秘密の逢瀬
(2)

「わかっていらっしゃるのですね。でも莱牙さまには、もともと契約など必要ないでしょう。王族なのですから」
 紗霧羅は試すように、椅子にふんぞり返っている莱牙を見下ろす。
 王族ならば、契約の必要がないとは、一体どういう意味なのだろう?
 それは、彼らが人間と使い魔の契約を結ぶ理由の一つに関係しているのだろうか?
 王族ならば……王族ならば、使い魔と契約を結ばずとも、それ相応の権利を持っている……ということだろうか?
 それでもあえて契約を結んだから、だから莱牙は変わり者扱いされる……?
「何が言いたい?」
 もちろん、そんな紗霧羅に莱牙のにらみが入る。
「別に……」
 紗霧羅はそう言うと、肩をすくめた。
 紗霧羅をもの言いたげに莱牙は見つめ、そして口を開く。
「わたしは破棄する気はない。それに、このままうまくいくとは限らない。いつか絶対壊れる」
 すねたように、ぷいっと顔を紗霧羅からそむける。
 莱牙はただ、絆が、保障が欲しかっただけ。
 柚巴のそばにいてもよいという保障。
 使い魔ならば、柚巴のそばにいても、誰もとがめはしない。誰も邪魔はしない。
 そして、柚巴からも邪険にあしらわれない、見捨てられない保障。
 何より、柚巴から得る信頼による、絆――
「そうですね。そうなればいいですね」
 莱牙の言葉に、紗霧羅が苦笑した。
 莱牙が言っている、うまくいくとは限らない、いつか絶対に壊れるそれは、紗霧羅にも容易にわかる。
 それはすなわち……柚巴と世凪の関係。
 人間と限夢人。
 その異なった種族の男女の思いが、成就するはずは、かなうはずは決してない。
 たしかに、人間と限夢人の恋愛はご法度ではないが、あまりにもニつの種族の特色がかけはなれすぎているので、いつかは絶対、その違いに苦悩し、心もはなれてしまう。
 主従関係であるならばまだしも、対等の恋愛感情を入れた関係であればあるほど、ニ人を苦しめるものとなるだろう。
 いつかは訪れる別れ。
 人間と限夢人の寿命は、手をのばしてもとどかないほどに、はるかにかけはなれている。
 それが、彼らに、最大の苦悩と、苦しみを与える。
 先に逝く者は、残された者に最期まで精一杯生きることを望み、残された者は、先に逝く者の望みにこたえようと、その気の遠くなるような長い長い生を生き続けようとする。
 それが、先に逝く者にも残された者にも、はかりしれない苦しみを、悲しみを与える。
 それに気づくまでは幸せだろうけれど、それに気づいてしまえば、その後は地獄……。
 生き地獄である。
 苦しみを抱えたまま、別れの時を待つ。
 そんな手にとるような、誰にでもわかる苦しみが、柚巴と世凪にも待っている。
 ――ニ人が、これからうまくいけばの話ではあるけれど。
「ああ……」
 紗霧羅の相槌に、莱牙はどこか気のないような返事をする。
 ぼうっと庭を眺め、今にもどこかへ消え去ってしまいそうな、そんな影の薄い、力なげな雰囲気をたたえている。
 その莱牙を、切なそうに見下ろす紗霧羅。
 ニ人の間を、嘲笑うかのように、冷たい初秋の風が通り過ぎていく。
 すると、そんな初秋の風に吹かれる莱牙の首に、するりと腕がからまってきた。
 どすんと背中に重みを感じる。
「……!?」
 いきなりのそのできごとに驚いて、がばっと後ろを振りむく。
 するとそこには、切なそうな微笑をたたえる華久夜の姿があった。
 莱牙の首に手をまわしてきたのは、華久夜だった。
「お兄様、元気だしてね」
 華久夜はそう言って、莱牙に抱きついたまま、こつんと莱牙の背に自分の頭をつける。
 そして、顔をうずめる。
「華久夜……」
 その華久夜のいつもとは異なる、しおらしい、そして莱牙を思う気持ちにうたれたのか、莱牙は優しげな、それこそ兄の顔そのもので、華久夜の頭をぽんと優しくなでた。
 すると華久夜は、さらにきゅっと莱牙を抱きしめる。
 華久夜もまた、莱牙の思いを知っている。
 そんな兄を思う妹、妹を思う兄の姿を、複雑そうに苦笑いしながら、紗霧羅は見ていた。
 彼女には、言いたくても、それ以上は何も言うことができなかった。
 言葉がみつからなかった。
 兄を思う妹の思いよりも、強い言葉が――


「おい。話がある」
 いきなり、自室で書類の整理をしている由岐耶の前に世凪が現れて、そんなことを言った。
 由岐耶は書類を整理する手を止め、じっと世凪をみつめる。
「……」
 当然の由岐耶のその反応に、世凪は多少困ったように苦笑いを浮かべた。
「まあ、そう嫌がるなって。お前が俺を毛嫌いしているのはわかっている。だが、これは大事な話なんだ。――お前を信用して話すのだから……」
 世凪はそう言って、思い切り疑わしそうな視線を向ける由岐耶に、ずいっとつめ寄る。
「……わたしを、信用して?」
 由岐耶の表情は、さらに世凪を疑うものへと変わっていく。
 何を今さら、由岐耶に話すことがあるというのだろう。
 しかもそれは、気持ち悪いことに、由岐耶を信用して……というのである。
 とてもあの世凪の口から出る言葉とは思えない。
「ああ」
 世凪は、向けられる由岐耶の怪訝な視線にかまうことなく、真剣な眼差しを由岐耶へ向ける。
 その眼差しがあまりにも真剣なものだったので、由岐耶も話だけなら聞いてもよいか……そのような気持ちになってきてしまった。
 ――仏心というものだろうか?
「それで、話とは何だ? つまらないことなら、即刻たたき出すぞ」
 しかし、そうは言っても、当然由岐耶の口から出る言葉は、世凪を歓迎するものではない。
 扉を指さす。
 世凪はそれにも反応することなく、先ほどと変わりなく由岐耶を見ている。
 そこで、由岐耶はピンとあることに気づき、大きなため息をもらした。
 ちろりと世凪に視線を送る。
「……もしかして、お前が以前、我々に忠告したことか?」
「察しがいいね」
 世凪はにやりと微笑み、由岐耶が座っている仕事机の上に腰をおろし、足を組んで、由岐耶の耳もとに自分の顔をすっと近づける。
 由岐耶は、世凪のその行儀の悪い行いにぴくりときたが、それよりも今は、世凪の言葉を聞くことの方が大切なような気がするので、そちらを優先することにした。
 険しい顔を見せながらも、世凪の好きなようにさせる。
「……扉に、誰かが近づいた形跡があった……」
 そんな言葉が、人目をさけるように、由岐耶の耳元でささやかれた。
 扉とは、もしや、あの扉のこと……?
 柚巴を番人にするといっていた、ニつの世界を結ぶあの扉――
 あの後、たしか扉は、誰の手にも渡らぬようにと、世凪が、使い魔たちが見守る中、自らの手で封印を施したはず。
 近づくことのできぬように、近づく者があれば、その者に(いかずち)が落ち、一瞬にして消滅させてしまう封印を――
 それは、柚巴を守るために施された封印。
「なんだと!?」
 がたっと椅子を倒し、由岐耶が立ち上がる。
 その瞬間、世凪はひょいっと由岐耶から身をはなしていた。
 そして、ぽんと飛び上がり、宙で一回転して、すとんと床に降り立つ。
 由岐耶が立ち上がった、仕事机の前に。
「たしか、あのあかずの間は、お前が封印したはずでは……!」
 由岐耶は、疑わしそうに険しい顔を世凪に向ける。
 お前は、もしかして手を抜いたのではないのか!?と、疑惑に満ちた眼差しで。
「それがな、その封印が微かに破られた痕跡があった。上手い具合に修復はされていたが……」
 世凪は、悔しそうに爪を噛む。
 その世凪の何ともいえぬ悔しそうな姿に、嘘を言ってはいないだろうと由岐耶は感じた。
 そこで、確認するように聞く。
「お前ほどの力の持ち主の封印を解いただと!?」
 一瞬、ぴくりと世凪の表情がゆがんだ。
「ムカつくことにな。まあ、だから、ほんの少ししか解けなかったのだろうが。……これが何を意味しているか、お前にならわかるだろう?」
 はき捨てるようにそう言ったかと思うと、世凪は試すように由岐耶を見つめる。
 その世凪の問いかけに、由岐耶は真っ青になりうなずいた。
 由岐耶にも、それがどれほど重大なことであるかわかってしまった。
 ほんの少しではあるが、世凪の封印を解くだけの力を持つ者が……何かを企んでいる。
 もしかすると、柚巴を狙っているかもしれない。
 そして、その者は、これから彼らと対峙する者になり得るかもしれない。
 由岐耶に、とりとめのない不安が怒涛のように押し寄せる。
「だから気をつけていてくれ。特に柚巴のまわりは気をつけろ」
 真っ青になり、言葉を失った由岐耶に、追いうちをかけるように世凪はそう告げる。
「……わかった」
 由岐耶は、ようやくそれだけを言うことができた。
「あと、このことは、まだ誰にも話すなよ」
 動揺の色を隠せないでいる由岐耶を、世凪はそう言ってにらみつける。
「どういうことだ?」
 世凪のその言葉に、由岐耶は動揺などしていられないと気を奮い立たせたのか、世凪をにらみ返し、とげのある口調でそう聞いた。
 ようやく動揺の色がなくなり、本調子に戻りつつある由岐耶に、そうこなくてはと言いたげに、世凪は得意げな視線を送る。
「まだ確定したわけではない。下手に騒いで柚巴を不安にさせたくはない。……そのために、華久夜をつれてきて、密かに守らせている」
 世凪が何もなく、華久夜を素直に人間界に連れてきたとは思ってはいなかったけれど、まさかそんなことがあり、そんなことのために連れてきていたとは……。
 さすがは、ぬかりない男である。
「ということは、華久夜さまはこのことを……!?」
 世凪のその言葉に、もちろん由岐耶が気にとめないはずがなかった。
 すなわち、世凪が言おうとしていることは、華久夜を利用している……ということだろう。
「ああ。最初に封印の破れを見つけたのが華久夜だ。それで、俺に報告してきた」
 いや……。世凪のこの口ぶりからすると、そうではなく――
「何故、今まで黙っていた!?」
 由岐耶は、ぎろりと世凪をにらみつける。
 世凪と華久夜。
 裏でそのようなことがあったことをはじめて知った由岐耶は、また世凪が信用できなくなってしまった。
 そのような重大なこと、どうして今まで黙っていて、そして語ろうとしなかったのか。
 由岐耶には、それが怪訝に思えてならない。
 柚巴を守ると言った世凪。ならば何故、そのような危険なことになっているにもかかわらず、今の今までそれを知らせなかったのか。
 知らせた今といえど、それは由岐耶一人にである。
「信用できそうな奴を探していたんだよ」
 おもしろくなさそうにそう言うと、世凪はふんとそっぽを向いた。
 どうやら世凪は、彼には似合わないそんな言葉を言ったものだから、少し照れているらしい。
「わたしを、信用していると……?」
 由岐耶は世凪のその振る舞いを目の当たりにし、驚きを見せる。
 そして、少し困ったように苦笑いを浮かべた。
 由岐耶にも、何やら、柚巴が、もう世凪は大丈夫と言ったその理由(わけ) が、わかりかけてきたような気がする。
 恐らく柚巴は……世凪のこのようなところを、何度となく見てきたのだろう。
 そして世凪は、それほど嫌な奴ではなく、ただ素直になることができない、不器用な奴なのだと気づいたのだろう。
 由岐耶も次第に、この世凪という男が、そんなに憎らしく思えなくなってきたような気がする。
「ああ……。あの竜桐よりは、はるかに信用できる」
 世凪は、鼻で笑うようにそうはき捨てる。
 その世凪の言葉の意味が、由岐耶にはわからなかった。
「……?」
 たしかに由岐耶も、最近の竜桐はどこかおかしいとは思っていたが、そして対立もしたが、だけど、世凪がそう思うには、理由が、事例が足りなさすぎるのではないだろうか?
 竜桐を含め、これまで柚巴を守ってきた弦樋の使い魔たちをよく知らない世凪が、何故、そう言うのだろうか?
 何故、弦樋の、そして柚巴の信頼をいちばん得ている竜桐ではなく、由岐耶を……?
 まあ、最近では、その竜桐の信用も、柚巴と他の使い魔たちの間では、がた落ちだけれど。
「あいつはまだ、柚巴の力を疑っている。もちろん、柚巴はそのことに気づいている。お前は俺に柚巴に近づくなと言ったが、あれは怪しげな気を感じたから柚巴のそばにいただけだ。勘違いするな」
 苦虫を噛みつぶしたかのような表情でそれだけを言って、世凪は姿を消した。
 世凪はそう言うが、誰が見ても、世凪は柚巴に惹かれていることは明らかである。
 しかし、世凪が言ったことも、恐らく事実だろう。
 あかずの間の扉の封印が解かれた今、それも当然あり得ること。
 もしかしたら、柚巴を狙う者がいるかもしれない――
「……一体、世凪は何を考えているのだ!?」
 由岐耶は頭を抱え、どっと椅子にもたれかかった。
 そして、苦しそうに大きなため息をもらす。


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update:03/09/26