過ちは繰り返される
(1)

「やはり、庚子さんと多紀さんを連れ去ったのは、佐倉蒼太郎でした」
 そう言いながら、麻阿佐が、竜桐と弦樋、そして幻撞の前に、気を失ったままの庚子を抱いて現れた。
 そこは、柚巴の自室から場所移りし、御使威邸の居間だった。
 彼らはそこへ移動し、ソファに腰かけ、柚巴たちの帰りを待っていた。
 しかし、帰ってきたのは、待っていた柚巴ではなく、麻阿佐と、麻阿佐に抱かれた庚子だった。
 二人の姿を目にした瞬間、竜桐たちは座っていたソファから立ち上がった。
 そして、すいっと左右に分かれた。
 麻阿佐はそれを見て、場所を提供されたソファに、庚子をそっと寝かせる。
「それで、姫たちは? 多紀さんはどうした?」
 麻阿佐が庚子をおろしたことを確認すると、竜桐は厳しい眼差しで麻阿佐を見つめた。
 すると麻阿佐は、もの言いたげにじっと竜桐を見つめ、ゆっくりと答える。
「はい。それが……」
 ためらいがちに、そこで言葉をとめる。
 それが、竜桐には怪訝に思えてならなかった。
「どうかしたのか?」
 竜桐は顔をしかめる。
 弦樋と幻撞も、同様に険しい表情を浮かべている。
 彼らは、すでに気づいていた。
 ここに全員ではなく、麻阿佐と気を失った庚子だけが現れたその時から、よからぬ想像をめぐらしていた。
 いや、それは想像ではなく、確信だったかもしれない。
 それに気づいていたから、あえて麻阿佐に確認する必要があった。
 もしもの奇跡を願い、確認した。
「……多紀さんは、限夢界に連れ去られてしまいました!」
 麻阿佐が苦しそうに叫んだ。
 やはり、麻阿佐の口から出たものは、予想通りの言葉だった。
 いや、予想以上に、悲惨な状態に陥っている。
 よりにもよって、多紀が限夢界に連れ去られたなどとは、さすがに竜桐たちでもそこまでは考えが及んでいなかった。
「なんだと!? では、もう多紀さんは……!!」
 竜桐はくらりとよろけてしまった。
 麻阿佐の口から出た言葉が、あまりにもむごいものだったので。
 そして、それを目の当たりにした柚巴が、今どれほど苦しんでいるかも想像が容易である。
「……そして、姫さまたちは、限夢界に多紀さんをむかえに行きました。……罠とわかっていてです」
 麻阿佐は、愕然とする竜桐に淋しげな微笑を向け、静かに言った。
 麻阿佐にはとめることができなかった。
 いや、とめるつもりもなかった。
 柚巴が、多紀の死を確認した時、どれほどの衝撃と苦しみに襲われるかわかっていても、とめることができなかった。
 それもまた、柚巴に与えられた試練。
 この御使威家に生まれた者の定め――
「むかえに行ったって……お前は、お前たちは、姫にむごい光景を見せるつもりなのか!?」
 竜桐は、麻阿佐と同じ気持ちにはなれなかった。
 あくまで、柚巴を箱にしまいこみ、大切に大切に扱うことを貫き通すかまえである。
 そんな竜桐に、麻阿佐はやはり、反発せずにはいられない。
 どうして竜桐は、柚巴の気持ちを理解しようとしてくれないのかと、憤りを感じる。
「……仕方がないでしょう! 姫さまがそれをお望みなのですから。それに姫さまは、ひどくご自分をお責めでした。自分が多紀さんを殺してしまったのだと……。――だからせめて……少しでも、姫さまのお気持ちが軽くなればと……」
 悔しそうに爪を噛む。
 ぎりりと、思わず耳をふさぎたくなってしまうような気持ち悪い音がした。
「なんてことだ……」
 竜桐は頭を抱え込んでしまった。
 やはり竜桐は、柚巴にむごいであろうその光景を見せたくはない。
 体が弾け飛ぶ……。
 その後に残るものは、恐らく……飛び散った血と肉片、ばらばらになった骨くらいだろう……。
 そんなおぞましい光景を、よりにもよって柚巴に……!?
 多紀の死の宣告よりも、柚巴の受ける衝撃の方が竜桐に動揺を与える。
 竜桐とは、そういう男である。
「いちばん恐れていたことが、現実になりましたな」
 幻撞は、深いため息をもらし静かに言った。
 弦樋はちらりと幻撞を見て、相槌をうつ。
「まさか、本当に佐倉の息子が実行してしまうとはな……。しかも、御使威家の人間以外でとは……!」
 弦樋の言葉に、麻阿佐がぴくりと反応する。
「いえ、それが、佐倉は御使威の血を引く者以外を、限夢界へ連れて行ってはいけないことを知っていました。ですから、姫さまは……」
 そこではっとなり、言葉をとめた。
 こんなことをこんなところで話しているよりも、もっと大切なことを思い出したから。
「とにかく、竜桐さま、一緒に来てください。我々も限夢界へ向かいます。姫さまたちは、最後の決着をつけにいきました。佐倉の野望を打ち砕くため……。そして、それがかなわぬ時は……。――竜桐さま、行きましょう!」
 いまだ動揺する竜桐の手をぐいっと引く。
「しかし、わたしは……」
 竜桐は、抗おうとはしなかったけれど、しかしその気にもなれなかった。
 何しろ竜桐は、もう柚巴に嫌われてしまっていたから。
 見捨てられてしまっていたから。
 見限られてしまっていたから。
 今さらどの面をさげて、柚巴の前に現れろというのか。
 そんな、いつもの竜桐らしからぬ消極的な姿に、麻阿佐はいらだちを覚える。
 きっと竜桐をにらみつけ、怒鳴る。
「姫さまが、竜桐さまを連れてくるようにと、わたしを遣わされたのですよ? それでも行かないというのですか!?」
 ここで柚巴の名を出すのは、反則である。
 柚巴の名を出されて、竜桐の心がゆらがないはすがない。
「しかし、わたしがマスターのおそばをはなれるわけには……」
 結局、最終的には、竜桐の思考はそこにいきつく。
 自らの望みよりも、主を守る。そこへいきつく。
 それでこそ、使い魔である。
 しかし、やはり苦悩せずにはいられない。
 そうは言ってみたものの、後ろ髪は引かれてしまう。
 そんなものは、弦樋にはお見通しだった。
 そして、幻撞にも。
「竜桐、行っておいで」
 幻撞が竜桐に歩み寄り、静かに言った。
「おじいさま!?」
 目を見開き、かなり意外そうに幻撞を見つめる。
「この人の護衛は、わしがする」
「……!?」
 幻撞の口から、願ってもない言葉が飛び出し、竜桐は明らかに驚いている。
 それは、心のどこかで、幻撞に求めていた言葉かもしれない。
 そうなれば、竜桐は多少気後れはするものの、柚巴のもとへかけつけることができる。
 そんなことは、竜桐の祖父、幻撞にはお見通しである。
「使い魔にとって、主人の命令は絶対だ。わしの主人は、わしにこの人を守るように命じられたのだ。……いや、あれは、お願いされたのかな?」
 幻撞はくすくす笑いだした。
 とても愉快そうに、そして嬉しそうに。
 幻撞もまた、柚巴に頼られたことが、お願いされたことが、嬉しかったのだろう。
 何しろそれは、命令ではなく、お願い。
 それは、柚巴が使い魔を対等に扱っているという証拠。
 主であるはずの柚巴が、仕える使い魔に対して……。
 そんな柚巴にお願いされては、幻撞とて、その期待にこたえないわけにいかない。
「おじいさま……」
 竜桐は困ったように、だけど嬉しそうに微笑む。
 そして、弦樋を確認するようにちらりと見る。
 するとその視線に気づいた弦樋は、こくんとうなずいた。
 それで、竜桐の心は決まってしまった。
 もう迷うことはない。
「マスター! ……ありがとうございます。そして、申し訳ありません!」
 そう言うと、竜桐は逆に麻阿佐の腕をつかみ、そのまま消えていった。
 一瞬のできごとだった。
 よほど、心がはやっていたらしい。
「行っておいで。そして、その目で確かめてくるのだ」
 竜桐と麻阿佐の消えたそこを見つめ、真剣な面持ちで幻撞がつぶやいた。
 弦樋もまた、じっとそこを見つめていた。


 限夢界。
 限夢宮、神域。
 そこには、柚巴が、世凪によって、はじめてここ限夢界につれてこられた時にいた神のドーム。そして、嚇鳴と水のかけ合いをし、莱牙が柚巴を女神と見誤ったローレライの泉がある。
 神々をまつる神聖な場所がそこ、神域である。
 そこに、蒼太郎たちはいた。
 そこで、柚巴たちが追って来るのを待っていた。
 何故そこを選んだのかはわからない。
 しかし、そこだった。
 そこには、神々をまつるというだけのことはあり、冥界の神・ヘルネスもまつられている。
 だから、都合がいいと、蒼太郎なりの嫌味のつもりだったのかもしれない。
 冥界の神・ヘルネス。
 それは、死を司る神――
 多紀は、雫蛇の腕の中で静かに眠っている。ぴくりとも動かない。
 そう、もう終わってしまった。
 そして、蒼太郎たちを追ってきた柚巴たちが姿を現した。
 皆一様に、険しい顔をしている。
 世凪にいたっては、今にも蒼太郎と雫蛇を殺してしまいそうな勢いである。
 それを確認し、蒼太郎が馬鹿にしたようにくすくすと笑い出した。
「どうやら、あれは間違っていたようだね? まあ……たしかに死ぬことは死んだが、弾け飛びはしなかったようだ」
 にやりと、陰湿な眼差しを世凪に向ける。
 明らかにあてつけである。
 多紀を助けると言って助けられなかった世凪に対する、明らかな嫌がらせ。
「貴様……!」
 世凪が悔しそうに拳を握り締める。
 たしかに、ここで攻撃を加えることは簡単ではある。
 しかし、多紀が死んだ今、そうもいかない。
 いや、そうしてはならないのだと、世凪は心のどこかで思っていた。
 だから、すぐさま攻撃をしかけられなかった。
 多紀が死ななければならなかった訳を、世凪は明らかにする義務がある。
 柚巴は紗霧羅に支えられながら、今にも気を失いそうなのを必死でこらえている。
 紗霧羅の胸に顔を押しつけ、多紀の死を直視できないでいる。
 紗霧羅はそんな柚巴を、胸が締めつけられる思いで支えている。
「ほら、これはもう用済み。返してあげるよ」
 蒼太郎は、苦しむ柚巴や世凪を嘲笑うかのようにくすりと笑い、雫蛇に合図を送った。
 すると雫蛇は、多紀を世凪に向けて投げつけた。
 どしんと音を立て、世凪の胸に多紀がおさまる。
 世凪には、受け止めた多紀の体が、妙に小さく思えてしまった。
 つい先ほど、奇妙な友情を結んだばかりの多紀が、今、世凪のもとへ戻ってきた。
 残念なことに、変わり果てた姿で。
「どう? 重いだろう? 人間は、死ねば重くなるからね。ああ、そうそう。もうそろそろ、かたく冷たくなりかけてきているだろう?」
 不気味な笑みを蒼太郎がもらす。
 蒼太郎は、多紀の死を喜んでいるようにも見える。
 かつて多紀には、何度となく辛酸をなめさせられた。
 その報復を、今ようやくできたとばかりに満足げである。
 蒼太郎の姿は、悪魔そのもののようだった。


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update:03/11/01