つかの間の安らぎ
(2)

 庚子と多紀は、あまりにも騒ぎすぎるので、柚巴の様子をうかがいにやって来た由岐耶に強制的に連れ出された。
 そして、ご丁寧にも、乱暴にも、御使威家の屋敷の玄関から、ぽいっと外へ放り出される。
 外に放り出された庚子は、二人が再び戻ろうとしないか見張っている由岐耶を、憎らしげににらみつけている。
 一方多紀はというと、まるで由岐耶の行動を納得しているかのように、仕方ないな〜と言わんばかりに、ぽりぽりと頭をかき、そのまま門へと向かい歩き出そうとしている。
 それに気づいた庚子に襟首をつかまれ、むりやり引き止められる。
 これは、そんな庚子と由岐耶のにらみ合いが、かれこれ十分は続いて、とうとう根負けした庚子が、多紀に八つ当たりしながらすごすごと帰っていった日の夜のこと。
 課題をひとまずは終え、柚巴は机にだら〜んとのびている。
 課題を終えた……とはいっても、正確には、多紀のノートを写し終えただけれど。
 やはりああは言ったものの、あの莫大な量の課題を自力でなし遂げられるわけがなく、柚巴はとうとう置いていった多紀のノートに手をつけてしまった。
「ねえ、ところで、本当はどうしてここへ来たの? それに、華久夜ちゃんまで連れてくるなんて……。仲良くなった……からじゃないでしょう?」
 柚巴は、体はのびたままで、顔だけを上げ、世凪をじっと見る。
 それに気づいた世凪が、気のない返事をする。
「まあ、そうだな」
「ちょっと、ちゃんと答えてよ!」
 やる気のない世凪の返事に、柚巴は少しむっとし、がばっと顔を上げる。
 すると世凪は、そんな珍しい柚巴の反応を見て、くすっと笑い、優しげな表情を向けた。
 そして、おもむろに柚巴を抱き寄せる。
「そんなことは、どうでもいいだろう」
 そう言って、じっと柚巴をみつめる。
「ちょ……っ。世凪!?」
 あまりにも世凪が熱く見つめるので、柚巴は少しどぎまぎとしながらもがく。
 もがいてはいるけれど、それはあくまでふりらしく、あまり本気のようではない。
 嫌がっているふうではなく、むしろ――
「もう少し、このままで……」
 そんな柚巴を、世凪は切なそうに見つめる。
 そして、柚巴を抱く腕に力をこめる。
「え……? ――もう、仕方ないな〜。本当に淋しがりやだね? だったら、素直にみんなと仲良くすればいいのに」
 柚巴は困ったように微笑むと、抵抗をやめた。いや、抵抗するふりをやめた。
「それができれば、こんなところにはきていない」
 世凪は、少し照れたふうに、すねたふうに、ぷいっと顔をそむける。
 そんな世凪を見て、柚巴は優しく微笑む。
「……本当ね」
 そして、そう言って世凪の頭をなでる。
「俺は子供か?」
 頭をなでる柚巴の手をすっとつかみ、握り締めながら、むすっとすねたように世凪がつぶやく。
「子供よ〜?」
 世凪の言葉にそんな返事し、柚巴はおかしそうに、そして柔らかく笑う。
 柚巴のその姿を、世凪はまた、熱く、切なそうに見つめる。


「え? 世凪はまた来ているのか?」
 怪訝な顔つきでそう言ったのは、弦樋の護衛から戻った竜桐だった。
 御使威家の玄関ホール。
 両端から階上へと続く、中世欧州の貴族の屋敷を思わせる大きな階段の前で、竜桐は由岐耶を前にそう言っていた。
「ええ。これで一週間連続です」
 由岐耶が無表情で答える。
 それはおもしろくなさそうでいて、だけどまったく気にしていないというふうでもあった。
 その表情からは、由岐耶の感情を読み取ることができない。
「あと……とんでもない土産を持参してくれましたよ」
 ため息まじりに由岐耶は言った。
 そして、ちろりと竜桐を確認するように見る。
「土産……?」
 竜桐は訳がわからないといったふうに、首をかしげる。
 そんな竜桐をもの言いたげに見ると、由岐耶は諦めたように、竜桐の左手側から、竜桐の後方をすっと示す。
「はい。あちらに」
 竜桐は示されるまま、ゆっくりと体をねじった。
 すると、由岐耶が示す先には、竜桐が視線を送った先には、にこにこと小悪魔の笑みを浮かべ、莱牙をいためつけながらこちらへ向かってくる華久夜の姿があった。
「か、華久夜さま!?」
 竜桐は、そのあまりもの予想外の土産に、思わず後退し、腰を抜かしそうになった。
 頭を抱え、よろりとよろける。
 どうやら、また、竜桐にとって、心労のたねが一つ増えてしまったらしい。
「ええ、そうです。まったく、どうして連れてくるのでしょうね。余計なものを」
 由岐耶は本当にうっとうしそうに、迷惑そうにそうはき捨てると、そのまますたすたと歩いて、竜桐のもとを去って行こうとする。
「由岐耶、どこへ?」
 何も言わず去ろうとする由岐耶に、慌てて竜桐が問いかける。
「姫さまを呼びに行くのです。もうそろそろ夕食の時間ですから」
 くるりと振り返り、また無表情で竜桐の問いかけに答える。
 どうやら由岐耶は、柚巴を呼びに行く途中、ちょうど帰ってきた竜桐とたまたまはち合わせたらしい。
 そして、今にいたるようである。
「姫はどちらに?」
「自室で、世凪と話しています」
 由岐耶は目をすわらせ、おもしろくなさそうに答える。
 そして、くるりと身を翻し、すたすたと歩き去っていく。
「なんだと!?」
 由岐耶の返事を聞き、竜桐も血相をかえて、慌てて後を追った。


 竜桐と由岐耶は、柚巴の部屋までやって来た。
 しかし、扉の隙間からもれる光はない。
 たしかに、柚巴は今、自室にいるはずなのに、不思議なことである。
 そして、竜桐と由岐耶が首をかしげて、そのままそこを去ろうとすると、中からぼそぼそと話をする声が聞こえて来た。
 そこで、何やら気になるところができたらしく、ノックはせずに、そのままそうっと少し扉を開いて、中をのぞいてみた。
 するとニ人の目に、とんでもない光景が飛び込んで来た。
 竜桐と由岐耶が見た光景とは、月明かりに照らされる柚巴と世凪の姿だった。
 世凪がベッドの上に座り、その世凪のひざの上に柚巴が座って、仲よく語り合っている。
 互いに見つめ合っているふうにも見える。
 しかしそれは、天蓋から垂れる布に邪魔され、影のかたちでしか確かめることができない。
 あまつさえ、世凪は、当たり前のように柚巴の頬や髪に手を触れている様子。
 それはもう、まさしく、仲睦まじい恋人同士を見ているようだった。
 その光景を見てしまった竜桐と由岐耶の顔からは色が失われ、そして言葉も失われた。
 同時に、彼らの思考が停止した。
 何も考えることができない。
 それほどまでの衝撃を、竜桐と由岐耶は、その光景から与えられてしまった。
 しかし、当のニ人にとっては、何のことはない。
 まったくそのような気持ちなど存在していない。
 ただただ、普通にじゃれ合っているだけ。
 ……柚巴に限り、ではあるけれど。
 世凪の胸にもたれかかるように頭をおく柚巴を、世凪は後ろからきゅっと抱きしめる。
「柚巴」
 抱きしめられ、そして名を呼ばれた柚巴は、振り返り世凪の顔を見上げた。
 柚巴が見上げたそこには、もうあとわずか数センチを残す距離に、世凪の顔が迫っていた。
 しかし、柚巴も世凪も、それにうろたえることはなく、それが当たり前のように見つめ合う。
「なに? 世凪」
 首をかしげ、世凪のその後の言葉を待つ。
 その時だった。
 もう我慢の限界がきてしまったのだろう。柚巴の部屋の扉が乱暴に開かれた。
 そして、ずかずかと、竜桐と由岐耶が入ってくる。
 無言で、険しい顔で、じっと世凪をにらみつけて。
「え!? 竜桐さんに、由岐耶さん!? どうしたのですか?」
 布をはさんでいても、竜桐と由岐耶の乱入に、柚巴が驚いているのがわかる。
 しかし、驚いてはいるが、それは普通のこととばかりに、柚巴は世凪からはなれる気配はない。
 それがさらに、竜桐と由岐耶の怒りをあおる。
「どうしたもこうしたもありません。お食事の時間です!」
 そう言って、竜桐はがばっと布を押しのけ、乱暴に世凪から柚巴を奪い取った。
 そして、自分へと抱き寄せる。
「軽々しい行為はお慎みください」
 そしてそのまま、むりやり柚巴を部屋から連れ出そうとする。
「え? 別に軽々しくなんか……」
「重々しくても駄目です!」
 竜桐が、即座にぴしゃりと言った。
 柚巴は何が何だか訳がわからず、ちんぷんかんぷんといった様子で、素直に竜桐に従う。
 ただ、ちらちらと世凪を確認するように、振り向きながらではあったけれど。
 それに気づいた竜桐は、それさえも阻むように、あえて柚巴と世凪の間に体を移動させ、柚巴からは世凪を見えなくする。
 そしてそのまま、柚巴は、部屋を連れ出されていく。
 世凪は何やらもの言いたげに、ぽりぽりと頭をかきながら、ニ人を見送っている。
 そして、竜桐たちの気配が完全に消えると、由岐耶が世凪の前まで歩いて来て、いきなり胸倉をつかんだ。
 憎らしそうな表情を浮かべた険しい顔で、世凪をにらみつける。
 由岐耶の顔は、真っ赤だった。
「姫さまに近づくな!」
 由岐耶は、由岐耶には似合わないそんな乱暴な言動をすると、そのまま竜桐たちの後を追うように部屋を出て行く。
「なんだろ〜ね〜、今のは。俺って、やっぱり悪者?」
 いつも冷静な由岐耶の取り乱しように、世凪はぽすんとベッドにあおむけに倒れこみ、愉快そうにくすくす笑う。
 そして、何やら思いたったのか、ふっと笑いをやめ、すっと起き上がり、右手を胸の前でぐっと握り締めた。
「柚巴……」
 そうつぶやいた世凪の顔は、どこか苦しげで悲しげだった。
 閉じられたカーテンの隙間からこぼれる月明かりが、そんな世凪を切なそうに照らす。


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update:03/09/14