訪れた決戦の日
(3)

「華久夜! いい加減、柚巴からはなれろ!」
 莱牙が、しつこく柚巴にまとわりつく華久夜を、柚巴から引きはなそうと、柚巴の腕を抱く華久夜の腕を引っ張る。
 しかし、華久夜は頑としてその手を放そうとしない。
「嫌。だってわたし、柚巴のこと、気に入っちゃったのだもの」
 華久夜はつーんとした態度で、莱牙の言うことなど聞く耳もたないといった感じである。
 先ほどの城門での一騒動の後、もともとのメンバーに華久夜も加わり、とにかく王宮内をまわり、莱牙に役目をまっとうしてもらおうとなった。
 しかし、どうやら莱牙は、柚巴にまとわりつく華久夜が気になってそれどころではないらしい。
 莱牙もまだまだ修行が足りないようで、華久夜が何かといっては見せつけるように柚巴と仲良くするので、それが気になってまったく手がつけられないでいる。
「関係ないだろう! とにかくはなれろ。そして帰れ、邪魔だ!」
 莱牙は華久夜を指差し、とにかくきいきいと騒ぎ立てる。
 そんな莱牙を嘲るかのように、華久夜は冷めた目で見る。
 これではまるで、立場が逆転したように見えて仕方がない。
 兄と妹ではなく、姉と弟といったように……。
 まったくもって、兄の面目丸つぶれである。
「本当、騒がしい人ね。こんなのが兄だなんて……」
 華久夜はそう言って、馬鹿にしたようにくすっと笑うと、ふうと大人びたため息をもらした。
 それを見た柚巴の顔からは、さあっと血の気がひいてしまった。
 柚巴は、今、目の前で繰り広げられているこの兄妹喧嘩に、だんぜん華久夜が有利なのを見てとって、思わず、その後の展開を想像してしまった。
 恐らく、莱牙のことであるから……喧嘩が終わってその後は、荒れ放題だろう。
 誰彼かまわずあたりちらして、他の使い魔たちに迷惑をかけるだろうと、柚巴はそう思ってしまった。
「まあ、いいから。とにかく行きましょう、莱牙さま。わたしたちには、することがあるでしょう?」
 憤る莱牙にすっと紗霧羅が歩み寄り、そう言ってなだめる。
 莱牙はじっと紗霧羅をにらみ、何やら少し考えた後、諦めたように言い捨てた。
「……ったく……。いいな、華久夜! 柚巴におかしな真似はするなよ!」
 そう言って、びしっと華久夜に右手人差し指で示したまではよかったのだけれど、そこまでは決まっていたのだがけれど、その後すぐに、華久夜にひと蹴りお見舞いされていた。
 そして、その拍子にぐらついた体を紗霧羅に支えられ、そのまま首ねっこをつかまれ、ずるずると引きずられていってしまった。
 莱牙はぶすうっと頬をふくらませ、紗霧羅のされるがままになっている。
 そんな莱牙を見て、華久夜はやけに大人びた表情で、困ったようにぼそりとつぶやいた。
「馬鹿な人……」
 その言葉は、口先だけで言っているものではないと明らかにわかる。
 その表情、体いっぱいで、たしかに華久夜は莱牙を馬鹿にしている。
 あの莱牙相手にここまでやりあい、そして仕舞いには、やりこめてしまうこの華久夜という少女は、その年に似合わずかなりのやり手のよう。
 もしかすると……あの竜桐でさえも、この少女の口には敵わないかもしれない。
 そして、この妙に大人びた表情……。
 それがとても気にかかる。
 とうていこの年で使いこなせるような表情ではない。
 どこか、世の中を悟りきったような、そのような表情だから。
「ところで華久夜さま、本当は何しにきたのですか?」
 柚巴が、ふうっと莱牙を馬鹿にしてため息をもらす華久夜に聞いた。
 すると華久夜は、すっと柚巴を見上げ、にこりと微笑む。
「いやね、さまだなんて、他人行儀ね。女史と同じで、ちゃんづけでいいわよ?」
 柚巴は、少し困ったように華久夜に微笑みかける。
 しかし華久夜は、柚巴のそんな表情にはおかまいなく、相変わらずにこにこと微笑んでいる。
 その微笑がまた、妙に恐ろしさを感じるから不思議である。
 この華久夜という少女、何を考えているのかよくわからない。
「それで……何をしにきたかというと、まあ、暇だったし、お兄様で遊ぼうと思って来たのだけれど。でも、気がかわったわ」
 華久夜は、じいっと柚巴を見つめる。
「え……?」
 柚巴は、少しの動揺の色を見せた。
 華久夜のその視線が、やけに気になる。
「あのお兄様をあそこまで素直に従えさせて、そして使い魔にまでしちゃったあなたに興味が出たの。柚巴」
 華久夜はそう言って、柚巴の手をとり、きゅっと握った。
 満面の笑みを浮かべ。
「それじゃあ、あなたは、莱牙さまが使い魔になったことは……?」
 柚巴は少し困ったように、確認するように華久夜を見る。
「別に何とも思っていないわ。それはお兄様の自由だもの。ただ、おもちゃがなくなって、次の遊びを考える手間が増えたというのはあるけれど……。それに、さっきの柚巴を気に入ったというのも本当よ? だから、次の遊びがみつかるまで、あなたたちと一緒にいることにしたの。そうしたら、お兄様でも遊べるしね?」
 くすくすと小悪魔のように笑う。
 この華久夜という少女の考えていることが、わかりはじめてきたかもしれない。
 この少女はただ、莱牙をいたぶり遊ぶことだけを考えている。
 それだけを目的としている。
 莱牙をいじめるために生まれてきた、小悪魔なのだろう。
 柚巴も、まったく厄介な者に気に入られたものである。
 そしてこの少女が、あの莱牙の妹であることも妙に納得できてしまう。
「あちゃあ〜。また増えたよ、余計なものが」
 これまでの柚巴と華久夜の会話を、すぐ横で聞いていた嚇鳴がうなだれる。
「失礼ね。余計なものだなんて」
 するとすかさず華久夜はそう言い、「このわたしに喧嘩でも売ろうというのかしら?」とでも言いたげに、嚇鳴に挑戦的な視線を送る。
 その視線を受け、嚇鳴は慌てて亜真と祐の後ろへ姿を隠す。
 そんな嚇鳴を呆れたように、亜真と祐は見ていた。
 やはり、嚇鳴はいつも、一言余計なのである。
 隠れるくらいなら、はじめから言わなければよいものを……。
「でもね、華久夜ちゃん。これは遊びじゃないから、本当にやめておいた方がいいと思うの」
 柚巴は視界のはしで繰り広げられる、そんな嚇鳴の一人劇を無視し、華久夜の視線まで自分の視線を下ろす。
 心配そうに華久夜を見つめる。
 しかし、心配する柚巴をよそに、華久夜の態度はいたって高飛車なものだった。
「わかっているわ、世凪でしょう? あいつとやり合っているのですってね? 城下では有名よ。まあ、理由までは知らないけれど……」
 そう言って、もの言いたげにじっと柚巴を見る。
 柚巴はまた、困ったような微笑を浮かべた。
「そこまでわかっているのなら、手を引いた方がよろしいですよ。華久夜さま」
 困っている柚巴に気づいた由岐耶が、助け船を出してきた。
 華久夜に優しく微笑みかける。
 しかし、相手は華久夜である。莱牙の妹である。
 一筋縄でいくはずがない。
「お黙り! わたしは王族よ? 子供だからといって、馬鹿にしてもらっては困るわ。……それに、わたしも世凪には借りがあるのよね……」
 華久夜はそう言って、ぎりりと爪を噛んだ。
 よほど……世凪には、はれぬ恨みがあるらしい。
 まったく世凪という男は、一体どこまで敵を増やせば気がすむのだろうか。
「借り……?」
「そうよ。あいつ、最低な男なのよ!!」
 華久夜ははき捨てるように叫ぶと、きっと(くう)をにらみつけた。


 茅の屋敷。
 澄みきった青空の下、その青空とはうってかわって、こちら庭に面したテラスの前で、柚巴を中心に、飽きもせず、莱牙と華久夜の兄妹喧嘩が繰り広げられている。
 相変わらず華久夜が柚巴にまとわりつき、それを引きはなそうと莱牙もつきまとう。
 明らかに、莱牙へのあてつけだとわかるから、さすが華久夜である。
 華久夜は莱牙の怒りのつぼを承知しているらしく、確信をもってその行動にうつっているから、たちが悪い。
 莱牙いじめを、日々の楽しみにしているだけのことはある。
 そして、それを紗霧羅が呆れながら眺めている。
 その様子を、応接間の、庭に面した、上から下まで一面ガラス張りのその扉から、使い魔たちが眺めていた。
 扉はきっちりと閉まっている。
「何をしているのだ、王族さま方は……」
 ガラスの扉に手を触れ、半分呆れながら竜桐が言った。
「まあ、いいんじゃないの? けっこう楽しそうだし?」
 茅はその横で扉にもたれかかり、にやにやと微笑んでいる。
 明らかに、茅はこの状況を楽しんでいる。
「ところで、由岐耶。昨日、王宮で気になることがあったそうだな?」
 竜桐が、彼から一歩ひいて、柚巴たちを見ていた由岐耶に声をかける。
 声をかけられた由岐耶は、ゆっくりと視線を竜桐に移す。
「気になることとは……?」
 そして、しらっとそう答える。
 瞬時に、竜桐の表情がゆがむ。
「誤魔化すな。姫はまた、新たに力を見せつけたそうではないか」
 竜桐が威圧的に由岐耶をにらみつける。
 しかし由岐耶は、そんな竜桐にかまうことなく、また視線を庭の柚巴たちへ移し、涼しそうにすましてみせる。
「ええ、そうですね。たしかに見ましたよ。我々でも感じ取れない遠くの人の気配を感じたり、あの世凪の拘束を簡単に解いてしまい、世凪自身をも動揺させていましたね」
 だからそれがどうした?というように、由岐耶はひょうひょうとした態度をとっている。
 そんな由岐耶の態度は、さらに竜桐の怒りをあおる。
「お前、それで何も感じなかったのか!?」
 竜桐は彼にかまわず庭を眺める由岐耶を、訝しげににらみつける。
「ええ、まったく。むしろ安心しました」
 由岐耶はまた竜桐に視線を戻し、そう言ってにやっと微笑んだ。
「な……っ!!」
 由岐耶のその言葉を聞き、竜桐は顔色をかえ、多少取り乱してしまった。
 今にも由岐耶につかみかかる勢いで。
 どうやら竜桐は、最近竜桐に対して反発的な態度をとる由岐耶でも、まさかここまでは言わないと、どこかで信じていたようである。
 しかし、由岐耶の口から実際出た言葉は……。
 竜桐には、とうてい信じることのできない言葉だった。
「落ちつけって、竜桐さま」
 竜桐の横でガラス扉にもたれていた茅が、慌てて竜桐をおさえる。
 しかし、竜桐の怒りはおさまらないようで、茅につかまれたその肩は、体は、ぶるぶると小刻みに震えている。
 そんな竜桐を目の当たりにしても、由岐耶はいたって冷静である。
 さらには、竜桐に追いうちをかけるような言葉を発する。
「姫さまは、何も見失ってはいませんよ? なあ、亜真、祐、麻阿佐。そして、嚇鳴?」
 由岐耶が、さらに彼より後ろに控えていた四人に同意を求める。
 どこか冷めた視線が注がれる。
 すると四人は、無言で由岐耶の言葉にうなずいた。
 彼らにも、まったく反論の余地はないらしい。
「お前たちは、どこかおかしいぞ!!」
 さすがに、由岐耶も含め、こうもたくさんの使い魔たちが柚巴に傾きかけているとあっては、竜桐はいよいよ腹の虫がおさまらないらしい。
「おかしいのは竜桐さま、あなたです。何故そこまで姫さまを目の敵にするのですか!?」
 竜桐のその言葉を聞き、由岐耶もようやく感情をあらわにした。
 非難するように竜桐をにらみつける。
「わたしは別に、目の敵になどしていない!」
 竜桐から返ってくる言葉は、もちろんこれである。
「していますよ。姫さまのどこに落ち度があるというのです!? 非があるというのです!!」
 由岐耶もまったく負けてはいない。
 竜桐への非難は続く。
「ゆ、由岐耶。お前も少し落ち着けって」
 落ち着きを失いかけていた由岐耶を、亜真がとめに入る。
 由岐耶に歩み寄り、なだめるように由岐耶の肩に手を置く。
 しかし、由岐耶はそれにもかまうことなく、亜真の手を振り払うような勢いで竜桐に迫る。
「姫さまはおっしゃったのですよ。わたしの治癒能力を見て。治癒能力を大切にしろと。素敵な力だと。……そして、いちばん必要な力だと。そのようなことをおっしゃる姫さまを、どう疑えというのですか!? 信じるには十分な言葉でしょう!!」
 由岐耶は語気を荒げ、竜桐に訴えかける。
 その目は真剣だった。
 しかし、どこか悲しみを含んでいるようでもあった。
 「どうして……どうして竜桐さまは、姫さまを信じてくださらないのです!?」と、そう訴えるような目だった。
「だから由岐耶、落ち着け」
 今にも竜桐に飛びかかりそうな勢いの由岐耶を、亜真が体を使っておさえる。
 そして竜桐は、由岐耶のその言葉を聞き、さらに怒り、動揺する。
「わ、わたしが、間違っているとでもいうのか……!?」
 竜桐はよろりとよろけ、おさえつける茅の肩へともたれかかった。
 真っ青な顔をしている。
「竜桐さまは、一体、今まで、姫さまの何を見てきたのです?」
 憤慨する由岐耶の後ろからすっと祐が歩み出て、冷たく言い放った。
 また、麻阿佐と嚇鳴も、由岐耶や亜真、祐同様に、冷たい視線を竜桐へ向けている。
「……もしかしたら、わしらの考えていたことは、たんなる杞憂にすぎないかもしれんな? 竜桐……」
 そんな若い使い魔五人を見て、幻撞は困ったようにため息をもらし、そうつぶやいた。
「おじいさままでも……!?」
 竜桐は幻撞の言葉を聞き、幻撞をきっとにらみつける。
「……」
 竜桐は、それ以上言葉にすることを諦めたのか、それ以上この使い魔たちに何を言っても無駄だと悟ったのか、茅を振り払い、無言で部屋を出て行った。
「やれやれ。とんだ堅物だ」
 茅が半分呆れながらため息をもらし、腕組みをする。
「あれは、昔から頑固だからね」
 そんな茅の言葉に、幻撞が苦笑いを浮かべる。


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update:03/08/27