さまよう思い
(1)

 世凪は、どうして、自分が王子であるのに、王子との結婚を阻止しようとしたのか。
 それは、いまだ解消されず、使い魔たちの胸に宿る疑問。
 しかし、それを世凪に聞くことはできない。
 聞いたが最後、当然、世凪の馬鹿にした眼差しと言葉が返ってくる。
 そして、それだけ嫌な気分になっても、決してその答えは得られないだろう。
 誰もがそれを知っていたので、誰も聞こうとしなかった。
 ただ、胸にもやもやと晴れない気持ちだけを抱きながら。
 しかし、柚巴はその理由に、うすうす感づいていた。
 だけど、そんな素振りはみじんも見せず、平静を装っていた。
 くすくすとこみ上げてくる笑いをこらえながら。

 世凪が、王子との結婚を阻止したその理由。
 それは、柚巴が世凪という一個人を選び、王子という特別な存在を退けたから。
 名誉でも名声でもなく、ましてや王妃という身分でもなく、限夢界の暴れん坊の問題児、世凪という男を選んだ。
 王子としての自分ではなく、個人としての自分を選んでくれた。
 それが何よりも嬉しくて、大切だった。
 世凪は、その事実だけで十分だった。満足だった。
 また、世凪は、柚巴を手にいれるそこまではよいが、堅苦しいだけの王家に柚巴を入れることを悩んでいた。
 そんな窮屈な生活を柚巴にさせるくらいなら、いっそ……。
 いつか王子の身分を捨て、王宮を捨て、柚巴をさらって、どこか遠くへ逃げようと思っていた。
 そしてそこで、柚巴と二人、末永く幸せに暮らしていこうと。
 柚巴さえ手に入ればいい世凪にとっては、王子の身分も王宮も、まったく無意味なものである。何の価値もない。邪魔なだけ。
 ただ……それはすなわち、かけおちということになるから、もちろん、柚巴さえそれを望めば……の話であったのだけれど――

 世凪とは、実はそんなロマンチックなことを考えてしまう、かわいらしい夢見る王子だったのである。
 だから、それに気づいた柚巴は、必死でおかしいのをこらえていた。
 そう、そのおかしさは、半分以上は、嬉しさからきているものであったのだけれど――


「うぎゃあ〜っ!!」
 限夢宮の一角。
 封印部屋から、そんな雄たけびが上がった。
 それは、王宮全部を包み込んでしまうかもしれないほどの、耳をつんざく叫びだった。
「またか……」
 その雄たけびを聞き、封印部屋の横、呪術部屋の自分の机に座っていた虎紅がうなだれる。
 虎紅には、どうやら、うんざりというほど、その雄たけびの主と理由(わけ)がわかってしまっているらしい。

 虎紅は呪術部屋を出て、隣室の封印部屋に入るやいなや、床に座り込みぐずぐずと泣きじゃくる芽里を見つけた。
 当然、頭を抱え、めまいを覚えつつ、聞きたくはないが仕方がないとばかりに、面倒くさそうにその理由(わけ)を芽里に聞いてみる。
 もう理由は嫌ってほどにわかっているが、一応は律儀にも聞く。
「芽里。今度は一体、何をしでかした?」
「虎紅〜……」
 虎紅の問いかけに、わらにもすがるとばかりに、がばっと顔を上げ、くしゃくしゃのその顔で虎紅を見つめる。
 ぼろぼろと涙を流す、おぼろげな視界で。
「……それで、どうした?」
 さらに仕方がないと、はあとため息まじりにまた一応は聞いてみた。
 返ってくる答えはわかりきっているが、芽里に確認するのもまた、虎紅の仕事であると、虎紅は承知してしまっているから仕方がない。
 まったく、同じ者を師とあおぎ、同じ時期からその下についているにもかかわらず、どうしてこんなに差がでてしまうのだ?と、虎紅は、自分の相棒の無能さにそろそろ嫌気がさしはじめていた。
 もう、お守はごめんだ!と、その顔がいっている。
 しかし、その相棒にしてみれば、虎紅こそが、暗闇にさした一条の光のように見えていた。
 ただし、何かどじをやらかした時限定で。
 その他は、ただただ口うるさく、うっとうしいだけの存在。
「あのね、あのね……。また鬼栖に逃げられちゃったの〜」
 ぶわあっと涙を噴き出し、虎紅にすがりつく。
 すがりつかれた虎紅はというと、頭を抱え、よろりとよろけ、とんと壁に背をつけた。
 薄黒く汚れた、ふぞろいな石の壁へと。
 もう、たとえようがないほど、うんざりしている。
 そして、その体勢のまま、ぎろりとすがりつく芽里をにらみつける。
 思い切り、憎しみすらこめていたかもしれない。
 いつもいつも芽里の尻拭いばかりさせられて、全てに嫌気がさしていたかもしれない。
 いや、それよりも何よりも、今この場で、芽里を()ってしまいたい衝動にかられていたかもしれない。
 うなだれると同時に、密かに握り締められていたその拳が、暗にそういっている。
 まったくもって、この兄弟弟子ときたら……。
「わかっているのか? お前は。あの鬼栖は柚巴殿を狙っているのだぞ!? だからこそ、封印を強化するように師匠に言われていたではないか! それをまた、どうして逃がしてしまうんだ!!」
「だって〜……」
 虎紅に説明口調で非難され、芽里はぷうと頬をふくらませる。
 どうやら、すがっても無駄だとわかったらしく、今度はすねてみせることにしたらしい。
 そういう問題ではないというのに。
 もちろん、そんなことに誤魔化される虎紅ではなかった。
「だってではない! さっさと鬼栖を探しに行け!!」
 すがりつく芽里を乱暴にべりっと引きはなし、びしっと言い放つ。
 すると芽里は、甘えるような視線をちろりと虎紅に向けてきた。
「……虎紅も一緒に来てくれる?」
「一人で行け!!」
 当然、すかさず却下される。
「いじわる!」
 虎紅のつれない態度に、芽里は再びぶすうっとふくれっ面をし、ぎろりと虎紅をにらみつけた。
「わかったよ。行くよ、行けばいいのでしょう。ふんっ、虎紅の鬼」
 ちぇっと舌打ちをし、やさぐれ気味にすごすごと封印部屋を出て行く。
 当然、その間にも、虎紅に恨めしそうな視線を送ることは忘れていない。
 ぶつぶつと文句を言うことも忘れていない。
「まったく、あいつは……」
 そんな、まるでこどものようにすねる芽里を見送ると、虎紅は諦めたようにまた大きくため息をついた。
 再び、どんと壁にもたれかかる。
 あまりにも無能で役立たずでおっちょこちょいな相棒に、そろそろ本気で嫌気がさしてきた。
 そして、そんな相棒を持ってしまった自分を、この上なく呪っていた。


* TOP * HOME *
update:04/01/16