予感……
(2)

「あら? 何事もしてみなければわからないじゃない? 試しもしないうちからそのように消極的だなんて、竜桐さんらしくないわね? 失敗したその時はその時で、次の手を考えればいいじゃない?」
 柚巴はにこりと笑う。
 その微笑とは異なり、言葉は挑発的なものだった。
 竜桐はそこに、また新たな不安を抱かずにはいられない。
「姫……」
 じっとにらむように、柚巴を見つめる。
 普段の柚巴ならば、竜桐のこの目線ひとつでひるむだろうが、今回はまったくひるむ様子などはなく、むしろ挑戦的な目をしている。
 どこか自信に満ちた……そのような雰囲気をかもし出している。
 それがいっそう、竜桐の不安を、不審を誘うとわかっていて、柚巴はあえてそのように振る舞っているように見える。
「そうだな。何もしないで手をこまねいているよりは、よほど建設的だな」
 相変わらず腕組みをしている莱牙が言った。
 そして、にっと柚巴に微笑を見せる。
「ま、いいか。わたしもそれにのるよ。何しろ、わたしは柚巴の使い魔だ」
 莱牙のその笑みを受け、紗霧羅も柚巴の意見に同意する。
 紗霧羅の中ではもう、莱牙に対する疎外の念は消え去っていた。
 今はむしろ、柚巴を守る同志として莱牙を認めているので、莱牙のその対応に、紗霧羅も素直に同調することができる。
「……まったく、姫さまは過激になられましたね」
「そうそう。今までの姫さまからは、想像もできないですよ」
 由岐耶と麻阿佐が少し困ったような微笑を浮かべ、柚巴の方へ歩み寄る。
 そして、柚巴に寄りそった。
 それはすなわち、柚巴の意見に賛成したということになる。
「由岐耶! 麻阿佐!」
 それを見ておもしろくないのが竜桐。
 険しい顔で、由岐耶と麻阿佐をにらみつけている。
 しかし、由岐耶も麻阿佐も、竜桐のそんなにらみにも、もうひるむことはない。
 由岐耶と麻阿佐は決意していたから。
 たとえこの先、柚巴がどのように変化しようと、信じ、そして守っていくと……。
 その決意はゆるぎない。
 また、限夢人は、一度そうと決めたら、それはもう頑固なまでにその決意はなかなか変わることはない。
 それに加え、この由岐耶と麻阿佐には、動き出したほのかな感情が加わっているからなおのことである。
「竜桐さま。たしかに、竜桐さまの言っていることには一理あります。そして、竜桐さまが心配されていることも知っています……。――しかし、必ずしもそうなるとは決まっていません。わたしは、姫さまに従います」
 由岐耶はそう言って、竜桐をじっとにらみつける。
 ――背いた。
 由岐耶がはじめて、崇拝に等しい感情を抱いていた竜桐に背いた。
 これは、それを知っている竜桐に、衝撃を与えるには十分だった。
 竜桐は悲しそうな、そして怒りに満ちた表情を浮かべている。
「お前は……!!」
 ふるふると震える体で、怒りを懸命におさえながら、竜桐は由岐耶にそう怒鳴った。
 この一言で、今竜桐がどれほどの怒りを抱いているのか容易にわかる。
 それは、この場にいる誰もが簡単にわかり得る怒り。
 しかし、それでも由岐耶は、そんな竜桐の怒りを気にする様子はなく、竜桐に反抗的な目を向け、柚巴によりそい続ける。
 麻阿佐はいうまでもなく、由岐耶同様の態度をとっている。
 あの真面目な由岐耶がここまで決意してしまっては、もう誰にも彼を止めることはできない。
 普段真面目な者が一度そうと決めると、それは誰にも手がつけられなくなる。
 竜桐はそれがわかっていただけに、おさえようのない怒りを抱かずにはいられなかった。
 それは、もしかすると……自分への怒りだったかもしれない。
 由岐耶をつなぎとめておくことができなかった自分への……情けなさからくる怒り――
「くす……。おかしな人ね、竜桐さん。何が心配だというのかしら? どこにいても、世凪は虎視眈々と狙っているのに」
 そんな竜桐の怒りに気づいていながら、柚巴はあえて怒りを誘うかのようにそのような発言をする。
 上目遣いで竜桐を見る。
 にっと得意げな笑みをもらして。
 それはまるで、世凪が人を馬鹿にする時のような笑み。
「ひ、姫!!」
 竜桐は柚巴のその言葉に、その表情に、恐怖を覚えてしまった。
 思わず後ずさる。
 かなり動揺しているらしい。
 無理もない。
 竜桐は今まで、このような柚巴を見たことがなかったのだから。
 竜桐の中では、柚巴は、今もあの頃の、はじめて竜桐の心をつかんだあの頃のまま、変わらぬ、無垢で可憐で、かわいい柚巴のままなのだから。
 柚巴が、人を馬鹿にするような表情をするはずがない。
「では、さっさと行ってすませよう」
 そんな動揺する竜桐に、気の毒なことに、誰一人同情する者などいなかった。
 さすがにこの頃になると、使い魔たちも、竜桐のこの異様なまでの警戒ぶりに、多少不審を抱きはじめていた。
 そして、柚巴との間に、あえてみぞをつくろうとする竜桐の考えが、わからなくなりはじめている。
 どうしてわざわざ、こんな時に、その信頼関係に、結束に、亀裂を走らせるようなことをするのだろうか?
 そしてもちろん、莱牙が、同情など、そんなかわいらしいことをするはずもないので、そう言って柚巴を促し、竜桐を無視し、そのまま玄関先を去っていく。
 それに、紗霧羅と由岐耶、麻阿佐も続く。
「待って、俺も行く!!」
 そう言って、これまでのやりとりを、彼にしては珍しく静観していた嚇鳴が、慌てて後を追っていく。
 柚巴を取りかこむようにして、五人の使い魔たちの姿が、次第に小さく、そして薄らいでいく。
 残った使い魔たちは、それを半分諦めたように眺めている。
 竜桐は、苦々しく見ていた。
 竜桐を除く彼らは、まだどちらへつくか決意ができていない。
 まだ、どちらにつくか決めかねている。
 ……あるいは、どちらにつくこともない。
「そろそろ本格的に、由岐耶と麻阿佐に絶縁宣言されそうですね? 竜桐さま」
 亜真がさらっとそう言って、じっと試すように竜桐を見る。
「亜真……!?」
 竜桐は驚いたような、そして険しい顔で亜真を凝視した。
「でもまあ、それも仕方がない。今の竜桐さまならね」
 そんな竜桐に追いうちをかけるかのように、祐もさらりと言う。
 竜桐の表情が次第に沈んでいく。
 複雑な表情を浮かべ。
 何やら思いふけるような、そのような表情……。
「竜桐さまはご存知ないでしょうが、あのニ人は、我々に、たとえどうなろうと姫さまを信じ、お守りすると言ったのですよ」
 亜真は、つい先ほど柚巴たちが消えていったその方向をじっと見つめ、どこか決意したような表情をする。
「わたしも、今はそう思いますね。まあ、たとえどうなろうと……とまではいかないですが、今の姫さまにはついていってもかまわないと思いますよ? 力云々を除いても……姫さまは、たしかに強くおなりですから」
 祐も亜真同様に、一点を見つめ、涼しい顔でそう言った。
 亜真と祐のその告白を聞き、竜桐の顔がまた険しいものへと変わっていく。
「お前たちまでもか……!」
 亜真と祐は顔を見合わせ、にっと笑い合った。
 そして、
「ええ。何しろ我々は、二日前、姫さまの成長を目の当たりにしましたから」
そう言い、まだもの言いたげな竜桐を残し、すっと姿を消した。
「やれやれ。もうそろそろ、竜桐さまのお立場も危うくなってきていますね?」
 茅が頭をぽりぽりとかきながら、困ったように、呆れたようにそう言って、竜桐へと歩み寄ってくる。
「茅、お前までも……!?」
 竜桐はぎろりと茅をにらみつける。
 茅はそんな竜桐を見て、「やれやれ。まったくそろいもそろって、偏屈者ばかりなのだから……」とでも言いたげに、ふうっと小さなため息をもらす。
「いや、俺はどっちにつこうとはまだ考えちゃいないけれど。そうだなあ……別にいいのじゃないか? しばらくは好きにさせておけば。監視しているからといっても、力なんて目覚める時には目覚めてしまうものなのだし? 少し神経質になりすぎなのですよ。目覚めてしまったものは、仕様がないしなあ〜……」
 くすくすと茅が楽しそうに笑う。
 柚巴の意外な成長を、そして困ったボウヤ達の行動を楽しんでいるようである。
 「まだ年若い限夢人は、これだから……」とでも言うように。
 これは、かなりの経験を積んだ茅だからこそ、とれる態度なのだろう。
 同じ年頃……いや、むしろ竜桐の方が年をとっているかもしれないが、竜桐にはそこまでこの状況を楽しむことができない。
 その辺りが、竜桐の不器用なところだろう。
 融通をきかせるということができない男だから。
「だからこそわたしは、姫のその力が悪い方に目覚めないようにと……!」
 悔しそうに、ぎゅっと拳を握り締める。
「それが、神経質になりすぎだっていうのですよ」
 茅が呆れたように竜桐を見る。
 幻撞は何も言わず、ただそれを見つめるだけだった。


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update:03/08/15