交錯する心、それぞれの思い
(3)

「奴は、そんなことを企んでいたのか!」
 件の話を聞き、はき捨てるように莱牙が怒鳴った。
 これまでの経過は、はるかに莱牙の予想をこえるものだったらしい。
 ぎりりと、唇をかみ締めている。
「それで、あなたはどうされるのですか? 莱牙さま」
 由岐耶が莱牙に、横目でじとっと冷たい視線を送る。
 しかし莱牙は、そんなことはまったく気にしていない。
「どうするも何も、このまま世凪の奴から柚巴を守るだけだろう? 他に何がある」
 当たり前のことを言わせるなと言わんばかりに、馬鹿にしたような視線を由岐耶へ送る。
「しかし、あなたはそれで良いのですか? これは、王族にとって、とてもメリットのあることだと思うのですが?」
 それまで黙って由岐耶と莱牙のやり取りを聞いていた亜真が、一歩前へ歩み出て、試すように莱牙を見つめた。
 すると莱牙は、今度は亜真に馬鹿にしたような冷たい視線を注ぐ。
「王族にとってはそうだろうが、俺にとっては無意味なことだ」
「それは、どういう……」
「お前たちは馬鹿か? こちらは王族のプライドを捨てて使い魔になったというのに、王宮でぬくぬくと暮らしている奴らに、おいしいめを味わわせてたまるものか! まったく、人を何だと思っている?」
 思いっきりおもしろくなさそうに、莱牙がはき捨てる。
 莱牙もまた、彼を、彼の一族を傍流においやった他の王族一族を、よくは思っていないらしい。
 それよりも何よりも、この自分本位な考え……。
 いかにも莱牙らしい言い草である。
「そうでした。莱牙さまはそのような人でした……」
 頭を抱えて、どっと疲れたように紗霧羅が言う。
 本当にこの紗霧羅という女史は、いろいろと世間の噂に詳しいらしい。
「傍流に追いやられたことを、まだ根に持っているからな」
 亜真が半分馬鹿にしたように、ぼそりとつぶやく。
 紗霧羅だけでなく、亜真も知っているかのようなこの口ぶり。
 どうやら限夢界では、莱牙の一族が傍流においやられたことは、相当有名なことらしい。
 しかしそんなことを、当然、柚巴が知るはずもない。
 不思議そうに、紗霧羅、莱牙、そして亜真を見まわす。
 そんな暴言ともとれる紗霧羅と亜真の言葉を無視して、莱牙は何やら思いふけるようにつぶやく。
 どうやら、これ以上このニ人を相手にしても、腹が立つだけだと判断したらしい。
「それにしても……そのような扉が、限夢界に存在したとは……」
「そうですね。我々も、姫さまに聞くまで知りませんでしたから」
 由岐耶が珍しく莱牙に同意する。
「誰も知らないはずだよ。そんな扉があれば、みんな群がっている」
 紗霧羅もまた、考え込むように言った。
 そして、紗霧羅の言葉に、皆納得したように見つめあう。
 たしかに、そのような扉があれば、使い魔の契約なしに人間界に渡れるので、限夢人たちが放っておくはずがない。
 誰も知らないからこそ、これまでこうやって、平穏に時を過ごしてきた。
「でも、待って。みんなが知らない扉のことを、なぜ世凪はあんなに詳しく知っているのかしら?」
 柚巴がぽそりと言った。
 そして、ゆっくりと使い魔たちを見まわす。
 柚巴のその言葉を聞き、使い魔たちの顔が一斉に曇った。
 柚巴の言うことはもっともである。
 何故、誰も知らないその扉のことを、世凪が知っているのだろうか?
 誰も知らないのなら、当然世凪も知らないでいることが普通だろう。
 ……やはり、世凪という男は、ただ者ではないと、そこでも物語っているのだろうか?
 ただ者ではない、特別なところに位置する者だからこそ、そのことを知っている、知り得るのだろう。
 ますます、世凪という男がわからなく、そして脅威になってくる。
「奴はやはり……王族に、それも限りなくトップに近い者と、縁があるということか?」
 莱牙が苦虫をかみ潰すように言った。
 特別な位置……。
 それは、王族の中でいえば、誰もが容易にたどり着くところだろう。
 しかし、あの世凪が、そのように簡単なものですむのだろうか……?
 そこまでは、誰も考えがいたらなかったようである。
 王族……。その言葉に敏感に反応してしまったから。
「限りなくトップに近いということは、まさか……」
 それ以上は言ってはならないと誰もがわかっていて、それ以上は誰も何も言葉にしなかった。
 それ以上言っては、限夢界にいられないことを誰もが知っていた。


 もうすぐ太陽が中天にさしかかろうというのに、柚巴はまだ眠っている。
 天蓋つきのふかふかのベッドに身を沈め、疲れきったように眠りについたまま。
 その表情は、決して安眠しているといえるものではない。
 どこか苦しく、険しいものをたたえている。
 昨夜、あんなことがあったのでは無理もないだろう。
 すぐには寝つくことができなかっただろうし、柚巴が寝る頃には、もう東の空がしらじらと明けはじめていた。
 それを知っているから、使い魔たちも、誰も柚巴を無理に起こそうとはしない。
 そのまま、自然に目が覚めるまで寝かせておこうとなった。
 今日は、ニ日前、茅とかわした約束の日ではあるけれど、夕方から向こうへ向かえばいい。
 だから、柚巴を無理に起こす必要もない。
「ねえ、莱牙さま……」
 ベッドの脇にひざまずき、柚巴の寝顔をみながら、紗霧羅は、同様に、眠る柚巴の枕元に控えている莱牙に話しかける。
 陽の光が差し込まないように、今もなお、柚巴の寝室のカーテンは閉められたまま。
 部屋の中は薄暗く、何か物悲しいものを感じさせる。
「何だ?」
 莱牙は気のない返事をする。
 じっと柚巴の寝顔を見つめて、そちらに気がいっているよう。
 紗霧羅はそれに気づいていたけれど、かまわず続ける。
「もしかして、莱牙さまは、柚巴の使い魔になったことを後悔していますか?」
 じっと、柚巴の寝顔を見つめる紗霧羅。
「はあ……!?」
 驚いたように、小馬鹿にしたように、莱牙は紗霧羅を凝視する。
 何を今さら、馬鹿なことを……と、その目はたしかにいっている。
 しかし、今の莱牙のこの態度も、紗霧羅には信じるには足りないものだった。
「ですが……昨夜のあの言葉、プライドを捨ててなどと……」
 紗霧羅は険しい顔で、責めるように莱牙を見つめる。
 すると莱牙は、「ああ、なるほど……」と、紗霧羅が言おうとしていることを悟る。
「なんだ、そのようなことか。あれは言葉のあやというものだ。例えだ。わたしは、決してそのようなことは思っていない。後悔などしていない。これは、わたしが自分で決めたことだ。後悔するくらいなら、はじめから使い魔になどなってはいない」
 莱牙は柚巴の枕元に立っているそのままで腰をまげ、そっと柚巴の寝顔に触れる。
 そして、愛しそうに柚巴を見つめる。
 今にも抱きしめてしまいそうなほど、愛しそうに柚巴を見つめている。
 それは嘘偽りのない、心からの莱牙の想いのあらわれだと、誰がみてもすぐにわかる。
 それほどまでに、莱牙は熱い視線を柚巴に注いでいる。
 どうやら、莱牙がはじめて柚巴を見た時つぶやいたあの言葉は、女神という言葉は、その時点で、莱牙の心は柚巴にとらえられ、そして永遠のものとなっていたあらわれだったのだろう。
 そう思わずにはいられない。
 今の莱牙の様子をみては……。
 その莱牙の振る舞いを見て、紗霧羅もさすがにほっと吐息をもらす。
「そうですか。それならば安心しました」
「はじめから、柚巴のためならば何でもすると言っているではないか」
 莱牙は困ったように、苦笑いを浮かべる。
「そうでした。すみません」
 「まあ、よい。誰もわたしを信じていなかったことはよくわかっている」と、まるでなぐさめるように、莱牙は優しい微笑みを紗霧羅へ向ける。
 どうやらこの莱牙という男は、柚巴が絡むと、優しくなれてしまうらしい。
 彼自身も気づかぬうちに……。


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update:03/08/12