訪れた決戦の日
(2)

「もしかして、あなたは、お兄さんを探しにここへ来たの?」
 柚巴はまた、確認するようにそう少女に尋ねる。
「ええ、そうよ」
 少女が得意げに笑う。
 そして、だから通しなさいと言っているのよ!と言わんばかりに、また門兵たちを憎らしげに見る。
「うん。わかった」
 そんな少女を見て、柚巴は一人、納得したよう。
「……?」
 少女はいきなりの柚巴のこの言葉に、訝しげに首をかしげる。
「門兵さん。この子も一緒に連れて行ってもいいかしら? わたしたちが責任を持って、一緒に行動するわ」
 柚巴は少女の肩を抱き、門兵に向き直りそう言った。
「しかし、ご令嬢。簡単には……」
 もちろん門兵たちは、柚巴のその言葉を聞きうろたえる。
 それでは甘すぎる、いや、彼らの職務怠慢になりかねない。
「わたしからも頼むよ」
 すっかり興味が失せたように見えた紗霧羅が、仕様がないというように加勢する。
 まったくこの紗霧羅というお姉さまも、つくづく柚巴には甘いらしい。
 紗霧羅のその言葉を聞き、柚巴と少女は嬉しそうに紗霧羅を見つめる。
「別に問題ないだろう? 我々もついている」
 いつの間にやって来て、そしていつからこの会話を聞いていたのか、由岐耶がそう言いながら柚巴に歩み寄る。
 そして、由岐耶の後ろからついてきた亜真と祐を、親指を立ててくいっと示した。
「紗霧羅ちゃん、由岐耶さん。ありがとうございます」
 柚巴は紗霧羅と由岐耶に微笑みかける。
 その後ろにいる亜真と祐へも同様に。
「仕様がありませんからね。姫さまは言い出したらきかない」
 由岐耶が、少し柚巴をからかいがちに苦笑する。
 そんな由岐耶を見て、柚巴はまた微笑んだ。
「よかったね。これでお兄さんを探せるね」
 少女に向き直り、微笑みかける。
 すると少女は恥ずかしそうに、そして嬉しそうにこくんとうなずいた。
 その姿がまた、何ともいじらしく愛らしい。
 本当に、心から喜んでいるようである。
 そんなほのぼのとした空気をぶち壊すかのように、嚇鳴の叫び声が柚巴たちの耳に飛び込んできた。
 一斉に、嚇鳴の方へと視線を向ける。
「おい……! 早く来いよ。なんで嫌がっているんだよ。あんたがいないと、何もはじまらないだろう!」
 そう言いながら、嚇鳴が、莱牙をぐいぐいと引っ張って来るところだった。
 そして、その場面を見た瞬間、少女が叫んだ。
「お兄様!!」
 その少女の叫びを聞き、そこにいた者全ての動きが止まった。
 そして、門兵たちはうろたえはじめる。
 お兄様とは、つまり……嚇鳴? それとも、莱牙……?
 そう少女が叫ぶと、莱牙が慌てもがくように嚇鳴の手を振り払い、その場から立ち去ろうとした。
 どうやら、莱牙のこの反応からすると、この少女のお兄様とやらは、莱牙のようである。
「見つけた。もう逃がさないわよ、お兄様!」
 次の瞬間、少女は莱牙の目の前まで瞬間移動して来ていて、すっとその足に自分の足をかけた。
 慌てて逃げ去ろうとしていた莱牙の足が、見事に少女の足にかかり、その場に大きな音を立てて倒れこんでしまった。
華久夜(かぐや)、お前……」
 恨めしげに、憎らしげに、莱牙は華久夜を見上げにらみつける。
「お兄様が悪いのよ? わたしに無断でお出かけしたりするから」
 華久夜は仁王立ちで莱牙の前に立ちはだかり、馬鹿にするように莱牙を見下ろす。
「お前、勝手に、一人で屋敷を出るなと、あれほど言っていただろう!」
 華久夜のその言葉には答えず、莱牙はそんなことを言って怒鳴る。
 どうやら、莱牙が先ほど言おうとしていたことは、華久夜への非難の言葉ではなく、この言葉だったらしい。
 ……まったく、莱牙ってば、つくづく良い意味で、期待を裏切ってくれる。
 莱牙にこんな妹思い?の一面があったとは……。
 そして意外に、お兄さん≠しているらしい。
「知〜らないっ。お兄様がわたしから逃げるから、わたしがわざわざここまで来てあげたのじゃない。嫌な人ね?」
 しかし当の華久夜ときたら、そんなことを言ってくすくすと笑う。
 そして、嫌なにやっとした笑みを莱牙へ向ける。
「あの莱牙さまがおされております」
 そんな今まで見たことのない莱牙の一面を見て、祐が楽しそうに実況中継をしながら、莱牙のもとへやって来る。
「祐。お前、覚えていろよ!」
 ようやく立ち上がりながら、莱牙はそう怒鳴り、祐をにらみつける。
「お兄様って、莱牙さまのことだったのね……」
 柚巴も莱牙のもとまでやって来て、あっけにとられたようにそうつぶやいた。
「そのようだな」
 柚巴と一緒にやって来ていた紗霧羅が、少し困ったように苦笑いを浮かべる。
 柚巴の姿を確認すると、莱牙は今までの情けない姿を隠すように、妙にきりりとした態度を華久夜に向けた。
「とにかく、俺は忙しいの。お前の相手をしている暇はないんだ。馬車を呼んでやるから帰れ!」
 先ほどからまとわりつく華久夜を引きはなしながら言った。
 しかし華久夜は、執拗に莱牙にまとわりついてくる。
「嫌よ。だってお兄様、今とても楽しそうなことをしているらしいじゃない? だからわたしも、仲間に入れてもらおうと思って」
 そう言うとぱっと莱牙からはなれ、どこか意地悪げな目で莱牙を見て、ころころと笑う。
 そんな華久夜を見て、いつものこととでも言いたげに、どっと疲れたように莱牙は言った。
「あのな、お前のような子供が関われるような問題ではないんだ。いいから、危なくならないうちにさっさと帰れ!」
「い・や」
 しかし華久夜は、まったく聞く耳持たずといったふうで、ぷいっと莱牙から顔をそむけた。
 そむけた先にあった柚巴の姿を確認すると、にやりと微笑み、柚巴のところまで駆け寄って来た。
 そして、飛びつくように柚巴に抱きついた。
 柚巴はいきなりのこの華久夜の行動に、驚いている。
「おい! 華久夜!!」
 さすがに華久夜にここまでされては、莱牙も怒らずにはいられない。
 どしどしと地を踏みつけながら、柚巴に抱きつく華久夜のところまで歩いてくる。
 その歩みは、やけにゆっくりで、そこから莱牙の今の怒りがはかり知れるようである。
「お兄様、この人の使い魔になったのでしょう? すでに有名よ。王族はじまって以来の醜聞だって」
 しかし華久夜は、そんな莱牙などまったく気にしていない。
「お前、まさか、柚巴に何かするつもりで……!?」
 莱牙が華久夜をにらむ。
 もう噂になっていると知り、そして華久夜からそのことを聞いたということは……。
 莱牙の心に不安が走る。
「まっさか〜。こんなおもしろそうなことを、わたしがつぶすわけないじゃない。ね? だから、わたしも仲間に入れてちょうだい?」
 華久夜はにこっと微笑み、今度は柚巴にまとわりつく。
 ごろごろとすり寄る。
「とにかく、柚巴からはなれろ!」
 そんな華久夜の行いを見て、莱牙はかちんときた。
 自分は決してできないそれを、華久夜はこうも簡単にやってのけている。
 しかもそれが、明らかに莱牙へのあてつけだとわかるから、さらに腹立たしい。
「あら? やっぱりそうなのね〜」
 莱牙のその様子を見て、華久夜は何やら確信したようにうなずき、楽しそうにくすくすと笑う。
「お兄様、恋しちゃったのね」
 華久夜が、そんな爆弾発言をさらっとやってのけてしまった。
 使い魔たちは絶句する。
 頭を抱えることもできない。
 完全に、使い魔たちの思考は停止してしまった。
 もちろん、莱牙は言うまでもなく……。
 しかし柚巴は一人、きょとんとしている。
「え? 莱牙さま、誰か好きな人がいるの?」
 そんな間の抜けたことを言う柚巴を、じと〜と華久夜が見る。
 そして、はあっと大きなため息をもらす。
「お兄様、むくわれないわね」
「放っておけ!!」
 莱牙は今にも泣き出しそうに、そう叫んだ。
 華久夜は、一度ならず二度までも、莱牙の地雷を踏んでしまったらしい。
 ――憎らしいことに、確信をもって。


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update:03/08/24