迫り来る陰謀
(3)

 重苦しい空気のまま、神のドームから出てきた。
 すると、そこに蒼白な顔をした茅と嚇鳴が立っていた。
 柚巴たちは、茅と嚇鳴に驚いたような表情を見せたが、すぐに険しい表情に変わった。
「やはり、ここにいたか……」
 重苦しく、茅が言葉をしぼりだす。
「やはりとは……?」
 由岐耶は怪訝そうに茅を見つめる。
 由岐耶の横では華久夜が、そしてその後ろでは、柚巴と世凪も、同様に茅を見つめている。
 柚巴は不安を感じ、思わず、きゅっと世凪の袖を握っていた。
 世凪は柚巴のその手の上に、そっと自分の手を重ねる。
「お前たちの気配を感じたので急いで来てみたら、ここで気配が途切れていた上に、神のドームには強力な結界がはられていたからな」
 茅は大きくため息をはいた。
 そして、じっと四人を見まわす。
「ああ、そういうことか。それでどうした? 顔色が悪いぞ」
 由岐耶は少し緊張の糸がほぐれたのか、強張った表情をゆるめる。
 しかし、茅と嚇鳴の表情は、一向に変化を見せない。
 むしろ、さらに色を失っていく。
「……実は、お前たちに伝えなければならないことがあって、こちらにやって来るのを待っていたんだ」
「それで、伝えなければならないこととは?」
 茅の言葉は、由岐耶にはしっくりときていない。
 まったく言葉の意図するところが読めない。
 柚巴たちも同様だった。
 しかし、何かよからぬことが起こっている……それだけはなんとなくわかる。
「ああ……」
 茅は話そうか話すまいか、この期に及んで悩んでいる。
 そんな茅を急かすように、世凪は不機嫌に茅をにらみつける。
 多少、いらだちはじめてもいる。
「そこまで言ったのなら、さっさと話せ」
 普段なら世凪がこんな態度をとれば、茅も嚇鳴も黙っていないはずだが、今日は少し様子が違う。
 世凪に嫌味の応酬の一つもしようものだが、それすら忘れてしまっている。
 嚇鳴はおろおろとし、口を開こうとしない。
 すると、茅が顔をこわばらせ、意を決したようにつぶやいた。
「……王が、触れを出した」
「それがどうした?」
 そんな必死の茅の言葉に、世凪はさらりと言葉を返す。
「その触れの内容が大変なんだよ!」
 嚇鳴は世凪の横暴な態度に、とうとうかちんときてしまい、顔をゆがめて叫んだ。
 そして、ぎろりと世凪をにらみつける。
 しかし、嚇鳴のにらみなど、世凪にとっては赤子のにらみ同然。まったく動じてはいない。
 小馬鹿にしたような、高飛車な態度を貫く。
「大変……?」
 柚巴は、不思議そうに首をかしげる。
 先ほどから、何か大変なことが起こっているのだろうことはわかっていたが、いつまでたってもその核心に触れようとはしない。
 だから、不思議そうにしてはいるけれど、その核心へと促している。
 茅は、茅の目にはきょとんとしているように映る柚巴を、苦しそうに見つめた。
「ああ。王子の結婚が決まった」
「はあ!?」
 世凪は狐につままれたように驚く。
 ぽかんと口をあけ、なんとも情けない顔をしている。
 この話は、世凪にとっても驚かずにはいられないらしい。
「どうやら、王子が臣下に下りたいと王に申し出たことが、ことのはじまりらしい。王は何度も、何故臣下に下ることを望むのかと問いただしたそうだが、王子は何も言わない。そこで仕方なく、王子の側近中の側近を呼びつけて、むりやり理由を聞き出したそうだ」
 茅は、これまで聞き及んだことを説明しはじめる。
「それで、その側近は答えたのか?」
 険しい顔で、まるで責めるように、世凪は茅をにらみつける。
 茅には明らかに関係のないことであるのに、茅をにらみつけている。
 茅はそんな世凪を怪訝そうに見つめる。
 どうして世凪に、責められなければならないのかと。
 しかし、まともに世凪の相手をしたところで馬鹿をみるだけである。
 多少の怒りをおさえ、さらっと流すことにした。
「側近なりに頑張ったようだが、やはり王には逆らえなかったらしい」
「あいつ……」
 ぽつりと、憎らしげに世凪がつぶやいた。
「それで、その理由は何?」
 華久夜も、真剣な顔で茅につめ寄る。
 華久夜の場合、驚きもあったが、どうやら興味の方が先立っているようである。
 明らかに、王子の結婚話を楽しんでいる。
「その理由というのが、とんでもないことだったんだ。なんと王子は、人間の女に恋してしまったらしく、王族のままでは女と一緒にはなれないからと、自分が臣下に下ることを決意したらしい。そして、それを聞いた王は、王子を失うわけにはいかないと、ついに王子と人間の女との結婚を許したらしい」
 茅はそこで言葉を切った。
 そして、ちらりと、試すような視線を柚巴たちに向ける。
「何故、それで触れを出すはめになったのだ?」
 世凪は、まだ納得がいかないとばかりに茅につめ寄る。
 やはり、茅は何も悪くはないのに、ただ事実を伝えているだけなのに、どうも世凪に責められているような気がしてならない。
「そ、それがだな、王に臣下に下ることを申し出て、すぐに王子が姿を消したから、その王子にもわかるようにわざと触れを出して、大々的に知らせたらしいんだよ。だから今、城下ではその話題でもちきりだ」
 多少の動揺の色を見せつつ、茅はしっかりとこれまでのことを語る。
「それはわかった。だが、何故お前がそこまで詳しく知っている?」
 怪訝そうに、世凪は茅を見る。
 世凪の言うことには一理ある。
 たしかに、城下に触れを出したくらいで、どうしてそんなに詳しいことまで茅が知っているのだろう。
 そんな裏の事情など、当然、城下の者が知るはずはないのだから。
「……嚇鳴が、その話を王宮で聞いてきたからだよ」
 茅は、おもしろくなさそうに世凪をにらみつける。
「俺は、これでも一応、近衛の一員だからな……」
 茅の後ろで、嚇鳴がぶっきらぼうに答えた。
 そして、ちろりと世凪の反応を盗み見る。
 しかし、さすがといおうか、世凪は嚇鳴の言葉に反応を示してはいない。
 むしろ、世凪の目は、お前がか……?と、嚇鳴を馬鹿にするような光を放っている。
 せっかく答えてやったのに、世凪にそのような視線を向けられ、嚇鳴の顔はむすっとした表情へと変わっていく。
「そうか……。王の奴、王子を失うことよりも、王家に人間の血をまぜることを選んだというのか。相変わらず汚い野郎だな」
 はき捨てるように世凪が言った。
 その顔は、明らかに汚らわしいといっている。
 世凪は王族を嫌っている。
 それは、誰もが気づいていたこと。
 そして、かつて、世凪自らもそう言っていた。
 だから、世凪のこの反応も妙に納得できてしまう。
「待て。しかし、人間の女といってもいろいろいるだろう?」
 由岐耶は、そこにひっかかりを覚えたらしい。
 いや、それはひっかかりというよりも、最悪の事態に気づいてしまい、それを否定する言葉を望んでいるようだった。
「だけど、使い魔になっていない王子が見初めるといえば、限られているでしょう?」
 もちろん、由岐耶と同じ事態に気づいていた華久夜が、諦めたように由岐耶の望みを打ち砕く。
 与えられるであろう答えは、誰にも覆すことができない。
 由岐耶は、悔しそうに顔をゆがめる。
「まさか、茅。その人間の女とは……!?」
 そして、とうとう自らの首をしめるかのような、決定打を求める問いかけをする。
 茅は、そんな自虐的な由岐耶をじっと見つめ、大きくため息をついた。
「ああ……。その人間の女こそが……そこの姫さんだよ」
 そう言って、頭を抱えてしまった。
 一瞬にして、柚巴の顔から色が失われた。
 どうやら、誰もが容易に導き出していた答えに、柚巴だけがまだたどりついていなかったらしい。
 いや、たどりついてはいたが、それを認めたくはなかった。
 だから、最後の最後まで、希望を捨てなかった。
 しかし、とうとう答えを与えられてしまった。
「ま、またなの……?」
 ふらつく柚巴を、世凪が抱きとめる。
 そして、悔しそうに唇をかみ締める。
 世凪には、柚巴を王子の妃にするといって、限夢界へ連れ去ってきた前科がある。
 だけど、もう世凪はそんなことはどうでもいいと言って、それはその時点で終わったはず。
 しかし今、世凪の知らないところで、とんでもない方向へと話がすすんでいた。
 柚巴の心を手に入れた今、世凪には、そんなことはどうでもよく、必要なくなっていたのだから。
 むしろ、そんなことは消してしまいたかった。
 もう王子など利用しなくてもよくなった世凪には、柚巴の心を手に入れた世凪には、それはかえって邪魔になる。
 それなのに何故、こんなことになってしまったのか、世凪にも理解できていない。
「柚巴。お前は一時、世凪のことを探るため、俺たちと王宮を出入りしていただろう? どうやらその時に、たまたま王子の目にとまり、見初められたって近衛では言われているぜ?」
 困ったように嚇鳴が言った。
 柚巴は嚇鳴の言葉に答えることができず、ぎゅっと世凪の胸に自分の顔をおしあてる。
 世凪に、助けを求めるようにすがりつく。
「まったく、莱牙さまといい、そこの華久夜さまといい、つくづく姫さんは王族に好かれる質のようだな?」
 茅はもうどうしようもないとばかりに、そんなことを言って苦笑する。
 柚巴は、相変わらず世凪にすがりついたままである。
 世凪はそんな柚巴を抱きしめ、苦虫を噛みつぶすように表情をゆがめる。
 恐らく、世凪の心は、今、煮えくり返るほどの怒りを覚えているだろう。
 大切な、手に入れたくて入れたくて仕方のなかった柚巴を、ようやく手に入れられそうになった矢先、とんでもないところから横取りしようとしている奴が現れてしまったのだから。
 こればかりは、さすがの世凪にもどうにもならない。
「あのくされじじいめ。だから俺は王が嫌いなんだ」
 世凪は、汚らわしそうにそうはき捨てる。
「っておい、世凪。お前まさか、王のことを知っているのか!?」
 茅が驚いたように世凪を凝視する。
 茅だけではなく、嚇鳴も由岐耶も世凪を凝視している。
 もちろん、華久夜も例外ではない。
 けれど、柚巴はそんな余裕などないのだろう。
 もう何も考えられないとばかりに、ただ世凪に抱きついているだけ。
「嫌ってほどにな」
 世凪はふっと鼻で笑った。
 言葉通り、これ以上ないというほど嫌そうな表情を浮かべて。
「はやりお前は、王族に近しい者のようだな?」
 世凪の言葉に、由岐耶は確信めいて問いかける。
 すると、瞬時に世凪の表情が変わった。
 見下すように、由岐耶を見る。
「そうとってもらってもかまわない。だが、これだけは言っておく。俺は、決して王族の味方ではない」
「それはわかっている」
 案外すんなりと、由岐耶は世凪の言葉を受け入れた。
 そんな由岐耶の言葉に、世凪は驚いたような表情を見せる。
 そして、もうどうしようもないなと言いたげな表情を、世凪も由岐耶も浮かべ、顔を合わせ苦笑した。
 どうやら、この瞬間、世凪と由岐耶の間に、奇妙な信頼関係が生まれてしまったらしい。
 そしてこれは、互いに歩み寄った証拠だろう。
 世凪と由岐耶は、ただ一つの決意、目的を共有した。


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update:03/10/08