過ちは繰り返される
(2)

「ひ、ひどい……」
 柚巴は紗霧羅を抱き、震えだす。
 それは悲しみも含まれているが、そんなものではなかった。
 死んでもなお、こんな無体な仕打ちを受ける多紀への苦しみ、そしてそんなことを平気でしてしまえる蒼太郎への怒りからだった。
 じわじわと、おさえきれない怒りがこみ上げてくる。
「なんて奴なんだ。あいつ、本当に人間なのか!?」
 紗霧羅は震える柚巴を抱きしめ、ぐっと唇をかみ、きっと蒼太郎をにらみつける。
 紗霧羅もまた、おさえきれない憤りを感じていた。
「人間……ではないだろうな……。――もういいだろう? 俺は容赦しないぜ。誰もとめるなよ」
 世凪は静かにそう言った。
 もう、誰も何も言おうとはしない。
 反対などできない。
 柚巴の苦しみも、世凪の怒りも理解できる。
 しかし――
 使い魔たちは、一体、何が正しいのかわからなくなりかけてきていた。
 世凪は多紀を茅にゆだねた。
 茅は多紀を受け取ると、ひざまずき、そこで多紀を抱くように抱えた。
 それが、今、茅にできる精一杯の多紀への思いやり。追悼。
「ぶっ殺してやる!!」
 世凪は、多紀を茅にゆだねると同時にそう叫んでいた。
 その瞬間、世凪の振り上げられた手から炎が飛び出し、それは蒼太郎めがけて飛んでいた。
 まずは、蒼太郎からである。
 こんなむごい仕打ちができてしまう蒼太郎からやらねば、気がおさまらない。
 果たして、蒼太郎には、赤い血が本当に流れているのだろうかと、世凪に、怒りと同時に苦しみを与えている。
 しかし、その炎の玉は蒼太郎にはあたらず、瞬時に蒼太郎の前に躍り出た雫蛇にあたっていた。
 体前面全てを使い、どうにか世凪の炎の玉を受け止めている。
 雫蛇にあたった炎の玉が、しゅるしゅるしゅると音を立て、そして煙を上げ消えていく。
 それを確認すると、がくっと膝をつき、その場に崩れ落ちてしまった。
 苦しそうに世凪を見上げる。
「ちっ……。使い魔では、致命傷になりはしない」
 はき捨てるように世凪が言った。
 それは、心からの言葉であろうと誰もが悟ってしまった。
 世凪のその顔が、今の世凪の気持ちを物語っている。
 世凪は本気である。
 本気で、蒼太郎と雫蛇を殺そうとしている。
 多紀を死にいたらしめた蒼太郎と雫蛇を。
 しかし、それを誰もとめることができない。
 彼らの心もまた、世凪と同じ思いを抱いているから。
「雫蛇……。お前、これくらいとめられないのか!」
 蒼太郎は、助けに入った雫蛇に礼を言うどころか反対にまくしたてた。
 見下すように、ひざまずく雫蛇を見下ろす。
「……ったく。とんでもねえ人間だな」
 さすがに、こんな蒼太郎の言動を見せられては、嚇鳴もそうもらさずにはいられなかった。
「……いや。もう、あの男は人間ではないだろう」
 顔をゆがめる嚇鳴の横で、冷たい視線を注ぎ、由岐耶がさらりと言ってのける。
 表面上はさらりとではあるが、由岐耶の胸の内はたしかに怒りで煮えたぎっている。
「……マスター。もう終わりにしましょう。わたしには、もうこれ以上はできません……」
 蔑みの眼差しを向ける蒼太郎に、憐れむような視線を向け、雫蛇がそう提案した。
「なんだと!? お前は命乞いをするつもりなのか!?」
 蒼太郎は、ひざまずく雫蛇の右肩をぐりぐりと踏みつける。
 もう、見ていられない。
 どうして蒼太郎は、簡単にこういうことができてしまえるのだろうか。
 使い魔といっても、彼らは人間の奴隷ではない。
 心を通わせ、そして互いに支え合っていくのが、人間と使い魔ではないのか?
 少なくとも、柚巴はそう考えている。
「そうではありません! 本当に、こんなことをしてまで、しなければならないことなのでしょうか!?」
 それが、今まで無表情に、ただ従順に蒼太郎の命に従ってきた雫蛇の本音のようである。
 今は、これまでのような死んだ目はしていない。
 訴えるように、蒼太郎を見上げている。
 雫蛇は、蒼太郎に逆らいたくても逆らえなかっただけなのだろう。
 しかしもう、雫蛇の心もいっぱいになってしまった。
 多紀を殺してしまった……。
 その罪悪感が、恐らく、雫蛇の胸をあふれさせてしまったのだろう。
 つき動かしたのだろう。
 もう、自らの意に反し、蒼太郎の命をきくことに、我慢できなくなってしまった。
「何を今さら……!」
 しかし、そんな雫蛇を哀れむのではなく、蒼太郎はさらにまくしたて、怒りをあらわにする。
 げしげしと、世凪の攻撃をまともにくらい、弱った雫蛇を蹴りつける。
 どうやら蒼太郎たちは、内輪もめをはじめてしまったらしい。
「お前は、どうやら、大事なことを忘れているようだな。お前は俺にさからえないはずだ! お前はもうすでに、主人を裏切った過去があるのだからな!!」
「マスター……!!」
 雫蛇は、それ以上は言わないでください。その事実を、つきつけないでくださいと訴えるように、蒼太郎を見つめる。
 しかし、そんな雫蛇の姿は、蒼太郎の陰湿な心に火をつける。
 くくっと笑い、さらに雫蛇を苦しめることに楽しみを見出してしまった。
 蒼太郎は、雫蛇を責め立てはじめる。
「お前のせいで、おじいさまは御使威家から追放されるはめになったのだ。お前があの時しとめてさえいれば、今頃おじいさまは……そして俺は、御使威家の当主だったのだ!!」
 蒼太郎が狂ったように叫び、雫蛇を蹴り倒す。
 どしんと音を立て、雫蛇は背から倒れこんでしまった。
 むくりと起き上がり、苦しそうにつぶやく。
「……しかし、わたしにはやはり、人を殺めるなど……」
「何を言っている? お前はすでに殺しているじゃないか? あの九条をな。何を今さら」
 くくくと、蒼太郎は愉快そうに笑う。
 蒼太郎のその姿を見て、雫蛇は失望したように、絶望したように、さまよっているような目をした。
 もう、この主人には、何を言っても通じないのだろうか――
 雫蛇は、これまで素直に蒼太郎の命に従ってきた自分を後悔しはじめていた。
 命に従うだけでなく、時には、この主人をいさめなければならなかったのでは……。
 しかし、そう思ったところで、もう遅い。
「そうか……。そういうことか。何故、追放された人間が使い魔を持っているのかわかった。お前は、主人の命令に従わなかった罪悪感から、そのために主人が苦労をしいられることになってしまった責任感から、解約後も限夢界には帰らず人間界にとどまり、ずっと仕えていたのだな。そして、そうしているうちに、今度はあらたにその男と契約を結んだ……というところか」
 由岐耶が、使い魔たちの中から歩み出てきて、雫蛇に言った。
 しかし、雫蛇は何も答えようとはしなかった。
 雫蛇の視線の先には、ただ彼を蔑み見下ろす蒼太郎の姿だけがある。
 こんなに(しいた)げられてもなお、雫蛇は蒼太郎に仕え続けるつもりなのだろう。
 何が、彼をそこまでつき動かすのか。
 もう、誰にもわからない。
 雫蛇の心を知るのは、雫蛇のみ――
「その通りだ。こいつのおかげで、おじいさまは地獄につき落とされたのだ!!」
 雫蛇のかわりに蒼太郎が叫び、雫蛇をにらみつける。
 憎しみと恨みのこもった眼差しである。
「それで、どうしてお前はこんなことをする? それとこれとは関係がないだろう」
 使い魔たちの目の前に突如姿を現し、竜桐が言った。
「竜桐さま!?」
 竜桐の姿を目にし、由岐耶が叫ぶ。
「すまん。遅れた」
 竜桐は振り返り、使い魔たちにそう言うと、また蒼太郎たちをにらみつける。
「関係がないだと……。関係がないわけがないだろう! 関係があるからやっているんだ!! これはおじいさまの悲願だったからな!!」
 蒼太郎は、狂ったように叫び散らす。
 そして、すっと落ち着きを取り戻し、憎らしげに語りはじめる。
「おじいさまは追放された後、ある事を知ったのだ。そう、ある事とは、あの扉のことだ。あの扉は、限夢界から人間界に来れるのと同時に、人間界からもまた、限夢界へ自由に行ける。だからそのためにも、おじいさまは番人をつくろうとした。……しかし、ただ番人をつくるだけではおもしろくない。そこで、お前たち、おじいさまを苦しめる原因となった御使威本家の人間を、人柱にすることにしたのだ!!」
 そう言って、蒼太郎は狂ったように笑いはじめる。
 限夢界の澄み渡った青空を見上げ、あはははと高らかに笑う。
 今は、いつもは清々しいと見上げるこの青空が、やけに憎らしい。
 この透けるような青は、まるで彼らを嘲笑っているかのよう。
 どうして、心とは裏腹に、空はこんなに青いのだろうか。
「どうだ? いい考えだろう!? 本家の人間を苦しめることこそが目的なのだ! しかし、おじいさまは悲願を達成できずに亡くなられてしまった。そこで、俺がおじいさまの遺志を継ぐことにしたのだ!! おじいさまは死ぬ間際に言われた。復讐をやり遂げられなかったことだけが無念でならないと……! だってそうだろう!? 本家の長男でありながら、おじいさまは当主にはなれなかったのだからな! 一族全員で反対しやがったんだ!!」
 そう叫んだ蒼太郎の目から、ぼろぼろと涙がこぼれはじめる。
「なるほど……。そういえば、そんなことがあったな。何代か前に、当主になるはずだった人間が、その内に秘める狂気故に、当主になれなかったという。一族の人間は皆、その狂気を秘めた男を当主とすることを恐れたと聞いたことがある」
 世凪が、蒼太郎の言葉に納得し、触発され、思い出したとばかりに語った。
 事実、世凪は、蒼太郎のこの告白を聞くまでは、そんなことはきれいに忘れていた。
「だからお前が必要なんだよ。御使威柚巴。もう番人などとは望まない。ただ……ただ、お前が死ねばそれでいい。もうそれだけでいい。それだけで十分復讐は果たされる! お前が死ねば、本家の血は絶えるからな!」
 そう叫び、蒼太郎が柚巴に飛びかかってきた。
「柚巴!!」
 紗霧羅は柚巴を抱いたまま、使い魔たちの後ろに瞬間移動し、柚巴をそこへ避難させた。
 それと同時に、世凪と竜桐が蒼太郎をつかまえた。
 腕を背にまわし、それをつかみ、地面に押しつけている。
 蒼太郎は、苦々しげにもがいている。
「放せ! 放さないか!! おい! 何をしている、雫蛇! 俺を助けろ。はやくしろ、雫蛇!!」
 地面に押さえつけられてもなお、しつこく抵抗し、雫蛇に助けを求める。
 しかし、雫蛇にはもう、彼らに抗う気力は残されていなかった。
「……申し訳ありません。マスター……」
 ふいっと顔をそむけ、苦しそうにつぶやいた。
 それと同時に、蒼太郎は抵抗をやめ、絶望したように地面とキスをかわす。
「おい。お前はとうとう、使い魔にまで見放されたか?」
 世凪はくすくすと笑い、蒼太郎の顔をのぞきこむ。
「だが、どうか頼む。マスターの命だけは救ってくれ! 罰が必要だというのならかまわない。しかし、命だけは……!!」
 そんな世凪に、雫蛇の言葉が投げかけられる。
 雫蛇は苦しそうに胸を押さえ、片手をつき、立ち上がろうとしていた。
 懇願するように、世凪を見つめている。
「雫蛇! 誰が命乞いをしろと言った。俺を侮辱する気か!?」
 しかし、雫蛇のそんな態度は、もちろん蒼太郎の怒りを誘うことになる。
 せっかくおとなしくなっていた蒼太郎が、またみにくく暴れ出す。
「おいおい。雫蛇さんよ。あんたのご主人さまは、こんなことを言っているぜ?」
 雫蛇の懇願に、世凪も多少は仏心を出しはじめていたというのに、蒼太郎の相変わらずのムカつく態度に、それはきれいさっぱり消えうせてしまった。
 呆れたように、蒼太郎を見下ろす。
「ということで、遠慮なく、多紀の仇をとらせてもらおうかな」
 そして、愉快そうにけらけらと笑い出す。
 一見、愉快そうにしているが、世凪の胸の内は、もちろん、その煮えくり返る怒りでいっぱいだった。
 もとより、蒼太郎を見逃してやる気などさらさらない。
 ようやく、多紀の仇が討てる。
「せ、世凪……!!」
 雫蛇は、最後の願いを込め、世凪を見つめた。
 しかし、世凪はあっさりとそれを蹴散らしてしまう。
「嫌だね。多紀は俺を信じると言った。俺に柚巴を頼むと言った。そして……俺は助けてやると約束しておきながら、助けることができなかった。ならば、せめて、こいつの命で償わせてやる!」
 そう叫んだかと思うと、その鮮やかな髪の色のように赤く、カっと目が鋭い光を放った。
 世凪のその目は、まるで魔物のように光り輝いている。
 不気味な色を発している。
 金色がかったスミレ色の瞳が、今は赤く光り輝いている。
 それは、世凪が抱く、怒りそのものをあらわしているように。
 もう、誰にも世凪をとめることはできない。


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update:03/11/04