迷惑な出会い
(2)

「そう言いましてもねえ、あのニ人はなかなかに……」
「御託はいい。もう会っただろう? だったら、とっとと消えろ!」
 幻撞の言葉に、世凪はそう語気を荒げ叫ぶと、だんと地面を踏みつけた。
 その瞬間、まだこちらに近づくことが許されていない芽里が、そこでぴゃっと小さな悲鳴を上げた。
 そんな芽里を、やはりどこか馬鹿にしたように虎紅が見下ろしている。
「世凪! だからもう、あなたは……」
 その言葉と同時に、世凪の頭は、ぺしゃりと柚巴の膝の上に押さえつけられていた。
 当然、そのような位置に自分の頭がきて、この世凪がただですむはずがない。
 むすっとふくれてはいるけれど、抵抗しようとはまったくしていない。
 むしろ、このままそれにまかせ、柚巴の膝を堪能するかまえである。
 幻撞はそんな世凪に気づき、半分あきれたようにじとりと世凪を見下ろした。
 それでも、柚巴はそれには気づいていないらしく、世凪を自分の膝に押さえつけたまま、幻撞との会話を続けようとする。
「それで、幻撞おじいちゃん? どうしてわたしに……?」
「それがねえ、実はこれなのだよ」
 幻撞は困ったように微笑んだ。
 そして、虎紅に合図を送る。
 すると虎紅は、自分の背後から先ほどの小悪魔をすっとまわして来て、そのまま柚巴たちのもとへ歩いてくる。
 その後を、芽里が慌てて追ってくる。
 鬼栖は何やらぎゃあぎゃあわめいているようであるが、そのわめきは音になっていなかった。
 口だけが、異様にはやく、大きく動いている。
 それを確認し、幻撞がぴっと人差し指を弾いた。
 その瞬間、鬼栖の恨み言が、怒涛のように押し寄せてくる。
「貴様! この俺様にこんなことをして、ただですむと……」
 と思いきや、すぐにぴたっとやんだ。
 柚巴の膝に頭を置いたそこから、世凪がすごい形相で鬼栖をにらみつけていたから。
「……な、なんでもございません……」
 そして、消え入りそうな声で、鬼栖はぽつりとつぶやいた。
「あっ。このこは、さっきの小悪魔ちゃんだね?」
 虎紅の持つ小悪魔の頬らしき、目の下をちょんちょんと柚巴がつつく。
 すると小悪魔は、その扱いにとても不服らしく、ぎょろんと大きな目をさらに見開き、再びぎゃんぎゃんわめきはじめる。
「おい、人間! 貴様ごときが俺様に……」
 と最後まで言い切らないうちに、そのよくうなる口は、今度は、名残惜しそうに柚巴の膝から起き上がった世凪の手によって、ぎゅむっとつかまれてしまった。
 口だけでなく、その真ん丸い体全部と言っても過言ではない。
 何しろ、体長がバスケットボールほどなのだから。
 そしてもちろん、次第に世凪の手に込める力は強くなっていく。
 真ん丸のその体が、いびつにゆがむ。
 鬼栖は、もう声を上げることすらできないようである。
「おい、幻撞。このまま、こいつを処分してもいいか?」
 そして、冷たい目で小悪魔をちろりと見ると、面倒くさそうに言った。
 柚巴は柚巴で、世凪の手にある、小悪魔のふわふわの丸い体をつんつんとつついて、ご満悦顔である。
 どうやら、柚巴にとっては、この小悪魔の体の感触は、とても気持ちがいいらしい。
 その薄汚い色は別として。
「ああ、そうだねえ。さして生かしておく必要もないからね」
 世凪の残酷な言葉に、幻撞も問題ないとばかりに、にこにこと微笑んだ。
 すると、一瞬にして、世凪の手の内にある鬼栖の顔が青ざめた。
 ――といっても、ふわふわの真っ黒い毛に覆われているので、実際に青ざめたかどうかはわからないけれど、そのような気配がしたのは間違いなかった。
「もう、ニ人とも! あまりからかってはかわいそうよ」
 そこで、柚巴はやれやれといったように、世凪の手から鬼栖を取り上げる。
 そして、自分の胸でぎゅっと抱きしめた。
 そのふわふわの毛を堪能するかのように。
 その様子を見て、世凪はむすっとして、椅子にふんぞり返った。
 もちろん、この上なくおもしろくないから。
「こんなに小さいこを、いじめちゃかわいそうよ」
 左腕で鬼栖を抱きながら、右手で鬼栖の頭らしいところをうりうりとなでる。
 その度に、鬼栖の目は不服とばかりにすわっていく。
 しかし、不思議なことに、もうぎゃんぎゃんうなることはしなくなっていた。
「……おい、柚巴。それは小悪魔だぞ? 小悪魔は人間が好物なのだぞ?」
 そんな柚巴の様子を見て、世凪はとうとう疲れたように呆れ顔で言った。
「好物?」
 柚巴はその言葉がいまいち理解できず、きょとんと首をかしげる。
 そして、すぐに思い当たったところがあるらしく、納得したように世凪を見つめた。
「……じゃあ、このこは、さっき、わたしを食べようと……?」
「ああ。まあ、俺が助けなくても、こんな奴、お前一人でどうにかできただろうがな」
 そう言いながら、柚巴の胸におとなしくおさまっている鬼栖に、世凪が手をのばしてきた。
「だから、いじめちゃダメだって!」
 さっと体をよじらせ、世凪に背を向け、柚巴は鬼栖をかばうように抱え込んだ。
 その時だった。
「あっ……! 危ない!!」
 その叫びと同時に、鬼栖は柚巴の腕の中から、芽里の手の中へと瞬間移動していた。
 ぐいっと柚巴の腕から奪い取ったのである。
 芽里のいきなりのその行動に、柚巴はまた訳がわからないと、きょとんと首をかしげた。
「え……?」
「大丈夫でしたか!? 今、こいつがあなたの指をかじろうとしていたのですよ!」
 片腕で鬼栖を抱え込み、もう一方の手で柚巴の手をとると、まじまじとその指の存在を確認する。
 どうやら、鬼栖がおとなしく柚巴の腕におさまっていたのは、虎視眈々とそのチャンスをうかがっていたかららしい。
 まったく、抜け目のない小物である。
「え……? うん、大丈夫だけれど……」
 一、二、三、四、五……九、十。
 両手で十本の指を確認すると、芽里はほっと胸をなでおろした。
「よかったあ〜……」
 そして、両腕で、鬼栖をおさえつけるようにぎゅむっと抱く。
「それでは、お師匠さま。芽里はこれで。今度は逃げられないように、しっかりと封印します」
 芽里らしからぬきりりとした表情をつくり、ぺこんと頭を下げると、そそくさとその場を去っていこうとする。
 しかし、次の瞬間、襟首をさっと幻撞につかまれ、いつかの鬼栖のように、ばたばたと両足を動かしていた。
「こら、待ちなさい。芽里。お前は、このまま行ってしまうのか?」
「え? お師匠さま……?」
 幻撞のその言葉に、芽里は首をぐるりとまわし、きょとんと幻撞を見上げる。
「芽里。お前は、師匠のご主人に、挨拶もせずに行ってしまうのか?」
 虎紅がふうとため息をもらし、呆れたように芽里を見下ろす。
「あ……!」
 ぼんと、芽里の頭から湯気が噴き出した。
 そんな芽里を、ちょこんと下に下ろすと、幻撞はにこにこ微笑みながら、柚巴に話しかけてくる。
「実はね、お嬢ちゃん。そこの小悪魔を逃がしたのが、この芽里でね……」
「逃がした? それじゃあ、そのこは逃げてきたの?」
 柚巴は、ぎょっと目を見開き、芽里とその腕の中にいる鬼栖をまじまじと見つめる。
「ああ。間違って人間界へ行かれでもしたら、大事だからね」
「……そっか」
 柚巴は幻撞の言葉に、ふ〜んと、納得したようで納得していないという気のない返事をした。
 間違って人間界へ行かれでもしたら、そこでこの小悪魔は人間を食べたい放題食べるだろうということを幻撞は言っているのだが、どうやら柚巴の考えは、そこまでは及んでいないらしい。理解していないらしい。
 どうして人間界へ行くと大事なのだろう?と、とりとめなく思っていた。
 どこからどうみても、この不細工だけど何故だか愛嬌のある小さなふわふわの物体が、何か悪さをするようには見えないのだけれど……。
 そして、たとえ悪さをしたとしても、そうたいしたことにはならないのではないだろうか……?
 見るからに、小物なのだから。
 そのように思ったので、柚巴はそんな気のない返事だった。


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update:04/01/10