秘密の逢瀬
(3)

 放課後。
 柚巴と庚子と帰宅していた多紀は、まずは柚巴と別れ、そして庚子と別れて、自宅へと向かっている。
 いつも三人で下校するが、それぞれ家の位置が異なるので、まずはじめに柚巴が別れ、続いて庚子が多紀と別れる。
 別れるといっても、庚子と多紀はおさななじみなので、そんなに家がはなれているわけではない。
 表と裏、実は家はそのように隣り合わせになっている。
 しかし、表と裏なので、多紀は庚子とはなれ、ぐるりと遠まわりをして家へと帰っていかなければならなかった。
「そこにいるのだろう? 世凪」
 庚子と別れ、最初のまがり角で多紀はふいに足をとめた。
 そして、進行方向を向いたまま無表情でそう言った。
「やはりな……」
 傍から見れば、おかしな独り言をつぶやいているような多紀である。
 多紀からそう言葉が発せられると、すぐにおもしろくなさそうに世凪が姿を現した。
 ひらりと、多紀の前に舞い降りる。
「何故、俺がいるとわかった?」
 そして、怪訝そうに多紀をみらみつける。
「なんとなくね」
 にらまれても、やはり多紀であるから、そんなことくらいでひるんだりはしない。
 どこか不敵な笑みを浮かべ、ひょうひょうとした態度で世凪を見る。
「あ、そ」
 もうすでにわかっていることではあるけれど、多紀は期待通りの反応をしてくれない。
 世凪はつまらなそうにそれだけをはき捨てる。
「それで? 俺に話があるのだろう?」
 多紀は、そんな世凪にはかまわず、話を先へ進めようとする。
 当然、世凪なら、さらに不機嫌になるはずだけれど、どうも今回は様子が違う。
 真剣な眼差しで多紀を見て、ぎゅっと多紀の肩を握った。
「ああ。ちょっと場所をかえないか」
「わかった……」
 そんな世凪につられたのか、多紀も真剣な眼差しを世凪に向け返す。
 しかし多紀は、どこか悟りきったような顔つきをしていた。
 どうやら、これから世凪が話そうとしていることを、すでにわかっているような気さえする。
 どこか不思議な雰囲気をかもし出している。
 世凪も当然、そんないつもと違う多紀の様子に違和感を覚えていたが、それには触れず、多紀の腕をつかみ、すっと宙に舞い上がった。
 そして、間をおかず、ニ人の姿はすうっと空にとけ込んでいった。

「ここでいいだろう」
 ニ人の姿が宙に消えたかと思った次の瞬間、もうそこにニ人の姿があった。
 先ほどの場所から、約一キロはなれた山のふもと。
 そこの神社の境内の上空に、世凪と、世凪に腕をつかまれた多紀の姿があった。
 そして、ひゅるりと誰もいない神社の境内に舞い降りる。
 ニ人が舞い降りた時、境内に敷きつめられた大粒の砂利が、じゃりと小さな音を立てた。
 誰もいない境内では、それが妙に耳につく。
 しかし、ニ人はそんなことにはかまわず、その場に立ち、互いににらみ合うかのように見つめ合う。
「それで、話は?」
 多紀が、世凪の腕をがばっと振りほどき、そうたずねた。
「せっかちな奴だな」
 くすりと、そんな多紀を馬鹿にするように世凪が笑う。
「俺も暇じゃないから」
 しかし、やはり多紀も負けてはいない。
 さらっとそう言って、適当にあしらう。
 世凪はもの言いたげにじっと多紀を見つめたかと思うと、ため息をついた。
「お前、わかっているのだろう?」
「いきなりだな。……何を?」
 多紀はにやりと微笑み、まるで世凪を試すような視線を送る。
 世凪はその多紀の茶化すような態度に、険しい表情を向ける。
「とぼけるな。お前は俺をわかっていると言った。ならば、俺が今しようとしていることもわかっているだろう?」
 詰問するかのように、多紀をじっと見つめる。
 それで多紀も微笑をやめ、じっと世凪を見つめ返した。
「まあね。――俺には力がないから、柚巴ちゃんを守れるのはあんたたち使い魔……いや、あんただけかもしれないな?」
 そう言って、多紀は得意げに世凪を見る。
 するともちろん世凪は、そんな意外な多紀の言葉を気持ち悪いと感じ、小馬鹿にするような表情をのぞかせる。
 しかし、世凪はわかっていた。
 普段、おちゃらけているけれど、多紀は、使い魔たちの誰よりもこの状況を把握し、そして勘が優れているかもしれないと。
 まだ使い魔たちでさえ気づいていない事実に、もしや多紀は気づいているのでは……?と、世凪はそんなことさえ思いはじめていた。
 多紀は……この多紀という少年は、一体、何を知っているのだろうか?
 もしかすると、世凪ですら知らないことを知っているかもしれない。
 そして、もしかすると、多紀もまた、何か不思議な力を持っているのでは……?
 そう思えてならなかった。
 何しろ、世凪の気づいていることに、多紀も気づいているようであるから――
「へえ〜。そこまで、俺は信用されているのか?」
 世凪はふんと鼻で笑うと、試すように多紀を見る。
「まあね。あの時、気づいたのはあんただけだったから」
「お前も気づいていただろう?」
 世凪は、また険しい顔をする。
 あの時とはつまり、始業式の放課後、柚巴が蒼太郎につかまった時のことである。
 どうやら多紀は、あの時すでに、そこに世凪がいることに、そしてこっそりと柚巴の護衛にあたっていた使い魔に、気づいていたようである。
 また、蒼太郎を見守る雫蛇の視線にも……。
 雫蛇の視線には、使い魔たちでさえ気づいていなかっただろうに。
「気づいていても、俺がでるより、あんたが出た方がはやいだろう」
 多紀はそう言って世凪に背を向け、朱色がはがれ、木がむき出しになった、ぼろぼろの鳥居へ向かって歩いて行く。
 砂利を踏みつける音が、やはり耳につく。
「……多紀。お前は、一体、何者だ!?」
 鳥居にさしかかった多紀の背に向け、世凪が叫んだ。
 そう叫んだ世凪の表情は、今までにないほど真剣で、そして険しかった。
 まるで、多紀を疑って……いや、多紀の存在を疑っているように。
 ――多紀は……本当に人間……?
 世凪の顔は、そういっている。
「さあ? 自分でもわからない」
 多紀は立ち止まり、ゆっくりと世凪に振り返った。
 多紀の背には夕日が降り注ぎ、後ろの鳥居とともに、オレンジを通りこした、朱色の光に包まれている。
 今日の夕日は、不気味なほどに赤い。
「……まあ、今はそれはいい。とにかく、お前たちも気をつけろ」
 多紀は世凪のその言葉に答えることなく、また前を向き、ひらひらと右手を振り、鳥居から出て行った。
 赤い夕日に身を沈めていく。
 先ほど多紀がもらした、「自分でもわからない」という言葉は、一体……?
 何故、あえてそのように答えたのか……。
 多紀は、本当は自らが何者なのか知っているというのだろうか?
 多紀のその言葉は、自らで、まるで多紀が人間ではないように、そのように語っているように思えてならない。
 また、人間だとしても……柚巴の敵になるかもしれないと――
 多紀の曖昧な返事は、世凪におさえられない衝動と、とりとめのない不安を与える。
 多紀を……多紀を、信用してもよいのだろうか?


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update:03/09/29