訪れた決戦の日
(4)

「ねえ、華久夜ちゃん、聞いていいかな?」
 一通り暴れまわった柚巴たちは、テラスに戻り、のどを潤している。
 疲れきって、華久夜をひきずるようにテラスへ戻ってくる柚巴に気づいた茅が、メイドに指示し、柚巴たちのもとへ不思議な色の液体を運ばせていた。
 水色と黄緑がまざった……エメラルドグリーンのような、だけどエメラルドグリーンではない、不思議な色をしている。
 光の加減によって、その色は青系の色に変化したり、緑系の色に変化したりと……。
 この液体は、限夢界のピーキットという星の形をした真っ赤な木の実をしぼった、果汁一〇〇パーセント天然ジュース。
 限夢界では、ポピュラーな子供向けの飲み物。
「なに?」
 木の椅子の背もたれに疲れきったように体全部をあずけ、とてもおいしそうにピーキットのジュースを飲む華久夜。
 こうやって見ると、彼女もまだまだ幼さの残る、とてもかわいらしい少女である。
 普段、彼女の口からでる、妙に大人っぽい言葉が嘘のように。
 その横に柚巴も腰かけ、その甘酸っぱいジュースを少しずつのどに運ぶ。
「世凪に借りがあるって言っていたよね? その借りって何なのかなって……」
 がしゃんっ……。
 柚巴がそう首をかしげた瞬間、華久夜は持っていたグラスを落とした。
 足元に、エメラルドグリーンの水たまりができる。
 その中で、割れたグラスの欠片が、キラキラと陽の光に反射している。
 柚巴たちが戻ってくると同時に、紗霧羅もテラスに出てきていて、柚巴の前に置かれた木のテーブルにどかっと腰かけ足を組んでいた。
 何とも行儀の悪いことである。
「何をしているのだ、華久夜」
 柚巴と華久夜と向かい合うように座っていた莱牙が、それを見て馬鹿にしたように言う。
 しかし、決してその場を動こうとはしない。
 涼しい顔でその光景を見ている。
 もちろん、紗霧羅も同様である。
 そこで柚巴がその処理をしようと椅子を立ち、しゃがみこうもとしたが、それを莱牙がすかさずとめた。
 どうやら、その割れたグラスとこぼれた液体の処理をしに、メイドがやって来たようである。
 柚巴の常識からするとこの行動は当たり前だけれど、以前、柚巴が朝食の際にフォークを落とした時の莱牙の言葉通り、莱牙たちにとっては、そんなつまらないことはメイドにさせれば良い、それが常識だった。
 華久夜も華久夜で、自分が落としたグラスには見向きもしないで、両手をぎゅっと膝の上で握り締め、顔を真っ赤にしてわなわなと震えている。
「か、華久夜ちゃん?」
 柚巴はそんな華久夜の顔を、不思議そうに少し冷や汗まじりでのぞき込む。
 その瞬間、華久夜はばっと立ち上がり、怒りを吐き出すように叫んだ。
「世凪は……世凪の奴は、このわたしにブスって言ったのよ。よりにもよって、このわたしに! 美少女で名の通ったこのわたしによ!? 信じられない! このままじゃ許せない! 絶対、痛い目にあわせてやるのだから!!」
 華久夜はそう叫ぶと、長くふわふわのカールがかった金色の髪を逆立て、怒りをあらわにする。
 髪は八方に広がり、まるで仏像の後光のようになっている。
 かなりご立腹のようである。
 柚巴はそんな華久夜を見て、苦笑いを浮かべる。
「その前に、全然美少女で有名じゃないって」
 莱牙が、冷めた目でピーキットのジュースをすすりながら、すかさずそうつぶやいた。
 すると、華久夜の広がったその髪が莱牙の体に絡みつき、身動きをとれなくする。
 そして、静かに莱牙に近づいていった華久夜の鉄槌が、当たり前のように下る。
 華久夜の髪が莱牙に絡みつくそれは、まるでメドゥーサを見ているようだった。
「なんとも単純な動機で……」
 紗霧羅はひょいとテーブルからおりると、呆れたように言った。
 もちろん、柚巴もあっけにとられている。
 果たして、ニ人が呆れているのは、その言葉か、それとも華久夜のこの隠し技か……。
「わたしにとっては、重大なことなのよ! わたしのプライドは、ぎったぎたのずったずたのめっためたなのだから〜!!」
 じだんだを踏み、華久夜は絶叫する。
 それと同時に、莱牙に巻きついていた華久夜の髪が、ミシミシと音を立て、さらに強く巻きつく。
 莱牙は苦しそうにその首に巻かれた髪をつかみ、もだえている。
 今にも死にそうな、真っ青な顔をして。
「だめだ、こりゃ」
 紗霧羅は苦しむ莱牙になど見向きもせず、もう相手にしないと決め込んだ。
 柚巴は柚巴で、まだあっけにとられたまま、我を忘れている。


 その日の夜。
 夕餉(ゆうげ)の時間。
 ダイニングには、黄色い月明かりが差し込んでいる。
 そして、その月明かりと競うかのように、燭台に置かれたろうそくの火がともっている。
 そんなろうそくの火でも、数をそろえれば十分に明るい。
 弦樋の護衛を一通りすませ、後は人間のボディガードに任せやって来ていた都詩と衣狭とともに、柚巴たちは全員そろって夕食をとっている。
 ダイニングには、カチャカチャという、食器とナイフがあたる音が響いている。
「そういえば、柚巴。あなたたちは、どうして世凪と戦っているの?」
 華久夜が、わざわざ前に置かれた燭台のろうそくの火に自分の顔を近づけ、おどろおどろしく、今さらながらの質問をしてくる。
 まったく、華久夜もやはり年相応である。
 そんな子供じみたことをして楽しんでいるのだから。
 しかし、華久夜の口から発せられた言葉は、使い魔たちにとっては決して楽しめるものではない。
 もちろん、柚巴にも。
 使い魔たちは、一斉に動揺した。
 あちらこちらで、ガチャンという、フォークとナイフを置く音がした。
 その予想以上の使い魔たちの反応を見て、華久夜は面白くなさそうにぷうっと頬をふくらませる。
「何よ。別におかしなことは聞いていないじゃない。ちょっと気になっただけよ。……まあ、わたしは、個人的恨み、私恨で、世凪が憎いのだけれど。あなたたちはそうではないのでしょう?」
「まあ、いいか」
 すっとナイフとフォークを皿に置き、ぽそっと柚巴がつぶやく。
 そして、ななめ前に座る華久夜に視線を送る。
「ひ、姫!?」
 もちろん、そんな柚巴の言葉と行動を見て、竜桐は慌てる。
 何故また、関係のない者にそんな大切なことを!と、非難しているようである。
 しかし、またしても、柚巴は竜桐を無視する。
「あのね、華久夜ちゃん。華久夜ちゃんは、使い魔ってどう思う? ニつの世界を行き来するのって、魅力的だと思う?」
 柚巴は真剣な眼差しでそう言った。
 すると、華久夜はきょとんとして答える。
「別に? 興味ないわ、そんなこと。わたしは、楽しければそれでいいもの。でも、どうしてそんなことを聞くの?」
 華久夜は興味深そうに柚巴を見つめる。
 目がきらきらと輝いているから、華久夜が柚巴のその言葉に興味を覚えたことは間違いない。
 竜桐はそれを見て、頭を抱えてしまった。
 他の使い魔たちは少し困ったように、だけど仕様がないな〜と、諦めたように柚巴と華久夜を見ている。
「う〜ん。実は、それに関係があるから……」
 柚巴は考えるようにつぶやく。
「ふーん。それで、何なの?」
 しかし華久夜も華久夜で、そう深くは考えていないのか、平然と聞き返す。
「実はね、王宮のいちばん奥にあかずの間という部屋があって、そこにニつの世界を自由に行き来できる扉があるらしいの」
 柚巴は、少し困ったように華久夜を見る。
「ああ、あれね〜……」
 こともなげに、けろりと華久夜がこぼした。
「あ、あれって。華久夜ちゃん、知っているの?」
 柚巴は華久夜のその答えに驚き、思わず立ち上がり、前のめりになっていた。
 そんな柚巴を気にとめていないかのように、華久夜はまたけろりと答える。
「ええ、以前、伯父さまが間違って話しちゃったのを聞いていたから。ああ、だからか〜。ふ〜ん、なるほど……」
 何やら一人納得し、華久夜が面白そうにくすくすと笑いだす。
 その表情は、やはり華久夜らしい小悪魔的なものだった。
 どうやら、この小悪魔に、とても興味深いおもちゃを与えてしまったらしい。
 それはもしかしたら、莱牙よりも彼女を楽しませるものになるかもしれない……。
 そんな不安が、その場にいた全員の脳裏によぎった。
「大変ねえ、柚巴。でも、わたしはそれでもかまわないわ。だって、柚巴が限夢界にずっといるのは嫌じゃないもの」
 そう言って、またにやりと微笑む。
 柚巴をじっと見つめて。
「か、華久夜ちゃん!?」
 柚巴は、華久夜のその表情と言葉を聞き、動揺のあまり、思わずバランスを崩してしまった。
 そんな柚巴を見て、華久夜はまた楽しそうにころころと笑う。
「冗談よ。いくらなんでも、人間をこちらの世界に縛りつけるだなんて、そんな卑劣なこと、わたしでも考えないわよ。それに、柚巴はわたしのお気に入りなのだもの。悲しませたりはしたくないわ」
 にこっと、今度は柔らかな微笑みを柚巴に向ける。
「もう、驚かさないでよ〜」
 そう言って、柚巴が胸をなでおろす。
 しかし、柚巴の胸は相変わらず早鐘を打ち、ばくばくと大きな音を響かせていた。
 とうてい、この小悪魔、華久夜の言葉は、信じるには値しないものと、さすがの柚巴でも気づきはじめている。
 何しろ相手は、自分が楽しめれば兄とて兄とも思わない所業をしてしまえる、あの華久夜なのだから。
 そして、一歩間違えれば、その兄をも殺してしまいかねない……。
 そのメドゥーサの如き、金の髪で。
「そっか〜。でもそれじゃあ、ますます協力しないわけにはいかないわね」
 華久夜は急に真剣な面持ちになり、おもしろくなさそうにぶつぶつとつぶやく。
 その華久夜の変化に、いちはやく気づいたのが莱牙だった。
 さすがは、まがりなりにも兄。
「お前、まさか本気なのか!?」
 慌てて華久夜に確認する。
 そんな慌てる莱牙を意味ありげに見たかと思うと、華久夜は今度はきっと見つめた。
「お兄様は反対できないわよね? だってお兄様ったら、使い魔にまでなっちゃったのだもの。それに、わたしの力、お兄様ならよくご存知でしょう?」
 しかし、やはり華久夜である。
 最後には莱牙をからかうような、そんな表情をのぞかせる。
 そしてまた、くすくすと笑い出す。
「それはまあ、そうだが……。って、違うだろう!!」
 莱牙はばっと立ち上がり、華久夜に迫る。
「違わないわ。だって、お兄様よりわたしの方が、力が上なのですもの」
 けろっとそんなことを言って、華久夜はにこっと笑う。
 莱牙はその後の言葉が出てこないようで、ふるふると震えている。
 ――どうやら、今華久夜が言ったことは、恐ろしいことに図星らしい。
 もちろんそんな光景を見ては、一同絶句する他ない。
 そして、どうして莱牙ともあろう者が、このように簡単に妹におもちゃにされてしまっているのか、納得してしまったような気がした。
 ――本当に、莱牙の力は、華久夜に劣るというのだろうか……?
 それとも、それはたてまえで、ただの兄馬鹿。
 とても妹思いの兄ということなのだろうか……?
 この限夢界に限っては、どちらともとれる。
 何しろ、個人の持つ力は、その年齢に関わらず、弱い者は弱い、強い者は、とことん強いのだから。


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update:03/08/30