過ちは繰り返される
(3)

「駄目! 世凪!!」
 柚巴が叫び、紗霧羅を振り払い、世凪に駆け寄る。
 あの紗霧羅をあっさりと振り払い、そして世凪へと駆ける柚巴を、使い魔たちは手も足も出せず見ていた。
 彼らの前を、まるで一陣の風が通り抜けるかのように、あっという間に柚巴は世凪へ駆け寄っていた。
 どしんという衝撃とともに、世凪は自分の背に抱きつく柚巴のぬくもりを感じた。
「殺しては駄目……。そんなことでは何も終わらない。また過ちが繰り返されるだけ……」
 世凪はそのいきなりの衝撃に驚き、思わずすっとその目から怒りの赤を消してしまった。
 いつものように、金色がかったスミレ色を発している。
 どうすればよいのかわからないと、背にしがみつく柚巴をもてあま す。
 先ほどまで、たしかに怒り狂っていた世凪であるはずが、柚巴のたったそれだけの行動で、もう冷静を取り戻していた。
 なんとも不思議な光景である。
 背に抱きつきながら、柚巴はすっと顔をあげ、世凪を見つめる。
「ありがとう、世凪。多紀くんを大切に考えてくれて。……それだけで、それだけでもう十分だから……」
 柚巴は、目からあふれ出るものを感じ、そのまままた、世凪の背に自分の顔を押しつけた。
 こんな情けない顔を、世凪に見られたくないと押しつける。
「柚巴……」
 その柚巴の姿は、完全に世凪の復讐心を拭い去ってしまった。
 世凪の胸には、多紀との約束が果たせなかったという後悔とむなしさだけが渦巻くばかりである。
 それが、支配するだけ。
 ふっと、世凪の腕から力が抜けた。
 そして、するりと柚巴の腕をはなし、振り返り、ぽんぽんと柚巴の頭をなでる。
 そんな世凪の行動は、さらに柚巴の涙を誘う。
 同様に、その光景を見ていた竜桐の腕からも力が抜けた。
 ふっと、竜桐の胸中も、とりとめのないむなしさに襲われてしまう。
 その場にいた使い魔たちは、それを痛々しく見つめることしかできなかった。
 今、この場に適切な言葉が思いつかない。
 体が動かない。
 どうすればよいのかわからない。
 それは、誰もが感じていることである。
 その時だった。
 竜桐の腕の力がゆるんだことをいいことに、一瞬の隙をつき、蒼太郎が押さえつける竜桐の手からするりとすり抜けた。
 そして、ざざっと、世凪と竜桐からはなれる。
「貴様……!!」
 慌てて世凪が蒼太郎に攻撃を加えようと手を振り上げるが、柚巴がいることに気づき、ためらったようにそこでその手をとめた。
 そのままのかたちで、悔しそうにぐっと拳を握り締める。
 柚巴の先ほどの言葉を思い出したから。
 また過ちが繰り返されるだけ。
 その言葉が、妙に世凪の胸を突きさす。
「お前たちは愚かだな。一時の感傷に流され、油断するとは!!」
 そんな世凪と、行動に移すことのできない使い魔たちを馬鹿にするように、蒼太郎はくくっと声を殺し笑う。
 そして、力なく地面にはいつくばる雫蛇に向かい、叫び散らす。
「行け、雫蛇!! もう一度だけチャンスをやろう!!」
 そう叫んだ蒼太郎の顔は、どこか自信に満ちていた。
 この期に及んで。
 雫蛇は、苦しそうに、そしてためらいがちにゆっくりと立ち上がり、最後の力を振りしぼり戦いの気をまとった。
 蒼太郎の口が、にやりと得意げに笑う。
「そこまでだ」
 気を高めていく雫蛇と、それに対抗しようと気をはりつかせた使い魔たちに、そんな言葉が投げかけられた。
 低くよく通る、重みのある声色だった。
 威厳を感じさせる。
 皆一様に、はっとなり、その声の方へ勢いよく振り返った。
 するとそこには、声の持ち主に値するだけの、威厳と圧力を放ち、どしっと地に足をつけた初老の男が立っていた。
 その男からは、畏怖の念すら感じる。
 その男の顔は、竜桐や由岐耶にとってよく見知ったものだった。
「王!!」
 男を目にした瞬間、思わず叫んでいた。
 他の者たちは、その言葉に驚いているようである。
 竜桐は近衛の大佐で、由岐耶は三銃士の一人にして近衛の少佐。
 彼らが王の顔を知っていても何の不思議もない。
 しかし、その他の面子では、莱牙と紗霧羅を除き、それはいささか難しい。
 驚き、たじろぐ使い魔たちには目もくれず、限夢界の王、限夢王は、ゆっくりと蒼太郎に歩み寄ってくる。
 そして、世凪のもとまでくると、その横ですっと足を止めた。
「人間。お前は少しやりすぎたようだ。……御使威家が、何故、使い魔に殺人を禁じたかわかっているのか?」
 威圧的に蒼太郎を見下ろす。
 その目は冷めたもので、何の優しさもなかった。
「……!!」
 蒼太郎は、王のその言葉にぐっと唇を噛んだかと思うと、もう怒りに我を見失い、いや狂気かもしれないが、とにかく我を見失い、敵うはずもない王に飛びかかろうとする。
 しかし、それをとっさに雫蛇が食い止める。
 蒼太郎を後ろから抱きしめ、蒼太郎の憤りを必死におさえようとしている。
 見ているこちらが、胸のつまる光景である。
 王に飛びかかった瞬間、蒼太郎がやられてしまうことなど、誰にでも容易に想像がつく。
 ただ、そこまで正気を失った蒼太郎の頭が、ついていけていないというだけ。
 王は、たかだか人間一人のそのような行動など、もとより、とるに足らぬものとばかりに、微動だにせずそこにたたずんでいる。
 蔑みのような色をはらみ、雫蛇の腕の中でもがく蒼太郎を見下ろしている。
「人を殺めることは、お前たち人間にとっても、我々限夢人にとっても、何も生み出さぬ。そこに生まれるものは憎しみや怒り、そして悲しみ、後悔だけだ。それをわかっているからこそ、御使威家では殺人が禁じられている。――のう? 御使威の正統な血を引く娘よ」
 王は、世凪に守られるようにそこにいた柚巴に、ちらりと視線を移した。
 すると柚巴は、王には目をやらず、まっすぐと蒼太郎の姿をとらえ、力強く言葉を紡ぐ。
 柚巴のその姿は、凛としていた。
 荒野に一輪で咲く、可憐な花。凛とした花。
 それが、今の柚巴のように見えた。
「……はい。命令されてしまった使い魔は、逆らうことができない。それ故、救いようのない地獄の苦しみに突き落とされてしまうでしょうから……」
 柚巴は、すっと目をつむった。
 何かを思うように、何かを考えるように。
 もう、これ以上の言葉は必要ないと。
 王もまた、柚巴の言葉に満足しているかのように、一瞬、ふっとした柔らかい表情をのぞかせた。
 そしてまた、険しい顔で蒼太郎を見下ろす。
「そういうことだ。お前の祖父が当主になれなかったのは、それ故だ。自らの愚かさを知るがいい!」
 そう言うと同時に、振り上げた右手の人差し指をぴんと弾いた。
 その瞬間、ぶわんと、青白い光が蒼太郎を包み込み、そしてすぐにその光は消えた。
「……!?」
 蒼太郎も雫蛇も、一体何が起こったのかわからず顔をゆがめる。
 たしかに今、青白い光が蒼太郎を包み込んだはずが、どこも変わった様子はない。


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update:03/11/07