逃れられぬ呪縛
(2)

「娘、わたしに用とは何だ?」
 相変わらずのその眼光で、王は柚巴を見下ろした。
 しかし、柚巴もここで負けるわけにはいかない。
 いや。もう柚巴には、そんな気はさらさらなかった。
 たしかに緊張と恐怖が柚巴を包んでいるけれど、柚巴はそんなものは、もうすでに、あっさりと振り払っていた。
「まどろっこしい言い方はやめて、単刀直入に言います。世凪を……世凪を返してください!」
 柚巴は、なにものも恐れぬ眼差しで、きっと王をにらみつける。
 もう恐れるものも、迷うものもない。
 ただ、世凪を取り戻すのみ。
 自分勝手に、自らを犠牲にして柚巴を守ろうとする、そんな傲慢な世凪にもう一度会い、そして非難してやらなければならないから。
 柚巴の決意はかたく、ゆるぎない。
 そして、王に負ける気もしない。
 そのあふれ出る気迫に、怖気づかない。
 柚巴の瞳は、きっと王を見すえている。
「なかなか威勢の良い娘だな」
 冷たく威圧的な眼差しを、王は柚巴に向けたままである。
 柚巴の乱暴なもの言いにも、ぴくりとすら眉を動かすことはない。
 世凪を連れ去っていった時よりも、さらに恐ろしさを感じる。
「ありがとうございます。ですが、今はそのような言葉よりも世凪です」
 しかし、柚巴とて、そのような王にまったくひけをとってはいなかった。
 対等に渡り合っているようにも見える。
「何故だ? 何故お前は、それほどまでに世凪を欲しがる?」
「……それは……」
 柚巴は言葉につまった。答えられなかった。
 柚巴には、「何故?」という問いに答えられるだけの答えは用意されていない。
 ただ、世凪を取り戻したい、それだけの気持ちで柚巴は行動しているから。
 言葉ではなく、頭ではなく、感情が、気持ちが、そう、心が、世凪を求める。
 心が求めるものに、どうやって言葉をあてがい、答えることができるだろうか。
「もしや、罪悪感からではないだろうな? そのようなもので救われても、世凪も喜ばぬぞ?」
 答えようとしない柚巴に、鼻で笑うような王の言葉が注がれる。
 ここで黙っていては、王のいいように話を運ばれると判断した柚巴は、とにかく何か反論にでてみることにした。
 口で勝てなくても、それは仕方がない。
 恐らくこの限夢王は、柚巴が生まれるよりも、柚巴の父、弦樋が生まれるよりも、さらにずっとずっと前から生きているだろうから、だから口で勝つことなどもとから無理なのである。
 勝てなくても、それでも、せめて反論し、時間をかせぎ、そしてよい突破口を見つけることができるかもしれない。
 柚巴は、そんなあやふやなものに賭け、ここまできていた。
 だから、今さら、それをつきつけられたといって、ひるむ必要はない。
 最初からわかっていたことなのだから。
「そんなことはわかっています。だけど嫌なのです。わたしのせいで、世凪がこのようなめにあうなんて。――世凪の犠牲の上にある、わたしの自由なんて必要ありません!」
 柚巴は、きっと王をにらみつけた。
 まっすぐと研ぎ澄まされた、鋭い眼差しを王へ向ける。
「しかし、世凪はそれを望んだ。お前は、世凪の誠意を踏みにじるのか?」
 しかしやはり、王はどこか余裕を漂わせ、あっさりと柚巴の言葉を否定してしまう。
「違います……。それに、あなたには、そのようなことを言う権利はないと思います」
「何……!?」
 王の表情が、一瞬かわった。
 ぎろりと柚巴をにらみつける。
 さすがにこれはまずいと思ったのか、梓海道が横からわって入ってきた。
「ゆ、柚巴さま。王です。言葉にはお気をつけください」
 おたおたと、かなり動揺しているようである。
 このまま怒りをかっては、柚巴などひとたまりもないことを梓海道は知っている。
 柚巴の怖いもの知らずにも、ほどがあるというものである。
 しかし、そんなことくらいで、勢いがついてしまった柚巴をとめられるはずがなかった。
「だって、聞きましたから。あなたは、世凪を脅して拘束していると。そのようなこと許せません」
 王の眉がぴくりと動いた。
「だから、お前が自由にすると?」
 どすをきかせた、重圧感ある声色でそう言って、柚巴をにらむ。
「……そこまでは思っていません。ただ、世凪には自由になってもらいたいだけで……」
 柚巴はたしか、自らの手で世凪を解放すると決意していたはずである。
 しかし、実際に柚巴の口から出た言葉は、それを否定するようなものだった。
 これは、柚巴の考えである。
 ここで自分が王から世凪を奪還するなどと言い切っては、恐らく、王を怒らせてしまう。
 よって、一度ひいて、王の出方を見るつもりなのだろう。
「では、何故だ? 何故、世凪を欲する?」
「……」
 やはりまた、柚巴は答えられなかった。
 なぜ欲すると言われても、理由はないのだから答えられるはずがない。
 その理由は、柚巴自身も欲しているものである。
 心が欲してる……。
 そんなことで、王が納得しようはずもないので、柚巴は言葉につまる。
「また言葉につまったな。それでは話にならん。さっさと帰れ。世凪はわたしのものだ」
 言葉通り、話にもならんとばかりに、王は柚巴へ蔑むような視線を送る。
 柚巴は、悔しそうにぎゅっと拳を握った。
 王には見えないように、そっと背に隠して。
「……嫌です」
 きっと、鋭い眼差しが玉座に座る王の姿をとらえる。
 理由はないが、ここでひくことは絶対にできない。
 理由はないけれど、世凪を取り返したい。
 それが、今の柚巴をつき動かしている。
 まっすぐと王をにらみつけ、そらすことのない柚巴の眼差しに、王は半分呆れたように、はあっと重いため息をもらした。
「まったく、諦めの悪い娘だな」
「……あなたの弱みは、世凪だそうですね?」
 柚巴は、ふっと笑った。
 どこか余裕すら感じる笑みで。
「な……っ!?」
 やはり、王はまた動揺の色を見せる。
 言葉につまったかと思うと、次には王の痛いところをつく。
 これでは、気が強いだけの普通の少女か、それとも本当は聡い娘なのかはかりかねる。
 王は、次第に、この柚巴という少女がわからなくなっていた。
 か弱いところをのぞかせつつ、しかし決して諦めようと、屈しようとはしない。
 強い意志を柚巴から感じる。
 それが、さらに柚巴という少女をわからなくさせる。
「それが、どういう意味かはわかりません。だから、だからこそ、世凪に執着し、拘束している……。そう思われてもおかしくはありませんよね? 王!」
 柚巴はじっと王の目を見つめる。
 そらすことなく、詰問するかのように。
 王は、答えを求める柚巴に、どこか底知れぬ恐ろしさを感じてしまった。
 果たして、人間とは、ここまで強い生き物だっただろうかと、王は思いはじめていた。
 何故、そこまでできるのだろうか。
 一つ間違えば、この場で殺されても仕方がないにもかかわらず、柚巴は必死で王にくらいつき、挑発までしてくる。
 こんな人間、見たことがない。
 王は、そう思っていたに違いない。
「……なんて娘だ。わたしに向かって、こうもはっきりと、そして顔を見て意見したのは、お前がはじめてだ」
「それほど、真剣だとわかっていただければ幸いなのですが」
 柚巴は、ふっと笑みをのぞかせた。
 どこか不敵に、含みのある笑みだった。
 王は柚巴のその表情に、一瞬、ぐっと息をのんでしまった。
「……よかろう。それは認めてやろう。そして、本当のことを教えてやろう」
 王が、半分投げやり気味でため息をもらした。
 そして、じっと柚巴の姿をとらえる。
「世凪が、世凪自らがそれを望んでいるのだ」
「え……?」
 柚巴の表情が変わった。
 再び、険しい表情が柚巴を襲う。
「世凪は言っていた。お前には好いた男がいるのだろう? だから、王子との婚姻も泣くほど嫌がっていた。それを見かねた世凪が、お前を救うために考え出したわたしとの取り引きだ。世凪の思いを無にするな。そして、世凪を思うなら、世凪の思いに従ってやれ。お前はその男と幸せになるのだ。それが世凪の望みだ」
 柚巴には、好きな男がいる……。
 その言葉が、ずんと柚巴の心にのしかかる。
 好きな男……。
 果たしてそうなのかはわからない。
 そして、何故、世凪がそう言ったのかも……。
 ――そうではない。世凪はわかっている。わかっていて、あえてとらわれの身になったのだ。
 柚巴が好きな男、それはもう、一人しかいない。
 それを世凪は知っている。
 それにもかかわらず、こんな残酷なことをやってしまえる世凪が憎い。
 世凪はもう、柚巴の心を知っているはずなのだから。
 あの夜、二人の思いはたしかに通じ合っていた。
 だから世凪はそれに満足し、柚巴の前から消えた。
 だけど、それが柚巴にとってどれほど辛いか、世凪はわかっていない。
 どうして世凪は、それをわかってくれないのだろう。
 そこに、憤りを感じる。
 世凪に対する憎しみと悲しみとともに、柚巴はどこかふっきれた気分になってしまった。
 ああ、そうか。そうだったんだ……と――
「だけど、その好いた男が、とらわれて、わたしのそばにいないのでは、幸せになどなれないでしょう?」
 柚巴はまっすぐに王の目をとらえ、きっぱりと言い切った。
 王は、何の反応も示そうとはしない。
 ただ、難しい顔をして、柚巴を見ているだけだった。
「……」
「そう思いません? 王様」
 そんな王に追いうちをかけるように、柚巴はにこっと微笑む。
 その微笑は、今この場には似つかわしくないばかりに、余計に恐ろしいものをはらんでいるように感じる。
 柚巴は、一体、何を思い、考えているのだろうか。
 柚巴の言葉と微笑みに、王はうつむき、小刻みに肩をふるわせはじめた。
 その瞬間、梓海道はびくりと体を震わせ、瞬時に顔を青く染めていった。
 怒らせてしまった。とうとう、王を怒らせてしまったと、梓海道に絶望感が漂う。
 一方、柚巴にはまだそれがわかっていないようである。
 しかし、よくない方向に進んでいることだけはわかる。
 だから、様子をうかがうように王を見ている。
 肩を震わせる王を、怪訝な表情で見ている。
 そして次の瞬間、王は大声を上げて笑い出していた。
 柚巴も梓海道も、てっきり王の怒髪天をつき、どんな怒りの言葉が飛び出てくるかと身をかたくしていたけれど、実際に出てきたものは、馬鹿笑いともいえる王の笑いだった。
 柚巴と梓海道は、そのあまりにも想像しがたい光景を目の当たりにし、度肝を抜かしてしまった。
 梓海道などは、口を半開きにし、ぽかんと王を眺めている。
 そして、柚巴の表情は、いっそう厳しくなってしまった。
 この王の笑いは、何かよからぬことを思いついた笑いなのだろうと勘ぐっている。
 王はぽんと膝を打ち、柚巴ににやりと不気味な笑みを向けた。
「あはははっ。そうか、そういうことか! ……では、触れの撤回は出す必要がなくなったということだな」
「……触れ?」
 柚巴は顔をゆがめ、王を見る。
「王子とあなたの婚姻の触れですよ。柚巴さま」
 触れの意味がいまいち理解できず、首をかしげる柚巴にすり寄り、梓海道がそっと耳打ちした。
 もちろんその瞬間、柚巴の顔はさらにゆがんだ。
「ちょ……ちょっと待ってよ、それじゃ……!!」
「そうではないか? 世凪を解放するということは、すなわち、お前が王子と結婚するということになる。――それが条件だったからな?」
 にやっと、不敵な笑みを柚巴に下した。
 その瞬間、柚巴の怒りは頂点に達した。
 もう相手が王であろうと誰であろうとかまわない。
 ここまで陰湿なじじい相手に、敬意を払う必要も下手に出る必要もない。
 とにかく今は、この王子との結婚という危機から脱出しなければならない。
 問題が一つ片づいたと思ったら、また一つ問題が浮上してしまった。
 柚巴は、自分のつめのあまさ、不甲斐なさに悔しい気持ちでいっぱいになる。
「ひどい……!!」
 ぶるぶると体を震わせ、柚巴は王をにらみつける。
 普段の柚巴からは想像できないほど、それは険しいものだった。


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update:03/11/19