予感……
(4)

 紗霧羅の横で柚巴たちの様子をうかがっていた平良が、つかつかと歩み寄って来た。
 そして、前ふりなく、いきなり柚巴の腕をつかんだ。
「人間! お前が、お前が莱牙さまをたぶらかしたのだな!!」
 そう言って平良は、乱暴に柚巴を莱牙から引きはなす。
 その拍子に、勢いあまって、柚巴は地面に倒れこんでしまった。
 つかまれた腕だけがそのまま残り、ぴんと引っ張られている。
「きゃ……!」
 痛そうな表情を浮かべた。
「柚巴……!」
 とっさのできごとに対応を忘れていた莱牙が、ようやく正気に返り、急いで倒れた柚巴を抱き起こす。
 そして、乱暴に、平良の手から柚巴の腕を奪い返す。
「あ、ありがとう」
 莱牙に支えられ、莱牙の体に自分の体重をあずける。
 そんな柚巴に、不謹慎にも、莱牙はどきんと胸を高鳴らせたが、しかしそれよりも、許せないのがこの平良の無礼である。
 ぎろりと平良をにらみつける。
「去れ! お前など、もう従僕ではない!」
「ら、莱牙さま!?」
 莱牙に絶縁宣言を下され、平良はうろたえる。
 従僕にとって、この言葉は死をも意味する言葉である。
 主に拒絶されてしまった従僕のその後の運命は――
 平良は呆然とその場に立ちつくす。
 よかれと思ってしたことで、平良は莱牙の怒りをかってしまった。
 平良の頭の中では、「何故、どうして……。どうして……わたしが……? こんな人間の小娘にたぶらかされてしまったばかりに、莱牙さまは……」と、そのような思いが反芻している。
 そんな正気を失いかけてすらいる平良に、莱牙が追いうちをかける。
「柚巴がいるから見逃してやるが、本来ならば、この場でお前を殺しているところだ!! 自分の身分をわきまえろ!」
 そう言って、平良の足元に火の玉を投げつけた。
 平良は苦しそうな表情を浮かべ、戸惑う他の下男たちに手で合図をし、そのまま足早に去って行った。
 莱牙は完全に平良たちの姿が見えなくなるまで、ずっとそれをにらみつけていた。
 そして、完全に姿も気配も消えると、悲しそうに柚巴を見つめた。
「柚巴、すまない。お前にこんな怪我をさせて……」
 見れば、莱牙のその言葉通り、柚巴は倒れた時にやったのか、両足と手のひらを少しすりむいていた。
「ううん。これくらい大丈夫。でも……本当によかったの? きっと、あの人はあの人なりに、莱牙さまのことを心配しているのだよ?」
 逆に、心配そうに柚巴が莱牙を見つめる。
 後悔はしないのか……?と、訴えるような目で。
 誰がどう見ても、今回のこれは、莱牙が怒りにまかせ言った言葉だとわかるから。
「しかし、だからといって、許されることではない」
 莱牙にも柚巴のその思いは伝わっていたけれど、やはり平良の無礼は許されるものではないとばかりに、きっぱりと言った。
 柚巴はそんな莱牙を、また心配そうに見る。
 そして、柚巴と莱牙の会話がひと段落するのを待っていたかのように、由岐耶がすっと柚巴に近づいて来た。
 莱牙から、柚巴を自分の方へ奪うように引き寄せる。
「由岐耶……!?」
 莱牙はむっとして、由岐耶をにらむ。
 しかし、由岐耶は莱牙を無視して、柚巴の手をとった。
「少しご辛抱ください。今治します」
 由岐耶がそう言うと、柚巴の手の上にかぶせられた由岐耶の右手がぽっと小さく光り、あたたかな風が柚巴の手のひらをかすめた。
 その途端、それまでついていた柚巴の傷は、痕もなくきれいに消えていた。
 柚巴は静かにそれを見ている。
 莱牙も、ようやくそれが治療をしているのだとわかり、それ以上は由岐耶の邪魔をすることはなかった。
「次は足ですね……」
 そう無表情で視線を柚巴の足へ送ると、柚巴の前にひざまずき、すりむいたその場所へ手をかざす。
 そして、先ほど同様、小さな光を発したかと思うと、足の傷は消えていた。
「はい、終わりました。どうですか? まだ痛みますか?」
 すっと顔をあげ、心配そうに由岐耶が柚巴の顔をのぞき込む。
「ううん。ありがとう、由岐耶さん」
 柚巴は首を小さく横にふり、微笑んだ。
「お前……。そんな術が使えたのか?」
 治療が終わったことを確認すると、莱牙が訝しげに由岐耶へ話しかけてきた。
 由岐耶はすっと立ち上がり、また無表情に戻る。
 そして、莱牙に視線を送る。
「ええ。多少は心得ています……。といっても、実はわたしは、この治癒能力を最も得意としていますけれどね?」
 由岐耶が困ったように苦笑する。
 なにせ由岐耶は、限夢界でもエリート職である、近衛隊少佐である。
 武の力を要求されるその役職にある者が、癒しの力を最も得意とするとは……。
 彼にとって、不利になりかねない。
「そういえば、そうだったな。由岐耶少佐といえば、攻撃よりも治癒の力の方が優れていたっけ?」
 嚇鳴が思い出したかのようにぽつりと言った。
「武人のはずなのだけれどね……」
 由岐耶はまた困ったように苦笑する。
「ううん。でもこれは、とても素晴らしい能力だわ。大切にしてね? 由岐耶さん」
 そんな困った様子の由岐耶の手をとり、柚巴はぎゅっと握り締める。
 そして、由岐耶に微笑みかける。
 いきなりの柚巴のその行動に、由岐耶は驚いたように柚巴を凝視する。
「え……? はい……」
「戦うための力だけが、力とは限らない。……いいえ、由岐耶さんのような能力こそ、いちばん必要とされているのかもしれないね」
 どこか焦点の合っていない、そのような眼差しを由岐耶へ向け、ぼそりと柚巴が言った。
 使い魔たちは、無言で柚巴を見つめる。
 彼らは、今柚巴が発した言葉に、そしてそのように言えてしまう柚巴に、不思議な感情を抱いていた。
 竜桐が言う柚巴のこの目覚めはじめた力とは……決して悪いものではなく、むしろ――
 この柚巴ならば、その力を決して悪いものにはしない。
 そのような確信めいた考えがよぎっていた。
 大丈夫。この柚巴なら信じられる。
 誰もがそれを確信する。
 しかし、その沈黙はすぐに破られた。
「おい! そこにいるのは、莱牙ではないか!?」
 そんな声が聞こえてきたから。
 見れば、そこには、やけに偉そうな態度で、ニ人の男が立っていた。
 何やら世凪を思い起こさせるような……いや、それ以上に虫が好かない男たちである。
「お前たち……」
 莱牙が、そのニ人の男を苦々しげににらむ。
「そうにらむなって。なあ、お前、俺たち王族を探しまわっているのだってな? おもしろそうだから、俺たちの方から来てやったぜ」
 けらけらと、思い切り莱牙を馬鹿にしたように、そのニ人の王族は笑う。
「まずいな……。あのニ人は、王族の中でも特に評判の悪い連中だ」
 紗霧羅は柚巴にすりより、こそっと耳打ちする。
「え……? じゃあ、莱牙さま、大変なのじゃ……!?」
 柚巴は紗霧羅の顔色をうかがうようにじっと見つめ、そして不安げに莱牙に視線を移した。
 莱牙は先ほど、この王族ニ人が姿を現した瞬間、まるで柚巴を守るように、柚巴からすっとはなれていた。


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update:03/08/18