迷惑な出会い
(1)

「こら。つかまえたぞ」
 そう言って、幻撞が小悪魔、鬼栖をつまみ上げた。
 おそらく、そこが小悪魔の首根っこあたりになるのだろう。ぎょろんとした目のちょうど後ろあたりをつまみ上げている。
 幻撞につままれたその小悪魔は、ふわふわの真っ黒い毛むくじゃらの球体に、ひょろりと四本のもやしがはえた、ぎょろっとした大きな目を持つ小動物だった。
 どうやら、この鬼栖という名の小悪魔は、先ほど柚巴に襲いかかってきて、あっさりと世凪に撃退されてしまった、不細工な生き物のことらしい。
 そして、幻撞が鬼栖をつまみ上げたそこは、先ほどの回廊からさしてはなれていない、両側に扉が並ぶ薄暗い廊下だった。
「お師匠さまあ。ありがとうございますう」
 幻撞が鬼栖をつまみ上げると、ぐずぐずと泣きながら芽里が歩み寄ってきた。
「これくらいの小悪魔をつかまえられないとは、お前もまだまだだな」
 ふうとため息をもらし、幻撞が苦笑した。
 するとさらに、芽里は顔を不細工にくずし泣き出す。
「うるさい!」
 泣きじゃくる芽里の脳天に、がつんと虎紅の拳がお見舞いされた。
 その瞬間、芽里の目から火花が飛び散り、さらにボリュームを上げて泣き叫ぶ。
「ふえ〜んっ! 虎紅のいじわる〜! 鬼〜!!」
 そしてすぐに泣きやみ、うらめしそうにじとりと虎紅をにらみつけた。
「てめ……」
 ひくっと虎紅の頬がひきつったかと思うと、再びぎゅっと拳が握られる。
 それを見た芽里は、びくんと肩を震わせた。
 当然、その後は再び虎紅の拳が芽里へとお見舞いされるだろうと幻撞も芽里も思っていたが、拳はお見舞いされず、かわりにこんな言葉が降り注いだ。
「あれ? 師匠。こいつから、微かに人間の気配が感じられますが……? おかしいですね。人間界へは行っていないはずですのに……」
 いまだ幻撞の手でじたばたと無駄な抵抗を試みる鬼栖を、べしっとひっぱたく。
「ああ、これか? これはうちのご主人様の気配だよ。……まったく、こやつ、一人前にもう接触したのか」
 幻撞は、首根っこをつまんだまま、ぶ〜らぶ〜らと鬼栖をゆする。
 それがさらに大きくなり、今度はぐるんぐるんと円を描きはじめる。
 同時に、鬼栖の真ん丸な目の中にも、ぐるぐるうずまきが生まれた。
 振りまわされ、目をまわしたようである。
 まったく、口ほどにもない小悪魔である。
 幻撞は鬼栖を振りまわすことをやめ、とうとう厄介事に関わらなければならなくなったとばかりに、いかにもうんざりとしたため息をもらした。
「ご主人様……と申しますと、あの……?」
 幻撞の言葉に、虎紅がきゅっと眉を寄せる。
「ああ。それでは、参ろうかな」
 そんな虎紅をさらっとかわし、ぐるんぐるんと鬼栖を振りまわしながら、幻撞はすたすたと歩いていく。
「え?」
 いきなりの幻撞の行動に、虎紅も芽里も面食らったように幻撞を見つめた。
 すると幻撞はゆっくりと振り返り、にこりと微笑む。
「お前たちを、ご主人様に目通りさせてやろうと言っているのだよ」
 その言葉で、さらに虎紅と芽里は混乱に陥れられた。
 何しろ、虎紅と芽里のような身分で会える人物では、柚巴はすでになくなっていたのだから。
 柚巴は、今ではこの世界の王子の婚約者――
 そのように、この世界ではすでに位置づけられている。


 限夢宮。中庭に面したテラス。
 そこには、簡素だけれど、さりげなく宝石を埋め込んだ大理石のあしを持つ、二人がけの椅子が置かれている。
 これは、柚巴と世凪が心を通わせた翌日、世凪の命によってそこにおかれた。
 それからというもの、世凪は暇さえあれば柚巴をここへ連れてきて、一緒にその椅子に腰かけ、庭を眺めている。
 ふかふかのクッションに、ぽすっと身を沈めて。
 何をするでも、何を話すでもなく、ただ一緒にいるだけで満足、幸せと言わんばかりにその椅子に腰かけている。
 自分の肩に柚巴をよりかからせ、そこから柚巴のぬくもりを感じているようだった。
 そのような姿は、いまだ、王宮内に仕える者たちは目にしたことがない。
 これは、世凪……というよりかは、王子の命によって、柚巴がこちらの世界にきている時は、中庭に決して近づけないようにされているから。
 しかし、例外的に近づくことを許されている者たちが、ごくわずかではあるが存在する。
 それは……。
「……幻撞おじいちゃん?」
 そう。幻撞たち、使い魔たちである。
 幻撞がまだそこに姿を現す前から、柚巴はぽつりとつぶやいていた。
 同時に、世凪も、これまでの幸せそうな顔から一変し、むすっとふてくされたような表情を浮かべる。
 そこでようやく、柱の陰から幻撞が姿を現した。
「やはり、お嬢ちゃんにはすぐ気づかれてしまうね」
 くすくすと笑いながら、幻撞は柚巴の前に、こつんとステッキをついて立つ。
 柚巴は幻撞の顔を見上げ、にこっと微笑む。
「それで、お前は何をしに来た?」
 いかにも邪魔と言いたげに、はき捨てるように世凪が言う。
 もちろん、じとりと幻撞をにらみつけている。
「そう怖い顔をしなさんなって。まあ、せっかくのニ人きりの時間を邪魔して悪かったが」
 ステッキの先で、つんと世凪の足をこづく。
 もちろん、世凪はさらに機嫌を損ねていく。
 横にいる柚巴をぎゅっと抱き寄せ、「これを見て、わからないのか! お前は明らかに邪魔なんだよ」と言わんばかりに、幻撞に見せつける。
「そう思うなら、さっさと消えろ」
 そして、けっとはき捨てた。
「相変わらず、世凪は冷たいねえ」
 幻撞は涼しい顔でそう言うと、おかしそうにくすくすと笑い出した。
 同時に、世凪の眉がぴくりと動く。
 世凪は、もうそろそろ爆発寸前である。
 必死にその怒りをこらえてはいるが、その体からにじみ出るオーラは、この上なく不機嫌を漂わせている。
 そんな世凪を困ったように見て、柚巴は苦笑いを浮かべた。
「もう、世凪ったら。――ところで、幻撞おじいちゃん。何か用があるのでしょう?」
 世凪に抱き寄せられたそのままで、すっと幻撞に視線を移す。
「ああ。そうだった。そうだった」
 柚巴の問いかけに、ぽんと手を打ち、今思い出したかのようにつぶやく。
「ふん。ついにもうろくしたか? じじい」
 即座に、世凪の暴言が飛ぶ。
「世凪!」
 ぽこんとかわいらしい音を立て、世凪の頭が柚巴の握り拳によってこづかれた。
 その一瞬、世凪の表情がゆるんだことを幻撞は見逃さなかった。
 そして、苦笑いを浮かべる。
 世凪は、こんなちょっとしたことでも、たしなめるようなことでも、柚巴にかまってもらえるだけで嬉しいらしい。
 それが簡単に伝わってくるから、癪に障る男と同時に、かわいらしい男にも思えてしまうから不思議である。
「お前たち、こちらへおいで」
 幻撞は振り返り、先ほど自分が現れた方へ声をかけた。
 すると柱の陰から、すっと二人の人物が姿を現す。
 一人は、柚巴と同じ年頃の頼りなげな少女で、もう一人は、それよりも年上の真面目そうな青年だった。
 柚巴は、その二人を見て、きょとんと首をかしげる。
「……幻撞。まだ見習いの術師を、ニ人も連れてくるとはどういうことだ?」
 世凪は二人をちろっと見ると、ふんぞり返り、じろりと幻撞をにらみつけた。
 しかし幻撞は、相変わらずのにこにこ顔で世凪をなだめる。
「まあまあ、世凪。落ち着きなさい。今日はお嬢ちゃんに、あのニ人と会ってもらいたかっただけだから」
「わざわざ、今連れてくることはないだろう。後にしろ、後に」
 迷惑そうに、しっしと手で幻撞を追い払う。
 もちろん、世凪のその目はすわっている。
「わたしに……?」
 そんな世凪にはかまわず、柚巴はまた首をかしげ、幻撞に確認を入れる。
 しかし、幻撞が口を開くよりもはやく、世凪がまたちゃちゃを入れた。
「お前は馬鹿か? 柚巴を見習いと引き合わせるなどとは」
 それでもやはり、幻撞のにこにこ顔はくずれることはない。
 世凪ではないけれど、本当、憎らしいほどに、そのにこにこ顔は保たれたまま。


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update:04/01/08