訪れた決戦の日
(1)

 翌日。
 柚巴たちは、また王族に会うために王宮へやって来た。
 昨日のことがあったにもかかわらず、懲りずに……。
 昨日のことを知る柚巴たちは、多少莱牙には申し訳ないと思っている。
 しかし、当の本人、莱牙がまったく気にしていないように、悠然とした態度をとっているので、まあ別によいか……という気持ちになりはじめていた。
 昨日のようなできごとは、莱牙にとってはさほど珍しくもない、日常茶飯的なできごとらしい。
 それが、傍流に追いやられた王族の宿命なのかもしれない。
 そして、柚巴たちが王宮の門までやって来た時、ふとある光景が目に飛び込んできた。
 それは、門兵たちともめている、一人の、まだ幼さの残る少女の姿だった。
「あれ?」
 はじめに気づいたのは、柚巴だった。
 その少女を見て、柚巴は首をかしげる。
「あの子、どうしたのかな?」
 そう言うと、柚巴はさっと駆け出して行った。
 柚巴と王宮の門までの間には、堀にかけられた跳ね橋があるだけ。
 しかし、その跳ね橋がまたくせもので、幅五メートル、全長二十五メートルにも及ぶ、大きなもの。
 だから駆け出すという表現がしっくりときて、さらにはそこまで来ないと、門兵と少女がもめていることがわからなかった。
「まったく、うちのお姫さまときたら」
 やれやれというように、紗霧羅が柚巴の後を追う。
 どこか嬉しそうに。
 日を増すにつれ、柚巴のことがわかりだしてきて、それがまた妙に紗霧羅の胸をくすぐるものだから、紗霧羅はどんどん柚巴を好きになっていた。
 こんな無鉄砲なところもまた、紗霧羅にとっては、かわいく思えて仕方がない。
 そしてそんな紗霧羅を、何故だか莱牙は見送っている。
 莱牙ならば、当然、その後を追うものだと思っていたにもかかわらず……。
 どうやらそのわけは、莱牙がぼそりとつぶやいたこの一言にあるらしいことが、すぐにわかることになる。
「げっ……。あいつ……」


 跳ね橋を渡り、門まで駆け寄って来た。
 そして、多少息を荒げ、少女ともめている門兵とは違う門兵に聞く。
「そのこ、どうかしたのですか?」
 すると門兵は、このややこしい時に……とでも言いたげに、柚巴をうっとうしそうに見たが、すぐに表情をあらためた。
 きっと顔が引き締まる。
「あっ! これはこれは、御使威家のご令嬢。見苦しいところをお見せしました」
 どうやら柚巴は、ここ何度か竜桐たちに連れられて王宮を出入りしていたので、すでに門兵には顔を覚えられているらしい。
 まあ、この限夢界で、人間の気をまとっていれば、誰でも柚巴が御使威家の関係者であると、すぐにわかることなのだけれど。
「いえ……。それよりも、そんな小さなこ……」
 柚巴は気がない言葉を返し、門兵ともみ合う少女を見る。
「何よ。じろじろ見ないでくれる?」
 その柚巴の視線に気づき、きっと少女が柚巴をにらむ。
 しかし、柚巴はまったく動じない。
 するとそこへ、ようやく、少しだるそうに紗霧羅もやって来た。
「しゃ、紗霧羅さま!」
 紗霧羅の姿を見た途端、そこにいた門兵四人が四人とも、きりりとした態度にあらため、一礼する。
 どうやら紗霧羅は、限夢界ではとんでもなく高い位に位置していたようである。
 それはどのくらい高いかというと、この限夢界が不測の事態に陥った時に……といっても、王家に仇なそうとするクーデターが起こった時や、レジスタンスが発生した時、または凶悪な犯罪が起こった時に、それの対処を任務とする、治安守備隊の中佐という程度なのだけれど。
 そしてこの守備隊は、またの名を、掃除屋と呼ばれている。
 かなり荒々しい者たちの集まりなのである。
 限夢界の兵は四つの隊で編成されており、その一つが、竜桐たちが属する近衛隊。
 こちらは王族の安全を守る、四つの隊の中でも、いちばん、力も、地位も高い隊である。
 また、王族に最も近い。
 そして次にくるのが、紗霧羅の属する、普段は仕事のない守備隊である。
 この他に、城下の安全を守る城下警備隊もあるが、こちらはなかなか温厚なものである。
 何しろ、ここに属する限夢人たちが、あまり争わないという性質の持ち主ばかりだから。
 ……いや、正確には、争えないのかもしれないけれど。
 力の差が歴然としていて、あまり争おうとはしない。
 そして最後になったが、この四人の門兵が属する王宮警備隊。
 こちらはその名の通り、城下警備隊が城下を守るものなら、王宮警備隊は王宮の平和を守る隊である。
 そして、これらの隊の下に、都合よく使われる予備的な兵たちが、ごまんと控えている。
 これら四つの隊に所属できるのは、ほんの一握りである。
 もし仮に、戦争……なんてことになったら――なるわけがないけれど。何しろ限夢界自体、一人の王で成り立っているのだから――まずは、この予備兵が駒のように戦わされることになるだろう。
「ああ、いい。堅苦しいのは。で、その子、一体何したのだい?」
 興味なさそうに、紗霧羅はひらひらと門兵たちに手を振ると、すっと先ほどの少女に視線を移した。
「いえ、実は、無断で王宮内に入ろうとしたもので……」
 門兵の一人が、困ったように、そう紗霧羅に言う。
 すると紗霧羅は、へえ〜と興味深そうに少女をしげしげと見る。
 その横で、柚巴も感心したように少女を見ている。
「だって、ここって結界をはっているのだもの。瞬間移動もできないじゃない」
 まるでこの王宮の警備体勢が悪いかのように、ふてぶてしく少女が言った。
「あのね、お嬢ちゃん。王宮はそういうところなの。誰でも簡単に入れるところじゃないんだよ?」
 さすがに、困ったように腰をかがめ、紗霧羅が少女に言う。
「そんなの知っているわよ。でもわたしは、お兄様に会いにきたのだから、通してくれたっていいじゃない!」
 そう言って、憎らしげに少女が門兵をきっとにらむ。
 門兵たちは、ずっとこうなのですよ。どうにかしてくださいと、訴えるような目で紗霧羅を見つめてくる。
 そんな門兵たちを見て、紗霧羅は、やれやれとため息をもらすと、それ以上関わることをやめてしまった。
 どうやらもう、飽きてしまったらしい。
 しかし、柚巴は違っていた。
 それでさらに興味を持ってしまったらしい。
 いや、関わらずにいられなくなったらしい。
「お兄様? あなたのお兄さんは、ここにいるの?」
 首をかしげ、少女に聞く。
「ええ、そうよ。……といっても、いるかどうかはわからないけれど……。召使いに聞いたのよ。昨日、お兄様はここにいたって」
 少女は、やけに気位高そうにそう答える。
 この年齢にしては、大人びたところもある。
 まあ、少女のこの言葉から、それなりの身分の家の令嬢であるようだけれど。


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update:03/08/24