眠れる姫君
(2)

 謁見の間を後にした伽魅奈は、怒れるまま王宮の正門へ向かって歩いていた。
 もちろん、怒りのままに、廊下に飾られている壺を破壊したり、すれ違った文官を非がなくとも怒鳴りつけたりと、したい放題していた。
 そんな伽魅奈の前に、夏の虫ならぬ、被害者になるべく三人の男たちが歩いて来る。
 何やら、こちらもぶつぶつと不平をもらしているようだった。
「まったく……。何故、我々が姫さまをむかえに来なくてはいけないのだ?」
 男の一人が目をすわらせ、面倒くさそうにそう言った。
 この男というのがまた、けっこう有名な男で、三銃士と呼ばれるうちの一人である。
 たしかその名は、すぐぼやくという二つ名をいただいた、近衛隊に属する祐とかいっただろうか。
 そんな祐をなだめるように、灰色がかった水色の髪をした男が、ため息まじりにぽんと祐の肩をたたく。
「まあ、そう言わずに……。仕方がないだろ。竜桐さまはああなのだから」
 祐は、灰色がかった水色の髪の男……すなわち麻阿佐なのだが、彼を恨めしそうに見つめる。
 その顔は、どうしてお前はそんなに聞き分けがいいのだ?と、八つ当たりをしていた。
 まったくもって、麻阿佐にはたまったものではない。
 しかし、そんな祐も、この男、亜真にかかってはたわいもない。
 ある意味、祐の相棒的存在で、祐のぼやきにその毒舌をもって対抗できる数少ない存在かもしれない。
「じゃあ、ご自分でむかえに来ればいいのに……。姫さまをむかえに行くと、必ずあのバカ王子が機嫌を悪くして、八つ当たりしてくるんだ。こっちの身にもなってもらいたいよ。……それよりも何故、由岐耶は指名されないのだ?」
 当然、今回も祐のぼやきをとめるものだと思いきや、亜真までも一緒になってぼやいていた。
 もうこうなってしまったら、誰も彼らのぼやきをとめられないだろう。
 すぐぼやく祐に、毒をはく亜真。
 彼らが結託すると、口においては誰もかなうまい。
 そんな二人にはさまれ、麻阿佐はうんざり顔である。
「ああ、それはだな、ほら。由岐耶は姫さまに弱いから、連れ戻せなくなるんだ」
 亜真のぼやきに、少し困ったように祐が答えた。
 どうやら今回は、祐が少し大人になったようである。
 亜真にぼやかれては、祐は思う存分ぼやけなくなってしまうらしい。
「なるほど……」
 祐の言葉に、亜真は妙に悟りきったように納得してしまった。
 たしかに、由岐耶なら喜んで柚巴をむかえにくるだろう。
 しかし、そこまでである。
 そこで柚巴にお願いの一つでもされたら、由岐耶などいちころである。
 あくまで渋々といった様子を装い、柚巴のお願いをあっさり受け入れてしまうのが目に見えている。
 竜桐は、そこを懸念しているのだろう。
 そういう竜桐も、なかなかに柚巴のお願いには弱いのだが、そこはあえて触れてはいけない。
 そんな、めちゃくちゃな会話が展開される三人の前に、妙にお高くとまった女がすっと立ちはだかった。
「あなた方、今何とおっしゃいましたの!?」
 伽魅奈である。
 憎々しげに三人をにらみつけている。
「……なんだあ?」
 そんな伽魅奈を見て、さらには不機嫌の上に行く手を邪魔され、祐は面倒くさそうに、そして怪訝そうに伽魅奈をにらみつけた。
「無礼な! わたくしを誰だと思っているの!?」
 当然、伽魅奈からはそんな言葉が返ってくる。
「うわあ〜。このパターンって、あれだ」
「……ああ。またご登場か……」
 伽魅奈のこのふてぶてしい態度と台詞に、祐も亜真も麻阿佐も、いやあ〜な予感がした。
 そして、即座に判断する。
 ここは、何も見なかった、聞かなかったことにして、さっさとこの場を去ろうと。それが良策であると。
 こんな横柄な態度に尊大な台詞。これはもうあれしかない。あれに決まっている。
 そう、王族!
 それは、莱牙と華久夜の兄妹からもみてとれるし、何よりも、あのどうにも癪に障るバカ王子こと世凪が、その存在をもって示している。
 こんな、とにかくむかつく奴は、王族しかない!
 彼らは三人が三人ともそう判断していた。
 そして、即座にそれを実行すべく、くるりと踵を返す。
 その瞬間、伽魅奈が声をかけてきた。
 そう簡単に逃がしてもらえるはずがなかったのである。
「待ちなさい! あなたたち、今、王子を侮辱したでしょう!」
 しかし三人も三人で、触らぬ神に祟りなしとばかりに、あくまで無視を決め込みそのまま立ち去ろうとする。
「まったく、誰も彼もみんなどこかおかしいのではなくて? 王子は素晴らしいのよ。人間の小娘などのために、王子が侮辱されるなんて……。本当、どうしようもなく卑しい娘だこと!」
「あんた、今何って言った!?」
 さすがに伽魅奈のその言葉は無視できなかったらしく、祐はがばっと振り返り、ぎろりと伽魅奈をにらみつける。
 祐同様、亜真も麻阿佐も振り返っていて、憎らしげに伽魅奈をにらみつけていた。
 結局、まんまと伽魅奈の罠にはまり、相手をしなければならなくなってしまったようである。
 柚巴を侮辱されては、黙ってはいられない。
「あら? 聞こえなかったの? 耳が悪いのじゃなくて?」
 そんな三人の期待通りの態度に気をよくしたのか、伽魅奈は馬鹿にするようにくすくすと笑う。
 伽魅奈のその態度に亜真は何かを察したのか、祐の肩に手を置き、ぐいっと引き戻す。
「祐。関わるな。それよりも、今は姫さまだ」
 祐は悔しそうに亜真をちらっと見て、舌打ちをした。
 そして、あまり気がすすまないといった様子で亜真に従う。
 そうやって、亜真に連れられ、祐は渋々その場を後にする。
「あ! 待てよ、亜真!」
 その後を、麻阿佐が慌てて追いかけていった。
 そのような去り行く三人を、伽魅奈はやはり、憎らしげににらみつけていた。
 案外、三人は冷静さを欠いてはいなかったようである。


 伽魅奈と別れた後、三人はかなり遠まわりをして、世凪の私室までやって来た。
 そして、この後のことを思い、はあと盛大にため息をもらし、こくんとうなずきあった。
 それが覚悟と合図になり、亜真が扉をノックする。
 しばらく待ったが、中から返って来る言葉はなかった。
 たしかに、この部屋の中には人の気配を感じるが、言葉が返って来る様子はない。
 そこで不思議に思った三人は、誰からともなく扉をこっそり開けてみることにした。
 そして、つくられた少しの隙間から中をのぞきこむ。
「……あれ? あいついないぞ?」
 中をのぞいた祐が、少し驚いたようにつぶやき、ばんと完全に扉を開けきってしまった。
 部屋の主、ましてや俺様王子様の許可なしに扉を開けたら、その後どのような嫌味が襲いかかってくるかもしれないとわかっていたはずなのに、思わず開けてしまったらしい。
 そして、思わずついでに三人は、どかどかと部屋の中に足を踏み入れる。
 これではもう、王子もへったくれもない。
 まあ、所詮はあの世凪が王子なので、彼らの中に遠慮のえの字すらないのは事実だったけれど。
 部屋の中へ入ったのはよいが、やはりそこには人の姿はなかった。
 そして、ぴんと何かひらめいたのか、おもむろに寝室への扉へ近づき、そうっと扉を開けた。
 すると、そこでようやく、人の姿を確認することができた。
 案の定というべきだろうか、世凪の天蓋つきの大きなベッドを占領し、柚巴が気持ちよさそうに寝息をたてていた。
 それはどうやら、彼らにとっても見慣れたものになってしまっていたよう。
「姫さまは、また眠ってしまわれたのか」
「仕方がない。このまま連れ帰ろう」
 はあとため息をつく祐の横で、麻阿佐がベッドから柚巴を抱き上げる。
 それでも一向に目を覚ます気配のない柚巴を見て、三人は肩をすくめ合った。
 まったくもってこのお姫さまは、警戒心の欠片すらないのだろうか、と少し困ったように笑っている。
 そうやって柚巴を連れた三人が、世凪の部屋から出てきた。
 すると扉の前に、なんと先ほど会った、面倒くさい王族、伽魅奈が腕組みをし立っていた。
「……また、あんたか」
 伽魅奈の姿を目にした瞬間、迷惑そうに祐がはき捨てた。
 当然、伽魅奈の眉は、ぴくりと反応する。
 しかしまだ、その額に青筋は立っていないようである。
「またとは何ですの? わたくしに向かって……」
「ああ、もうそれはいいから、とにかくそこをどいてくれないか? 邪魔」
 とにかく通り道をつくろうと、祐はぐいっと伽魅奈を押しのけようとする。
「まあ! なんてことですの!!」
 そんな祐の不届きな態度に、伽魅奈はばしんと祐の手を払い、再びそこに仁王立ちを決め込む。
 そしてすぐに、麻阿佐の腕の中ですやすやと眠る柚巴に気づいた。
「その娘……。その娘が、例の人間の娘ね?」
「だったらどうした」
 汚らわしそうにはき捨てる伽魅奈に、祐がさらりと答える。
 こんな奴をまともに相手にしても無駄だと言わんばかりの態度だった。
 しかし、今度はそんな祐の態度に立腹することはなかった。
 伽魅奈の興味は、もっと別なところにいっていたのである。
「その娘をよこしなさい! 立場というものを教え込まなくては!」
 そう怒鳴りながら、伽魅奈の手が、麻阿佐の腕の中で気持ちよさそうに眠る柚巴へとのびてくる。
 しかし、それと同時に、伽魅奈の体は弾き飛ばされ、床に激しく打ちつけられていた。
「触れるな」
 そんな冷たい声とともに、世凪がすっと姿を現す。


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update:04/02/03