予感……
(5)

「別に俺は、お前たちなど探してはいない」
 そう言って、莱牙は柚巴たちに関わらせないうちに、さっさとこの王族ニ人を追い払おうとする。
 そして、柚巴たちにこっそりと、自分がこのニ人の相手をしている間に早く帰るようにと促す。
「待てよ。そっちに用はなくても、こっちにはあるんだよ」
 男の一人が、彼らを追い払おうとする莱牙の腕をつかんだ。
 そして、ぎりりと握り締める。
 しかし、かなり痛いはずであるのに、莱牙は涼しい顔を貫いている。
「放せ! 無礼者。お前たちが、わたしに触れていいと思っているのか!」
 そう怒鳴り、ぎろりと男をにらみつける。
「けっ。何を偉そうに! 傍流に追いやられたおちこぼれ王族のくせに!」
 どのような状況におかれても、王族らしく不遜にふるまう莱牙のその態度に腹が立ったのか、男は馬鹿にするように莱牙に言い捨てる。
 そんな言葉をはかれては、あの莱牙が激怒しないはずがない。
 そう誰もが思っていたが、しかし、意外にも莱牙の対応は冷静なものだった。
「たしかに傍流ではあるが、お前たちよりは地位も血筋もある。気分が悪い!」
 そう言って、莱牙はつかんでいた腕を振り払う。
 かなりの力をこめていたはずなのに、あっさりと腕を振りほどかれ、男は悔しそうに顔をゆがめる。
「調子にのりやがって。所詮、お前はその程度なんだよ。人間の娘に使われるなど、王族の恥さらしもいいところだ!!」
 そして悔しまぎれに、思いっきり馬鹿にしたようにそう言い捨てる。
 その言葉を聞き、さすがに莱牙の目が一瞬見開いたが、すぐに冷静を装う。
「なんとでも言え。お前たちごときに、何を言われようとこたえぬわ」
 そう言って、莱牙はさらに柚巴たちに帰るように促してくる。
「逃げるのか? 逃げるんだな!? それだから、お前は傍流に追いやられるんだよ」
 またけらけらと男たちは笑う。
 莱牙はあくまで無視を続ける。
 内心は、その怒りで煮えくり返りそうであるはずなのに、柚巴のためにぐっとこらえる。
 この王族ニ人とやり合おうと思えば簡単にやり合え、そしてあっさり勝つこともできる。
 しかし、こいつらのこと。今度はターゲットを柚巴にかえないとも限らない。
 だから、莱牙はあえて、このニ人の興味を自分にひきつけたままでおくようにふるまっている。
 心配そうに柚巴が莱牙を見る。
 莱牙の顔はやはり、必死で怒りをおさえているのか、とても苦しそう。
 しかし、そんな莱牙を見ても、柚巴には何も言葉をかけてやることはできない。
 もちろん、他の使い魔たちも同様である。
 王族たちの争いに下手に彼らが手をかすと、余計に莱牙の立場を悪くしてしまう。
 そして、莱牙のこの気遣いが無駄になってしまう。
 さらには、莱牙のプライドまでも傷つけてしまう。
 それを彼らは承知している。
 しかし、そのまま莱牙だけを残し、去ろうとは決してしない。
「……あんたたち、王族が聞いて呆れるね? 頭が悪いにもほどがあるよ」
 しかし、この人だけは違った。
 柚巴の横で腕組みをし、二人の王族を馬鹿にしたように、さらりと紗霧羅が言ってのけた。
「そんなことばかりしているから、いつまでたってもその程度なんだよ。みんな知っているんだよ? あんたたちのこと。城下では有名だ。そう……そっちのあんたは……」
 そう言って、先ほど莱牙の腕をつかんだ男を指差し、にやりと笑う。
 その笑みがまた、何とも言えないもので妙に不気味だった。
 そして、その言葉の信憑性を強めている。
「くそ……っ。何なんだ、この女は!」
 男は悔しそうに紗霧羅をにらみつける。
 どうやらこの王族ニ人の敵は、莱牙から紗霧羅に移ってしまったらしい。
 莱牙は呆れたように紗霧羅を見ている。
 どうしてわざわざ、自分から厄介ごとに首をつっこむのだ!?
 そのように顔がいっている。
「へえ、あんたたち、わたしのこと知らないんだ? けっこう顔はうれていると自負しているのだけれどね〜? じゃあ、教えてあげようかい? わたしはね、霧氷の紗霧羅といわれているのだがね〜?」
 くすくすと不気味に笑う。
 そして、すっと男たちに視線を移す。
「しゃ、紗霧羅だと……!?」
 男たちは、紗霧羅の名を聞いたとたん、たじろいだ。
 莱牙は紗霧羅に何か言いたげであったが、それを首を横に振り柚巴がとめる。
 ぎゅっと、莱牙の腕を握り締めて。
 目で訴えかけて。
 莱牙はそんな柚巴を見て、切なそうな表情を浮かべた。
 どうやら莱牙は、これを機に、紗霧羅までも、この馬鹿な王族ニ人に目をつけられるのではないかと気にしているらしい。
 王族の莱牙ならまだしも、そうでない紗霧羅が、はしくれとはいえ、王族に目をつけられて、良いことなど一つもないから。
「姐さん、あんただけ目立つなよ。俺たちだっているんだぜ?」
 そう言って、亜真と祐、そして由岐耶が歩み出て、紗霧羅の横に並ぶ。
 あまつさえ、祐にいたっては、紗霧羅の肩に自分の肘をおき、まるで挑発するような態度である。
「ああ、ごめんよ。忘れていたよ、三銃士さん」
 わざとらしく今気づいたかのようにそう言うと、楽しそうに紗霧羅は笑う。
「ひどいな〜」
 祐が紗霧羅と目線を合わせ、苦笑する。
「待てよ、俺だっているぞ! 炎の嚇鳴さまがよ!」
 おいてけぼりを食らった嚇鳴が、すねたように紗霧羅たちに走りよってきた。
 そして、王族ニ人を見ると、何やら不気味ににやっと笑った。
「げ!! 三銃士に、暴走火使い嚇鳴!?」
 男たちはさすがのこの顔ぶれに、一歩、二歩と、じわりじわり下がっていき、そしてある程度の距離をとると、だっとかけだし逃げて行った。
「……って、わたしの出番も残しておいて欲しかったな〜」
 残念そうにそう言いながら、麻阿佐が紗霧羅たちのもとまで歩いてきた。
 そして、にっと笑うと、紗霧羅たちも麻阿佐に微笑みを返した。
 ここにそろっている限夢人の彼ら。
 彼らは、限夢界でも、皆それぞれに有名らしい。
 由岐耶、亜真、祐の三人は、三銃士ということで。
 三銃士は、この限夢界では、特別な存在である。
 それは、この限夢界ができた頃から、誰からともなく三人が選ばれ、そう呼ばれている。
 現在の三銃士が、この近衛隊に属する、由岐耶、亜真、祐の三人である。
 次に、紗霧羅。
 彼女は、その類まれな霧のような氷を操る力から、時に、霧氷の紗霧羅と呼ばれている。
 彼女に目をつけられては、その氷を味わわずにすむことはないといわれている。
 そして、嚇鳴。
 彼は言葉通り、よく暴走する。
 暴走して、町のワンブロックを火の海にしたという前科持ちである。
 そこから、下手に嚇鳴を怒らせてはいけないと、皆遠巻きにしている。
 嚇鳴がまた、短気な性質なだけに、それはさらなりである。
「で、大丈夫かい? 莱牙さま」
 紗霧羅が振り返り、柚巴に腕をつかまれたままの莱牙に声をかける。
「……」
 莱牙は何も言わず、ぷいっと顔をそむけた。
 そんな莱牙を、柚巴は困った人ね……と言いたげに見上げている。
 そむけた莱牙のその顔は、ほのかに赤くなっていたから。
 柚巴はそれを見て、困った人、不器用な人と思ったのだろう。
 そしてそれを、ほほえましくも思っていた。
「相変わらず、かわいくないお人だね」
 紗霧羅もそれに気づいたのか、くすくすと笑う。
「かわいくてたまるか!」
 莱牙は顔をそむけたまま、憎らしげにそう怒鳴った。
 それがまた、紗霧羅の笑いを誘う。
「でも、本当に大丈夫?」
 柚巴が、微かに震える莱牙の手に自分の手をおいた。
 どうやら、紗霧羅たちに助けられたことを嬉しいと感じていた莱牙であるが、それよりもまだ、先ほどの王族ニ人とのやり取りの中で味わった、あの悔しさ、怒りが今も残っているらしい。
 莱牙は触れた柚巴のその手を握り返し、見つめる。
「柚巴……」
「ん?」
 柚巴は「なあに?」と、きょとんとした表情を莱牙に向ける。
 そんな柚巴を見て、莱牙は少しためらいがちに、
「すまないが……少し……少し、触れても……抱きしめてもいいか?」
しかし、すがるようにそう言った。
 柚巴はその莱牙の真に迫った表情を見て、何も言わず、こくんとうなずく。
 使い魔たちもまた、どこか悟りきったように、あの麻阿佐や嚇鳴でさえ、ぎゃあぎゃあとわめくことなく、じっと柚巴と莱牙を見つめている。
 莱牙は柚巴の手を放すと、少しためらいがちに、そっと柚巴の肩に触れた。
 その瞬間、柚巴と莱牙の間にびゅっと一筋の風が流れ、ニ人の体は弾かれた。
 そして、怒声が響く。
「触れるな!!」
 次の瞬間、柚巴は、いつ現れたのか、世凪に抱かれ宙を舞っていた。
 世凪は、莱牙を憎らしげに見下ろしている。
「柚巴に触れていいのは俺だけだ! 他の奴が触れることは許さない! 特にお前だ、莱牙。お前だけは、絶対に許さない!!」
 柚巴を抱く腕にさらに力を込める。
 そう怒鳴る世凪は、どこか切なげだった。
「く……苦しい」
 柚巴が、世凪の腕の中で苦しそうにつぶやく。
「あ……。すまん、柚巴」
 その柚巴のつぶやきを聞き、世凪は少し動揺し、慌てて力をゆるめる。
 その意外な世凪の行動に、柚巴は不思議そうに世凪を見る。
「世凪……。貴様、また性懲りもなく現れたな!!」
 柚巴を抱いたまま宙を舞い続ける世凪を見上げ、由岐耶が真っ赤な顔をして怒鳴る。
 しかし世凪は、由岐耶など無視して、先ほどの動揺の色などみじんも感じさせず、柚巴ににこっと笑いかける。
「なあ、柚巴。せっかくだから、このままニ人でどこかへ行こうか?」
「……いや」
 柚巴はそうつぶやいて、ばちんと世凪の頬をぶった。
 その拍子に世凪の腕の力はゆるみ、柚巴の体は世凪の腕からずり落ちてしまった。
「ゆ、柚巴……!」
 世凪は、落ちていく柚巴をつかまえようと急降下する。
 下にいた使い魔たちも、慌てて柚巴の下に駆け寄って来る。
 降下してくる世凪の、柚巴をつかもうとする手が、わずかに柚巴の体をかすめた。
 世凪の顔色が、一瞬にして奪われた。
 そしてその直後、使い魔たちが待ち受けている上に、柚巴はふわりと降り立った。
「ふう〜。危なかった。むちゃしないでよ、柚巴!」
 紗霧羅がため息をつきながら柚巴を抱く。
 どうやら、使い魔たちの上に柚巴が落ちる瞬間、麻阿佐が風を走らせたようである。
 それで、衝撃が最小限に食い止められたらしい。
「ご、ごめん、紗霧羅ちゃん。……でも、あんなに簡単に、世凪が手をはなすなんて思わなくて……」
 柚巴は、どきんどきんと胸を弾ませ、しどろもどろに答える。
 やはり、かなりの恐怖を味わっているようである。
「まあ、すんだことはいいよ」
 紗霧羅は柚巴の言葉など耳に入っていないというように、柚巴を抱く手にぎゅっと力を込める。
「世凪。お前は、姫さまを殺す気か……!?」
 ひとまずは柚巴の無事を確認した由岐耶が、世凪を見上げ、すごい剣幕で怒鳴る。
 宙では、世凪がかなり動揺しているように見える。
 柚巴をつかみそこねたその手を、じっと見つめていた。
「違う……。俺は……。柚巴、お前……!」
 そう言ったか言わないかのうちに、世凪はまた姿を消していた。
「あいつ……! また……!!」
 麻阿佐が、世凪の去った宙をにらむ。
「……あの男。気づいている」
 そんな麻阿佐から一歩引いたその場所で、つぶやくように莱牙が言った。
「え? 莱牙さま?」
 宙を見上げていた嚇鳴が、莱牙のその言葉に驚いて、ばっと視線を莱牙に移した。
「あいつは、俺の思いに気づいていやがる!」
 はき捨てるように、莱牙が怒鳴った。
 それを聞き、嚇鳴と亜真と祐は、たらりと見つめ合う。
 あ〜あ。とうとう……こうなったか……と、目で会話をするように。
「うすうすは気づいていたが……。世凪の奴、口ではいろいろと言っているが、もしかして、本当は姫さまのことを……?」
 祐が莱牙に追いうちをかけるように、ぼそりとつぶやいた。
 さすがは余計なこと言いの祐である。
 そのポイントをしっかりとおさえている。
「それ以上は言うな!」
 莱牙がそう怒鳴り、憎らしげに宙をにらみつける。
 そんな莱牙を見て、祐たちはそれ以上は話題にすることをやめた。
 もう莱牙のその思いは、取り返しのつかないところまできている。
 そう、亜真も祐も、そして嚇鳴も悟ってしまった。


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update:03/08/21