匙を投げられた
(4)

「ということは、全て解決したってことなのか?」
 いちはやく正気を取り戻した嚇鳴が、拍子抜けしたように言った。
 すると、その言葉を聞いた世凪は、またもとのいつものようなふてぶてしい態度に戻る。
 そして、自分の腕を抱きしめる柚巴を、今度は逆に抱き寄せ、そのままぎゅっと抱きしめた。
 その腕には相当な力が、だけど柚巴が苦しまないだけの配慮がとられた力が込められている。
 その腕に込められた力には、今までに見たことのない世凪の思いが、明らかな柚巴を思いやる気持ちが込められていることは、一目瞭然だった。
 この瞬間、使い魔たちは全員、世凪の真意を理解したような気がした。
「馬鹿が……。これで安心するな」
 理解はしたが、やはり腹が立つものは腹が立つ。
 この世凪のふてぶてしい態度だけは、どうも虫が好かない。
 そして、どうやっても、世凪は胡散臭いことに変わりない。
「な……っ! お前、まだ何か企んで……!?」
 慌てて嚇鳴が叫んだ。
 それは嚇鳴だけではなく、そこにいた使い魔誰もがそう思ったことである。
「俺は、もう何も企んじゃいないよ。そう、俺はな……。まあ、とにかく、油断しないことだな」
 世凪はうろたえる使い魔たちを、やはり馬鹿にしたように見るとくすりと笑った。
 そして、すっと柚巴を放す。
 世凪から解放された柚巴は、もの言いたげにじっと世凪を見つめている。
「じゃあ、俺は行くけれど……。柚巴、またな」
 それに世凪は気づいていたが、あえて気づかないふりをし、柚巴に笑いかける。
 そして、梓海道とともに、そのまま消えていった。
 使い魔たちは、何かしっくりこない複雑な表情を浮かべている。
「……って、ちょっと待ってよ! 世凪って、王宮の中でも消えたりできちゃうの!?」
 そんな使い魔たちの中、華久夜が驚いたように叫ぶ。
 華久夜にとっては、世凪のその意味深な発言よりも、その行動の方が重大らしい。
「え? 華久夜さまはご存知なかったのですか? 王宮への出入りはできませんが、中では瞬間移動も可能ですよ? ……まあ、世凪は王宮の出入りも瞬間移動でできるようですが」
 驚き、焦りの色を見せる華久夜をのぞき込むように、あっさりと亜真が言った。
 もちろんその後ろでは、他の使い魔たちも、「何を今さら……」と言いたげに華久夜を見ている。
 華久夜は、一人その事実を知らなかったとわかり、悔しそうにじだんだを踏む。
 そんな華久夜の肩を、莱牙が優しくそっと抱き寄せる。
 華久夜は莱牙のいきなりのその行動に驚いたように莱牙を見上げたが、すぐに頬を赤らめ、照れたようにそっぽを向いた。
 しかし、莱牙を振り払おうとはしない。
 普段、むちゃくちゃ言っている、やっている華久夜だけれど、やはり莱牙はそんな妹でもかわいいらしい。
 そして妹も、兄を慕っているよう。
 兄の優しさを知っているから、だから華久夜は、あんなにも自由にふるまえるのだろう。
「それにしても、さっきの世凪の言葉は何だったんだ? 油断するなとか、俺は企んでいないとか……」
 兄妹愛を演じるその左ななめ後方で、紗霧羅が不思議そうに首をかしげた。
「他にまだ……何かしでかそうとしている奴がいるというのか?」
 華久夜の肩を抱き寄せたまま、難しい顔をして莱牙がぼそりと言った。
 すると、莱牙のその発言を聞いた使い魔たちは、それだ!と言わんばかりに、ばっと莱牙を見る。
 穴があかんばかりに、あの莱牙が多少の動揺の色を見せてしまうような、そんな強い大量の眼差しが莱牙に注がれる。
 ただ柚巴だけが、その様子を冷静に見つめていた。


 人間界。佐倉邸。
 そこに、世凪の姿はあった。
 月明かりの差し込むその部屋には、明かりはともっていない。
 窓際に立つ世凪の姿だけが、月光に照らされ、妙に艶かしく浮かんでいる。
 とても妖しく、そして色気のある姿。
 鮮やかな赤い髪に注ぐ黄色い光によって、世凪のその姿は、この世のものとは思えぬ不思議な色を放っている。
「何度も言っているはずだ。余計なことはするなと」
 世凪は怒気をきかせそう言いながら、目の前にいる男をにらみつける。
 世凪の目の前に立っているのは、この佐倉邸に住む、佐倉蒼太郎である。
 柚巴にからみ、庚子に目の敵にされている、あの蒼太郎……。
 しかし、世凪ににらみつけられても、やはりといおうか、蒼太郎はまったく動じない。
 むしろ、世凪よりもさらにたちの悪い、不敵な笑みすら浮かべている。
「本当にしつこいね、あんたも。そんなにあの女が大切なの?」
 まったく世凪を見ようとはせず、くすくすと馬鹿にするように蒼太郎が笑う。
 笑ったかと思うと、今度は世凪を憎らしげにぎろりとにらみつける。
「それで、俺をどうにかしようというのか? 証拠も何もないというのに? まるきり馬鹿げているね!」
 そう言った瞬間、蒼太郎の体は宙を舞い、壁にたたきつけられていた。
 どうやら、世凪の怒りをかった蒼太郎は、攻撃を食らってしまったらしい。
「く……っ」
 蒼太郎が苦しそうなうめき声を上げる。
「すみません、マスター。かばいきれませんでした」
 そう言って、床に倒れこんだままの蒼太郎を助け起こす人影が一つ。
 あまりにもはやすぎる世凪のその攻撃は、蒼太郎をマスターと呼ぶその男では、防ぎきれなかったらしい。
 男は苦しそうな表情を浮かべている。
 あまりにもその男とはかけはなれた表情のように思える。
 何しろこの男は、岩のような大きながっしりとした体に、筋肉のついた、どこからどう見ても体育会系、いや、細かなことは気にしない、大雑把な男に見えてならないのだから。
 一見デリカシーのかけらもなさそうに見えるその大男だけれど、それに似合わず、とても繊細な心を持ち合わせているように見える。
 この少しの間でもそれは伝わってくる。
 蒼太郎へのこのかしずきようから……。
 マスターと呼ぶだけあり、この大男は、蒼太郎をとても大切に扱っている。
「今はそれくらいで許してやるが……。俺は人一人殺すことくらい、何とも思っていないということだけは教えておいてやろう」
 苦しそうな表情を浮かべ、大男に助け起こされる蒼太郎を、まるで汚いものでも見るかのように見下ろし、そう言って世凪はすっと姿を消した。
 それは一瞬の出来事だった。
 一瞬にして消えてしまった世凪のいた月光差し込む窓辺を、蒼太郎がじっと見つめる。
「まだまだ甘いよね? 邪魔者は、気づいた時に駆除しておくものだよ?」
 そう言って、くくくと不気味に笑い出す。
 そんな蒼太郎を、大男は無表情で見ていた。


 一方、こちらは御使威邸。
 使い魔たちも、ひとまずは世凪はもう心配ないと思ったのか、柚巴の護衛にはつかず、それぞれ自室で休んでいる。
 柚巴も、久しぶりに一人きりで自室で過ごせる。
 やはり疲れているのか、天蓋つきの大きなベッドの真ん中に身を沈め、すうすうと気持ちよさそうな寝息を立て眠っている。
 そんな隙だらけの柚巴のもとに、すっと世凪が現れ舞い降りる。
 そして、寝ている柚巴にそっと近づく。
 柚巴の寝顔はとてもかわいらしい。
 思わず柚巴へと手をのばし、そっと頬に触れてみる。
 触れた柚巴の頬はとても柔らかく、顔が不思議とゆるんでしまった。
 しかし、ゆるんだその顔には、どこか苦しみの色がたたえられている。
「お前は……まだ本当のことをわかっていない」
 苦しそうにそうつぶやくと、寝ている柚巴の額に自分の顔を近づけ、そっと口づけた。
 世凪の唇が、柚巴の額に、一瞬触れた。
 そして、顔をはなし、じっと柚巴の寝顔をみつめる。
 愛しそうに、決意をあらたにしたように。
「お前は、俺が守ってやる」
 力強くそうつぶやくと、夜の闇にまた姿を消していった。
 世凪の消えたそこには、一筋の甘い香りが吹き抜けた。
 それはまるで、世凪の柚巴を思う気持ちのような、甘い香り――


 あの時から、あの甘酸っぱい香りを感じた時から、世凪の心は、ずっと柚巴にとらわれている――


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:03/09/08