訪れた決戦の日
(5)

「毒……」
 神妙な面持ちで、ぼそりと華久夜がつぶやいた。
「げっ。まさか、俺の食事にまぜていないだろうな。華久夜!」
 先ほどの会話の後、食事を再開していた莱牙が、慌ててナイフとフォークを置く。
 よほど慌てていたのか、フォークとナイフは、不細工にお皿の上に置かれている。
「馬鹿言わないでよ。その程度では、お兄様は死なないでしょう。無駄なことはしないわよ、わたしは」
 思い切り馬鹿にしたように莱牙を見て、さらりと華久夜が言った。
 それを見て、さすがに、もうこの兄妹は放っておこうと誰もが思う。
 関わるだけ無駄である。
 最初は、本当に喧嘩をしているのかとも思ったが、時間がたつにつれ、それはこの兄妹なりのコミュニケーションのとり方なのだろうと、みんな悟りはじめていた。
 何しろ、あのプライドの高い莱牙が、妹の前では馬鹿を演じ、そしてどんな暴言をはかれようとも決して本気で怒ったりなどしない……とは言い切れないが、それはそれで楽しんでいるようだから。
 莱牙は間違いなく、華久夜の前では兄の顔をしている。
「そうじゃなくてね、お兄様。わたし、いい作戦を考えちゃったの」
 華久夜は持っていたナイフをピっと立て、またろうそくの火で演出し、にやりと微笑む。
 まったく、華久夜はどうしてこんなにも、わざわざ事を荒げることが好きなのだろう。
「いい作戦?」
 莱牙はふんと鼻で笑うように、華久夜に言った。
 もちろん、そんなことをした莱牙が、華久夜の報復を受けないはずがない。
 隣に座っていたばかりに、テーブルの下では、莱牙の足が、華久夜のヒールの洗礼を受けていた。
 莱牙はその拍子に、ぶさいくに顔をゆがめていた。
 しかし、もう誰も、それに反応しようとはしない。
 わかりすぎていて、いちいち反応する気にもなれない。
 何事もなかったように、華久夜は続ける。
「ええ、毒をもって毒を制すのよ。虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うかしら?」
 くすくすと、華久夜は、案の定小悪魔の笑みを浮かべる。
「またとんでもないことを言い出したよ、こいつは……」
 呆れながら莱牙は、恨めしそうに華久夜を横目で見る。
 しかしどうしたことか、柚巴は華久夜のその言葉に興味を持ってしまったらしい。
 少し身を乗り出し、華久夜を見つめる。
「それは、つまり……?」
 神妙な面持ちで、そうつぶやいた。
 華久夜は、のってきた!とばかりに、嬉しそうに身をずいっと乗り出し、前のめりになり、柚巴の顔の前にぴっと人差し指をつき出し、立てる。
「世凪に、わざとさらわれてやるのよ。柚巴が」
「え!?」
 さすがに柚巴も、この答えは予想していなかったようで、思わず椅子からずり落ちた。
 あまりにも突飛すぎて、現実ばなれしているから無理もない。
 誰もそんなことを許しはしない。
 もちろん、思いつきすらしない。
 さすがは、小悪魔華久夜の考えることである。
「華久夜さま!!」
 やはり、この竜桐が黙っているはずがなかった。
 椅子を蹴倒し、乱暴に立ち上がる。
 そして、ぎろりと恐ろしい形相で華久夜をにらみつける。
 しかし、両横にいた茅と嚇鳴に無言で腕をつかまれ、また椅子にひきずり戻された。
 倒れたその椅子は、嚇鳴が起こして。
 すでに体勢を立て直していた柚巴は、それを確認すると、両手を組み、両ひじをテーブルの上につき、前かがみでじっと華久夜をみる。
 どうやら、華久夜の話を聞くつもりらしい。
「続けて? 華久夜ちゃん」
 柚巴が無表情で、冷静に言った。
 出会ってから見てきたこれまでの様子と違うその雰囲気に、華久夜は思わず息をのんでしまった。
 まさか、あの柚巴が、このような雰囲気をかもし出すなど思ってもいなかったらしい。
 このような……どこか威圧的な雰囲気を――
「……OK。それから、その後どうするのか見とどけてやるの。そして、すきを見つけて、世凪を捕獲する。でも、危険を感じたら、その場で柚巴を助ければいいわ」
 華久夜もやはり一筋縄ではいかない少女のようで、話すうちに、いつの間にか得意げな表情になっていた。
 そんな華久夜の意見を聞き、由岐耶が口を出してくる。
「世凪は、そんなに簡単ではありませんよ。それは無謀というものです。わたしは賛成できない」
 念を押すように言う。
「どうして!?」
 華久夜は自分の意見に反対され、むっとしたのか、じろりと由岐耶をにらむ。
 由岐耶は、華久夜の相手を本気でする気はないというように、冷静に答える。
「華久夜さまは、まだ世凪のことをよくおわかりではないから、そう言えるのです。しかし、世凪のことをよく知る我々としては……」
 ぎりりと歯をかみ締める。
 これまで世凪と対峙してきて、世凪の恐ろしさを十分承知している。
 また、だからこそ、それが悔しくてたまらない。
 そして、そんな世凪から、何としても柚巴を守るという決意をあらたにしている。
 由岐耶の目は、強い光を放っている。
「でも、危険をおかさなければ……というのには、一理あるわね?」
 柚巴を心配する由岐耶や、その他の使い魔たちに対抗するように、柚巴は案外さらりとそう言った。
「ひ、姫さま!?」
 もちろん、由岐耶はぎょっと目を見開き、柚巴を見つめる。
 竜桐などにいたっては、まるで憎らしそうに柚巴をにらみつけている。
 どうしても、自分に反抗するというのですね!?と、その目は柚巴を非難している。
「まあ、そこまではわたしもしないけれど。でも、似たようなことならできるかもしれない。……結局、世凪と関わりのある王族もいそうにないし……」
 柚巴はそう言うと、使い魔たちを見まわす。
 意見を求めるように。
 いや、賛成を促すように。
 もちろん、そんな目で見られては、訴えられては、この人がおれないはずがない。
「まあ……それならば……」
 諦めたように、困ったように、由岐耶は苦笑いを浮かべる。
 もうこの姫さまは、頑固なのだから……と、諦めたその目の光の中に、愛しさすらたたえている。
 どうやら、由岐耶はもう、柚巴にはどうやったって逆らえなくなりつつあるらしい。
 もちろん、柚巴に逆らえないのは由岐耶だけではない。
「まあ、仕様がないじゃない? わたしらのご主人さまは、こういう人なのだから」
 紗霧羅もまた、困ったように苦笑する。
 柚巴が心配だけれど、柚巴が望むなら……。
 紗霧羅はそう思い、柚巴に渋々賛成する。
「しかし、わたしはあくまで反対ですよ。何故、姫は自らすすんで、危険をおかそうとするのです?」
 由岐耶と紗霧羅の柚巴への賛成を受け、憎らしげに竜桐が言った。
「別にすすんではいないわよ。可能性があるものならば、何でも試してみたいじゃない? このまま手をこまねいていたって、永遠に追いかけっこのままよ」
 どこか冷めた目で、ちらりと柚巴は竜桐に視線を送る。
 またその行動が、まるで竜桐を無視し、あまつさえ馬鹿にしているかのように、竜桐の目には映ってしまった。
「姫! 姫はどうして、最近、何かと言えばわたしに意見なさるのですか!?」
 またしても、がたんを椅子を倒し立ち上がる。
 そして、今にも柚巴に迫り、歩み寄りそうな勢いでにらみつける。
 このまま放っておけば、竜桐はむりやりにでも柚巴を拘束しかねない。
 それほどまで追いつめられているようである。
 しかし、それをわかっていてなのだろう、柚巴はそんな竜桐に追いうちをかける。
「別に意見をしているつもりはないわ。自分の考えを言っているだけ。――それに、わたしが気づいていないとでも思っているの? あなたが何を考えているか」
 意味ありげに柚巴が竜桐を見る。
 じっと、訴えるように。
「……!?」
 竜桐は、柚巴のその言葉と視線に、思わず動揺してしまった。
 この不気味な雰囲気をかもし出す柚巴は、不気味な圧力をかもしだす柚巴は、これまで竜桐はみたことがない。
 柚巴は、いつも柔らかく優しげで、あたたかい、だけどどこか淋しげな雰囲気をまとっている……。
 竜桐の中では、今もなお、そのようなイメージのままだから。
「知っていたわ。あなたがここ最近、わたしがつけてきた力を懸念していることを……。でも、それはとりこし苦労よ。あなたの心配するような力はない」
 柚巴はじっと竜桐を見つめ、そう言い放った。
 他の使い魔たちは、柚巴と竜桐のその会話に口をはさむことができない。
 ダイニングは静まり返る。
 じっと、この後の成り行きを見守っている。
 その緊迫した雰囲気を悟った柚巴が、ふうっと大きなため息をもらした。
「さあ、もういいでしょう? せっかくのお料理が台無しになっちゃう」
 そう言って、これまでの雰囲気を打ち消すように、にこりと微笑んだ。


 夕食後、竜桐は頭を抱え込んで、居間のソファに腰かけていた。
 その頭を抱える腕に邪魔され、竜桐の表情はよく見てとれない。
 しかし、恐らく、苦渋の色を浮かべているであろうことは、誰にでも容易に想像がつく。
「姫は……姫は、やはり気づいておられたのか! 気づいていて今まで……」
 竜桐は苦しそうにそうしぼり出す。
「だから言ったではないですか」
 そんな竜桐を見下ろすように、冷たく由岐耶が言う。
「でも良かったですね。思っていることを姫さまに言えて」
 由岐耶の横で、由岐耶の右肩にもたれかかりながら、亜真が、横目でちろりと竜桐を皮肉まじりに見る。
「お前たち……」
 竜桐はようやく顔を上げ、目の前に立つ由岐耶と亜真を憎らしげににらみつける。
「姫さまは大丈夫です。ちゃんとわかっておられます」
 しかしやはり、由岐耶は冷静だった。
 そして、相変わらず冷たい視線を竜桐に注いでいる。
 その時だった。
 ばたんと居間の扉が荒々しく開かれ……いや、蹴破られた。
 その蹴破られた扉と同時に、嚇鳴が入って来る。
「大変なんだ! みんな早く来てくれ!!」
 嚇鳴は、切羽つまった、蒼白な顔をしている。
 その尋常ならざる嚇鳴の様子に、竜桐非難をやめ亜真を突き飛ばし、由岐耶は嚇鳴に迫る。
「何事だ!? 嚇鳴!!」
 すると嚇鳴は、がたがたと体を震わせ、由岐耶の両腕をつかみ迫ってくる。
「せ、世凪の奴が突然現れて、今、姫さんを……!!」
 嚇鳴のその言葉を聞いた瞬間、使い魔たちの表情が変わった。


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update:03/09/02