逃れられぬ呪縛
(1)

 柚巴は立ち上がり、こう宣言していた。

 ――世凪を取り戻す!

 その瞬間、使い魔たち全員が引きとめにはしったことは言うまでもない。
 しかし、柚巴が言い出したらきかない性格なのももう知っていたし、何しろ彼らは、智神・タキーシャの言葉を守らなければならなかった。
 柚巴がしなければならないことをさせる。
 そして、守り慈しみ、自由に――
 そこで渋々、竜桐たちは、柚巴を王に引き合わせることにした。
 もちろん、王に会うといって、そう簡単に会えるわけがない。
 いろいろと裏から手をまわしたり、下準備というものが必要になる。
 しかしそれは、この使い魔の面子からいって、無理でないことも事実。
 竜桐、幻撞といった使い魔は、普段から簡単に王に目通りがかなっている。
 また莱牙も、傍流に追いやられているとはいえ、王族であることにかわりない。
 しかも莱牙の父親は、王弟ということもあり、王とて、莱牙を無下にすることはできない。
 その使い魔たち以外にももちろん、紗霧羅だって、由岐耶だってそれなりの地位にいて、望めばすぐに王に目通りがかなう。
 ようは、そんな限夢界でもトップに近い存在の使い魔たちがそろっていて、柚巴が王に会えないわけがないということである。


「ほ、本当に、王様と会えるのですか?」
 限夢宮の回廊で、柚巴は不安げに竜桐を見つめた。
 それまで、王宮の奥へ向かって歩いていたが、ふと足を止めた。
 そして、竜桐を見上げた。
 竜桐は柚巴の視線に気づき、ふっと複雑そうな表情を浮かべる。
 竜桐には、わかっていたから。
 これから柚巴を待ち受けているものを。
 王は、一筋縄でいくような方じゃない。
 竜桐は、柚巴にそう伝えたかったが、しかし言えなかった。
 言ってしまえば、柚巴の小さな勇気が押しつぶされてしまいそうだったから。
 そのために、竜桐はぐっと言葉をのんだ。
 そしてまた、柚巴を促し、王宮の奥へと足を進める。
 柚巴たちは今、王への謁見のため、王宮の奥にある、謁見の間へと歩いていた。
「……って、お前が会いたいと言ったのだろう?」
 そんな竜桐の心配をよそに、呆れたように莱牙がつぶやく。
 そして、ぐしゃりと柚巴の頭をおさえつけた。
 多少乱暴ではあるが、これはこれで、莱牙なりの励ましなのだろう。
 呆れつつも、柚巴を見る目は優しいから。
「うん……。でもまさか、本当に、しかもこんなに簡単に会えるだなんて思わなくて……」
 柚巴にも、莱牙の気持ちは十分伝わったようで、莱牙の手を振り払おうとはせず、素直に頭を押さえつけられたまま、目線だけを上に向けくすりと微笑む。
 柚巴の微笑みの先には、もちろん、少し照れたような莱牙の顔がある。
「……まあ、ほら。俺も一応は王族だし、それに……」
「華久夜さまも口ぞえしたものね」
 ぱしっと莱牙の手を払い、その勢いで、華久夜は柚巴の腕をぎゅっと握る。
 そして、嬉しそうに柚巴の腕に自分の顔を押しつける。
 くすくすくすと、幸せそうな華久夜の笑い声がもれる。
「華久夜ちゃん……」
 柚巴は、幸せをかみ締めるように華久夜に視線を落とした。
「ちょいちょい、お姫さん。わたしたちもいるのだよ」
 そう言って、華久夜の頭をちょいちょいと、紗霧羅がつついた。
「あら? いたの?」
 華久夜は、ちらっと紗霧羅に視線を向けたかと思うと、ふっと鼻で笑った。
 その瞬間、ぶちっと何かが切れたような音がその場に響き渡った。
「……殴りたい。すごく殴ってやりたい」
 拳をつくり、それをぎりぎりと握り締めていく紗霧羅。
 それを一生懸命、反対の手でおさえる紗霧羅。
 ぎりぎりの理性で、その怒りをこらえている。
 今、華久夜がとった行動に対して。
 柚巴の使い魔は紗霧羅であるのに、何かといっては柚巴にべたべたし、そしてさらには、紗霧羅を眼中に入れていないといった態度をとる華久夜に、こどものすることとはいえ、紗霧羅は怒りを覚えていた。
 恐らくそれは、同じ女であるということも、少なからず影響しているのだろう。
 これが他の使い魔ならば、こんなに腹立たしく感じたりはしないだろう。
 憤る紗霧羅に、冷たい視線を送る華久夜を見て、柚巴はもう、愛想笑いをするしかなかった。
「あはは……」
 目線を泳がせつつ、まとわりついている華久夜を連れて、王宮の奥へと歩いていく。
 柚巴は、今、嬉しさでいっぱいだった。
 不安はあるけれど、それよりも、この使い魔たちの優しさを感じ、嬉しかったから。
 柚巴は、まさかこんなにたくさんの使い魔たちが、柚巴に協力してくれようとは思ってもいなかった。
 何しろ、世凪という男は、もう柚巴をどうこうしようとはしなくなったけれど、さらには柚巴を守ろうとすらしていたけれど、それでもやはり、使い魔たちにとっては、気に食わない存在であることに変わりなかったから。
 柚巴のためであると同時に、これは世凪のためにもなる。
 そんな複雑な思いをかかえて、柚巴に協力してくれることが、柚巴はとても嬉しかった。


 限夢宮、謁見の間。
 ここで、柚巴はこれから王に会う。
 謁見の間の扉は、それは大きな岩がそびえ立っているかのような威圧感があった。
 赤い大きな扉に、金のとって。
 この扉の向こうから、重々しい空気が漂ってくる。
 さすがは、限夢宮の謁見の間。
 なかなか足を踏み入れることが許されない場所。
 ましてや、柚巴のような人間が入れるはずもないところ。
 柚巴は、予想以上に迫力のあるその扉で、すでにひるんでしまっている。
 ごくりと、つばをのむ。
「さてと。ここからは、あんた一人だよ。柚巴」
 そんな柚巴の背を、紗霧羅がぽんとたたいた。
 すると柚巴は、すっと紗霧羅に顔を向け、少しぎこちない微笑みをつくる。
「ありがとう、紗霧羅ちゃん」
「あいよ!」
 紗霧羅は、にかっと微笑む。
 柚巴の不安を察しているにもかかわらず、それに気づいていないようにあえて明るく振る舞ってみせる。
 その優しさが、また柚巴を勇気づける。
 大丈夫。
 こんなところで、怖気づいている場合ではない。
 柚巴には、王から世凪を取り戻すという、大切な仕事が待っているのだから。
 柚巴は、そう決意をあらたにし、きっと扉をにらみつけた。
 もうそこには、不安も恐怖も何もなく、ただまっすぐ前だけを見ている柚巴の姿があった。
 これから、この世界でいちばん偉くて恐ろしい人と戦いにいくのだから、柚巴にもそれなりの覚悟が要される。
 その重圧に、柚巴はたえなければならない。
 今の柚巴ならば、まっすぐと力強い眼差しで、ただ一つのことだけを目指す柚巴ならば、王を打ち負かすことも可能かもしれない。
 いや、是非ともそうしてもらいたいと、そこにいる使い魔たち、誰もに思わせる。
 柚巴には、そんな強い意志を感じさせるものがあるから。
 大きく重たい謁見の間の扉が、ぎぎぎ……と不気味な音を響かせ、竜桐と莱牙の手によって開かれた。
 ようやく柚巴一人が通れるだけの隙間ができると、柚巴は竜桐と莱牙に促されるまま、謁見の間へと一歩足を踏み入れた。
 そしてまた、柚巴の後ろで、不気味な音を立て扉は閉じられていく。
 扉が閉じられたことを確認すると、柚巴はこれから歩いていく先、王の待つ玉座へと視線を移した。
 すると、柱の陰から、すっと梓海道が姿を現した。
「え……? 梓海道? なぜここに……」
 柚巴は、いきなりの梓海道の出現に、一瞬たじろいでしまった。
 そして、訝しげにじっと梓海道を見つめる。
 また、何か柚巴の邪魔をしにきたのだろうかと、疑いの視線を向ける。
 すると、梓海道は柚巴のそんな視線をすっとかわし、冷めた眼差しを柚巴に向けた。
「……お忘れですか? わたしは、世凪さまの従僕です」
「あ……」
 柚巴は、小さく声をもらした。
 ころっと忘れていたが、たしかに梓海道は世凪の従僕だった。
 世凪がおとなしくなってからというもの、世凪が王に連れ去られて行くまで、梓海道の姿を見ることがなかったから忘れてしまっていた。
 世凪はよく柚巴のもとに現れていたけれど、そこには梓海道はいなかった。
 確認するように梓海道を見る。
「――じゃあ、世凪もここに?」
「いえ。世凪さまはこちらにはいらっしゃいません。わたしは王のいいつけにより、こちらであなたをお待ちしておりました。……世凪さまがとらわれの身では、言うことをきくしかありませんからね……」
 梓海道は悔しそうに言葉をしぼり出した。
 どうやら梓海道もまた、今のこの状況をよくは思っていないらしい。
 世凪の身の安全のために、渋々従っているというようである。
「王にとらわれているの!? 世凪は!」
 柚巴は蒼白な顔で、梓海道にしがみついた。
 連れ去られたのはわかっていたが、まさかあの世凪がとらわれているなど……。
 王をも凌ぐ力を持っているかもしれないと言われている世凪が、こうもあっさり……。
 ああ、だからだ。だから、王は世凪を求めていたのだ。
 自分の立場が危ういから、だから世凪をとらえ、その力を……。
 柚巴の頭の中では、瞬時にそう整理されてしまった。
「ええ……。まあ、とらわれているといっても、王宮内は自由に行動できますけれどね。ただ……勝手に動きまわると、またあなたと王子の結婚話をすすめると脅されています」
 梓海道は、横目でちろりと柚巴を見た。
 柚巴は愕然とした。
 世凪は、やはり、自らを犠牲にして、柚巴を守っていた。
 世凪は、自らの自由と引きかえに、柚巴を守った。
 柚巴が王子との結婚を嫌がったから、だから世凪は柚巴を守るために……。
 ならば、それならばなおさら、柚巴は世凪を救い出さなければならない。
 柚巴にとっては、誰かの犠牲の上に成り立つ自由など何の意味もない。
 むしろ、辛いだけ。
 世凪はやはり、何もわかっていない。
 守る者はそれで満足かもしれないが、守られた方はどんなに辛い思いを抱くか。
 それが愛しい者であるならば、なおさら、自分を犠牲にしてはいけない。
 愛しい者に、救われることのない苦しみを与えることになるのだから。
 世凪は、やはり自分勝手でわがままで、柚巴の気持ちなどちっともわかっていない。
 そして、柚巴は、あの夜の世凪の告白の意味を、ようやく理解した。
 世凪は、あの時から、こうすることを決めていたのだろう。
 だから、あのような言葉を残し、柚巴のもとを去っていった。
「……世凪……。そこまで……」
 柚巴は、悔しそうにぎゅっと両手を握り締めた。
 目には、涙がにじみはじめていたが、それをぐっとこらえる。
 ここで泣いても何もはじまらないことを、柚巴は承知していた。
 泣いている暇があれば、一刻も早く王に謁見し、そして世凪を自由にしてもらわなければならない。
 ――そう。たとえ、どんなことをしても。
「さあ、では参りましょう。王がお待ちですよ」
 怒りと苦しみに震える柚巴に、梓海道がすっと手を差し出した。
 柚巴は梓海道のその手をとり、きっと、先にある王の待つ玉座をにらみつける。
 玉座では、王がこちらを見下ろしていた。
 連れられ、王の前までやってくると、梓海道は柚巴の手をはなし、すっと横へ退き、そこで控えた。
 その瞬間、また柚巴を緊張と恐怖が包む。
 威圧的に注がれる王の眼差し。
 さすがは、限夢界の王。
 ものすごい迫力と威圧感である。
 柚巴など、そのひとにらみだけでつぶされてしまいそう。


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update:03/11/16