小さな仲間
(2)

 翌日。
 柚巴が莱牙の屋敷にいると知った世凪は、限夢宮を抜け出し、そこへやって来ていた。
 そして、先ほどから、この上なく不愉快だ!と言わんばかりに不機嫌な顔をして、黙り込んでいる。
 その世凪の横には、華久夜におもしろいものを見せてあげると呼ばれた紗霧羅が、あっけにとられたように立っていた。
 そんな紗霧羅の口から、ようやく言葉が発せられる。
「華久夜さま、おもしろいものとはこれかい?」
 ふうと大きなため息をもらし、またしても柚巴の膝を占領していた鬼栖を乱暴につかみ上げた。
 そして、乱暴に床にたたきつける。
 もちろん、床にたたきつけられた鬼栖は、そこで何やらきいきいとうめいている。
 すると当然、当たり前のように莱牙に踏みつけられることになる。
 「うるさい」という、冷ややかな声とともに。
「ええ、そうよ。どう? おもしろいでしょう?」
 そのような紗霧羅に向かって、どこか意地悪そうに華久夜がにこっと微笑む。
 紗霧羅は華久夜の笑顔に、困ったように微笑を返した。
「まあ、面白いと言えば言えなくもないが……」
「そんな小動物はどうでもいい。それより柚巴、帰るぞ」
 そのような会話がかわされている横で、やはり不機嫌に世凪がぐいっと柚巴の腕をとる。
 そして、その両腕に、少し驚いている柚巴をぎゅっと抱きしめる。
「まあ、待てって。世凪」
「嫌だね」
 なだめるようにとめる紗霧羅からぷいっと顔をそむけ、世凪が言った。
 それがまた、すねた子供のようだったので、紗霧羅に苦笑いを浮かべさせる。
 しかしすぐにそんな世凪など無視し、紗霧羅もたいしたもので、柚巴ににこっと微笑みかける。
 当然のように、世凪の眉がぴくりと反応する。
「それにしても柚巴、あんた本当によくやったよ」
「え……?」
 相変わらず、世凪の腕の中におさめられたままの柚巴が、きょとんと紗霧羅を見た。
 柚巴には、紗霧羅の言った言葉の意味がわかっていないらしい。
 しかし、柚巴を抱く世凪にはわかっているらしく、さらに不機嫌なオーラを漂わせ、紗霧羅をぎろりとにらみつける。
 だけどやっぱり、紗霧羅はそんなものはさらっと無視してしまう。
 世凪が王子であるとわかってからも、その態度はまったく変わらない。
 さすがは、紗霧羅姐さんである。
 ここはあえて、紗霧羅の名の頭につく修飾語はつけないことにして。
「あんた、知らずにこいつを従魔にしたのかい?」
 きょとんとしている柚巴に、半分驚いたような半分呆れたような表情を浮かべ、ため息まじりに紗霧羅が言った。
 それで柚巴は、さらに訳がわからなくなってしまう。
「え? う、うん。何か知らないうちに、そういうことになっていて……」
「はあ……。仕方ないなあ」
 先ほどから連続のため息をまたつき、紗霧羅は多少面倒くさそうにソファにどっと座り込んだ。
 どうやら、すでに長居する気満々のようである。
 しかも、それは柚巴にも決定していることのようである。
 世凪に抱かれた柚巴の手をぐいっと引き、柚巴にもソファに座るように促す。
 それでもやはり、世凪が柚巴を解放することはない。
 相変わらず憎らしげに紗霧羅をにらみつけ、柚巴を抱きしめたままである。
 それにしても、柚巴と心が通じて以来、あからさまに豹変した世凪のこの態度は、一体……。
 もうすっかり、柚巴は自分のものと思いこんでいるようである。
 ……いや。それもたしかに、間違いではないのかもしれないけれど。
 しかし――
「話してやるよ。本来、小悪魔がどういうものなのか」
 紗霧羅が少し困ったように柚巴を見て、そう言った。
 すると柚巴も興味をもったらしく、ぐいっと世凪を引きはなし、ぽふっと紗霧羅の横に腰かける。
「本来?」
 これで完全に、世凪はご機嫌ななめを通りこし、ご機嫌真横になってしまった。
 むすっとすねて、自分も柚巴のもう一方の横にどすっと腰を下ろす。
 そんな世凪を、柚巴と紗霧羅は少し困ったように見た。
 そして、柚巴と紗霧羅は互いに向き合い、はあとため息をもらす。
 まったく……困った王子様だね……と。
「――本来、こいつら小悪魔は、自分勝手でわがままで、まるで誰かさんのような奴なんだ」
 そう言って、紗霧羅は皮肉るようにちらりと世凪を見た。
 当然、世凪もその視線に気づいているようだが、あえて無視を貫き通す。
 ソファの上に置かれた柚巴の手に、自分の手をさりげなく重ねながら。
 まったくもって、こんなところには抜かりがないのだから。
 それにしても、世凪という俺様男が、ここまで柚巴にやられてしまっているというのも、また不思議なことである。
「あんたは知らないだろうけれど、この限夢界には、こいつら小悪魔の住む空間があるんだ。そこに、普段こいつらは住んでいる。だが、何かの拍子にそこから抜け出してくる奴がいるんだ。それで、そいつらが悪さをしないうちに帰るように促す。しかし、それに従わない奴は、こいつのように封印されるのだが……」
 紗霧羅はそこで、にごすように言葉を切った。
 しかし、柚巴はそれをさして気にしていないらしく、さらりとつけ足す。
「ああ。それで、鬼栖ちゃんは封印されていたのだね?」
「そうだ。それが、どこかの間抜け見習い術師が、逃がしてしまったのだな」
 あまりにもあっさりとした柚巴の様子に、紗霧羅は苦笑いを浮かべた。
 それにつられるように、柚巴も苦笑いを浮かべる。
 そうはいっても、柚巴にいたっては、紗霧羅の皮肉るようなその言い方に……であったのかもしれないけれど。
 柚巴はまだ、皮肉れる程度に、そのどこかの間抜け見習い術師とやらのことをよくは知らない。
「それで、本来、こいつら小悪魔は、人間を好物としているのだが、時に変わった奴がいて、人間に従うことがある。まあ、中には限夢人に従っている奴もいるが……」
 再び話をはじめた紗霧羅を、柚巴はじっと見つめた。
「うん。それで?」
「ああ。それでだな。小悪魔は気が変わりやすい。そこで、いつ主に一矢報いるとも限らないから、忠誠の証に自分の心臓を差し出すんだ」
「え? だけどわたしは、心臓なんてもらわなかったよ?」
 やはり、どこか難しそうに柚巴は首をかしげる。
 そして、ちらっと、今もって莱牙の足の下にいる鬼栖を見て、その後紗霧羅に視線を戻した。
 すると紗霧羅は、どこか冷めたような表情で、たんたんと語る。
「ああ、それはだな、心臓といっても本物の心臓ではないんだ。そんなものを取り出してしまうと、さすがの奴らでも死んでしまうからな。わたしたちの間では、奴らが術を使うために使う力のことを心臓と呼んでいる。――柚巴、こいつに心臓を託された時、何か起こらなかったか?」
「う、うん。あれかな? なんかぽうっと淡いピンクの球体が出てきて、すうっとわたしの中へ消えていったの。でも、莱牙さまは心配することはないって……」
 相変わらず、やっぱり柚巴はちんぷんかんぷんといった様子で、しきりに首をかしげている。
 そんな柚巴の素振りが、紗霧羅にはかわいく思えて仕方がない。
 もちろん、この人、ちゃっかり柚巴の横を占領しているどこかの俺様王子様も、横目で、かわいらしい仕草を繰り返す柚巴をうっとりと見ている。
 うっとりといっても、決して表情には出さず、むしろむすっとして。
 心の中でだけ、うっとりと……。
 むっつりうっとり王子様なのである。
「ああ、そうだな。心配はいらない。あんたには害はないから。あんたにはね……」
 どうにも理解に苦しむ柚巴の頭をぽんとなで、紗霧羅はくすくすと笑いはじめてしまった。
 当然、柚巴は訳がわからず、怪訝そうに紗霧羅を見つめる。
「紗霧羅ちゃん?」
「ああ、ごめんごめん。あのな、一度心臓を託されたら、あんたが本気でこいつを必要ないと思う以外、解約の方法はないんだ。そして、少しでも従魔がおかしな真似をすれば、その瞬間、従魔はぼんと弾け飛んで消えちまう」
 さらりとそんな恐ろしいことを言ってのけ、やっぱり莱牙の足の下に居座る鬼栖に、にやにやと意地の悪い笑みを紗霧羅は向けた。
 その視線に気づいた鬼栖が、ぎろりと紗霧羅をにらみ返し、はき捨てるように怒鳴る。
「見るな、男女!」
 ずばりと的を射たその表現に、世凪と莱牙、華久夜は、思わずぷっと吹き出した。
 瞬間、莱牙の足の下にいる鬼栖の前に、ずどんと巨大な氷の塊……つららが突きささっていた。
 同時に、さあっと鬼栖の顔から色が引いていく。
 やはり、そんな気がするだけだけれど。
 そのような場面に居合わせてしまった柚巴は、ただただはらはらと事の成り行きを見守るしかなかった。
 鬼栖は自業自得として、この場合、かわいそうなのは柚巴である。
 本来なら必要のないところで、気をもまなければならないのだから。


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update:04/01/28