が後ろから柚巴の口元にそっと人差し指をもってきて、それ以上は言わないようにと目配せをする。
 すると、柚巴は確認するように由岐耶を見つめる。
 由岐耶は柚巴と目が合うと、こくんとうなずいた。
 そして、柚巴のかわりに、由岐耶が口を開く。
 どこか辛そうな表情を浮かべている。
「御使威家の血を引く者以外が限夢界に入ると、その場で体が破裂してこなごなになってしまうのですよ」
「え……!?」
 庚子と多紀が険しい顔をした。
 その言葉の真偽を確認するように、にらみつけるように由岐耶をじっと見つめる。
 由岐耶の前では、柚巴が、自分の膝の上でぎゅっと両手を握りしめていた。
 使い魔たちもまた、それぞれに気まずそうな、そして辛そうな表情を浮かべている。
 あの竜桐でさえも、苦笑いを浮かべていた。
 ただ莱牙だけが、平然とソファにふんぞり返っている。
 莱牙にとっては、今由岐耶が言ったことなどどうでもよいことだから。
 人間がどうなろうが、知ったことではない。
 庚子と多紀は、そんな使い魔たちの様子を見て、由岐耶の言葉が嘘ではないとわかりはじめる。
「御使威家の初代当主が、我々の世界の王と契約を結びまして、御使威家の血を引く者しか限夢界に足を踏み入れられないようにしたのです」
 それは、限夢界を守るために、初代当主と王がかわした、唯一、決して変更することの許されぬ契約。
「……」
 庚子は黙ってしまった。
 そして、ふいと視線を床に落とし、にらみつける。
 その庚子の行動が何を言わんとしているのか、柚巴には手に取るようにわかってしまう。
 それが、とても辛い。
 普段の庚子なら、自分の気に入らないことがあれば黙り込んだりはせずに、があがあうなる。
 その庚子が、今は何も語らず、じっとその辛さに、怒りにたえている。
 しかし多紀の反応は、さすがといおうか、意外にも冷静なものだった。
 庚子ほど落ち込んだりはしていない。
「だから俺たちは、限夢界に近づくことすらできないというのですね?」
 確認するように、じっと由岐耶を見つめる。
 由岐耶は多紀に見つめられ、思わずふいと視線をそらしてしまった。
「はい。その通りです」
 その由岐耶の普段とは異なる振る舞いに、多紀はあっさりと納得する。
 ふうっと、大きなため息をもらす。
「わかりました。そうなってしまっては、柚巴ちゃんの手助けをするという問題ではなくなりますからね……。俺たちは、人間界にいるとしますよ」
「ちょ……っ。待てよ、多紀! わたしは……!!」
 てっきり多紀のことだから、それでも食ってかかると思っていたのに、実際に多紀が示した態度は意外にあっさりとしたものだった。
 庚子はがばっと顔を上げ、納得がいかないというように多紀の襟をつかみ上げ、叫ぶ。
 しかし、途中で、多紀が庚子の言葉を遮るように言う。
「だけど、俺たちも、手をこまねいているつもりはありません。俺たちは俺たちで、こちらの世界で動きます!」
 きっと由岐耶をにらみつける。
 これだけは譲れないと言わんばかりに、鋭い眼差しを由岐耶になげつける。
 すると、由岐耶はあきらめたように、ふうとひとつため息をついた。
「そこまでは、とめるつもりはないよ」
 そして、困ったように苦笑いを浮かべる。
 あなたたちのことを心配して言っているのに……と、言いたげな表情でもあった。
「ゆ、由岐耶さん!?」
 意外にもあっさりと多紀の言い分を認めてしまったので、柚巴は険しい顔で由岐耶を見つめる。
 柚巴は、庚子にも多紀にも、このことにあまりかかわって欲しくはなかったから。
 それは、本当に先の見えない危険なことになるかもしれないから……。
 世凪の出方は、いまだわからないまま。


 その夜、世凪がまた現れた。
 暗く寝静まった柚巴の寝室に現れた。
 世凪は、ベッドから起き上がり、そこに腰かけている柚巴の前に、じっと見下ろすように無表情で立っている。
 そこには紗霧羅が控えていたけれど、あっさりと世凪の術で拘束されてしまっている。
 悔しそうにその束縛をとこうともだえているが、その程度の力では、とうてい世凪の力に敵うはずがない。
 世凪はそんな無駄なあがきをする紗霧羅にちらりと視線を送ると、くすりと馬鹿にして笑った。
 そして、また柚巴に視線を戻す。
 もちろん騒ぎをききつけて、柚巴の寝室の周辺で警護をしていた由岐耶や莱牙たちもやって来ていたが、結界をはられて寝室に入ることができない。
 悔しそうに、開かれた柚巴の寝室の扉の前で、手をこまねいている。
 一通りのことはしてみても、その結界はびくともしなかった。
 恐ろしいほどに、世凪の力は彼らの力を上まわっているということになる。
 そんな使い魔たちは無視し、世凪は、ベッドに腰かける柚巴の横にすっと腰をおろした。
 そして、じっと柚巴を見つめる。
 柚巴と世凪、その間にたもたれた距離は、腕が触れるか触れないかという微妙な距離……。
 不思議なことに、柚巴は少しも世凪を恐れてはいないようである。
 そして世凪もまた、今にも柚巴を抱きしめてしまいそうなほど熱い視線を送っている。
 今までこんな世凪は見たことがない。
 これまでの世凪は、どこかふてぶてしく、そして腹立たしかった。
「ねえ、世凪。どうしてこんなことをするの?」
 柚巴は、そんないつもとは違う世凪の様子に気づいて、不思議に思っていた。
 だから、警戒もおろそかになったのかもしれない。
 すぐ横に、世凪が腰をおろすことを許したのかもしれない。
 柚巴がそう言うと、世凪はくすくす笑うだけ。
 柚巴はそんな世凪をじっと見る。
 そして、視線をすっと床に下ろす。
「……わかった。聞いたわたしが馬鹿だったのね。それで、今日は何をしにきたの?」
 それの答えは求めようとはせず、次の質問をした。
 その質問と同時に、また世凪を見る。
 そんな柚巴を見て、世凪は、先ほどまでの様子の違う世凪から、またいつもの腹立たしい世凪にもどる。
 どこか小馬鹿にしたような表情を浮かべる。
「俺がすることといえば、一つしかないだろう?」
 そう言って、くすくす笑う。
 たしかに、世凪がすることといえばあれしかない。
 今わかっている世凪の目的は、あれだけ。
 柚巴は表情を曇らせ、険しい顔で世凪を見つめる。
「わたしを……扉の番人にする……ね?」
「ああ」
 間髪いれず、世凪はさらりと答える。
「でもどうして、そんなことをする必要があるの?」
 柚巴は、じっと世凪を見つめる。
「はあ? 以前にも言ったはずだ。ニつの世界を結ぶために……」
 世凪はやはり、あえてわざとらしく馬鹿にしたようにそう言ったが、最後まで言いきらないうちに、柚巴が遮るように言葉を発した。
「だから、それがわからないのよ。だってあなた、他人のために何かをするような人ではないでしょう? 今まであなたと話してきてよくわかったわ。それにあなた、扉なんてなくても、すでにこうやって自由に行き来できているじゃない。それなのに、今さら扉が必要だなんて、おかしな話よ。ねえ、何故……」
 世凪はいたいところをつかれたのか、くっと顔をしかめる。
 そして、苦しそうに柚巴から視線をそらした。
 どうやら、柚巴の言ったことは図星だったらしい。
「世凪……?」
 柚巴は、じっと世凪の顔を見つめる。
 今までこれほど動揺した世凪を、柚巴は見たことがない。
 そして、この動揺ぶり。
 柚巴が指摘したことは、どうやら間違っていないようである。
 世凪には、何かまだ別の目的があり、これもまた、そのための踏み台にすぎないのかもしれない。
 柚巴は詰問するかのように、じっと世凪を見つめる。
 世凪もまた、柚巴に視線を戻し、じっと見つめる。
 そして、それが数秒続いたかと思うと、小さく世凪の口が動いた。
「わかった……」
 諦めたように、ため息まじりにそうつぶやく。
「わかった。話せばいいのだろう? ……まさか、こんなに早く話すはめになるとは思ってはいなかったが……」
 世凪はやれやれと、少し困ったように柚巴に微笑を向けた。
 その表情が、世凪らしからぬ優しげなものだったので、柚巴は驚いたような表情を一瞬うかべる。
 すると、そんな柚巴を見て、世凪はまた苦笑いを浮かべた。
「俺が何故、こんなことをしているかというと――」
 しかし、そこまで言いかけて、急に険しい顔つきになり言葉をとめた。
 ちょうどその時、世凪の目に、莱牙の姿が飛び込んで来ていたから。
 ちっと舌打ちをし、はき捨てるようにつぶやく。
「……やめた。王族には聞かれたくないからな」
 そこに莱牙を見つけて、世凪はすっかり話す気が失せてしまったらしい。
 せっかく世凪の真意を聞けると思ったその時に、自分のせいでまたわからず仕舞いに終わってしまいそうなこの展開に、莱牙は苦々しく顔をゆがめる。
 まあ、そんなことがなくても、莱牙にとっては、この世凪の存在自体が苦々しいものなのだけれど……。
「え……? でもあなた、王族側ではなかったの? あれ……。でもそうか……。他に目的があるのならば……」
 柚巴はせっかくわかりかけてきたものが、またわからなくなったとでも言いたげに、ぶつぶつと何かを考えるようにつぶやく。
 すると、それまで黙っていた紗霧羅が口をはさんできた。
 きっと、世凪をにらみつけて。
「あんたは、王族の味方ではなかったのか!?」
「はあ!? 誰がいつそんなことを言った」
 思いっきり馬鹿にしたように、世凪が言い捨てる。
 その体全部で、王族の味方≠拒絶しているようでもある。
 まったくもっておかしなことである。
 柚巴と王子を結婚させたがっているこの世凪が、こうも王族に嫌悪感を示すとは……。
「何故俺が、あのムカつく王族の味方をしなければならない!? 馬鹿も休み休み言え」
「しかし……」
 紗霧羅は、納得がいかないというように食い下がる。
 しかし、世凪はもう取り合おうとはしない。
「まあ、そのようなことはどうでもいい」
 そう言って、世凪は、柚巴の横に座ったそのままで、すうっと消えていく。
 それに気づき、柚巴は慌てて消えいく世凪をつかもうと手を出した。
「待って、世凪……!」
 だが、一歩遅かった。
 その時にはすでに、世凪の姿はもうそこにはなかった。
 柚巴は悔しそうに、のばしたその手をぎゅっと握り締める。


 世凪が姿を消し、ようやく紗霧羅の束縛も、扉の結界も消えたようで、足止めを食らっていた使い魔たちがどっと中へ入って来た。
 紗霧羅も、ベッドに腰を下ろしている柚巴へと駆け寄る。
 そして、ぎゅっと、柚巴の無事を確認するように抱きしめる。
「姫さま、ご無事ですね……!?」
 そう言って、紗霧羅に抱きしめられて、顔だけをのぞかせている柚巴に駆け寄ってきたのは由岐耶である。
 蒼白な顔で柚巴を見つめる。
「ええ……。大丈夫。何もされていないもの……」
 柚巴は、由岐耶の普段とは違うその様子に少しどきっとした。
 どきまぎとしながら答える。
「それは、ようございました」
 柚巴のその言葉を聞き、ようやく由岐耶が安堵の表情を浮かべる。
「それで、いい加減、何のことか話してくれるのだろうな?」
 使い魔たちが柚巴に群がる一歩後ろで、莱牙が偉そうに、そして静かに言った。
 腕組みをし、柚巴を中心とした使い魔たちをじっとにらみつけている。
「王族には教えられないな」
 もちろんあっさりと、莱牙を無視するように由岐耶が言う。
「ふざけるな! わたしは柚巴の使い魔だぞ! わたしにも知る権利がある!」
 莱牙が今までには見せなかった真剣な、そして怒りをこめた表情で怒鳴った。
 さすがに、このような世凪とのやり取りを見せられては、莱牙も冷静ではいられない。
 そして何より、莱牙の力が世凪の力にまったく歯が立たなかったことが、悔しくて、そして恐ろしい。
 それでも、莱牙の柚巴を守るという決意はゆるぎない。
 熱く柚巴を見つめる。
「……仕方がない……」
 そんな莱牙の真剣な様子を見て、由岐耶はため息をもらした。
 諦めたような、だけどまだ疑っているような由岐耶の言葉と態度に、莱牙は念押しする。
「大丈夫だ。何があっても、柚巴を裏切るようなことだけはしない」
 はらはらとして、この由岐耶と莱牙のやりとりをみていた柚巴に、莱牙が優しく微笑みかける。
 そしてもちろん、その目に偽りはない。
 柚巴は何か言いたげに、じっと莱牙を見つめる。


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update:03/08/09