迫り来る陰謀
(1)

「世凪!! 世凪、そこにいるのでしょう! 出てきなさい!」
 家に帰り、吹き抜けの玄関に入るなり、天井をにらみつけ、大声で世凪の名を呼んだ。
 すると、世凪が無表情で、すっと柚巴の前に姿を現す。
 柚巴の目線よりも少し上で、ふわふわと宙に浮いている。
「ちゃんと説明してちょうだい! あなた、何か知っているのでしょう。それにあの時、わたしのすぐそばにいたのに、どうして出て来なかったの!?」
 宙に浮かぶ世凪を、ぎろりとにらみつける。
 明らかに、世凪に不審を感じ、責め立てている。
 いや、それよりも、世凪の不可解な行動に、疑惑を抱いているようである。
 不審というよりかは、まだ全てを柚巴に伝えていない世凪に対して、ショックを受け、怒りを覚えているという感じである。
「そうまくしたてるなって……。まあ、どうして出なかったかというと、それは、そろそろ、柚巴にも危機感をもってほしかったからだ」
 世凪は人差し指で耳をおさえ、うるさそうに顔をゆがめる。
 柚巴のもとには降り立たず、相変わらず宙に浮き、柚巴を見下ろしている。
 そんな世凪の高飛車な態度に、柚巴はむかっときて、世凪をひきずりおろそうと手をのばした。
 しかしその瞬間、あっさりとかわされてしまった。
 世凪は柚巴の手をひょいとすり抜け、上に身を移す。
 柚巴の手は、世凪にとどかなくなってしまった。
 それで柚巴の表情は、さらに不機嫌になる。
「どういうことよ。わたしは知らなかったわ。あの佐倉蒼太郎が、御使威家の血をひいていたなんて! それに、封印って何!?」
 柚巴は悔しそうにのばした手を戻し、ぎゅっと握り締める。
 そして、世凪を責めるようににらみつける。
 どうして今まで、そんな重大なことを黙っていたのよ、どうして教えてくれなかったのよと、怒りというよりはむしろ、失望に近い感情を柚巴は抱いていた。
 世凪が柚巴さえ手に入ればそれでいいと言った時、そしてそれを柚巴がわかった時、たしかにニ人の心は通じ合った。
 もうニ人の間に、敵対心というものがなくなったと思った矢先、まだ世凪が隠し事をしていると知り、悔しかった。
 柚巴は世凪を受け入れたのに、世凪はまだ柚巴に全てを語っていない。
 隠し事をしていると思うと、悲しい。
 信じはじめていたのに、信じていたのに、それなのに……。
 たしかに世凪は、柚巴の身は完全に安全になったとは言っていない。
 むしろ、危険が残っていると言った。
 しかし、その危険が何かとは語っていない。
 全てを語ってはいなかったが、それはわかっていたはずなのに、何だかわからない悔しさと悲しさがこみ上げてくる。
 そして、それがふくらみ、怒りへと変わってしまう。
 柚巴自身にもわからない、おかしな感情。
「まあ! もうばれてしまったの。情けないわね、世凪」
 そう言って、華久夜が何もない景色の中から姿を現した。
「華久夜ちゃん!? ということは、あなたも知っていたの!?」
 華久夜の言葉に、柚巴は非難するように華久夜を見つめる。
 華久夜がいきなりそこへ姿を現したことなど、どうでもいい。
 柚巴にとっての問題は、その発言、事実なのである。
「わたしは、その佐倉なんとかという男が、御使威の血を引いているということまでは知らなかったわ。だってわたしも、それを今知って驚いているもの」
 華久夜はしらっと答える。
 腕を組み、ふんと鼻で笑うように、意味ありげな視線を柚巴に向ける。
 そんな華久夜の態度は、さらに柚巴の怒りをあおりたてる。
「じゃあ、それ以外のことは何か知っているのね? ねえ、何!? 何を知っているの!!」
 柚巴は華久夜の両肩をつかみ、険しい顔で見つめる。
 そして、息をのんだ。
 世凪は、華久夜は決して口をわらないものと信じているのか、相変わらずひょうひょうと宙を舞っている。
 華久夜は、そんな世凪にちらりと視線をやり、柚巴からも世凪からも視線をそらした。
 そして、はき捨てるようにつぶやく。
「……あかずの間の封印が、解かれたのよ」
「華久夜!!」
 何のためらいもなく、さらりと柚巴に真実を告げた華久夜に、世凪は一瞬、微かに気を乱した。
 その気の乱れは、柚巴にも伝わってきた。
 どうやら、世凪はかなり動揺したらしい。
 そしてそれ以上、華久夜に余計なことを口にさせてはなるまいと、慌てて柚巴と華久夜のもとに舞い降りる。
 そして、柚巴を華久夜から引きはなす。
 華久夜をぎろりとにらみつける。
 それ以上、余計なことを言ってみろ。ただちに、この場で、お前を始末してやると言わんばかりの迫力で。
 しかし、そんなにらみをきかせる世凪に、華久夜はまったくひるんではいない。
 むしろ、世凪に対抗するように、落ち着いた表情をのぞかせる。
 まだ幼い少女にしては、大人びた表情である。
 いや、それよりも何よりも、その落ち着きはらった冷たい視線は、畏怖の念すら感じさせる。
 華久夜は……たしかに限夢人なのだと、あらためて実感させられる。
 こんな恐ろしい表情ができる少女など、恐らく、人間には存在しないだろう。
「わたしは、そのために、こちらの世界にやって来たの。……柚巴、あなたを守るためにね」
 華久夜は、世凪を無視し柚巴を見つめる。
 柚巴は、そんな華久夜を見つめ返す。
 何かを考えるように、何かを言いたそうに、じっと見つめる。
「……ったく。余計なことを言いやがって。何故、もう少し黙っていられない?」
 世凪は、頭をぼりぼりとかき、投げやりに言い捨てた。
 世凪にしては、なんとも品のない振る舞いである。
 あの自分勝手でわがまま。それでいて誇り高く、俺様な世凪が、このような粗野な振る舞いをするとは……。
「別にいいじゃない。どうせ言わなければならなかったのだから……」
 そんな世凪をさらりとかわすように、華久夜が疲れたようなため息をもらす。
 ふうと、哀愁漂うため息だった。
 華久夜の年齢からは、とうていできそうもない、世間に疲れたようなため息。
 そして、確認するように、柚巴にちらりと視線を向ける。
「……あかずの間の封印が解かれたということは、もしかして……」
 華久夜の視線の先には、考え込む柚巴の姿があった。
 柚巴にしてみれば、今目の前で繰り広げられている世凪と華久夜の冷戦などどうでもいい。
 それよりも何よりも、今、華久夜の口から伝えられたその事実が、優先すべき事柄だった。
「ああ。また、誰かが番人をつくろうとしている」
 観念したのか、世凪は柚巴のつぶやきに相槌をうつ。
 しかし、まだ、どこか納得はしていないようである。
「それで、ニ人はわたしを守るために……?」
 柚巴は、相変わらず火花を散らす世凪と華久夜に視線を送る。
 すると、その視線に気づいた世凪と華久夜は、戦いをやめ、肩をすくめ、困ったように微笑んだ。
 やはりこのニ人は、柚巴にはかなわないらしい。
「でも、ちょっと待って。ではどうして、そこで佐倉蒼太郎が出てくるの……?」
「本当にわからないのか?」
 世凪が、首をかしげる柚巴を疑わしそうに見る。
 すでにわかっているはずだと、その目がいっている。
 柚巴は、世凪のその視線に気づき、じっと見つめ返す。
「……佐倉蒼太郎が、番人をつくろうとしているということ?」
「ご名答」
 世凪がため息をもらした。
 やはり、わかっているじゃないかと、複雑そうに柚巴を見つめる。
 その時だった。
「世凪。わたしに黙っていろと言っておいて、さっさと自分で話してしまってどうする」
 そう言いながら、屋敷の奥から、由岐耶が迷惑そうにやって来た。
 そして、じろりと世凪をにらみつける。
 にらまれても、それがどうしたとばかりに、世凪は見下すような視線を由岐耶に注ぐ。
「由岐耶さん! では、あなたも、このことを知っていたの……!?」
 やって来た由岐耶を、責めるような柚巴の視線がとらえる。
 普段の由岐耶なら、こんな視線を柚巴に向けられては、多少とも衝撃を受けひるむものだけれど、今回の由岐耶に限ってはそのような様子はまったくない。
 それがどうかしたのですか?と、逆に、柚巴に問いかけるような態度である。
「ええ。わたしは、数日前、限夢界に戻りましたでしょう? それが、そのためのものです。自分の目で確かめたくて」
 しかし、そう言って、すぐに柚巴に優しい視線を向ける。
 最後まで、柚巴に冷たい態度を貫き通すことはできなかった。
「それで、何かわかったの?」
「はい。わかりました、もちろん。そして、佐倉蒼太郎がそれに深く絡んでいるということも。まったく、手のこんだことをしてくれたものです」
 面倒くさそうに由岐耶は言い捨てた。
 本当にもう、うんざりといった様子で。
「手のこんだこと?」
 いつも真面目な由岐耶が、いつもとは違う反応を示したので、柚巴はわけがわからなくなってしまった。
 由岐耶にこんな態度をとらせる、手のこんだこと≠ニは、一体……?
「……あかずの間に、わざとかすかな気配を残していったのですよ。そして、その残った気配と、佐倉蒼太郎にまとわりついている気配が同じだったのです」
 ため息まじりに由岐耶が答える。
「……じゃあ、封印を解いたのは、佐倉蒼太郎の使い魔だね」
 由岐耶のその答えで、柚巴の中では全てがつながった。合点がいった。
 険しい表情で、由岐耶に確認の眼差しを向ける。
「使い魔? あの男は、使い魔を持っているのですか!? ……人間が、簡単に限夢界に行けるなんて不思議には思いましたが、そういうことだったのですか……」
 柚巴の予想に反し、由岐耶が驚きの表情を見せた。
 どうやら由岐耶は、まだその事実に気づいてはいなかったらしい。
「そういうことって?」
「我々は存じておりました。佐倉蒼太郎が、御使威家の血を引いていることを。ですから、常々、気をつけていました」
 そらすことなく、柚巴の目を見つめ、由岐耶は静かに語る。
「そう……」
 柚巴もまた、落ち着き、静かに言葉を返す。
「驚かれないのですね?」
「うん……。だって、なんとなく気づいていたから。普通の人間に、あそこまで、あなたたち使い魔が気をはらないだろうって……」
 少し困ったように、柚巴は由岐耶を見る。
 どうやら柚巴は、そんなことにも気づいていたらしい。
 由岐耶は、そんな柚巴を見て、少し悲しそうに微笑む。
 どうやら柚巴は、由岐耶が思う以上に、もう由岐耶たちの手におえない、由岐耶たちの力など必要ないほどに、成長してしまっていたらしい。
 切なくなる。
 この短期間で、柚巴は目に見えて変わってきている。
 それが、由岐耶の心に、ぽっかりと穴をあける。
 喜ばしいことのはずなのに、もう由岐耶は、由岐耶たちは、必要ないのだと実感させる柚巴の成長は、逆に、とりとめのない淋しさを与える。
「そうですか……」
 力なく、由岐耶はつぶやいた。
「あの、それで、このことは、他の人たちは……?」
 由岐耶のそんな淋しさを払拭するように、柚巴はじっと由岐耶を見つめる。
 由岐耶は気を取り直し、きっと表情をひきしめた。
 こんなことくらいで、くよくよしている暇など、余裕など、今の由岐耶たちにはない。
 そんなことをしている暇があれば、蒼太郎たちの行動に気を配り、柚巴に(るい)が及ばぬように気を払わねばならない。
 その思いが、由岐耶の気を取り直させる。
「このことを知っているのは、我々だけです」
「え……?」
 驚いたような表情を見せる柚巴に、由岐耶はまた、少し困ったように微笑みかける。
「世凪が言ったのですよ。他の者には話すなと……」
「世凪が……?」
 柚巴は、ゆっくりと世凪に視線を移す。
 そこでは、世凪がぶっきらぼうに、だけど少し照れたように、つんとした態度をとっていた。
 柚巴の視線に気づき、世凪もちらりと柚巴を盗み見る。
「姫さまに心配をかけたくないからと言った本人が、自らばらしていては意味がありませんけれどね」
 由岐耶はくすりと笑い、ひやかすように世凪に視線を送る。
 その視線に気づき、世凪は、明らかに不機嫌な雰囲気を漂わせる。
「俺ではない。華久夜だ」
 そう言って、ぷいとそっぽを向く。
 どうやら世凪は、由岐耶にひやかされ、まともにそれに反応してしまったらしい。
 世凪にしては珍しいことに、やけに素直な反応である。
「でも、どうして、佐倉蒼太郎は、番人をつくろうとしているのかしら? そこがわからないわ……」
 珍しくかわいい反応を示す世凪を、微笑ましそうにちらりと見た後、柚巴は困ったようにつぶやいた。
「それは、我々にも……」
 柚巴のつぶやきに、由岐耶が言葉を続ける。
「嘘だろう?」
 今の今まで、たしかにすねていた世凪が、鼻で笑うように由岐耶に視線を送った。
「嘘とは……!?」
 由岐耶は自分の発言を嘘よばわりされ、むっときた。
 世凪をにらむ。
 世凪はもうすっかり、いつもの腹立たしい、ひょうひょうとした態度に戻っていた。
「あの男が、御使威家の血を引いていることを知っていたというのならば、なぜその男が今御使威にいないのか、その理由を知っているはずだろう?」
 じろりと、責めるように由岐耶をにらみつける。
 世凪の言葉が発せられた瞬間、由岐耶は明らかな動揺の色を見せた。
「そ、それは……!!」
 悔しそうに唇をかみ締める。
「由岐耶さん……」
 その由岐耶に追いうちをかけるように、柚巴が由岐耶を見つめる。
 じっと、全て、知る限りのことを話すように、柚巴は由岐耶を見つめる。
 柚巴のその視線に、由岐耶はどうしても逆らうことができない。
「……わかりました。お話ししましょう。ですが、ひとまずは場所を移しましょう。他の者がやって来たようです」
 ふうっと大きなため息をつき、由岐耶は諦めたように言葉をつむいだ。
「ええ……」
 柚巴はそう相槌をうち、由岐耶の提案を受け入れる。
 どうやら、由岐耶の言葉通り、他の使い魔たちがこちらへ向かってきているようである。
 そんなことは、柚巴も世凪も、そして華久夜も、もちろん気づいていた。


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update:03/10/02