つかの間の安らぎ
(3)

「だからですね、何度も申しておりますように、もう世凪には近づかない方がいいです。姫」
 夕食をとっている柚巴の耳元で、ぐたぐたとそんなことを繰り返し繰り返し竜桐が言っている。
 先ほど、世凪と引きはなされ、ダイニングに連れてこられた柚巴は、もうそこに用意されていた、できたばかりの湯気をあげる夕食に手をつけていた。
 しかし、問題は、その夕食時にかかるBGM。
 そのBGMとはつまり、ぐだぐだと同じことを何度も繰り返す、竜桐の非難ともとれる忠告だった。
 当然、そんなうっとうしい説教をしつこいくらい聞かされては、柚巴といえど、そろそろうんざりしてくる頃である。
「もういい加減にしてよ〜。別に、世凪はおかしなことなんてしていないのだし。それにあれは、何度も言うようだけれど、子供の愛情表現と一緒よ? 世凪は淋しかっただけだよ」
 かちんと音を立て、柚巴はフォークとナイフを、メインの皿の上に置いた。
 そして、わざとらしく大きなため息をもらし、むすっとして答える。
 しかし、先ほどからぐだぐだと非難を続ける竜桐では、そんな柚巴の静かなるサインに気づくことはできない。
 そんなニ人を取りかこむように立ち、使い魔たちはそのやり取りを冷めた目で見ている。
 取りかこむ使い魔たちの思いは、この時ばかりは同じものだった。
 そう、その思いとは――
「違います。あなたはたしかに、この短期間で成長されましたが、その点においては、まったく成長されていないようですね!?」
 竜桐は、先ほどよりは少し興奮気味に、さらに柚巴に食ってかかる。
 普段、大切に扱っている柚巴に、竜桐とは思えぬこの非難の嵐。
 これではまるで、柚巴を案じているのではなく、やきもちをやいているよう。
 竜桐が、柚巴を大切にして、愛しく思っているのは周知のことだけれど、ここまであからさまに自らの感情をあらわにする竜桐は、珍しいことである。
 いや、今まで、何度かみたことがあるかないか……それほどに、希少価値のある竜桐の姿。
 ――しかしそんな竜桐も、今の柚巴にとっては、うっとうしい存在以外、なにものでもない。
 何しろ柚巴は、竜桐が思うほど、心配するほど、世凪を疎ましく思っていないのだから。
 世凪の真の目的を知り、そこに愛しささえ感じていたかもしれない。
 案外、淋しがりやな世凪を、かわいいとすら思っていたかもしれない。
 一方、竜桐はというと、相変わらず世凪を目の敵にしたまま。
 そんな思いの違いが、今の柚巴と竜桐の対立を招いていた。
「その点って、どの点よ〜」
 うんざりというように、嫌々柚巴は答える。
 あともう一声かかれば、このまま食事を中断し、自室に戻ってしまうくらい柚巴はうんざりしている。
 柚巴にとっては、もう危険のない世凪に、柚巴がどう関わろうが、竜桐には関係のないという気持ちが少しある。
 だから、いまだにしつこく言い寄ってくる竜桐に嫌気がさしはじめていた。
 他の使い魔たちのように、静かにこれからのニ人を見守っていて欲しい……そんな傲慢な思いが柚巴の中にないとはいえないから。
 そして、竜桐以外の使い魔たちもまた、ここからは柚巴と世凪、ニ人の問題であると、自分たちの分をわきまえている。
 そんな複雑な感情に、関係に、平気でずかずかと踏み込んではいけないことを承知している。
 限夢人たちにはあまり理解することのできないその複雑な感情に、使い魔たちも敏感になりつつあった。
 それはやはり、その複雑な感情に敏感な人間に接しているせいかもしれない。
 人間との関わりのない普通の使い魔たちよりは、よほどその感情に理解がある。
 ただ一人、竜桐を除いては……。
 そして、莱牙、由岐耶、麻阿佐にいたっては、わかりすぎるほどわかっているかもしれない。
 これから向かいつつある、柚巴と世凪の結末についても。
 柚巴と竜桐の相変わらず続くやりとりを、どうしたものかと使い魔たちは傍観している。
 幸い、莱牙は、華久夜に別室でおもちゃにされているので、たいした騒ぎにはならないでいる。
 ここに莱牙がいれば、一体どんな騒ぎになっていたか知れない。
 何しろ、莱牙は――
「姫!」
 あまりまともに相手にしなくなった柚巴に、竜桐はいらだちをあらわにする。
 そして、むりやりにでも自分の話を聞かせようと、柚巴の肩に手を置き、ぐいっと自分の方へ向かせようとする。
 もちろん、そんなですぎた真似をする竜桐を、使い魔たちは、まだか、まだもつかと、はらはらと見ている。
「もういいじゃない! 別にわたしは嫌じゃないのだから。それにどうして、竜桐さんにそこまで言われなきゃならないのよ!」
 柚巴は肩に置かれた竜桐の手を振り払うように勢いよく席を立ち、そしてぎろりと竜桐をにらむと、そのままダイニングを出て行ってしまった。
 そんな柚巴を、誰も追おうとはせず、そこに取り残され、柚巴に冷たい態度をとられ、半分放心状態の竜桐に冷たい視線を送っていた。
 さすがに今回は、竜桐のやりすぎだと誰もが承知している。
「あ〜あ。竜桐さまは、また姫さまを怒らせましたね?」
 亜真が半分あきれながら言った。
 当然こんな時、余計なこと言いの亜真が、竜桐にちゃちゃを入れないはずがない。
 いや、そんなことではなく、今回はぽろりと出た言葉ではなく、わかっていて、あえて言っているふうでもある。
 そろそろ暴走気味の竜桐に、その行いを気づかせねばならないと思いはじめていた。
 もちろん、他の使い魔たちも亜真と同じ思いだったので、誰も亜真をとめようとはしない。
「またとは、どういう意味だ!?」
 図星をさされ、そして柚巴を怒らせてしまったことに、実はショックを受けている竜桐は、まるで八つ当たりするかのように亜真を怒鳴りつける。
 しかし、亜真はどこか落ち着いたふうで、そして馬鹿にしているふうな態度で、じっと竜桐を見つめる。
「そういう意味ですよ。ここのところずっとです。別にいいではありませんか。世凪が何かしたわけでもないのですから……」
 わざとらしく、大きくため息をつく。
「その何かをしたのだ!!」
 亜真の言葉にかちんときたのか、竜桐はすごい剣幕で亜真を怒鳴りつけた。
 予想以上の反応に、亜真は思わず目を見開き、まじまじと竜桐を凝視する。
 そして、今発せられた竜桐の言葉に不審を抱く。
「由岐耶、お前も見ただろう!?」
 竜桐は亜真から由岐耶に視線を移し、迫るように叫んだ。
「え? ああ、まあ、はい……」
 突然話をふられ、驚き、だけど心ここにあらずといったふうに、由岐耶がしどろもどろに答える。
 由岐耶が今抱く問題は、そんなところにはないらしい。
「由岐耶? 見たって……?」
 そんな由岐耶の腕をぐいっとつかみ、険しい顔で紗霧羅は由岐耶を見つめる。
 由岐耶は、もの言いたげにじっと紗霧羅を見つめ返し、諦めたように口を開いた。
「……その……。実は、先ほど……」


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update:03/09/17