迫り来る陰謀
(2)

「ちょ、ちょっと! あんたたち……!!」
 御使威家の玄関ホールから、柚巴、世凪、由岐耶、華久夜の四人が姿を消す場面を目撃した紗霧羅が、急いで呼びとめる。
 しかし、間に合わなかった。
 紗霧羅がようやくそこへやって来た時にはもう、四人はどこかへ消え去った後だった。
 そして、四人の後を追おうにも、世凪の力によって行き先がまったくよめないように細工されていた。
 紗霧羅は悔しそうに、だんと玄関ホールの床を踏みつける。
「一体、あいつらは何を考えているのだ?」
 いつの間にか紗霧羅の後ろに立っていた莱牙が、怪訝そうに紗霧羅に話しかける。
「莱牙さま……」
 紗霧羅は振り向き、悲しそうに莱牙を見つめる。
 自分を置いて柚巴が消えてしまったことが、紗霧羅はとても悔しかった。
 何故、柚巴の使い魔である自分を頼らず、由岐耶や華久夜、ましてや、あんな得体の知れない世凪とともに消えてしまったのだろうか。
 何故、自分ではなく彼らと、何か大切なことを語り合い、自分には言ってくれないのか。
 そこが、悔しくてたまらない。
 そして、柚巴に頼りにしてもらえない自分に、憤りを感じる。
「由岐耶の奴、数日前から何かこそこそとしているとは思っていたが……。それに華久夜も加わっているとは、どういうことだ?」
 紗霧羅の向ける悲しそうな表情に気づかぬふりをして、莱牙は怪訝そうに紗霧羅に問いかける。
 今の紗霧羅には、莱牙の問いかけに答えるだけの余裕はない。
 だから、もちろん、紗霧羅の答えは決まっている。
「わかりません……。ですが、わたしたちが来るのに気づいて姿を消したということは、恐らく、わたしたちには知られたくないことなのでしょう……」
 紗霧羅は、自分の言った言葉であらためて傷つき、どっと肩を落とす。
「まったく、あの女は……! 俺たちは柚巴の使い魔なのだぞ!?」
 莱牙が悔しそうに爪を噛む。
 宙をにらみ、その怒りを必死におさえる。
 莱牙もまた、使い魔である自分ではなく、他の三人を連れて消えた柚巴にショックを受けている。
 さらに莱牙には、それとは別に、他の感情も関係しているのだけれど。
「だけど……信頼が強いのは、わたしたちよりは由岐耶の方ですね……」
 莱牙の憤りを察し、紗霧羅は困ったように苦笑する。
 その言葉は、まるで自分自身をも言い含めるようだった。
 納得させようとするものだった。
「そう気を落としなさんな」
 ショックを受け、傷ついたような莱牙と紗霧羅のもとに、幻撞がゆっくりとやって来た。
「翁!?」
 幻憧の言葉に、紗霧羅は必要以上に反応してしまった。
 懸命にその感情をおさえてはいるが、やはり動揺の色は隠せない。
「時が来れば、そして、我々の力が必要になれば、必ず声をかけてくるだろう。……それに、我々の主とは本来、自分でしたがる性質の持ち主だと、そう思わないか?」
 少し困ったように、幻憧は優しい微笑みを紗霧羅へ向ける。
「まったく……翁は……」
 まるで柚巴の性質を見抜き、そしてそれを甘んじて受け入れているような幻憧の態度や言葉に、紗霧羅は首を横に振り、あきらめたように、切なげな表情を浮かべる。
「しかし、幻撞。お前はたしか、竜桐と一緒になって、柚巴を監視していたのではないのか? そのお前が、柚巴を放っておくなどと……」
 莱牙は、ぎろりと幻憧をにらみつける。
 どうやら莱牙の中では、それがずっとひっかかっていたようである。
 莱牙にとっては、柚巴の敵は自分の敵だから。
「そうですね。ですが、今はわしも、あの娘を信じてみようと思っているのですよ。莱牙さま」
 幻撞は、たしなめるように莱牙に微笑みかける。
 まるで、すべてを見透かしているようでもあった。
 やはり、使い魔の中では最長というだけあり、どこかつかみどころのない、考えをよめない、不可解なふるまいをする。
 莱牙は、そんな幻憧の言葉を完全には信じることができない。
 しかし、どうやら紗霧羅は、あっさり信じてしまったらしい。
「ということは、目下の敵は、竜桐さまだけだね」
 紗霧羅は、困ったように眉をひそめる。
 すると幻憧は、おかしそうに笑った。
「はは……。竜桐は敵なのか!」
 そんな幻憧を、莱牙は険しい顔で見つめている。
 やはり、どうやっても、幻憧の言葉を、幻憧を、信じることができない。


 限夢宮。中庭。
 相変わらず、奇妙な花々にうめつくされた、けれど美しい庭。
 そこに柚巴たちはやって来た。
 そしてすぐに、王宮内神域にある神のドームへと飛んだ。
「神のドーム……。またここ?」
 柚巴は、目の前にある神のドームを見上げながら言った。
「ああ、ここなら簡単に結界をはれる」
 そう言って、世凪は入り口を開き、柚巴たちを中へと促す。
「……まったく、お前の力には限度がないのか? 会う度に力が強まっている」
 一瞬にして、神のドームを取りかこむように強力な結界をはった世凪を、目をすわらせ、呆れたように由岐耶は見る。
「俺は元来、そういう血の生まれなのでね。……といっても、俺はまあ、特別らしいが」
 呆れる由岐耶を嘲るかのように、くすりと世凪は笑う。
 もちろん由岐耶は、そんな世凪の言葉と態度にぴくりと眉を動かす。
「特別……?」
 柚巴は、不思議そうに世凪に聞いた。
 世凪の趣味の悪い黒いマントをつまみ、じっと世凪を見つめる。
「それはまた、おいおいね」
 世凪はにこりと微笑み、ぽんと柚巴の頭に手をおく。
 そして、柚巴の指先から、つままれたマントをするりと取り戻した。
 世凪のその反応に、柚巴はむすっと頬をふくらませ、責めるようににらみつける。
 世凪はもちろん、柚巴のその視線に気づいていたが、さらりとかわし、神のドームの天井に描かれた、女神・ファンタジアを見上げる。
 神のドームの中央に立ち、ファンタジアを見つめる世凪は、知らない男のように柚巴には見えてしまった。
 今、手をのばしつかまえないと、すぐに目の前から消え去ってしまう、そのように柚巴の目には映っている。
 どうして今、そのように感じたのか柚巴にはわからない。
 しかし、今の世凪を見ていると、そう感じずにはいられなかった。
 柚巴には手のとどかない、どこか遠くの存在に世凪が思えてならない。
 ファンタジアを見上げる世凪は、そんな雰囲気をまとっている。
「さて、それでは話してもらおうか? 由岐耶」
 そんな柚巴の不安を断ち切るかのように、世凪はファンタジアから由岐耶に視線を移し、険しい顔でにらみつける。
「……仕方あるまい」
 諦めたように由岐耶が言った。
 覚悟を決めてあの場をはなれたはずなのに、由岐耶の中ではまだ、迷いがあるらしい。
 しかし、もうここまで来てしまったので、そうも言っていられない。
 腹をくくらねばならない。
 由岐耶は、戸惑いの視線を柚巴に向ける。
 しかしすぐに、それは決意の眼差しに変わった。
「……もう、五十年も前の話になります。佐倉蒼太郎の祖父にあたる男が、御使威家にいました。しかし、その男は……禁を犯してしまったのです。それで、御使威家を追放されました。その後、佐倉家に養子に入り、子供がうまれ、その孫である蒼太郎がうまれたというわけです」
「待てよ。その禁って何だよ?」
 じとりと、世凪が由岐耶を見る。
 そんな曖昧な説明で納得できるわけがないだろうと、由岐耶を不審げに見ている。
「先を急ぎすぎだ。今から話す」
 由岐耶はさらっと世凪の言葉をかわし、見下すように言った。
「……」
 もちろん、世凪は一瞬、ぴりりと気を怒りに染めたが、すぐにぐっとこらえた。
 しかし、その握り締めたこぶしは、たしかに怒りで震えている。
 由岐耶は、そんな世凪を無視し、話をすすめる。
「禁とは……使い魔を人殺しに使ったことだ」
「え……!?」
 柚巴は驚き、取り乱す。
 けれど、世凪と華久夜は不思議そうな顔をしている。
 どうしてそんなことくらいで、柚巴はこんなに動揺しているのだろうと。
 しかしやはり、由岐耶は、柚巴以外はどうでもいいらしく、さらりと無視してしまう。
 動揺する柚巴に、真剣な眼差しを向ける。
「姫さまなら、ご存知ですね?」
「ええ……。使い魔にとっては、主人の命令は絶対。よって、使い魔の力を利用して、悪事を働く者が出ないように、御使威家にだけ伝わる三つの禁。そのうちの一つに殺人があるの。そして、その禁を犯した者は、使い魔を取り上げられ、追放される。……だけど、その禁を犯した者はいないと聞いていたのに……」
 柚巴は訳がわからないとばかりに、考えこんでしまった。
 押し黙り、床に描かれた最高神・シュテファンをじっと見つめる。
「それは、御使威家にとっては恥となるからでしょう。ですから、秘密裏に処理されたのです。そして恐らく、当時それを知る者の胸にだけとめおかれたのでしょう。しかし、当主であるマスターは、立場上、それを知っておかなければならなかった。だからご存知だったのです。そして、我々に、佐倉家の見張りも申し渡されていました」
 由岐耶のその重苦しい言葉に、柚巴はゆっくりと顔を上げる。
 そして、苦しそうにつぶやく。
「その身に流れる御使威の血は消せない。だから……」
「はい……。今まで黙っていて、申し訳ありませんでした」
 由岐耶もまた、苦しそうに柚巴を見る。
 由岐耶の謝罪に、柚巴は何かを振り払うかのように首を激しく横にふり、じっと由岐耶を見つめる。
「いいえ。それは仕方のないことだもの……。でも、人を殺すだなんて、一体誰を殺したというの?」
 由岐耶は一瞬、答えることをためらった。
 しかし、今さら隠しても意味はない。
 もう、ここまで言ってしまったのだから。
「……当時の当主です……。当主の座を狙ってと聞き及びました。まあ、殺したというには語弊がありますが……。結局、未遂に終わりましたので」
 由岐耶は困ったように柚巴を見つめる。
 柚巴は明らかに、由岐耶の答えに衝撃を受けている。
 顔は青みがかり、よろりと一歩後退した。
「けっ。結局、権力争い、お家騒動ってところか? どこの世界もすることは同じだな」
 世凪が汚らわしそうにはき捨てた。
 その表情は、苦々しくゆがんでいる。
 侮蔑の表情をしている。
「じゃあ、おじいさまのあの傷は……。そうだったんだ……」
 柚巴は、一人納得したようにつぶやいた。
 どうやら、柚巴には心当たりがあるらしい。
「それはわかったわ。でもそれだったら、納得のできないことが一つあるわ」
 すっと顔を上げ、また由岐耶を見つめる。
「納得のできないこと?」
 華久夜が不思議そうに柚巴を見る。
 佐倉家との因縁の根源がわかった今、一体、何がわからないというのだろうと、華久夜は首をかしげている。
「ええ。追放される時、使い魔との契約は強制的に解除させられ、使い魔を取り上げられたはずでしょう? それなのに、何故、佐倉蒼太郎は使い魔を持っているの? 佐倉蒼太郎一人では、限夢界へ行けないはずよ。同じ使い魔が、何代にも渡って仕えたという例がないわけではないけれど……。それにしたっておかしいじゃない?」
 柚巴のその言葉に、全員言葉を失った。
 由岐耶ですらそのことに気づいていなかったが、柚巴の言葉はたしかに的を射ている。
 使い魔との関係を完全に絶たれたはずなのに、どうして使い魔がいるのだろうか。
 そして人間は、使い魔の力をかりずして、限夢界へ行くことは不可能なはず。
 それこそ、世凪のような、逸脱した力を持っていなければ。


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update:03/10/05