交錯する心、それぞれの思い
(4)

「それにわたしは……柚巴が主ならば、使い魔も別に悪くはないと思うしな……」
 莱牙は、またゆっくりと柚巴の寝顔をのぞき込む。
 枕元で先ほどからこのような会話がかわされているにもかかわらず、一向に柚巴は起きる気配がない。
 ――よほど、疲れているのだろう。
「そうですね。わたしも、そんな柚巴に惹かれた一人ですし。――莱牙さま。あなたは、わたしたちの同志です。柚巴を守るという同じ大志を抱く仲間ですね?」
 にこりと紗霧羅が微笑んだ。
 どうやらこの会話から、紗霧羅は莱牙を、同じ柚巴を守るという目的をもった仲間と認めたらしい。
 そして、信じるに値する者だと思いはじめていた。
 この莱牙なら、信じられると――
 紗霧羅に微笑みを向けられ、莱牙は困ったように笑う。
「わたしは……はじめて柚巴を目にした時、女神が現れたと思ったのだ」
 いきなりの莱牙のその告白に、驚いたように紗霧羅が莱牙を凝視する。
 まさか女神だとは……。いくら何でも飛躍しすぎである。
 紗霧羅はそう思い、少し呆れたかもしれない。
「だけど、そうは見えませんでしたよ? なにせ、莱牙さまの第一印象は最悪でしたから」
「お前も言うな」
 そんな暴言をはかれても、莱牙は怒ることなく苦笑するだけだった。
 これまでの莱牙の反応からして、これは驚かずにはいられない。
 ここまで言われては、莱牙ならば、当然嫌味の応酬はしているだろう。
「あれは……言うなれば、柚巴を確認していたのだ」
「確認……」
 紗霧羅は、わからないというように首をかしげる。
「ああ。わたしには、本当に柚巴が女神に見えていた。それほどに柚巴は美しくて、神々しくて、目を奪われずにはいられなかった。――愚かなことだな?」
 確認するように、紗霧羅をじっと見る。
 紗霧羅はどこか険しい、だけどちゃんと優しさを秘めた視線を莱牙へ送る。
「もしかして……その時に……?」
 思い出すように、そして幸せそうに、莱牙は、今はまだ眠っている柚巴の髪にそっと触れる。
「ああ、場所が場所だっただけに……。それに、あの水に微かに濡れた柚巴の姿は、たしかに美しかった。まだ幼いが……どこか人を惹きつける。――恐らく……あの瞬間、わたしは柚巴に打ち負かされてしまったのだろうな?」
 莱牙はすっと柚巴の髪から手をはなし、紗霧羅の顔色をうかがうように見た。
 それをみとめた紗霧羅は、ただ優しく微笑むだけだった。
 紗霧羅は、この不器用な傍流においやられてしまった王族に、親しみを覚えはじめていた。


 一方、こちらでも会話が繰り広げられていた。
 こちらは、三銃士に麻阿佐が加わっている。
 人間界は御使威邸。
 使い魔たちの居住スペースに設けられた居間。
 いつものように彼らはそこに集い、いつもとは異なり、難しそうに顔をつき合わせている。
 麻阿佐が、普段のようなどこかふざけたものではなく、真剣なまなざしで三銃士を見つめていた。
「お前たちは、竜桐さまをどう思う?」
 そして、思い切ったように、そんな言葉をもらした。
 三銃士はいきなりの麻阿佐のその発言に、驚いたように麻阿佐の顔をまじまじと見る。
 麻阿佐は三銃士のその反応を見ても、そのまま流すように続けた。
「わたしは最近、竜桐さまのお考えがわからなくなりつつある……」
「それはどういう意味でだ? お前が規律を破って単独行動に出たことか? それとも……」
 由岐耶がじっと麻阿佐を見る。
「恐らく……後者だ」
 麻阿佐は困ったように苦笑する。
 最後まで言い切らなくても、麻阿佐にはもちろん、祐と亜真にも、その後、由岐耶が続けようとしていた言葉がわかっている。
 祐と亜真は、困ったように顔を見合わせる。
「では、お前もか?」
 由岐耶は困ったようにため息をもらした。
「え? ということは、由岐耶もなのか!?」
 麻阿佐が少し驚いてみせた。
 しかし、そのように振る舞ってみても、麻阿佐はまったく驚いてはいない。
 ただ、そのように反応することが、この場合、ごく自然なことであると体が判断しただけ。
「何を驚いている。わたしもお前同様、席をはずしたではないか?」
 由岐耶は苦笑する。
 そして、由岐耶と麻阿佐は顔を見合わせ、困ったように微笑んだ。
「一体、何のことだ?」
 亜真が、いまいち理解できないというように眉をひそめる。
「姫さまに関することだよ。竜桐さまは、最近では姫さまを監視している」
 麻阿佐から目線をずらし亜真に送ると、きっぱりと由岐耶はそう言った。
 すると、亜真も思うところがあったのか、すぐに納得する。
「ああ、あのことか。それならば、俺たちも聞いた。姫さまには、底知れぬ力が眠っている……だったか?」
「ああ……。だからといって、わたしは納得できないのだよ。必ずしも、悪いものと決まっているわけではないのに、何故姫さまを……」
 由岐耶は苦しそうに、悔しそうにぎゅっと拳を握り締める。
「俺もそうは思うが、竜桐さまの立場を考えると、そうも言っていられないのだと思うがな……」
「そうだな。それも一理あるが……。恐らく、最近の姫さまなら、そのことに気づいていると思う。なにせ、あの姫さまが、我々を試すようなことをしたのだから……」
 亜真に続けて、祐がぼそりと言った。
 ニ人とも険しい表情を浮かべている。
「試す!?」
 由岐耶と麻阿佐は驚きのあまり、がばっと身を乗り出した。
「ああ。例の、姫さまを連れ出すように言われた時だよ。姫さまはそうと知っていて、わざと騙されるように従った。それに姫さま自らも、その力に気づきはじめている……」
 祐は困ったように微笑む。
「そして、姫さまは、我々をわざと神のドームに導き、笑って言ったのだよ。我々をからかっただけだと……。今までの姫さまからは、想像もできないことだろう!?」
 祐が苦しそうに由岐耶につめ寄る。
 由岐耶は困ってしまった。
 この祐の言葉にどう返答すればよいものか、今の由岐耶にはまだ答えを導き出せるだけの情報がない。
 そして何よりも、今まで由岐耶が見知ってきた柚巴と、明らかに違いはじめている。
 悔しいが、そう感じてしまう。
「今の姫さまは、どこか恐ろしい……」
 亜真が膝の上に両肘をつき、静かにしぼり出した。
「……」
 由岐耶も麻阿佐も、そして祐も言葉を失った。
 誰一人、目を合わそうとはせず、皆一様に、苦しそうにじっと床をにらみつけている。
「――しかし、わたしはそれでも、姫さまを信じて、お守りする」
 由岐耶はばっと顔を上げ、きっぱりと言った。
 するとそれに続き、麻阿佐も勢いよく顔を上げた。
「わたしも同感だ。かわったとはいえ、姫さまは姫さまだろう!?」
 麻阿佐はきっと宙をにらみつけ、決意を固めた。
 しかし、由岐耶と麻阿佐がそう決意したにもかかわらず、亜真と祐は何も言おうとはしない。
 由岐耶も麻阿佐も、その後のニ人の言葉を待ったけれど、すぐに諦めてしまった。
 このようなことは、強要するものではないと、彼らは知っているから。
 このようなことは、まこと心からそう思わなければ無意味なこと。
「なあ……。ところで、俺たちの主って、たしか姫さまではなくマスターではなかったか?」
 おもむろに、ぼそりと亜真がそんなことをつぶやいた。


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update:03/08/12