予感……
(3)

「あれ? 亜真さんと祐さんもいらしたのですか?」
 限夢宮、神域。
 神のドーム前。
 そこで、柚巴がきょとんとして言った。
 ひとまず王宮へやって来て、以前のように、他の者が容易に中へ入ることのできない神のドームで、莱牙と紗霧羅の報告を待とうということになっていた。
 神のドームの中ならば、世凪以外、余計なものに気を使わずにすむから。
 莱牙と紗霧羅は今、柚巴に依頼されたように、王族たちにそれとなく世凪についてあたっている。
 そこで、莱牙たちの邪魔にならないようにと、柚巴、由岐耶、麻阿佐、嚇鳴と、莱牙と紗霧羅は別行動をとっている。
 柚巴が由岐耶に促され、またいつかのようにその王家の紋章に触れようとした時、柚巴の後ろに、亜真と祐がふっと姿を現した。
 神のドーム。
 そこは、この限夢界の神をまつるドーム。
 天井に、奇跡の女神・ファンタジアをまつり、そして床一面には、最高神・シュテンファンとその眷属、七人の神がまつられている。
 このドームは、王直々の管理がなされており、王の許可なくして立ち入ることは許されていない。
 ドームへ入ることを許されているのは、限夢界では一握りしかいない。
 その一握りの中に、竜桐をはじめ、限夢王と契約を結ぶ御使威家当主、御使威弦樋、柚巴の父親の使い魔七人も入っている。
 彼らはいつでも好きな時に、このドームへ入ることを許されている。
 よって、彼らがいれば、柚巴たち許可を得ていない者でも、ドームへ入ることができる。
「ええ。何かのお役に立てばと思いまして」
 きょとんとする柚巴に微笑みかけながら、亜真が言った。
「いいのですか? 竜桐さんに怒られません?」
 柚巴は紋章に触れようとする手をそのままに、少し困ったように亜真を見る。
「その時はその時ですよ」
 亜真を押しのけ、ひょっこりと祐が顔を出しあっけらかんと言う。
 祐のこの態度はいつものことであるが、さすがにこの状況でここまでさらっとそれをやってのけられると、柚巴とて苦笑いを浮かべずにはいられない。
 今のこの状況をつくる一因の柚巴とて……。
「竜桐さんも、手をやくはずですね?」
 しかし、柚巴はすぐににこっと微笑み、少しからかうように祐を見る。
 それを見て、三銃士も麻阿佐も、少しびっくりしたような表情をのぞかせると、楽しそうに笑い出した。
「たしかに!」
 今まで、柚巴とこのような冗談まがいの会話などできないと思っていた彼らなだけに、この柚巴の変わりようは、実はとても受け入れやすく、嬉しいことだった。
 柚巴とこのようなくだけた会話ができる。
 それは彼らにとって、とても喜ばしいことである。
 このように和気藹々(わきあいあい)とした様子の柚巴たちを見ながら、嚇鳴は頭の後ろで両腕を組み、微笑んでいた。
「それで、姫さま。これからどうされるのですか?」
 そんな柔らかい雰囲気のまま、にこやかな表情で亜真は柚巴に尋ねる。
 彼らはもう、神のドームの中へ入ることをすっかり失念してしまっているらしい。
 都合よく、まわりに人の気配がないので、別にそれでもかまわないのだろう。
「う〜ん。王宮に来てみたはいいのだけれど、やっぱり、そう簡単には王族の人には会えないようで……。一応、莱牙さまが、紗霧羅ちゃんといろいろまわってくれているのですよ。それで今、莱牙さまの報告を待っているところです」
 柚巴は首をかしげ、難しそうに答える。
「そういえば、紗霧羅女史と莱牙さまは、けっこう仲がいいようですね?」
 柚巴のその言葉に、今ようやくそれに気づいたかのように、由岐耶が不思議そうに言った。
 柚巴は由岐耶のその言葉に、びっくりしたように目を真ん丸くして、由岐耶をまじまじと見る。
「そうだね。何かさっき起きた時には、もうすでに、わたしのベッドの横で、仲良くお話ししていましたから」
 そして、嬉しそうに笑う。
 その柚巴の微笑みを見て、由岐耶もまた嬉しそうに微笑む。
 莱牙を嫌っているはずの由岐耶にしては、妙に好意的である。
 そこには、紗霧羅の影響がおおいにあるのだろうか?
 紗霧羅を通して、莱牙を認めはじめているということなのだろう。
「しかし、もうそろそろ日も傾いてきましたし、今日はこの辺りで引き上げた方がいいですね」
 由岐耶がおもむろに空を見上げ、そう言った。
 すると麻阿佐は、由岐耶のその言葉にうなずき、続ける。
「それじゃあ、わたしが探してきます」
 そう言って、麻阿佐が踏み出そうとした瞬間、柚巴が麻阿佐を引き止めた。
「え? ああ、大丈夫ですよ。ほら、もう帰ってきたようですし。ね?」
 そして、建物の中を指差す。
 しかし、柚巴が指した方向には、誰もいないし、気配も感じない。
「え? 姫さま、誰もいませんよ?」
 由岐耶が怪訝そうに首をかしげる。
 亜真、祐、麻阿佐と嚇鳴がそれにうなずく。
 皆、柚巴の言葉が信じられないようである。
 事実、気配すら感じないのだから、それも当たり前なのだろうけれど。
「あれ? 由岐耶さんたちには、わからないのですか?」
 そんな使い魔たちの反応を見て、驚いたように、柚巴はまじまじと彼らを見まわす。
 柚巴ですら感じられるその気配に、はるかに人間よりも優れた感覚を持つ限夢人が、何故気づかないのだろう?と、訴えるようでもあった。
 そんな柚巴を見て、彼らは困ったような表情を浮かべる。
 そして、しばらくの沈黙の後、何やら柚巴が指差した方向から、いらだった気配がびんびんと伝わってきた。
「あ……!!」
 その気配を感じ、嚇鳴が思わず声をあげる。
 するとすぐに、遠くの方から、何やら人の叫び声が聞こえてきた。
 それは、次第に大きくなってくる。
「だからしつこい! お前たちは帰れ!!」
 ようやくその気配の主が姿を現した。
 建物の柱の合間に、ちらちらと見えるその影。
 その気配の主は、莱牙だった。
 数人の男たちと小競り合いをしながら、こちらへ向かって来ている。
 その後ろから、呆れ顔で紗霧羅がやって来る。
「ね、姐さん、莱牙さまはどうかしたのか!?」
 柚巴たちのもとまでやって来た紗霧羅に、その横でぎゃあぎゃあとわめいている莱牙をちらちらと見ながら、祐が聞いた。
「ええ、ああ……。なんか、莱牙さまの従僕につかまっちゃってさ〜。それからは、ず〜っとあの調子。戻れ、嫌だの繰り返しだ」
 呆れながら莱牙を指差す。
 それにつき合わされていたこっちの身にもなってよ……と、目が語っている。
「まったく、莱牙さまは、ご自分が王族だということをお忘れですか! 莱牙さまが使い魔になったと聞いて、我々がどれだけ心配したか……! それに、何の連絡もなしに二日も留守にするなど……!!」
 そう言って、紗霧羅の横にいる莱牙に迫ってきたのは、莱牙の従僕の平良である。
 その言葉を聞き、莱牙の耳がぴくりと動く。
 かつて、王宮の中庭で莱牙を探し、そして主が目の前にいないことをいいことに、暴言をはいていたあの男である。
 相変わらずその髪は、鮮やかな銀色の光を放っている。
「うるさい! 俺に指図をするな。それに、俺がどこで何をしようが、お前たちには関係のないことだ!」
 そう言って莱牙は、平良たちをにらみつける。
 そして、柚巴に気づいて、平良をうっとうしそうに振り払いながら寄って来る。
「すまん、柚巴。あいつらのおかげで、まったく話ができなかった」
 莱牙にしては、やけに下手に出たもの言いと態度。
 まったく、この莱牙という王族さまは、柚巴の前ではいい人ぶるのだから。
 もうその本性はばれているにもかかわらず、それでもそのようにふるまう。
 普段の莱牙からは、謝るなど、とうてい考えられないことである。
 ……いや、そうふるまわずにいられないのかもしれない。
 莱牙は柚巴相手だと、自然に優しくなれてしまうから。
「え? ああ、うん。いいの。それより……本当によかったのかな? あの人たち、心配しているよ?」
 心配そうに、柚巴が莱牙を見る。
 そして、莱牙に振り払われ、紗霧羅の横でねたましそうにこちらを見ている平良に視線を向ける。
「ああ、かまわん。従僕ごときが俺に意見するなど、本来ならあってはならないことだ」
 莱牙は憎らしげにはき捨てた。
 莱牙の言葉はもっともなことで、限夢界では、従僕がその主人に意見するなど断罪ものである。
 もちろん、首が飛んでも文句は言えない。
「そうなの……?」
 柚巴はどこかしっくりこない様子で、首をかしげる。


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update:03/08/18